旅立ちの夜とわかっていた事
目が醒めると見慣れた天井が視界に映る。
「あれ……確か」
「あ、ヨウ。おはよう」
これまた聞き慣れた声のする方に首を傾げると、さも当然の様にミウが俺の家で寛いでいる。
「……おはよう」
何故か全身が気怠い、この感覚は何処かで体験した事がある様な……
因みに、ミウの侵入は日常茶飯事なので最早なんとも思わない。
「ていうか、そうか……スライム、倒したんだっけか」
思い出した。確かスライムを倒してから、御神木の周りでウダウダやった記憶はある。
「……あれ、どうやって戻ってきたんだ?」
思い出そうとすると、俺の腹が悲鳴……いや、絶叫を上げる。
えっ……なんだ? 物凄く腹が減ってる?
「あはは、お腹減ってるんでしょ? ちょうど昼時だったからご飯あるわよ」
先ずはご飯にしましょ。と、ミウが言い終わると同時に、遠くの方から鐘が三回鳴らされた音が届く。昼休みの合図だ。
「う、うぅん……」
突然、背後からの唸り声が聞こえる。それに驚いた俺は反射的にそちらに首を回す。
すると、俺の目の前に白い餅の様な何かが出現する。
「……なんだ? この餅?」
見ただけで柔らかそうだと分かる白い何かが俺の視界を塞ぐ。しかし、仄かに桜色に色付くソレは、あまりに近いのと寝ぼけ眼も相まって正体が掴めない。怠い体に鞭打ち、俺は顔を引く。
簡潔に言うと、それはチチシロの頬だった。
俺はほぼ反射的にベッドから飛び出る。そして、恐る恐るミウの様子を確認する。
「何、突然? 何かあったの?」
「え……あ、いや」
そういえば、チチシロが男だと判明した途端に優しくなったんだっけか。
そうなるまでに一悶着あったけど……まあ、理由はともあれ、ミウがチチシロに優しくなったんなら文句はない。
「ならいいけど……ほら、ご飯の用意できたわよ」
俺がくだらない事をやってる間にも、ミウは着々と準備をしてくれていたらしい。テーブルには既に料理が並んでいた。
「で、帰ってきた方法を聞きたいんだっけ?」
エプロンで手を拭きながら、ミウもテーブルの前に着席する。
「ああ。頂きます! (もぐもぐ)頼む」
ダメだ、腹が減りすぎて我慢できない、手が勝手にご飯をかっ込んでしまう。
出てきた料理はいつもながらのイモご飯であったが、今に限ってはご馳走に見える(もぐもぐ)。
「そうね、説明するほどでもないけど……簡単に言うと村長がみんなから残った魔力をかき集めて集団転移したのよ」
魔力吸収に集団転移か、そんな事もできんだな。と、考えつつも言葉には出さず、ひたすら料理を食べている俺。
「全身が凄く怠いと思うけど、原因はそれのせいよ。魔力吸収は私にもよくわからない制約があるらしいんだけど……まあ、そこらへんはいいわね」
確かにそう言われてみると、なんだか村で気を失ったような記憶がぼんやりと思い出させられる。
ミウは俺の食べる様子をジッと見つめながら、他にはある? と聞いてくる。
「……ふー、とりあえずは腹もよくなった。そうだなぁ……なんでお前は平気そうなんだ?」
「んー、それは私にもわからないのよね。なんか気が付いたら森に戻ってたし」
「ん? なんて?」
「いや、私だけ転移から漏れたかどうだかわからないけど、気が付いたら森にいたのよ。なんだかそこらへんの記憶は私も曖昧で……」
不思議よね。と、首を傾げるミウに連動して、不思議だな。と、俺も首を傾げる。
「でもまあ無事なら問題ないだろ。終わりよければ全て良し、だ」
「うっ……、あれ……? ここは――」
後ろでチチシロが起きあがる気配がする。
積もる話もあるが、俺はひとまずこう言うことにした。
「おう、チチシロおはよー。とりあえず、メシ食おうぜ」
◇◆◇
てなわけで、あれから数日が経ち、俺とチチシロの旅立つ当日となった。
そして、当然の如く新たな旅路へ出発したわけだが……
「くっ、どうしてこうなったんだ……」
俺は跪き、首を垂れ、地面に向かって悪態をついていた。
すなわち、「こんなはずじゃなかった……」と。
事の始まりは昨日の晩まで遡る。
◇◆◇
「ヨウ、明日出て行くわけだし、村長さんに挨拶しにいったほうがいいんじゃないか?」
チチシロが思い出したようにそう提案してくる。なるほど確かに、今まで好意で貸してくれていた畑や、俺の家の話などをしに行くべきか。
「うーん……そうなんだが」
俺には行きたくない理由があった。ミウだ。ミウは最近、やけに俺の旅立ちに言及してくる。 畑仕事中に合えば「ヨウ、農家って素晴らしいわよね!」やら、「旅って怖いらしいわ、例えば――」など、俺が無視していてもひたすら喋り続けるのだ。それでも俺の意志が変わらないとみるや、「いつ出て行くの?」だ、「最初に行く町はどこ?」といった詳細を聞き始め、俺の旅立ちを力尽くで止める気満々であった。
ミウは村長の娘なので当然、家に赴けば会うのは免れないだろう。例え会わなくても、情報はミウにも伝わってしまう可能性が高い。
「って、そうか……」
俺はこの問題を解決する悪知恵を、天啓に導かれたように閃いた。
その日の夕刻、俺はチチシロとともに村長の家に赴き、玄関に設置された呼び鈴をチリリンと鳴らす。
数秒後、村長の不機嫌そうな声が中から聞こえる。……なにかあったのだろうか?
「こんばんは、ヨウです。お話があってきました」
「ふん……入れ」
俺は失礼します、と言いつつ玄関を通り、居間に入る。チチシロも俺と同じように振舞いつつ俺の後をついてくる。
「で、何の用じゃ? 言っておくが茶など出さんぞ」
言外、と言うには聊か直球すぎる物言いで、早く済ませろと村長は単刀直入に聞いてくる。周りを確認してもミウの姿は見えない。
「はい。……俺は明日、このチチシロと旅に出ようかと思っています」
俺も一切着飾らず、そのまま直球で返す。
「それにあたって、俺の貸してもらっている畑などの管理について相談しにきました。もちろん挨拶も兼ねて」
「いい、こっちで勝手にやっておく。お前は心配せんで行け」
「あ……て、え?」
あれ? すんなり許してくれた?
てっきり、「貴様……誰がお前をここまで育てたと――」ぐらいは言われると覚悟してきたのだが。
「なんじゃ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」
「ああ、いえなんでも。すんなり許されると思ってなくて」
「ふん、ワシとてこのままではダメだと痛感したからの。……それに、お前は曲がりなりにもワシの命の恩人ってことになっておる。今までの借りを考えても、それで貸し借りチャラじゃろ。それならばもはやワシにどうこう言う謂れもあるまい」
あくまで合理的な考えは村長らしく、俺は思わず微笑んでしまう。
「そうか……ありがとう村長」
「ふん、礼を言われる覚えはないわい」
その後、俺は旅立つのが明日の正午だとか、初めにヤイズに向かうといったことを伝え自宅に戻った。
◇◆◇
「おい、チチシロ。起きろ」
「うーん、後5分だけ……」
「なに子供みたいなこと言ってんだ、ほれ早く」
ゆさゆさとチチシロを揺さぶり無理やり起こす。
「うぅん……まだ日が昇ってないじゃないか」
チチシロは抗議するように、不満げな視線を俺に向ける。それも当然と言えるかもしれない。恐らく時刻はまだ午前2~3時だ。
「事情があるんだ」
「事情……?」
そんなこと知るか……といった様子で再び夢の世界に旅立とうとするチチシロ。
しょうがない、奥の手を使うか……と、俺は口を開く。
「……朝ごはんできてるぞ」
「っ! おはよう、いい朝だね!」
その瞬間、チチシロの目はカッ、と見開かれ、いそいそと準備に取り掛かる。
どんだけメシ好きなんだよ……と、半ば呆れつつもその扱いやすさ故に注意することはない。
チチシロ曰く、この村以外では食事は軽んじられているらしい。世間一般では食事にとって、一番大切であるのは「手っ取り早く」であるという。
食事とは栄養補給であり、それ以上はないという認識らしい。
当然、そのような場で調理技術が発達するわけもなく、以前チチシロに一度だけ料理を頼んだ時は、黒焦げのイモが山盛りで出てきた。
しかも、それらは失敗ではなく、チチシロが言うには、「これは焦げたところを剥いて食べるんだよ」といって普通にもぐもぐと食べていた……塩をふって。
そんなわけでチチシロは初めて食べる俺の料理らしい料理をかなり気に入ったらしく、ここ最近はそればかり楽しみにしている。
「よし、行こう」
この時のため、朝食は昨日のうちに作り済みだ。
チチシロの準備が完了し次第、家を出る。キイィ、と最近建てつけが悪くなった玄関扉を開き、御神木製の松明の光を頼りに俺たちは壁際まで移動する。
「壁から行くの? 昨日村長さんに言ったんだし、門番さんも通してくれるんじゃ……それに、出発は今日の正午じゃ――」
「事情があってな、念には念をってやつだ。とにかく急ぐぞ」
有無を言わさない態度でチチシロに静寂の魔法を要求する。チチシロは若干不満げだが、特に文句も言わずに魔法を唱える。
「【夜眼】、【体重減少】……と、【静寂】」
これらの魔法は発動者の一定の範囲内に効果が現れるため、俺はチチシロにピッタリとくっついて壁を登っていく。
やがて壁を登り切り、外の世界に出るとあまりの暗さに驚く。僅か数メートル下の地面ですら見えない。まるで、嵐の夜の室内クラスで何も見えないのだ。
なにも見えない、という予想外の事態におろおろしていると、なぜだかぼんやりとだが地面が見えてくる。
そういえば、チチシロが一つ知らない魔法を唱えていたような……と、思い出すが、今は原因究明よりも事を急ぐ必要がある。
地面に降り立つと、俺は全力で駆け始める。
「~~~~~~~~!?」
「チチシロ早くしろ! 間に合わなくなっても知らんぞ!」
静寂の効果範囲内から出た俺は、チチシロに向かって大声で吠える。とにかく今は一刻も早く村から離れるのが先決だ。チチシロもわからないながらも置いて行かれるわけにはいかないと、ちゃんとついてきてくれている。
そうしてしばらく走った後、俺はようやく足を休める。
「ヨウ、いきなり走り出してどうしたんだい! なんか今日は様子がおかしいよ?」
「すまないな、でも、ここまでくればもう大丈夫――」
「あら、ヨウ。奇遇ね」
俺は心臓が止まったかと思った。膝に手をつき呼吸を整えていた体制のまま、ギギギ……と、声のする背後を振り返る。
幻聴であってくれ……というなけなしの希望も空しく、そこにはミウが何食わぬ顔で佇んでいた。
「今日は月が綺麗だものね、ヨウも鑑賞がてらお散歩かしら?」
一応言っておくが今日は曇天であり、月はおろか星の光一つ見えない。つまりはそういう事だ。
チチシロはというと想定外すぎる展開に驚愕を隠せないようで口をパクパクさせている。可愛い。
現実逃避するも、容赦ない現実は俺の目の前で嘲るように微笑んでいる。
「ダメだったか!」
クソっ! と悪態を吐きつつ俺は膝から崩れ落ち、頭を垂れる。
そして、話は冒頭へ戻るというわけだ。
テスト期間がなんぼのもんじゃい! 俺は小説を書きたいんだああ!




