プロローグ
自室でダラダラしていると、手負いの部下が帰還したとの報告が入った。私は部下の元へ急ぎ、話を聞いていた。
「なに……失敗したの?」
「うぽ……」
エドヴィルは申し訳なさそうに頭を垂れる。もっとも、スライムであるエドヴィルには垂れる頭などないので、そう見えるだけだが。
「ふぅーん、あんな地域にやり手がいるんですね」
失敗の報告を受けても、さしてショックを受けてなさそうな少女は呟く。
「うぽ……」
寧ろ、報告をしたエドヴィルが少女が望む以上に反省しており、少女はそれを若干めんどうくさく思っていた。
「いいですわよ、そんなに気にしなくて」
少女はエドヴィルの力を知っている。そのエドヴィルが三割ほどしか帰ってこなかったのだ。
逆に、帰ってきたことに感謝したいぐらいだわ。と、少女は思ったが、言葉にすると皮肉に聞こえてしまうかも、と言うのを止める。
エドヴィルは細かい体片が残っていると、その中で最も大きい個体が自動的に本体となる。
本体は他の体片に集合や待機、退避などの簡単な命令を行える。しかし、個々の体片が得た視覚情報などは結合しないと共有できない。
故に、このエドヴィルは自分が誰に、どうやって倒されたか知らない。彼が持っているのは、少年が起こしたらしい謎の大爆発でバラバラになるまでの記憶だ。
だが、一番大きい個体が本体となる特性上、今のエドヴィルが一番大きいわけであり、その前までの七割ほどあっただろう本体は何者かに消されたというわけだ。
緊急回避でもして散り散りになっているだけ、ということも考えられる。しかし、それならばすでにこのエドヴィルは本体ではなくなっているだろう。
「でも、この情報は本当に貴重なものとなりましたわ……さすが、耐久担当といったところですわね」
気を使わせない程度に配下を労いつつ、お使い程度に考えていた御神木排除で思わぬ収穫があったもんだと少女は喜ぶ。
確か、最寄りの大都市はシミズといったか。でかい獲物がいるところが判っているなら、逃げられる前に釣り針を仕掛けておくのも面白い。
「近距離相手にめっぽう強いエドヴィルが倒されたのですから……次は、ズラガルド」「ここに」
天井から音もなく、既に跪いている姿勢のまま現れたのは、『六柱・第2席-敏捷』を務める紳士風の男。
「……相変わらず早い男ですわね」「勿体なきお言葉」
こいつはなんでも仕事が早いのはいいのだが、それ故にいろいろ面倒くさい奴でもある。
そもそも天井から現れないで欲しいです、と少女は思った。
「要件は理解してるかしら?」「もちろんでございます」
ここで初めてズラガルドは顔を少女に向ける。
「はぁうっ!」
バキュンッ! と、ありもしない幻聴が聞こえてしまうぐらいの演技で、ズラガルドは後ろへ頭が地面に付くまで仰け反る。
「か、かわうぃうぃ……」
少女はため息をつきたくなるのを必死に、必死にこらえる。ここで反応するとショックを受けすぎて、あるいは喜びすぎて話が進まなくなると知っているからだ。
「うぽおぉ……」「ああ、そうであったな。すまないありがとうエドヴィル」
仰け反った体制のままのズラガルドに、エドヴィルがなにやら話しかける。
「姫様、どうぞこの私にお任せ下さい。姫様の思う通りに道化て御覧に入れましょう」
そう言い残すと、ズラガルドは再び音もなく天井に(仰け反った体制のままで)戻っていく。
だから天井は出てくるところでも出て行くところでもないですわ……と、少女は思いつつも安心してズラガルドを送り出す。
少女があの変態を指名したのは、偏に彼が優秀であるからだ。
言動は置いておくとして、仕事はきっちり行う男であり精度も高い。
私が望む以上の成果を上げることは多々あっても、下回ったことは一度もないのだ。
「さて、エドヴィル。あなたはしばらく療養して回復に努めなさい。どのくらいで元に戻るかは分かりませんが……まあ、自分が満足するまではとりあえず療養していていいですよ」
「うぽ、うぽぽ」
正直、私にはエドヴィルがなんと言っているのかサッパリだが、とりあえず返事として頷いておく。
それで伝わったのか、エドヴィルはズルズルと部屋を出て行った。
やがて部屋を静寂が支配する。
「………………ああーー! もうっ! めんどくさいんですよねえー」
少女はそれまでの礼儀正しい姫としての演技を止め、ソファーにドカッとダイブし、素に戻る。
「大体、エドヴィルがやられるってどんな人間ですの? 勇者? 人間じゃないとすると……お姉さまたちの配下、あー、お姉さま自身ってのもありますかー」
もー、みんなみんな邪魔ばかりしてくださりやがりますねー、とクッションに顔を埋めて叫ぶ。
「このままじゃ私の野望もいつ叶う事やら……」
協力者でもいるならあるいは……と思うが、そもそも少女には協力関係を結べる人脈はない。
今でこそ、少女と同じ思想を持つ同胞達が集まってはいるものの、まだまだ少数と言わざるを得ない。
「正直、配下たちもオーバーワーク気味ですし……そのくせ私が動こうとすると止めようとするし」
もともと少女は上司部下という関係性が好きではない。同じ思想を持っているもの同士、仲間として対等に話したいものだと考えている。
しかし、リーダーがいないと組織として動かないのもまた事実。それが、少女が姫として祀り上げられることに甘んじている理由だ。
「ああ、なぜ私だけはこんなに暇なんでしょう……」
大きなリボンで括った自分のポニーテールを手櫛で梳きながら、少女は誰に言うでもなくポツリと呟いた。




