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勇者にする? 魔王にする? それとも……お料理?  作者: 白米広重
第一章・外の世界と初めての魔物
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もう一つの物語 前

「うぼ……」


 危なかった。まさか、『六柱・第4席-耐久』であるこのエドヴィルがここまで追い詰められるとは……。


 エドヴィルこと、オクトパススライムはあの謎の超爆発で散り散りになってしまった体片を集めながら、これからどうするかを考えていた。このままバレないように元の大きさまで再生し、姫の命令である御神木を枯らすことは簡単だろう。

 ……しかし、それではエドヴィルの気が収まらなかった。

 エドヴィルは六柱の中でも比較的温厚な方ではあるが、その本質は魔物そのもの。人間ごときに負けるなど魔物として恥ずべきことだと教わって生きてきたのだ。


「うぼぼ」


 体片の集合が完了しつつあり、元の大きさの七割ぐらいに戻った。後は、御神木に近づけるギリギリまで移動しつつ集合させるか。と、移動を始めた時であった。


「あら、もう再生は終わったのかしらぁ?」

「うぼっ!?」


 驚きを隠すことも忘れ、エドヴィルは声のする方に振り返る。その先には、服の一部や足に炎を纏った少女がいた。


 誰だ!? ……いや、それよりもいつからそこにいた?


 再生途中だったとはいえ、エドヴィルは警戒を解いたつもりは一切ない。しかし、事実として少女はそこにいる……。さらに、先ほどのセリフ、まるでエドヴィルの再生が完了するのを待っていたかのような言い方だった。


「やぁ~っぱり生きていたのですね、戻ってきて正解だったですわぁ」


 そういって、花が咲くように笑う少女の貌は、スライムであるエドヴィルから見ても魅力的であった。しかし、見れば見るほど、聴けば聴くほど、少女の正体が掴めない。容姿を見る限りは人間のようだが、身を包んでいる衣服は人間のそれとは明らかに違う。なんていったって燃えているのだ、服の裾とか靴とか。


「誰の差し金でアレ・・を枯らしに来たのかは存じあげないのですけれど……わたくし、アレ・・を枯らされるととっても困ってしまいますの」


 だ・か・ら、と少女は唇に人差し指を当てる、


「大人しくここで死んでいただきたいのですけれど」


 よろしいですか? と首を傾げる少女。


 ……今こいつはなんて言った? よろしいですか・・・・・・・、だって?


「……うぼっ! うぼっぼ!」


 エドヴィルは笑う。


 私は六柱――それも耐久の刻印を持つ魔物なのだ、という自負があったからだ。いくら相手が未知数であったとしても、こんな少女に自分が負けるなど微塵も考えられなかった。


「あら……どうやら、大人しくは殺されてくれるつもりはなさそうですわね」


 少女がわざとらしくため息を吐く。


「はあー、残念です……とっても残念。ええ、残念ですわぁ」


 あゝ、残念残念、と嘆く少女の口角はしかし、言葉とは裏腹に狂気的なまでに吊りあがっていた。


 エドヴィルは本能的に何か危険な匂いを察知する。逃走、という二文字が一瞬脳裏をよぎるがすぐに取り下げる。そもそもスライムである自分の移動スピードは最低ランクである。万が一逃げるとしても、他の生物の体内に滑り込み体を乗っ取って逃げるほかない。しかし、この森の生物はやたら大きかったクマを始めとして、既にほとんど喰らい尽くしてしまっている。


 もはや、この謎の少女を倒すほかないのだ。


 恐怖を振り払うように、自分を理屈で納得させエドヴィルは攻撃を開始する。


「うぼっ!」


 上、左右から同時に触手をけしかけ、わざと後ろに回避させやすいようにする。そして、本命として地中からの突き上げを準備している。時間差でいきなり飛び出るため、飛び退いた直後では避けることは不可能なエドヴィルの必殺パターンだ。


「うぼあああああぁ!」


 さあ避けろ! と言わんばかりにエドヴィルは叫ぶ――が、


「見え見えの攻撃ですわねぇ」


 避けない!?


 一切避ける気などないのか、少女はその場に凛として立ち続ける。

 先ほどの会話から、私とあの人間達との戦闘は見ていたはず……ならば、この触手の威力を知らないわけではあるまい。

 エドヴィルは混乱したが、今更引っ込めることもできない。嫌な気配を感じながらも触手により一層の勢いをつけて、少女を突くべく進ませる。


「くひひ――まわれ、『ウロボロス』」


 少女が何かを呟きながら天に手をかざす、すると少女の影から一匹の太い黒蛇が音もなく現れる。現れた蛇は少女の背側で自らの尾っぽを噛み、輪型になる。輪となった蛇は影のようなものに包まれ、気持ち悪く形を変えゆく。やがて影が晴れると、蛇は少女のふた回りほどもある絢爛けんらんな黒い後輪となる。


 触手が到達するまであと数秒もない、一体何を――?


「『藍炎ラピスラズリ』」

「うぼっ!?」


 加速させた三本の触手に加え、背後から向かわせた四本目の触手も何かに弾かれる。いや……弾かれただけではない、これは熱?

 触手越しに改めて少女の姿を確認すると背後の輪にはいつの間にか色の異なる二つの炎が灯っており、ゆらゆらと揺らめいている。それに、よく見ると少女の左の瞳には藍色の炎が灯っており、瞳の炎と同じ藍色の炎が、薄く、少女を取り囲むように壁になっている。


 私の攻撃を防いだのはこんな薄っぺらい炎の膜!?


「……クヒッ! どーぉでしょう? 美しいでしょう?」


 上体を反らしつつ、両手を大きく広げこちらを見下す少女。頼んでもないのに、ペラペラと自慢でもするように説明を始める。


「これは『藍炎ラピスラズリ』、〝愛の壁〟ですのよ」


 少女は、はぁん……と、妖艶ようえんなため息を漏らす。


「この壁は、愛する対象が狭ければ狭いほどその強度を増しますの。……クヒヒ、あなたの愛ではこの壁は突き崩せないですわぁ」


 炎の説明をしながらこちらを嘲笑う少女。


 愛? 何をふざけたことを! 要するに、守る範囲が狭いほど強度が増すってことであろう。


 しかし、その強度は凄まじい。少女一人分を囲うあの範囲では、どうやら私の攻撃が届く事はなさそうだ……炎の壁による防御力、これが自信の源か。


「……くヒ、クヒひヒヒひッ! 今! 今この壁がわたくしの自信の源だって考えたでしょう!? そうでしょう!?」


 クヒヒッ! と狂ったように――いや、笑い狂う少女に、考えを読まれたエドヴィルは動揺する。


「クひッ! そんなに狼狽ろうばいしないでくださいな……まだまだこれからがお楽しみでしょう?」


 パチンッと指を鳴らすと藍色の壁は消失し、瞳の炎も消える。炎が消えると同時に、背後の輪に先ほどの壁と同じ色、藍色の炎が灯る。


 まさか――


「クヒひひヒヒ! そう! そうですの! あなたの予想通り、わたくしの炎達にはそれぞれ違う力が宿っていますのッ!」


 我慢できないと言ったように笑い狂う少女、よっぽど自分の力を誇示したいのか嬉々として自分を語る。


「もちろん! もちろん本当は全ての色を披露して差し上げたいのですが、この炎はわたくしの心の高鳴りとリンクしていて、わたくしが興奮しないと炎は灯ってくれませんの……」


 早口でまくし立てた後、少女は、全く困ってしまいますわ……と腰に手を当て、やれやれとばかりに首を振る。


「ですが――」


 少女はエドヴィルを舐めるように観察する。


「――あなたには無理でしょう、せいぜい三色ほどでしょうか」


 気持ち悪く笑いながら、ナメくさった事を口にする少女。たかだかこちらの一撃を防いだだけでそこまで自惚れるとは、今まで強敵と会ったことのない天才タイプだとエドヴィルは思った。少女には知る由もないが、エドヴィルは回復と体力特化の完全耐久タイプだ、攻撃が多少劣るのは仕方ない。だが、だからと言って攻撃手段がないわけではない。

 エドヴィルは内心でニヤリと笑い、少女に再び攻撃を開始した。


「うぼぼ!」


 計算された攻撃が読まれるなら、物量で押し切る! そう考えたエドヴィルは四方八方から触手を向かわせる。


「クひひ! あらあら、野蛮ですこと」


 相変わらず余裕の笑みを張り付けたまま、少女は無造作に触手に向かって歩き始める。

 

 バカな!? 自殺行為だぞ!?


「ふうー、これでは能力ウロボロスも必要ないですわね」


 何を、と思う前にそれは起こる。

 少女がいきなり触手に向かって走り出したのだ。もちろん、触手もかなりのスピードで迫っているのであっという間にその距離は詰まる。

 触手が少女に当たろうかというまで接近すると、少女は急に立ち止まる。慣性の法則で進みつつ、右腕を限界まで引くと、腰をひねり、抉り込むような掌底を地面に叩きつけると同時に魔法を唱える。


「【開花する炎ブルーミング・ファイア】」


 ――と、地面から少女ほどもある楕円形の炎が吹き出し、蕾が開くように爆発。その衝撃に触手の軌道が僅かながら逸らされてしまい、全力の触手攻撃はかがんでいる少女の前髪をなびかせるに終わる。


「うぼお!?」


 触手の痛覚はある程度切ってあるので痛みは大したことないが、全力の攻撃を避けられたショックが大きい。


「くヒひっ! あなたの弱点の一つ・・は、その場で触手を避けるとその他の触手は無駄に終わることですわ」


 ズドン! ズドン! と、少女が避けるであろうと思われたところに放った触手は空しく地面を叩く。


「ほら、また歩き始めますわよ?」


 そう宣言し、ゆっくりとこちらに迫る少女。


 戦闘狂め……もっと簡単な避け方ラピスラズリだってあっただろうに。


 エドヴィルは憤慨する。


 なめられている、この私が!


「うぼっあああああああああああ!!」


 少女に向かって触手を再び向かわせる。今度は、避けるであろう地点のほかにも何らかの形で避けなかった・・・・・・場合にも対応した形で。


「クヒひヒっ! ほんっとにお利口さんですわねえ! わたくし()に言われたことをそのまま実践するなんて!」


 なおも歩き続けながら少女は一人大笑いしている。


「あぁー……、いいですわよね、その愚直さ。お礼に少しばかりいい技をご覧に入れましょう――【行き過ぎた蜃気楼オーバーミラージュ】」


 魔法を唱えた瞬間に少女は風に流されるように姿を消してしまう。


「うぼっ!?」


 バカな! なにが起きたんだ、まさか……テレポーテーションか!?


 触手を攻撃から防御に回しつつ、エドヴィルは辺りを警戒する。


「あらあら、どちらを向いておりますの?」


 グリンと視界を後ろに回すと、少女が空中に浮かんでいた。


 やはりテレポーテーション!


「うぼっ!」


 不用意に近くまで来ていた少女に攻撃を加える――が、触手は手ごたえを得ることなく少女を通り抜ける。


「あらあら、クヒひひヒっ! だからどちらを見ていますの?」


 もともと少女がいた場所に視界を戻すと、再び少女が移動している。


「うぼ……」


 いったい何が起こっているのかエドヴィルには理解できず、攻撃を躊躇ちゅうちょする。テレポーテーションであれば私の攻撃がすり抜けるのは説明ができない。だとすれば、幻覚の、たぐいか?


「クヒッヒヒヒヒ!! 【突き抜ける炎ペネトレイトフレイム】」

「うぼおおおおおおおおああ!?」


 突如、正面から背側に抜けるように熱が一直線に走る。しかし、少女は微動だにしていないうえ、数十メートルは離れている。加えて、攻撃を喰らった部分を確認しても何もない、何もないはずなのにズキズキと痛んでいるのだ。予想外の痛みに悶えていると、数十メートル離れたところにいる少女がおもむろに掌をこちらに向ける。今度は何をするつもりなんだ? と、防御態勢を取りながら様子を見ていると、少女の掌から直径三十センチほどの針状の炎が鮮烈な勢いで吹き出し――こちらに届く前に消えた。


「う、うぼ……?」


 いったい何なんだ? と考えていると、目の前に少女が現れる。


「うっうぼ!?」


「くひッひヒヒヒ! どうですか? わたくしの先ほどの技は? あなたはあの攻撃ペネトレイトフレイムで貫かれたんですのよ?」


 パチンっ、と少女が指を鳴らすと遠くにいる少女は揺らめきながら消え、痛みのある部分には穴が開いていた。


「今のは蜃気楼……それも少しばかり前の時間を映し出していたのですわ。姿も声も、時間でさえも、それこそ過剰オーバーなリアリティを持って……」


 しかし、と少女は指先を唇に当てる。


「この技はとても繊細で、維持するのも発動するのも難しいのですけれど……クヒッ! 今回は特別に披露させていただきましたわ」

「うぼおおおおああああああああ!」


 突然目の前に現れた少女を振り払いながら、エドヴィルは言われたことを理解しようとする。普段はあまり使わない脳細胞のような役割をしている部分を総動員で働かせ、必死に過去の知識をあさる。


 ……確か、蜃気楼とは異常な温度差で起きる幻惑のようなものだったはず、それがこんな近距離で、しかも過去・・の姿を移すなんて話は聞いたことがないが。


 しかし、喰らった攻撃と見た攻撃ペネトレイトフレイムは類似しており、少女の言っていることが事実である可能性を高めていた。だが、こちらもただ攻撃をしていたわけではない。エドヴィルはあと少しだという手ごたえを感じながらも時間を稼ぐべく攻撃を続ける。


「クヒヒっ!! さぁ……もっと頑張って下さいね」

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