最下級な魔法と究極な魔法
〈み、ミウか!?〉
俺の幼馴染はまるで当然とばかりに、気が付いたらそこにいた。
〈お、お前は毎度毎度……いつからそこにいた!?〉
〈そんなことはどうでもいいでしょう? それよりもヨウ、なにしてるの?〉
俺の質問を無視して、どんどんこっちに近づいてくるミウ。
あ、これ返答間違えると殺されるな。チチシロが。
〈なにって、その……人工呼吸だけど〉
〈人工呼吸?〉
ピタッとミウの動きが止まる。
わ、わかってくれたか……
「そ、そんなんでヨウのファーストキスを……?」
〈み、ミウ……?〉
「許せない……許せない許せない許せないぃっ!」
あ、あちゃー。まだ距離があって最初は何言ったのかは聞こえなかったけど、完全にブチ切れたことはわかった。
ずんずん進みながらこっちを睨む目を見れば――紅い瞳!? ……やはり感情の起伏と関係があるらしいな。
村長は村長で、娘の怒りに狂った姿を見るのが初めてなのか混乱しているようだ。
「ヨウ! 早くその女から離れなさい! さもない、とっ――殺しちゃうかもしれないの……」
目が完全に据わってるし、最後の方だけ声が震えてるあたりもうこれ本気だな。本気で殺すつもりですわ! チチシロを!
ていうか、瞳が紅色ってことは……
チラリと、ミウの服の裾にも注意を向ける。やはり少しチリチリと炎が上がっている。さっきといい、今回といい、これはどういうことなんだ。やっぱり見間違えじゃなかったのか「ヨウ! なんで目を逸らすの!?」――という考えは一度放棄する。せざるを得ない。
さっきから、唇越しにチチシロの体の震えが伝わってる。顔を見ればミウのことをガン見したまま涙流してる。端的にいって、怯え過ぎて死にそうになっていた。
俺は、なんとかしてミウを正気に戻しチチシロを守らねば。という衝動に駆られる。
……そういえば、今こいつなんて言った?
〈ミウ! ちょっと落ち着けって!〉
「ヨウ! 早くして!」
〈こい――チチシロは男だし!〉
「ヨ……男?」
ミウの動きがピタッと止まる。こ、ここだ! ここしかない!!
〈そうだよ! チチシロは男! なっ、そうだよな?〉
〈う、うんっ……ぼぼ、僕は男だよ〉
まさかとは思ったがこいつ……やはり、俺が抜け駆けして、異性とイチャイチャしてたと勘違いしてたから怒ってたんだな……どんだけ俺に負けたくないんだよ!
「…………。」
ミウはなぜか瞳孔ガン開きのまま、瞬き一つせず俺とチチシロの目の前に近寄って来る。
「…………。」
そのままチチシロの顔を至近距離からジッと見つめる。
〈な、なんでしょう……?〉
「…………。」
無言のまま、俺とチチシロを何回か交互に見つめるミウ。
いや、普通に怖いわ。
〈あのーっひぅっ!?〉
〈え、チチシロどうしたーっ!?〉
ミウは思いっきりチチシロの股間を握りしめていた。
…………こいつなにやってんだ!?
〈おい! ミウお前何やってんの!?〉
俺の言葉に耳を貸す様子もなくそのまま感触を確かめるように、手をにぎにぎするミウ。
こ、こっちまで縮み上がるわ……。
「うごっ! ……ごっ」
チチシロは涙目のまま、声にならない悲鳴を俺に響かせる。
「み…………ミ、ウ?」
村長なんか固まってしまっており、ただただ「ミウ……ミウ――」と嘆いている。
ていうか、あの村長が現実を直視できてないなんて、相当なことだぞこれ!
〈ミウ! やめろって! おい!〉
しかし、ミウは俺の静止も聞かずにじっくり確かめるように揉んでいる。
チチシロに空気を吹き込んでいるので物理的に止めることもままならず、そのままミウが納得するまで甘んじて見守る。
そして、ついにひとしきり揉み終わり、満足したのかチチシロの股間から手を引っ込めた。
〈……確かに男だわ〉
ようやくこちらに顔を向けたミウの鼻からは、一筋の鮮血が顎まで滴り落ちていた。
「お前本当に何やってんだ!?」
思わずチチシロの人工呼吸を中断してまで突っ込んでしまった。
「……くぁ!」
チチシロが苦し気に俺の袖をつかむ。
〈おっと、すまない〉
〈いや……まあ仕方ないよ〉
〈ヨウ! こいつこんなかわいい顔してるくせに男よ! しかも――〉
〈んなこと知ってんだよ! ていうかなんであんなことしたんだ!〉
テレパシーながら語気荒く問いただす。……しかも、ってなんだ?
〈え? だって女だったらヨウが穢れちゃうじゃない〉
なにその当然でしょ? みたいな顔、腹立つし! 全く、当然じゃないし!!
〈とにかく! チチシロが男ってことが無事、判明したことだし話を戻しましょう〉
こいつ急に切り替えやがった、
〈……場を乱したのもお前だろ〉
知ってるか? 無事って『無い』に『事』って書くんだぞ。明らかに『事』、有っただろ……有事だ有事。
〈ヨウ、言いたいことは分かるけど今は大人しく聞こう……〉
頼むから、という風な目をしたチチシロが言うならしょうがないか。まあ、確かに話が戻ってまたなんかされたら、損害を被るのは確実にチチシロだしな。
俺もそれ以上は言わず、大人しく聞くことにした。
〈確か、四十秒時間が稼げればいいのよね、村長。……村長?〉
返事をしないのでなんかあったのかと三人同時に村長の方を振り返る。
「ミウが……ミウが……痴女? ワシのミウが痴女なのか? ……ミウが――」
盛大にショックを受けていた。まあ、実の娘のあの痴女っぷり(?)を見ればそうなるか、普段あんまり会話してなかったみたいだしな。
〈って今はショックを受けてる場合じゃねえ! 村長! 正気に戻ってください!〉
村長にゆっくりと近づき片手でゆさゆさと体を揺らす。
「ミ――……はっ! わ、ワシはいったい――」
〈ようやく戻ってきましたか。ミウ、もう一度頼む〉
〈村長、四十秒あればあの攻撃をもう一度直撃させられるのよね?〉
こいつ、さっきから切り替え早すぎな。
〈あ、ああ。それだけ稼いでもらえれば全弾触手に防がれずに、胴体に直撃させられるじゃろう〉
先ほどの場合、不意打ち気味かつ、ダメージの通りにくい物理攻撃だった。だからこそ、スライムも油断して全弾まともにくらってくれたんだろう。だが、二回目となるとさすがに防いでくるだろう。
〈つまるところ、こっちの攻撃中に、触手の動きを止めてればいいって事か〉
〈でも、僕はこのありさまだし、ヨウだって僕のせいで大きく動けない……〉
〈ねえ、チチシロ。なんであのスライムが今、この時に攻撃してきてないんだと思う?〉
〈え?〉
いきなり話題ががらりと変わった。変えたのは言うまでもなくミウだ。
〈どうしてって……攻撃の反動で動けないから――じゃないのか?〉
〈それにしては長すぎると思わない?〉
確かに言われてみれば、先ほどのチチシロを追いつめた攻撃から、かなり時間が経過している。
〈……もしかして、霧があるから?〉
霧? あいつが発生させたくせにそれで動けない?
〈そんなことあるのか?〉
〈私がスライムだったら常に霧の中から攻撃するわね。霧で相手は自分が視認できないうえ、こちらはスライム。変幻自在に動かせる触手で、場所を特定されずに一方的に攻撃できるわ〉
〈それをしないで正々堂々と戦っている……〉
チチシロが補足するようにミウの言葉を引き継ぐ。え、そこからなにかわかるのか?
〈つまり、霧の中からの攻撃だと都合が悪いってこと〉
〈都合が悪いって……〉
〈きっとあのスライムも僕たちと同じで、霧が出たままだとこちらの動きを把握できないってことだと思うよ〉
〈あ〉
〈確実に殺したはずのチチシロが突然消えてしまって、様子を見ている――っていうのもあるかもしれないわ〉
確かに、あのコンボは普通じゃ回避できない。それを未知の方法で回避したとなると警戒もするか。
〈ということは、スライムの居場所を確認してから、もう一度目くらましできれば時間が稼げるかもってことか〉
〈そう言うことね〉
しかし、霧はすでに晴れ始めている、目くらましを準備する時間は〈あー、そしたら僕、煙出せるよ〉――ない?
〈ほんとかチチシロ!?〉
〈うん。……ま、まあ一応〉
凄いことなのになんとも歯切れが悪い。
〈私は十秒を二回ぐらいなら触手の動きを抑えられるわ〉
〈マジ?〉
〈マジよ〉
〈それだけ足止めしてくれるのであれば後はワシがどうにかする〉
みんな優秀すぎかよ!
〈そ、村長の攻撃が終わり次第トドメを刺しに向かってくれ、フリだけでいいから〉
俺も役に立てるし! という意思を込めて食い気味に会話へと混ざる。まあ、体力を削った後も相手を警戒させないとあの形態になってはくれないのは事実だ。
〈あの形態に入らせたら、俺がトドメを刺す!〉
〈煙を出すタイミングはこっちで見計らっていいのかい?〉
〈あ、ちょっと待て。あのスライムの霧って衝撃で爆発するんだよな?〉
〈ああ〉
それはまずい、
〈ちょっとでも起爆しちゃうと、俺の魔法の威力が激減すると思うんだが……〉
〈い、今更なにを言っておるのじゃ!〉
〈でも――〉
〈大丈夫だよ、僕の魔法は一点から煙幕を噴出するんだ。あの霧を押しのけられると思うよ〉
〈……それなら大丈夫だが〉
〈ちょっと、そろそろ来るわよ!〉
チチシロがスライムの方を向いているので、面と向かって口づけ中の俺には状況が見えない。
〈僕が、今だって伝えたら思いっきり息を吹き込んでくれ〉
〈わかった〉
状況がわからないぶん、余計にチチシロの顔に注目してしまう。近い。
……あれ、もしかして俺とんでもないことしてるんじゃないか?
〈今!〉
くだらないことを考えていると合図が届く。
俺は思考を止め思いっきり息を吹き込む。
「ぶはっ! 【所在を晦ます黒煙】」
チチシロが魔法を唱えると背後からブワッという音とスライムの咆哮が響く。
「んっ!」
チチシロは再び俺と唇を重ねクルッと百八十度回転する。
スライムの全身には黒い煙が纏わり付いており、紫の霧は見たところ無かった。
「[三度目の正直]【エレメンタルジェネレート・メタル】」
「【妨げの鎖】」
村長が金属の球体を生成すると同時に、地中から幾重もの鎖が飛び出し触手に絡みつく。
「うぼあああああぁ!」
スライムが拘束を解こうと必死に暴れるたびにミウが苦しげに声を漏らす。
「くぅっ……あと数秒しかもたないわ!」
「十分、【サウザンドニードル】!」
「うぼあああああぁおおお!!」
村長が放った球からの雨にスライムが痛々しい悲鳴をあげる、と――
「きゃっ……ごめんなさい! 束縛が解けたわ!」
「うぼあああああぁ!」
スライムが自由になった触手でガードしようとする――が、
「させると思ったか?」
村長が両手を前に突き出す。
「【加重空間】」
グンッと目の前の景色にノイズが走る。
「うぼ……ぼおおおおっ!」
スライムは触手を上げようと力を込めているようだが遅々として進まない。それどころか銀の針のスピードが一段階上がり、スライムの深部まで到達する。
三度目の正直の効果で強化されたのか。
「もう一度――【妨げの鎖】!」
再び地中から現れた鎖が触手を拘束する。
「[三度目の正直]、[背水の陣]、【追尾する風】」
「くっ、う! ……解けたわ!」
「うぼああああああぁ!!」
スライムは今から何をされるのかわかっているのか、村長との間に拘束から解かれた触手全てでガードの構えをとった。
「くらえ……【檄成・雷の矢】!」
しかし、村長はガードを気にする様子もなく魔法を発動し、周りに光る雷槍が出現する。
それらは掛け声とともにスライムに向かって翔んでゆく。
「うぼっ――うぼああああああぁおおぉお!」
雷槍はスライムの触手をすべて突き抜けて行き、そして本体へと到達する。
胴体に突き刺さった雷槍は体内の金属を通り全身を駆け巡る。
「……ぼおっ! うぼぉ……!」
「今――」
俺の指示を聞くまでもなく村長がスライムに駆ける。
「……! うぼああああああぁ!!」
こちらの読み通りスライムは魔法陣を展開するが、村長は完璧なタイミングで後退し、飛散した体液を危なげなく避ける。
「ぐふぉっ!」
「そ、村長!?」
しかし、村長は安全地帯まで飛び退くと同時に吐血した。俺は驚きのあまり、チチシロから唇を離してしまう。
「ぐ……、今ので魔力はすっからかん、無理が祟ったのじゃろう」
村長は決意のこもった目で俺を見つめる。
「後は、頼んだぞ」
「……はい、頼まれました。ふー……【エアーコンディション】」
スゥー、とあたりに微風が流れる。
「っう!」
「あ、チチシロすまん」
魔法を唱え終わり、チチシロのことをすっかり忘れていたことに気がつく。
〈はー、はー、ふっ、そ、それは別にいいんだけど、僕はこのままじゃ邪魔なんじゃ?〉
あっ、すっかり忘れてた。
〈あ、……どうしよう〉
〈なら、私が代わりましょう〉
気がつけば、すぐそこにミウがいた。……鼻血を垂らして。
〈で、でも……〉
ジリ……
チチシロ……俺でないと気がつかないぐらいだけど、後ずさりするほど嫌なのか。
まあ、今まで散々いろいろなことをやられたのだ。恐らく、チチシロの中ではもう、ミウという存在はトラウマになっているだろう。
〈でも、じゃないわよ! 早くしないとヨウの邪魔になるし!〉
〈うっ……それ、は〉
チチシロはタレ目がちの、思わず手を差し伸べたくなるような眼差しで俺に助けを求めてくる。
……すまん、でも安全を考えたらこれしかないんだ。
〈み、ミウ。頼む〉
〈よっ、ヨウッ!?〉
〈任せて〉
俺からの許可を得ると、ミウはチチシロにズンズンと近づいてくる。やがて、真正面まで来ると、慣れた手つきでチチシロの顔を自分の方に向かせる。呼吸が苦しいだろうに、最後の抵抗とばかりにそれを振り切り顔を背けるチチシロ。そして、そんなチチシロの顎に、余裕の笑みを貼り付けながらそっと手を伸ばすミウ。そのまま、顎をクイッ、と自分の方に上げる。と、
「んっ」「んんー!」
ズキュウウウン! と言う謎のオノマトペが聞こえてくるような熱烈なキスをした。
図らずも、チチシロの唇を奪われてしまった俺は別に、俺にできなかったことを平然とやってのけるミウに、シビれたり、憧れたりはしなかった。
……寧ろ、ちょっと引いた。
「じゃ、じゃあ頼んだ、ぞ……?」
〈任せなさい!〉
〈よっ、ヨウ! た、助け――! この女の力、人間じゃ――ぐっ!〉
ついに、人間をやめてしまったらしいミウにチチシロが連れられていく。
「哀れな……」
「……よ、ヨウ! とにかく! あとは頼んだぞい!」
村長にもミウの奇行耐性が付いたのか、今回は茫然自失とならなかった。それどころか、俺に激励まで残して足を引きずりつつ二人の後をついて行った。さすが村長といったところか。
俺は黙って頷きスライムを見据える。すでにスライムは霧に包まれ始めていた。
先ほどまで俺はスライムに【ガス】の魔法を使い続けた。奴の体は粘性が高く、体内に発生させたガスは気泡となり、着々と蓄積されていった。それに、暴れるたびに少しずつ漏れ出たであろうガスと、スライムを守っている引火性の霧を、先ほどの温度を一定にする魔法で混合してやる。
「そろそろ頃合いか」
魔法を解き、すぅー、はぁー……と深呼吸する。
「じゃあな、もう復活するなよ――」
一呼吸置き、俺は一つの最下級魔法を唱える。
「――【火花】」
本来それは、火花を散らすというだけの魔法。
でも、今はそれだけでいい。
パチっ、と軽い音が鳴った刹那、視界は白一色に染まる――――――?
「あれ、威力高す――」
そこで、俺は意識を失った。




