絶望と魔物
「――はっ、はっ、ふうー……そろそろ大丈夫か」
下級魔法とはいえ、こう連続で何度も何度も唱えるとかなり堪える。
「ヨウ! いつでもいけるぞ!」
完璧なタイミングで村長から合図が届く。
「わかりました!」
よし、第二、第三段階もクリアだ。
「あとは野となれ山となれ、だな」
「うぼああああああああああああ!!」
危険を察知したのか、はたまた偶然か、非常に嫌なタイミングでスライムが叫ぶ。
叫びとともに一つの魔法陣が現れ、触手から体液が一直線上に飛ばされる。それを村長とチチシロがそれぞれ左右に避ける――が、
「これは……霧?」
一直線上に着弾した体液から、先ほどと同様の霧が発生し村長とチチシロを分断する。いや、それどころか――
「っ! 危ないチチシロ! 早く後退を――」
ある程度離れている俺だからこそ確認できた。
スライムは上空にも体液を飛ばしている。
「え、しまっ――」
気づいた時にはもう遅く、体液はチチシロを中心に地面に着弾した。
「ち、チチシロ!」
なんとか被弾はしなかったようだが、嫌な予感は現実となりチチシロは霧に囲われてしまう。
「うばあああああああああああ!」
再びスライムの周りに現れる魔法陣、これはまずい。
「させるかっ!」
その隙に村長がスライムに駆ける、が、
「――むっ!?」
突如地面が盛り上がり、そこから飛び出た触手が村長を襲う。
「村長!」
バランスを崩されたうえ死角からの奇襲、初見ではさすがに避けられない。
「【肩代わりする損害】!」
後ろから誰かの声が届く――直後、触手が村長を吹き飛ばした。村長は俺の横を目で追えないほどの速さで転がっていったあと、木か何かに激突したのか、激しい衝突音を辺りに響かせた。
「そ、村長……」
ゆっくりと村長が転がっていった場所を振り返る。村長はがっくりとうなだれたままピクリとも動かない。
村長がダメージをギリギリまで与えないと俺の作戦は成功しない。
「って、あれ」
「む、むう」
もうダメか……と思った矢先、まるでダメージなどなかったかのように村長が立ち上がる。
「村長、無事でしたか!」
「この感じ……あの馬鹿もんが」
なんだ? 無傷で助かったのにあの悲しそうな顔――
「グフゥ!」
そんなことを考えているときに後ろから断末魔のようなうめきが聞こえた。
「えっ……?」
声のする方に顔を向けると村人の一人が血まみれで介抱されていた。
「な、なにが起きたんだ!?」
そういえばあのうめき声、村長が吹き飛ばされる瞬間に唱えられた魔法の声と同じ? それに村長が不自然に無傷……
「まさか、ダメージを肩代わりしたのか……?」
「そ、そん、ちょう……すまね、え」
血で真っ赤になった顔から、わずかに見開かれていた目が閉じられる。
「ぐお……」
それと同時に村長が苦し気な声を漏らした。
「な……若返りの魔法が解けた!?」
みるみるうちに村長の身体は痩せてゆき、髪も白髪のみに戻ってしまう。
じゃあ、今の人が村長を若返らせていた人だったのか!?
チチシロが霧に覆われ、村長が元の姿に戻ってしまうまでわずか四十秒強。状況は一瞬のうちに最悪に近いことになってしまっていた。
「うぼああああああああああああああ!」
魔法詠唱が終わったのか、魔法陣がその輝きを増し、魔法が発動してしまうことがわかる。
スライムの胴体に、口のようにぽっかりと洞が現れる。そこから一つの球体が、チチシロを囲う霧の上空に放たれる。やがて、その球体が最高点に達すると、球体から無数の雨のように、紫の針がチチシロを囲った部分に降り注いだ。
「こ、これはさっきの村長の!」
そ、村長の技をトレースしたのか!? それに先ほどのチチシロを囲う攻撃……明らかにチチシロを狙っていた。回避パターンや攻撃パターンを学習しなければあんなことはできない。つまり、このスライムは知性もあるということに他ならない。戦えば戦うほど学習され、技を繰り出せば繰り出すほどトレースされ、俺たちはますます不利になるってことだ。
「ち、チチシロ……」
もはや俺にできるのは無事であってくれとこの残酷な光景を見守ることだけだ。
「く、くそ……俺に力があれば!」
地団太を踏みたくなるが、今はそれどころではない。早く新たな策を考えなければこのまま全滅してしまう。
「よ……ヨウ」
「村長! 無事ですか!?」
「ふん、あの馬鹿者が傷を肩代わりしおったからな……」
本当に馬鹿者め、とつぶやく村長の目は言葉とは裏腹に慈愛に満ちていた。
「そんなことより、じゃ」
村長の声が真剣なそれに変わる。
「アイツを先ほどの状態まで追い込めば勝てるんじゃよな?」
「……おそらく――いや、はい」
ここで曖昧に濁してもいいことは一つもない。今できることは倒せると信じて最善を尽くすことだけだ。
「でもその身体じゃ――」
「ふん、甘く見るな。これでも攻撃だけなら全盛期と同じだけのことができるわい」
「で、でもそれじゃあ攻撃を避けられないし、万が一直撃でもしたら……」
さっきの一撃が肉体強化されていない村長を直に襲った時の想像は難くない。
「ワシを誰だと思っている? ……それに、ワシが雷撃を開始できればアイツは痛みで攻撃できなくなっていた。ならば攻撃を繰り出せればこちらの勝ちじゃ」
確かにそうだ――が、それは希望的観測でもある。先ほどの場合は体内に電撃が通ったことに対する戸惑いもあったのだろう、いうなれば不意打ち気味な攻撃だった。しかし、今回はそれがバレているため戸惑いも少ないだろう。
「先ほどのは不意打ち気味でしたから……それに、あのスライムは学習できる知性を持っています。もう一度、同じ攻撃をしようとすれば確実に妨害してくるかと……」
「なに、心配はいらない。雷撃が発動した後の触手は何とかする。それに、その前準備までの間はあの旅人に頑張ってもらうわい」
「な、なに言ってるんですか! ……チチシロはもう――」
言いかけてやめる、現実を認めたくなかったからだ。
「いや、あいつは生きておる」
しかし、村長は弱気になった俺の言葉を否定する。
「ど、どうしてそんなことが――」
「勘、じゃよ」
勘!?
「それに、じゃ。どっちにしろ奴がいなくちゃ話にならん」
ならば答えは一つじゃろう? と、紫の雨を臨みながら覚悟を決めたのか、顔を引き締める。……まあ言われてみれば、確かに今さら撤退なんてしたら追撃を喰らってお陀仏、運よく逃げられてもいずれ戦う――か。
逃げの選択肢がない今、チチシロが生きていることを前提に対策を練るべきか。
「そう、ですね」
俺も心を決めスライムにガンを飛ばした。
「うぼおおおおおおおおおおおおおあ!!」
しかし、スライムは攻撃の手を休めるどころか、次の攻撃に移ろうと新たな魔法陣を展開した。
「今度は何を――」
パチッと何かがはじける音がした。
瞬間、何かに衝突したかのような感覚――そして、気が付けば俺は仰向けに地面に転がっていた。
え……なにが起きたんだ?
「ヨウ! しっかりしろ!」
村長が叫びながら俺の手を取り起き上がらせてくれる。
頭の中で音がガンガンと鳴り響き、視界も白くぼやけていてよく見えない。それが徐々に回復していく中で俺は現状をようやく理解する。
「な、んだ……?」
先ほどまでチチシロがいたであろう紫の雨が降り注いでいた場所を中心に、クレーターのような特徴的な地形が出来上がっていた。
おそらく、それを作った時の衝撃で離れていた俺も吹き飛ばされたのだろう。
「あの雨じゃ……あれが地面にあたって霧状になったのじゃろう。それが旅人を囲んでいたガスと混ざっておった。そこに引火させてあの威力の爆発になったんじゃ……」
村長も眼をしばしばさせつつ、驚きを隠せないのか囁くように説明する。一歩間違えればあそこにいたのは村長なのだ。
「そ、そんな……チチシロ」
一撃目の連携の分断、二撃目の包囲、三撃目の集中攻撃、四撃目はガスの充満による窒息、極め付けは大爆発。
「今度は……ダメかもしれんな」
村長はあきらめたかのように軽く笑い下を向いている。俺は俺で、そんなことないですよ! と言いたかったが、俺はどうしても口を開くことができなかった。
「えっ――?」
そんなとき、俺は肩を叩かれた。




