脱力系推理小説 無題01
C01
この世には『宗教』が存在する
宗教というサブジェクトを作り上げ、自分が無職であることを宗教の仕業だと思い込んでいる
宗教を逃避代にしている
もちろん、自分が無職なのはダメ人間なのは自分のせいであり宗教の仕業などではない
つまり、宗教のほとんどが、私達愚かなインオブヒューマンが作り出した妄想、あるいは電磁波の影響による幻覚、あるいは薬のやり過ぎによる一過性のものなのである
宗教は妄想。これが、人間である為の大前提だ
しかし、そんな幻覚地帯の中にも、せいぜい0.1%程であろうか、本物の宗教は存在する
そして、その超稀少の存在である本物の宗教を私は目撃してしまった
そのとき、私は無意識のうちにこう叫んでいた
「若者よ、目覚めよ!!」
C02
木々の緑が視覚的に鮮やかな好季節
ジェットストリームラインが屏風のように、そして鳩時計の長針のように零れ落ちる早春の午後
私は、新学期に現を抜かす愚かな学生達の希望に満ち溢れた瞳をみて、自分の優位性をまた実感していた
私の名は山下吾郎
私は、新世界の神なのだ。私に逆らう者はメンデレーエフの周期法則に則り、撲殺の刑に処する!
そう、私はノートを持っている
この、世にも恐ろしいノートは日々の退屈な出来事を取り留めもなく書き綴る、殺人日記帳なのだ
【今日は友達の笹原君がカレーを作ってくれたよ。そのあと、リッジレーサーレボリューションをやりました】
そうこうしているうちに、バイトの時間になったので出かけることにした
私の仕事は探偵である
仕事内容は、猫の散歩やエアコンの掃除等、あるいは迷宮入り事件の解明が主だ
私は、かの参億円事件をものの見事に解き明かしたことで、友人達の間で有名になった
ちなみに、犯人はビートた○し。単独での犯行であった
C03
私の職場、つまり探偵事務所は一見してとても探偵事務所とは思えないような、感慨深さを放射状にはなっていた
事務所内はまるで迷路のような複雑な構造をしており、素人が一度迷い込んだら白骨死体となって発見されるという逸話も、あながち大袈裟過ぎるともいえない
職場に着いた私はタイムカードを記帳したりした後、この探偵事務所のボス、サイドワインダー桜井に本日の仕事内容を恐る恐る尋ねてみた
すると、桜井の口から以外な言葉が発せられた
「特殊閉鎖状況下における説明義務の有無について」
それはまさに、この状況下である。説明義務有だ
私はその、漠然とした思いを桜井に投げかけてみた
すると、桜井は観念したように重い口を開き語り出した
「本日の論点は、都市型犯罪における悪意の所存論であーる」
ほ、ほう。それはおもしろい・・・
しかし、私達の仕事はあくまで探偵。論より証拠という格言は私達の為にあるのと同義なのだ
さぁ、早く証拠を掴むために太陽の下をかけまわりましょう!アンダーザサン!
と、言いたいところだが私は言葉を飲み込んだ
要するに、今日は仕事の依頼が何も無いのだ
基本的にこの事務所には仕事の依頼が来ない。それは一重に、サイドワインダー桜井の人間性に起因するものに他ならなかった
「今日も、一日中将棋を差して時間を潰すんですか??」
私が軽蔑のまなざしでそう言うと、突然桜井は鬼のような凄絶な形相となり、私に言葉の暴力を浴びせた
「このフェノールフタレイン野郎が!!テメーなんぞ一撃で鯵の一夜干しだー!!」
ひ〜!私は一夜干しを覚悟した
そのとき、鳴るはずの無い我が探偵事務所のインターフォンが鳴った
それはまるで、地獄に垂らされた一本の蜘蛛の糸であった
瞬間、桜井はまるでオカメさんのような玄妙な表情になり、玄関に向かい客を出迎えた
「おや、お客さんかい?」
C04
客の名は、井上虎辺流。国家公務員37歳無職である
井上の依頼を要約すると、大体こんな内容だった
彼の友人、佐藤真留治が先日何者かに殺されたか、あるいは自殺した
警察も自殺と殺人の両方の線から捜査を行っている
しかし、彼は信じられなかった
なぜなら、佐藤は誰からも好かれる心優しいさわやかな好青年で、誰かに恨まれるなどということは物理的にありえないという
また、彼が最近なんらかの精神的ストレスを抱えていたようには記述統計学の面からみてもとても見えず、自殺というのも革新的にありえないという
また、通り魔的犯行も周辺地域環境を気候地形学の面から鑑みても神秘的にありえないという
また、病死の可能性も量子力学の面から観測しても対照的にありえないという
私はその依頼内容を聞き慄然とした
これでは、佐藤が死ねる可能性すら無いではないか!?
しかし、こんな障子に穴を空けたような状況下でこそ、その卓越した能力を発揮させるのが我等がボス、サイドワインダー桜井という人物なのだ
彼は相当の変人ではあるが、こと殺人事件となればどんな状況下でも一切取り乱すことなく、冷静かつ鋭敏な判断力で鮮やかに事件を解決させてしまう
そんなことを思いいつつ、私はふと桜井の方に視線を移した
すると桜井は顔面蒼白で全身を激しく震わせながら「なに・・??いったいない・・??」を繰り返すばかりであった
なんの約にも立たない桜井を事務所に取り残し、私は早速調査に乗り出した
地域住民や、彼の知人達に対し聞き込み調査を六時間ほど無条件に敢行したところ、あまりにも予想外で、またあまりにも予想通りな色々なことが浮かび上がってきた
それは、佐藤が死ぬ可能性が限りなく零に近いということ。つまり、井上の証言通りなのである
これでは、佐藤真留治殺人事件は迷宮入りとなってしまう。いったいどうすれば・・・
そうこうしているうちに日が暮れてきたので、私は家に帰ることにした
【今日は笹原君が作ってくれたカレーの残りを食べたよ。そのあと、ジャンピングフラッシュ2をやりました】
C05
翌日、合法ドラッグで気を取り直した私は、佐藤の家を調査してみることにした
その家は何の変哲も無い、廃村のようなくたびれた住宅街の外れにあった
部屋の中は、佐藤が生前に暮らしていた時の状態がそのままに保たれていた。ずいぶんみすぼらしい部屋ですこと
ところで私は探偵なので、この状態は当然不法侵入である。捕まったら罰金百万円は固い
そんなスリルと不安を胸に抱きつつ調査を進めていくと、私はある一つの結論に達した
犯人は、井上虎辺流だ
第一に井上が犯人であると推奨される証拠が、この部屋には多く残され過ぎている
いったいどういう事だ?依頼人が犯人だなんて・・
私は何か大切なことを見落としているのだろうか?
そのとき、私の携帯電話が鳴り響いた。桜井からの電話であった
私は早急に電話に出ると、桜井は予想通りの言葉を発した
どうやら、井上虎辺流は警察に逮捕されたらしい。警察も私と同じ見解にたどり着いたようだ
現場の状況からみて、殺したのは井上。これはもう間違いない
しかし、問題は動機である。これが、全く持って無い。絶無なのだ
ちなみに井上の罪状は次の通りだ
容疑者;井上虎辺流
被害者;佐藤真留治
容疑;殺人
殺害方法;撲殺
動機;イライラしてやった。殺すつもりは無かった
そんなふざけた動機があるか!
私は、その場に硬直し殺しの動機を考えあぐねて閉口していると、机の上に無造作に置いてある小汚い一冊の冊子が目に留まった
その瞬間、妙な感覚が私の全身を駆け巡った。私はこの状況を知っている
なぜ知っているのか・・?しばらく考えているうちに、私は記憶の奥底に埋もれた、いやむしろ意図的に封印された感のある、若かりし頃のある事件を思い出していた
C06
あれはまだ、私が大学生だった頃
私には小林充という友人がいた。彼と初めて話しをしたのは、地質経済文化論という科目の講義中のことであった
小林は、私の隣の席に座りその授業とはまったく関係の無い、やたら複雑怪奇な方程式のようなものを必死に解いていた
私はその様子をしばらく花鳥風月の面持ちで眺めていると、突如として彼は絶叫し狂喜乱舞しだした
あまりの事に彼に声を掛けると、どうやら謎の方程式を解き明かしたらしいことがわかった
私が、その方程式をためつすがめつしていると、彼は静かに語り始めた
彼は、ニュートンの万有引力の法則の矛盾点を理論的に立証したらしい。彼の理論によれば、ニュートンがその法則を発見するきっかけとなったのは、木から林檎が落ちる様子を見たからではなく、実際に木から落ちたのは西瓜であるというのだ
彼は、今解き明かしたばかりの方程式と照らし合わせつつ、その理論の有用性を私にサゼッションしてきた。その、サゼッションも数時間が経過した頃、私は彼にこう言ってやった
「西瓜は畑でつくるんだよ」
C07
それ以降、私と小林はよく学校帰りなどに酒などを飲みながら、パスカルの原理やボイルシャルルの法則、またファラデーの電気分解の法則やエントロピー増大の法則、光速不変の法則、不確定性原理などについて討論したりするようになった
そんなある日、私は初めて小林の家に招待された。小林の家は、都会の中では異彩を放つ落ち着いた雰囲気の木造アパートで、彼の部屋に入ると、所狭しと陳列されたドリームキャッチャーやハワイの空気缶詰などが目に入った
その日、私と小林は食塩水希釈の問題についての討論に華を咲かせていた。しかも、溶質と溶媒の両方に違った濃度の食塩が溶けているという、もっとも難解なパターンである
討論も佳境を迎え、飲んでいた鏡月も二本目が空いた頃、さすがの私も泥酔し前後不覚となり遂に意識を失ってしまった
・・・・・・
あれから、何時間経ったのだろう?
ふと目を覚ますと、小林は死んでいた
「し・・死んでる・・・。」
私は、混沌とした頭のまま警察に通報した
小林の部屋は滅茶苦茶に荒らされており、死因は撲殺。この状況からみて、警察はどうや強盗の犯行であると結論づけた
私は憔悴した。私が泥酔して眠っている間に、この部屋に強盗が押し入り、小林を撲殺して去っていったのだ
しかし、不思議な事がある。強盗目的で部屋に入ったのに、金品が何も盗まれていなかったのだ。この点については、現場の警察官も頭を捻っていた
現場検証などが終わり私も解放されたので、そろそろ帰ろうかと思っていたとき、机の上に無造作に置かれたある冊子に目が留まった。それは、宗教法人法務真理教の機関紙じょいふる・はぴねすであった
その瞬間、私は言いようの無い嫌悪感を覚えた。なぜ、そのように感じたのか分らないまま私は現場を去った
その後、結局犯人は見つからず、この事件は迷宮入りという最悪の結末を迎えてしまった
C08
という記憶である
私はなぜ、このような大事件をすっかり忘れてしまっていたのか・・・?
その時、私の頭脳に閃光が走った。錯覚ではなく、それは視覚的なものではなかった
自分の中の別の自分が浮上し、意思とは無関係に計算を始める。手当たり次第、記憶を出し入れしている
汗が出る。鼓動が、呼吸が、速度を増す
私は、身震いした。恐ろしい光景、いや、それは光景ではない。恐ろしいのは、その精神。そして、思想
この考えが正しいとすれば全てのつじつまが合う
井上は、無意識のうちに佐藤を殺した。そして、その部屋にはじょいふる・はぴねすが転がっていた・・・
では、あの日、小林を殺したのは・・・
・・・・・・・・・!
全てを悟った私はトランス状態になった。
少壮気鋭!一倡三歎!離合集散!情状酌量!我田引水!無為迅速!非難轟々!公明正大!一旦緩急!完全無欠!竜頭蛇尾!一心不乱!森羅万象!意気軒昂!起死回生!・・・・!!
・・小林を殺したのは・・・・!!
C09
ぎゃあああああああ!!
私の精神は完全に崩壊し、訳も分らず全速力で走った
今はただ、笹原の作ったカレーが食べたかった
も、もう駄目だ!オレはもう駄目だ!
た、たすけてくれ笹原!
お前が作ったカレーを、またオレに食べさせてくれーー!!
うわああぁぁぁぁーーーーーっっ!!!!
私は絶叫して、笹原蒼晃の家に飛び込んでいった・・・・
※この物語はフィクションであり実在する人物、団体、事件、その他の固有名詞や現象などとは何の関係もありません。嘘っぱちです。どっか似ていたとしてもそれはたまたま偶然です。他人のそら似です
一応解説
過去に友人を殺してしまったことを思い出し、精神を崩壊させた山下吾郎が、さいごに助けを求めた笹原君とは、なんとあの尊師笹原蒼晃であった
という、悲劇的な内容です
この後の展開は想像にお任せします