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勇者がゴブリン  作者: ムク文鳥
第4章
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とある一つの可能性

 今年もよろしくお願いします。




 闇が支配するリュクドの森。

 その中でも更に闇が濃い大きな樹の影に潜みながら、俺とジョーカーは前方の光景を見つめていた。

「どうやら上手くいったようだな」

「そのようだね。でも、倒せた敵の数は五十人にも満たない。大した打撃にはなっていないね」

 冒険者に偽装した屍肉魔像(フレッシュゴーレム)を使った、帝国軍に対する奇襲。確かに敵の数を減らすことはできたが、敵側からすれば大した被害ではないだろう。

「しかし、たった一日でここまで進行されるとは……ちょっと予想外だったな」

「そうだね。まさか、帝国軍が地竜を使役するとは思ってもいなかったよ。いやー、あれ、どうやって調教したのかな? その手段にちょっと興味あるね」

 ジョーカーの言う通り、地竜という魔獣はほとんど本能しかない生き物だ。そのため、調教することはまずできない。なんせ、命令を聞き分けるだけの知能がないのだから。

 確かに地竜はどこにでもいるし、数を揃えるのは難しくない。それほど凶暴な魔獣でもないので、生け捕りにするのも難しくはないだろう。

 だが、生け捕りにしただけでは何の役に立たない。仮に数多くの地竜を捕獲し、一斉にリュクドの森の中に放てば、森の一部を食い荒らすぐらいはするに違いない。

 だが、人間の命令を聞き分けるだけの能力がない地竜は、好き勝手に森を食い荒らすだけ。中には森を「食う」ことさえせず、地中に逃げ込む個体だっているだろう。それでは意味がないのだ。

 地竜をしっかりと統率して「食う」場所を細かく指定する。そして、地竜もまたその命令に忠実に従う。

 それができなければ、的確に森を「食らって」軍隊が進むだけの道を切り拓くことはできないのだ。

 そして、帝国軍はそれをやってのけたのである。正直、こんな手段で森を拓くとは思ってもいなかったぞ。

「本当に、どうやって地竜を操っているのかな? もしかして、人間の中に〈魅了〉の使い手でもいたりしてね。まあ、まずそんなことはあり得ないけどさ」

 何気なく呟いた、ジョーカーの言葉。その言葉に、俺の身体が勝手にびくんと震えた。

 〈魅了〉という言葉に、俺の中の何かが反応したのだ。




 〈魅了〉。

 それは相手に自分の言うことを聞かせる能力だ。使い手によってその効果は様々で、効果が低ければ対象に自分を顔見知りと錯覚させる程度だが、効果が高ければ対象に命令を与えて、意のままに操ることさえできてしまう。

 もっとも、どれだけ効果が高かろうが相手の自我を奪うことはできない。そのため、対象の意に反するようなことはまずできない。

 魅了された相手からすれば、術者が「とても親しく大切な友人」に思えて、その友人のために自分のできることは何でもしてあげたい、と思ってしまうのだ。

 そのため、自分の力の及ぶことなら何でもするが、できないことはできないと断る。

 例えば、普通の村人に国王を暗殺しろ、と命令してもその命令に従うことはない。だが、凄腕の暗殺者に同じ命令をすれば、その暗殺者はどんな障害を乗り越えてでも命令を実行しようとするだろう。

 そもそも、〈魅了〉は魔物が有する特殊能力なのであり、人間が〈魅了〉の能力を有することはない。

 魔術の中に〈魅了〉と同じ効果を持つものは存在するが、その持続時間はそれほど長くはない。仮に帝国軍の地竜が魔術によって魅了されているのであれば、とっくにその効果は切れているだろう。

 目の前の帝国軍が使役している地竜は、現在も野営地の一か所に集められ、大人しくしている。その様子から見て、魔術によって操られている可能性は低そうだ。

 帝国軍にも魔術師はいるだろうから、その魔術師たちが入れ代わり立ち代わり魔術で地竜を操っているかもしれないが、それはあまり実用的ではあるまい。

 なんせ、何が襲ってくるか分からないリュクドの森の中で、地竜を操るためだけに魔術師を運用するよりも、他のことをさせた方がよほど実用的なのだから。

 であれば、やはりあの地竜たちは魅了されていると考えるべきか?

 人間には使えないはずの〈魅了〉。いや、魔物でさえ〈魅了〉の能力を有する者は、決して多くはない。

 そんな〈魅了〉の使い手に、俺は一人だけ心当たりがあった。

 かつて、その〈魅了〉を用いて知能の低い魔獣どもを数多く手懐け、《魔物の王》にまで登り詰めた存在。

 そう。

 「あいつ」だ。

 俺は「あいつ」に〈魅了〉の能力があることを知っている。

 そのことに思い至った瞬間、俺の中にとある考えが浮かんだ。

 その考えとは、もちろん「あいつ」に関わること。

 もしかして……もしかして、今生のあいつは魔物に生まれてはいないのではないか、というもの。

 これまで何度も人間に生まれ変わってきたこの俺が、なぜか今生はゴブリンに転生してしまった。

 ならば。

 これまで何度も魔物として生まれ、《魔物の王》にまで登り詰めた「あいつ」もまた、もしかしたら人間として転生しているのではないか。

 そんな考えが、俺の中に芽吹いたのだ。

 これまでの「あいつ」は常に魔物だった。《魔物の王》だった。だから俺は、今生でも「あいつ」は魔物として生まれ、《魔物の王》へと登り詰めるだろうと考えていた。

 だが、俺が人間から魔物へと転生したように、「あいつ」もまた魔物から人間へと転生した可能性があるのではないか。

「……まさか……まさか、あの中に……「あいつ」がいるのか……?」

 暗い闇に潜んだまま、俺はそれまで以上に鋭い視線を、じっと帝国軍へと注いだ。




 どうして今まで、その可能性を考えなかったんだ、俺は?

 「あいつ」がこれまで魔物だったからって、今度も同じく魔物であるとは限らないじゃないか。

 俺自身がゴブリンに転生した時点で、その可能性を考えるべきだったはずなのに。

 まるで、何者かに()()()()()()()()()()()()()()()かのように、その可能性をまるで考えてこなかった。

 もちろん、これまでと同じように「あいつ」は魔物として生まれ、人間に擬態している可能性だってある。魔物の中には人間に化ける連中だっているからな。

 だが、もしも「あいつ」が人間に生まれ変わっているとすれば。

 俺がゴブリンに生まれ変わっても〈気術〉が使えたように、「あいつ」もまた人間に転生しても〈魅了〉が使えるのではないか。

 まあ、兄弟たちのようにゴブリンの幼生でありながら〈気術〉を使えた天才だっていたのだから、生まれながらになぜか〈魅了〉が使える人間だっているかもしれないが……それはあまり現実的ではないだろう。

 仮に帝国軍の中に〈魅了〉が使える者がいたとしても、それが「あいつ」だと限ったわけでもない。

 それでもなぜか、俺にはあの中に「あいつ」がいるように思えて仕方がない。

「どうしたの、ジョルっち? 随分と難しい顔をしているけど?」

「……ああ、何でもない。色々と考えていただけだ」

「それならいいけどさ。それで、これからどうする?」

 予定では、今日は屍肉魔像を使い捨てにした、嫌がらせじみた襲撃を行なうだけだった。

 襲撃の目的は、敵の数を減らすことよりも精神的な圧力を加えることにある。

 一度夜間に襲撃を受ければ、誰だってゆっくりと休むことができなくなるからな。

 一度あったことは二度あるかもしれない。二度あれば三度目だってあるかも。しかも、相手が夜間の活動に慣れた妖魔となれば、早々ゆっくりと休むことなどできやしない。

 そうやって精神的に追い詰めるのが、今日の夜襲の目的なのだ。

 同時に、冒険者に偽装した屍肉魔像を使うことで、敵がダークエルフだけではないことを強く印象づける。

 リュクドの森に入り込んだ帝国軍の構成は、正規の兵士や騎士ばかりというわけではあるまい。あの中には、雇われた傭兵や冒険者だっているだろう。つまり、全員が全員顔見知りではないのだ。

 歩哨に立っている見知らぬ兵士が実は敵だったら? そんな疑心暗鬼な思いを抱かせるのも目的の一つである。

 ちなみに、この作戦を考えたのはもちろんジョーカーだ。ホント、こいつはこういう嫌がらせが上手いよな。

 なお、冒険者に偽装した屍肉魔像の何体かは、騒動と夜陰に紛れて野営地に潜り込ませた。後日、突然暴れさせて内部から撹乱する予定である。

 そうすれば、帝国軍内の不安感や不信感は更に増すだろう。

「できればもう少し敵の数を減らしたいところだが……今日はもう手を出さない方がいいだろうな」

「そうだね。種はもう蒔いたんだ。後は芽が出てその芽が成長するのを待てばいい」

「つまり、連中の足止めだな?」

「そういうこと。帝国軍の足を止めるのであれば……」

 俺とジョーカーの視線──ジョーカーの奴に眼球はないが──が、帝国軍の野営地の一角で大人しくしている魔獣たちへと向けられた。




 リーリラ氏族の集落へと戻った俺とジョーカーは、すぐにグルス族長に今後の作戦を相談した。

「では、リピィ殿は帝国軍が使役している魔獣……地竜を狙えと言うのだな?」

「そうだ。あの魔獣どもさえ排除できれば、帝国軍が森を進む速度は半分以下になるからな」

 そう。俺たちが狙うべきは地竜だ。あの魔獣こそが帝国軍の進撃の要だからな。

「承知した。それで、作戦の詳細は?」

「俺と兄弟たち、そして三馬鹿と突風コオロギ、ザックゥ率いるトロルたちで陽動をしかける。その隙を突いて、ダークエルフたちは〈姿隠し〉で帝国軍へと近づき、地竜を始末してもらいたい」

「…………それだけかね?」

 あ、何か不満そうだな、グルス族長。

 さては、巨大魔像で先陣切って帝国軍に突っ込むつもりだったな?

 何だかんだ言って、ゴーガ戦士長とは親子ってことだな。最近、グルス族長の考え方が脳筋方面へ傾いている気がして仕方がないぞ。

「そんな顔をするなよ、族長。クロガネノシロは俺たちの切り札だからな。そう簡単に動かすわけにはいかないだろう?」

「む、そ、それもそうだな。我がクロガネノシロは切り札だからな!」

 チョロいな、族長。それから巨大魔像はあんたの物じゃないぞ。ま、それは今更って気がするけど。

「あと、あの炎竜にもひと働きしてもらいたいところだね」

「そうだな」

 ジョーカーの提案に俺は頷いた。

 さて、何と言ってあの腐竜を動かそうか。

 あいつは俺の手下ってわけじゃないから、動かすにはそれなりの理由がいるからな。

 そうだ。そう言えば、帝国の例の第三皇子はすげえ美形だって隊長やクースが言っていたな。

 それを理由にすれば、美少年大好きな腐竜も動いてくれるだろう。

 ただ一つ心配なのは、その美形皇子に心酔して向こうに味方されることだな。ま、こっちにはあいつお気に入りのギーンがいるから、そうそう鞍替えされることはないだろう。




 ……………………………………ないよな?



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