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勇者がゴブリン  作者: ムク文鳥
第4章
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ハーライソンダーグールの優雅な趣味



「ぐふふふ。そう怯えるなって」

 黒い肌の巨漢が、目の前の少年に下卑た視線を向ける。

 巨漢の目は、ねぶるように少年をゆっくりと見つめる。先程行われた戦闘で鎧や衣服が破損しており、巨漢とはまた味わいの違う黒い肌があちこちから覗き、どことなく色香のようなものが滲み出していた。

「あ、兄者……兄者だけ楽しむなんて……言わないよな?」

「獲物は仲良く……が、我ら兄弟の鉄則だよな?」

 黒肌の巨漢の背後には、よく似た男たちが二人控えていた。その二人もまた、目の前の少年に熱い視線を注いでいる。

「く、くそ……」

 明らかに怯えを見せつつ、それでも戦意は喪失していない少年。彼はじりじりと近づいて来る巨漢たちを、気丈にも睨み返した。だが、それは巨漢たちの嗜虐心を刺激するばかりであることに、少年は気づいていなかった。

「さて、まずは邪魔な物をとっぱらうか」

 舌なめずりしつつ、巨漢がその太い手を伸ばして少年の服をぐっと掴む。そして、そのまま強引に引き千切った。

 耳障りな音と共に、少年が纏っていた服が単なる布の残骸と化す。同時に、少年の艶のある黒い上半身が露わとなり、巨漢たちの目に好色な色が浮かんだ。

「くくく、美味そうだ」

「ああ、こんな上玉、そうそう味わえないからな」

「うひひ。いい声で啼いてくれよな」

 巨漢たちも自ら肌を露わにしながら、少年を取り囲むように近づいた。

 巨漢の腕が再び伸び、今度は少年の下半身を包む衣類を奪わんとする。

 だが。

 だが、それは叶わなかった。なぜなら、黒い巨漢たちの間を白い突風が吹き抜け、同時に周囲に血風が舞い散ったからだ。

 どさどさと音を立て、少年を取り囲んでいた巨漢たちが倒れていく。

「リピィっ!!」

「ふ、待たせたな、ギーン。貞操は無事か?」

「と、当然だろう。俺が身体を許すのはおまえだけだ」

 それまでの怯えから一転、花が咲いたような笑顔を浮かべて、黒い肌の少年は白い異形に駆け寄った。

 そして、ためらうことなく白い異形をその両腕で抱き締める。

「きっと……きっと、おまえが助けてくれると思っていた」

「当然だ。おまえは俺のものだからな」

 黒い少年と白い異形の視線が、熱を持ったまま絡み合う。そして、二人の唇の位置が徐々に近づき、その距離がなくなって……




「……なんだ、これは?」

「うむ、よくできておるであろ? これぞ、我がこれまで続けてきた創作物の中でも、最高の傑作よ! ささ、遠慮なく感想を言うがよいぞ? 誉めたてるがよいぞ?」

 俺は手にした羊皮紙をぐしゃぐしゃと丸めると、そのまま炎の魔術で灰にした。

「あああああああっ!? わ、我の最高傑作がっ!!」

 羊皮紙に書きなぐった謎の物語の作者……人間の姿に化けた炎竜が、そのだぶついた頬を持ち上げるように両手で支えて悲鳴を上げた。

「こ、この白い小鬼が!」

「黙れ、この腐竜!」

 よく意味は分からないが、ジョーカーが炎竜を「腐竜」と呼んでいたので、俺も真似してみる。意味は分からなくても、この言葉が侮辱であるのは間違いないだろう。

「こんな変な物語をわざわざ捏造しなくても、すぐ近くに実物のギーンはいるじゃないか」

「お、おお! おお! その通りであったわ! ギーンは……我が心の潤いはいずこや?」

 まるで恋する乙女のように、だぶついた頬と身体を揺らしながら、炎竜ハーライソンダーグール──長いので今後はハライソと呼う──はギーンを求めて走り去った。

 どこから取り出したのか、ご丁寧にもひらひらした飾りのついた日傘を手にしながらだ。もしかして、あの日傘もハライソが着ているドレスと同様、奴の身体の一部が変化したものかもな。

 どうも、ハライソは美少年が大好きらしい。特にギーンはダークエルフということもあり、そのすば抜けた美貌がハライソの心を鷲掴みにしたっぽい。

 ギーンにしたら迷惑なことだろうが、お蔭でハライソとの話はすんなりと行えた。

 奴自身から聞いた話によると、奴がトロルの塒を襲ったのには、別に理由はないらしい。空を飛んでいたら、偶然眼下にトロルがいるのを見つけた。もしかして、トロルの中にも彼女好みの美少年がいるかもしれない。

 なぜそんな考えに至ったのかは全く理解できないが、ともかくハライソはトロルを襲撃した。もちろん、トロルの中に美少年がいるわけがないが。

 トロルを散々痛めつけたハライソは、かねてより考えていたことを実行する。つまり、自分が今代の《魔物の王》であると宣言することだ。

 《魔物の王》を名乗れば、自分を討伐するためにヒト族の勇者が現れるに違いない。そして、勇者ともなればそれは当然美少年に決まっている。

 つまり、美少年が向こうから自分に会いに来てくれる。至福!

 とまあ、そんな単純な考えで、ハライソは《魔物の王》を名乗ったってわけだ。

 ホント、迷惑な話だよな。




「して、おぬしらはこれからどうするのじゃ?」

 そう聞いてきたのは、何とも嬉しそうな様子のハライソである。小脇に抱えられた荷物……もとい、ギーンが、何か言いたそうに俺を見つめている。

 すまん、ギーン。どれだけ腐っていようとも、相手は竜なんだ。ここは機嫌を取っておかないと。

 誰かの書いた架空物語じゃあるまいし、竜がダークエルフを性的な意味で食べることはあるまい。多分。

「もう用は済んだからな。拠点であるリーリラ氏族の集落に帰るさ」

「ほう? もしや、そこはダークエルフの集落かえ? 確か、リーリラというのはダークエルフの氏族の一つであろ?」

「その通りだ。よく知っているな?」

「くふふ、我ら竜を見縊ってもらっては困るわ」

 竜って奴は豊富な知識を抱えていることでも有名だからな。伝説や伝承によると、竜という生き物は一度見聞きしたことは絶対に忘れないと言われている。それが本当かどうかは定かではないが、ハライソの様子を見る限りまんざら嘘ってわけでもなさそうだ。

「よかろう。ならば、我も一緒に行こうぞ」

 ハライソがそう言った途端、小脇に抱えられているギーンがすっげえ嫌な顔をした。

 これでこの腐竜から解放されるとばかり思っていたのに、これからも付き纏われるのはごめんだ、と言いたいのであろう。うん、その気持ちはよく分かるぞ。

「ダークエルフたちの里……ぐふふ、このギーンに負けず劣らずな美少年が、きっとたくさんいることであろうて……」

 それが目的か。確かにエルフやダークエルフってのは美形が多い。実際、リーリラの集落にもギーンより年若い子供たちがいるが、みんな美少年、美少女ばかりだ。

 そんな所にこのハライソを連れていっても大丈夫だろうか。ちょっと心配だ。でも、ハライソは別に美少年を傷つけたりはしないみたいだし、見て楽しむ──邪な妄想もするだろうが──だけなら別にいいだろう。

「では、疾くと参ろうではないか。我が理想郷へと!」

 弛んだ頬をにぃと歪め、意気揚々と歩き出すハライソ。竜の姿に戻って飛んで行くんじゃないんだ。まあ、竜の姿に戻ると、今みたいにギーンを抱えることができないもんな。

 どっちにリーリラの集落があるのか知らないはずなのに、なぜかハライソは自信満々に歩いていく。おい、ハライソ。リーリラの集落はそっちじゃないぞ。

 もしかしてこいつ、方向音痴か? どうして方向音痴の奴に限って、勝手に歩き出すんだろうな? それも、迷う素振りさえ見せず自信満々で。

 は? 自分の胸に手を当ててみろ? 何のことだ?

 それはともかく、このままハライソを先に行かせるわけにもいかない。あさっての方へ行かれても困るし、あいつにはもう一つ確かめたいことがあるしな。

 俺はハライソを止めるため、ちょっと足早にあの腐竜の後を追いかけた。

 ついでだから、ギーンの奴も助けてやるか。




 ハライソの本来の塒。それはザックゥたちが根城にしていた洞窟より、数日は森の奥へと進んだ場所にあった。

 切り立った崖の中腹あたりに、ぽっかりと開いた巨大な洞窟。当然ながら、トロルたちが利用していた洞窟よりもずっと大きい。

 そこが、炎竜ハーライソンダーグールの本当の棲み家だ。

「こ、これが竜の棲み家か……」

 俺と同じように洞窟の奥へと視線を注ぎながら、緊張した様子でそう零したのはギーンである。

 今、俺とギーンは竜の姿に戻ったハライソと共に、奴本来の塒へと来ていた。

 歩けば数日の距離も、竜の背に乗って飛べば半日もかからない。途中、「ギーンの可愛いお尻が我の背中に、背中に……っ!!」とか言って悶える腐竜のことさえなければ、実に快適な空の旅だった。

「ささ、早う我が家へと入るがいいぞ、ギーン」

 再び人間の姿になったハライソが、ギーンの手を引いて洞窟の奥へと入っていく。この洞窟の主がそう言うのだから、遠慮なく入らせてもらおう。

 洞窟の横幅は広いものの、奥行きはそれほど深くはなかった。しばらく洞窟を歩けば、その向こうは広大な空間が広がっていた。この空間こそが、ハライソの本当の塒なのだろう。

 そして、その広い空間の中央には、様々な財宝が無造作に山のように積み上げられていた。そう、こいつが竜が集めた財宝であり、俺たちがここへ来た目的でもある。

 別に、俺たちはハライソの財宝が欲しくてここに来たわけじゃない。腐竜が集めた財宝の中で、オーガーやトロルたちが使える大型の武器はないかと探しに来たのだ。

 ここに来る前にハライソに聞いたところ、そのような武器があることを覚えていた。そして、それらの大型武器を貸してもらえないか尋ねたところ、貸すどころかそのままくれるとハライソは言い出した。

「特別代わり映えしない普通の武具であれば、いくらでも持っていくがいい。武骨なだけの武具など、我には用のないものゆえな。ただし、金銀や宝石などで装飾されたものは駄目じゃ。きらきらした物は我の物ゆえな」

 どうやら、奴の価値感ではきらきらとした物ほど大切というわけか。とりあえず集めるだけ集めてみたのものの、お気に召さなかった品物もあるということだろう。

 ま、くれると言うのなら、ありがたくいただこう。俺は早速宝物の山を掻き分け、ムゥたちやザックゥが使えそうな武具を探し出す。

 そんな俺の背後では、宝の山から適当に装飾品を掴み取ったハライソが、それをギーンに押しつけていた。

「おお、お主の黒い肌には、やはり赤い宝石がよう似合うの。その首飾りはおぬしに進呈しよう。ささ、早う身に着けて我に見せてくれ」

 鼻息も荒く、手にした大粒の宝石を使った首飾りをギーンの首へとかけるハライソ。その際、奴の短い腕がギーンの頭を抱えるようにして、たっぷりとした胸元に押しつける。うーん、ハライソのあの胸って、人間同様に柔らかいのかねぇ?

 しかし、今のハライソはあれだな。まるで、人気のある演劇の役者や吟遊詩人にのぼせ上がった富裕層の中年婦人そのものだ。

 好意でくれるというものを断るのも気が引けるのか、ギーンは曖昧な笑顔を浮かべたままだ。まったく、律儀というか優しいというか。いい奴だよな、ギーンって。

「さ、首飾りだけではないぞ? おぬしが欲しい物があれば、何なりと持って行くがよい」

 更にあれこれと、装飾品でギーンを飾りたてていくハライソ。そんな二人を意識の外に追い出して、俺は使える武具を探すことに専念することにした。




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