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勇者がゴブリン  作者: ムク文鳥
第7章
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雷と炎



 肉塊となったクリフォードに近づけば、その肉の表面が弾けて無数の歯が襲い掛かってくる。

 ジョーカーいわく「サンダン」とやらに酷似したこの攻撃は、回避するのが非常に難しい。なんせ、広範囲を一気に攻撃してくるものだから、大きく避けないとどうしても余波を食らうのだ。

 実際、撃ち出されて避け切れなかった歯のいくつかが、俺の体を穿つ。この歯に毒の類は含まれていないのが幸いだな。

 それでも、こんなものを幾つも食らうわけにはいかない。俺は魔力を操作し、体の正面に障壁を作り出す。

 進化した新たなこの体は、以前よりさらに魔力を扱いやすい。身体能力そのものも向上しているため、力も速度もさらに上がっている。

 ジョーカーは言うまでもなく、ミーモスも巧みに魔力を操って障壁を作り出しているようだし、サイラァは影響が及ばない所まで後退させた。

 兄弟たちは……うん、言うまでもないな。

 彼らが撃ち出される歯を食らっていたのは最初の方だけ。今では無数に襲い掛かってくる歯を完全に避け切っている。

 相変わらず、俺の兄弟たちは半端ないな。

 とはいえ、さすがに剣や槍の間合いまで近づくのは難しい。

「パルゥ!」

「任せて!」

 ん? 兄弟たちが何か仕掛けるようだ。

 盾を体の前方に翳したパルゥが、一気に肉塊に駆け寄る。そして、その直後にユクポゥが続く。

 なるほど、盾を持つパルゥで歯の一斉掃射を凌ぎ、掃射が止んだ隙をユクポゥが突くつもりなんだな。

 だが、ユクポゥとパルゥの作戦はそんな単純なものじゃなかった。

 肉塊に一気に駆け寄ったパルゥ。そして彼女は、剣の間合いに届く直前で突然立ち止まった。

 次の瞬間。

 そんなパルゥを、背後のユクポゥが大きく蹴り上げた………はあっ!? 蹴り上げたぁっ!?

 おそらく尻の辺りを下から蹴り上げたのだろう。尋常ならざる膂力で蹴り上げられたパルゥは、大きく宙を舞う。うわぁ。パルゥの奴、尻が痛くないのか?

 それはともかく、盾役だったパルゥが消えたことで、歯の掃射がユクポゥを襲う……ということはなかった。どうやら兄弟たちは、掃射が止まる瞬間を狙ったようだ。

 いくら驚異的な妖魔……いや、魔獣に変貌したとはいえ、あの肉塊も生き物には違いない。連続して歯を撃ち出すのも限界というものがあるようなのだ。

 その僅かな隙を突く兄弟たちの連携。いやはや、本当に彼らにはいつも驚かされるな。

 空──実際には作り物の空らしいが──高く舞ったパルゥは、落下速度を活かして上から強襲する。

 そして、地面を這うような低い姿勢で肉塊に迫ったユクポゥは、得物である槍を薙ぎ払うように大きく振る。

 肉塊の巨大な頭部。その首の部分からでたらめに生えた無数の腕と足を、ユクポゥの槍が一気にへし折る。中には折れた拍子にちぎれ飛ぶ手足もあるほどだ。

 頭部のあちこちに存在する口たちから、苦悶の呻き声が上がる。どうやらこんな姿になっても痛みは感じるようだ。

 そこへ、上空からパルゥが舞い降りた。手にした剣の切っ先が、複数ある目の一つを見事に貫く。

 その後も兄弟たちが槍と剣を振り回す度に、肉塊から手足や肉片が飛び散る。

 見る見る内に、かつてクリフォードだった肉塊はその体積を減らしていく。だが、肉塊はまだまだ動き続けていた。

「じょぉぉぉ…………じぃ………じょ…………じ…………ぃぃぃぃぃぃ…………っ!!」

「ご指名だぜ、ジョーカー?」

「ホントは嫌だけど、ここはご要望にお応えするしかないよねぇ」

 数歩前に進み出るジョーカー。既に詠唱は終わっているようで、最後の「鍵となる言葉」を彼が解き放つ。

 轟、と空気がうねる。

 うねる空気は見る間に寄り集まり、巨大な竜巻へと変じた。

 竜巻はその内側に肉塊を飲み込み、竜巻内部に生じた風の刃が四方八方から肉塊を斬り刻んでいく。

 竜巻は同時に周囲にあった瓦礫なども巻き込み、それらが礫となって肉塊を抉る。

 ん? 兄弟たち?

 彼らはいつの間にか俺の背後にいたよ。気づいた時にはちゃっかりと避難していたわけだ。

「……進化したユクポゥ殿とパルゥ殿だけではなく、ジョーカー殿も凄まじいですね……」

 一連の攻撃を見て、ミーモスが呟く。

「あなたたちが敵でなくて良かったですよ」

「そうか? それより──」

「ええ、そろそろ決着にしましょうか」

 俺とミーモスは並んで進み出る。そして、魔力を操作して急速に魔法を練り上げていく。

 既に周囲の魔力濃度はかなり低下している。強力な魔法が撃てるのはおそらくこれが最後だろう。

 俺とミーモスは、周囲の魔力全てを注ぎ込む勢いで、巨大な魔法を練り上げていく。

 ミーモスの手の中に生まれるは、紫紺の輝き。

 対して、俺が創り出したのは真紅の魔力球。

 制御可能な限界ぎりぎりまで魔力を注ぎ込み、俺たちはその時が来るのを待つ。

 そして。

 ジョーカーが生み出した巨大な竜巻が消え去る。

 竜巻に舞い上げられていた肉塊が、どさりと地面へと叩きつけられた。

 今の肉塊はまさにズタボロだ。風の刃で斬り刻まれ、礫となった瓦礫に体を抉られ、まともに動くこともできないようだ。

「僕たちの永かったこの因縁───」

「────ここで終わりにさせてもらうぜ!」

 俺とミーモスが同時に魔法を放つ。

 ミーモスが生み出したのは落雷。にわかに曇った上空から十数条の雷が肉塊へと降り注いだ。

 そして、俺が生じさせたのは炎の柱。落雷に打たれ続ける肉塊を、炎の柱が一気に飲み込み焼き尽くしていく。

「じょぉぉぉ…………じぃ………じょ…………じ…………じょぉぉぉぉ…………ぉぉぉぉぉ…………」

 雷の白光と炎の赤光の中、肉塊の形が徐々に崩れていく。

 やがて全ての雷と炎が消え去った時。

 そこには何も残っていなかった。




 落雷と炎の柱が消え去っても、しばらく俺たちは動くことができなかった。

 全力全開、渾身の魔力を込めて放った大魔法だ。俺とミーモスは互いに肩で息をしつつ、先程まで肉塊があった場所をじっと見つめる。

「ふぅ、何とか終わった……かな?」

 ジョーカーが大きく息を吐きながら言う。

 ユクポゥとパルゥも、構えを解いて周囲を見回しているが、既に警戒をしている様子はない。どうやら本当にあの肉塊は消えたようだ。

「でもまあ、思ったより周囲への被害が酷いね、こりゃ」

 周囲を見回し、ジョーカーが肩を竦めた。

 確かに、会堂とやらは完全に破壊されてしまった。幸い、周囲に他の建物がなかったので、被害は会堂だけで済んでいるが、会堂の周りの樹木がほとんどへし折れるか燃えるかしていた。

 十分景観を考えて植えられていただろう樹木たちは、ジョーカーの竜巻や俺とミーモスの魔法の影響をモロに受けてしまった。

 今も樹木の何本かは燃えている真っ最中だ。どうすんだ、これ?

「ああ、火災鎮火用のロボットが既に動き出しているはずだから、じきにここに来るよ。まあ、船の構造にまでダメージは行っていないようだから、許容範囲ではあるかな?」

 火災鎮火……? ああ、粘塊の《魔物の王》を凍らせた、あの蜘蛛みたいな連中のことか。

 あいつらは本来火事の炎を消すための連中だとか言っていたからな。本来の仕事に駆り出されるってわけだ。

 今の俺には魔力がほとんど残っていない。周囲の魔力もかなり消費したし、魔法で鎮火を行うのは無理だろうから、ここはあの連中に任せるとするか。

 とにかく、だ。

 これでもう、俺は──俺たちは転生することはない。これからはムゥたちやザックゥ、ダークエルフたち仲間と共に、リュクドの森でのんびりと暮らせばいいだけだ。

 あ、そういやクースはどうするかな? ミーモスに頼めば彼女を人間の社会に戻すことは難しくないだろう。

 こればっかりはクース自身が選ぶことだ。このまま俺たちと一緒にいるもよし、人間の社会に戻るのもよし。

 その前に、ここ銀月からどうやって戻るかという問題もある。その辺りはジョーカーに任せるしかないわけだが、俺たちが乗って来た空飛ぶ船、あれってもちろんまだ動くんだよな?

 と。

 因縁だった相手を倒した俺たちは、全員の気持ちが緩んでいた。

 突然、俺の胸に大きな衝撃。その衝撃を受けて、俺の体は吹き飛び地面へと叩きつけられた。




 どこか遠くから、「たーん」という乾いた破裂音のようなものが聞こえたのは、俺が倒れた後のことだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] その時だった。漂う煙の中からソレが飛び出してきたのは。 栗「じょうじ…」 その姿は…… 筋骨隆々の体躯を茶色の甲殻でよろい、背中に2枚の翅、無表情な原人顔にパンチパーマって、 栗「じょうじょ…
[良い点] 醜い魔獣に堕ちたクリフォードの意識は、もはや因縁の相手であるジョーカーのことを微かに覚えているのみ。 後は妄執に囚われて闇雲に攻撃する存在へと成り果てていました。 こうなってしまえば、楽に…
[気になる点] そう言えばもう1人居たね、クリフは一言も彼女を殺したとか死んだとか言って無いなぁ…思わせ振りな素振りはしたけどねぇ…此は伏兵の可能性を考えてなかった(としたら)ジョーカーのミスだねぇ……
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