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勇者がゴブリン  作者: ムク文鳥
第1章
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接触

 ダークエルフの集落へ向かいながら、俺はギーンからいろいろなことを訊き聞き出した。

 もちろん、無駄に気位の高いギーンが相手なので、あの手この手で宥めたり褒めたりしつつ、である。正直、結構疲れた。でも、それなりの情報は入手できたのでよしとしようか。

 集落の人員は大体三百人ほど。ダークエルフの集落の規模としては、中堅ぐらいだとか。

 対して、攻めて来たオーガーは三十五から四十。その内、十から十五体ほどが突風コオロギに騎乗していたらしい。

 つまり、敵勢力はオーガー約四十に突風コオロギ約十の合計五十体と少し、といったところか。

 ちなみに、十から十五の騎兵の中に、首領である《黒の三巨星》も含まれているそうだ。

 集落にはダークエルフが三百いるとはいえ、当然ながらその全てが戦力というわけではない。ギーンより幼い子供たちや戦えない女性などもいるので、集落の戦力としては百五十から百八十ほどとのこと。

 人間であれば集落の半数以上が戦力となることはまずないが、そこはダークエルフ。ほとんどの者が何らかの戦闘技能を身に付けているため、戦える者が多いそうだ。

 また、寿命が長く年齢的な肉体の衰えも緩やかなため、個人として戦える期間が長いらしい。いや、長命種の恐ろしさだな。

 なお、近隣に同族の集落はなく、一番近い所で片道五日以上かかるとか。それでも集落の中から十人から二十人ほどがそこへ救援を求めに行ったらしい。

 ダークエルフ百人以上といえば、本来なら恐るべき戦力である。だが、今回は奇襲に近い形で襲撃を受けたことと、敵の主力が突破力のある騎兵、それも特殊な魔獣を駆っていることで劣勢に陥ったのだろう。

 襲撃を受けてから既に数日が経過してるので、双方ともに現状どれだけの戦力が残されているか、現地に行ってみなければ分からない。

 できれば斥候を出したいところだが、仲間たちに斥候ができる者がいない。あえて挙げれば隊長が斥候向きかもしれないが、おそらく一人でダークエルフの里に近づくのは嫌がるだろう。

 集落へ向かう途中、時折現れる魔獣を倒しながら、俺たちは進む。

 そして、ギーンを拾ってから四日後。俺たちはダークエルフの集落の近くまでやってきたのだった。

 なお、到着まで四日もかかったのは、途中でギーンが集落のある方向を見失ったからだが、彼の名誉のためにもそれには触れないでおく。




 集落から少し離れた所に身を隠し、俺たちは集落の様子を探ってみる。

 遠目に見ても、集落の中を我が物顔でオーガーたちが闊歩しているのが分かる。どうやら、やはり集落は陥落したようだ。

 所々に倒れているダークエルフの姿も見受けられ、それらは既に息絶えているらしい。時折、ダークエルフの死体を運んでいるオーガーを見かけるが、あれはおそらく「食料」を運んでいるのだろう。

 さて、残りのダークエルフたちはどうなったのだろうか。逃げ出したのか、それとも全滅したのか。逃げ出した者たちがいるのなら、何とか合流したいものだが。

 呆然と集落の様子を見つめるギーンの肩を、俺は少し強めに叩いた。はっと我に返り、勢いよく俺へと振り返るギーン。

「集落が襲われた時など、緊急の避難場所のような所はないのか?」

「ひ、避難場所……? そ、そうだ……もしかすると……」

 ようやく、ギーンの瞳に光が戻る。それほど、集落の陥落は衝撃が大きかったようだ。

「緊急時に避難するための場所が集落の向こう側にあるんだ」

「となると、生き残ったダークエルフたちはそこにいる可能性が高いな」

 俺の言葉に、ギーンがこっくりと頷く。どうやら、集落を大きく迂回することでその場所へ行くことができるらしい。

「じゃあ、その場所へ案内──」

 ──してくれ、と言おうとした途中で、言葉を遮って腰から剣を抜き様に一閃する。

 振り抜かれた剣が両断したのは、一本の矢。そして、それを合図にしたかのように、俺たちの周囲に幾本もの矢が雨のように降り注ぐ。

 クースを背中に庇いつつ、俺と兄弟たちは武器を手にして身構える。隊長? 自分の身ぐらい自分で守ろうな、男なら。

 飛来した矢の角度から、俺は頭上を仰ぎ見た。するとそこに、俺が予想した通りの光景が広がっている。

 俺たちの頭上に張り出した樹木の枝に、数人のダークエルフの姿があったのだ。




「父さんっ!!」

 樹上で弓を構えるダークエルフたち。その一人を目にしたギーンが声を上げた。

「ギーン……? 本当にギーンなのかっ!? よくぞ無事で……っ!!」

 構えた弓を下ろすことなく、ダークエルフの一人が声を発した。どうやら、あのダークエルフがギーンの父親であり、集落の戦士長とやらなのだろう。

 その声には安堵が含まれているものの、警戒を緩めないあたりは、さすが戦士たちを束ねる者、といったところか。

「ゴーガの子、ギーンよ。一緒にいるホブ・ゴブリンや人間は何だ? それにその白い魔物は……ハイ・ゴブリンか?」

 ギーンの父親の隣にいるダークエルフが、訝しそうにギーンに問う。ゴブリンはともかく、人間が一緒にいれば警戒するなって方が無理だよな。

「こ、こいつらは一応……そ、その傷ついた俺を助けてくれた者たちで……」

 ギーンが父親たちと俺たちを交互に見ながら説明するが、樹上のダークエルフたちは警戒を緩めようとはしない。

「たとえ、おまえを助けてくれた者たちといえど、集落の奥……氏族の聖域へ部外者を連れていくことは許されない。それぐらいおまえも知っているだろう?」

「は、はい……で、ですが、こいつらはオーガーとの戦いに加勢したいと……」

「数体のゴブリンや人間など、加勢になるわけがなかろう」

 俺は黙ってギーンとその父親の会話を聞いていた。ここで下手に口を挟むより、ギーンに任せた方がいいと思ったからだ。

 がんばれ、ギーン! がんばって俺たちを雇うように父親を説得するんだ!

 でも、明らかにギーンの方が言い負かされつつあるけどな。仕方ない、ギーンに任せっぱなしってわけにもいかないらしい。

「あー、少しいいかな、ダークエルフの戦士長殿?」

 横に拡げた両腕を肘で曲げて掌を上に翳しつつ、俺はギーンの父親に声をかけた。

 ちなみに、この仕草はエルフ族では「敵意はありません」という意味を持つ。祖を同じとするダークエルフにも、おそらく同じ意味として通じるだろう。

 実は、ダークエルフでは違うことを意味するんじゃないかと内心どきどきしているのは、誰にも知られるわけにはいかない俺だけの秘密だ。

 だが、その心配は杞憂だったようで、ギーンの父親は構えていた弓をやや下げ、値踏みするように俺を見ている。

 対して、俺はあえて不敵な笑みを絶やさないようにして、樹上のダークエルフを見上げていた。

「……先程の矢を切り払った腕といい、その仕草の意味を理解しているところといい、そしてエルフ語を流暢に操るところといい……見た目通り単なるハイ・ゴブリンではないようだな」

 そう口にしたギーンの父親は、仲間のダークエルフたちに警戒を続けるように命じつつ、単身木の枝から飛び降りた。

「ギーンの父親として、息子が世話になったことは礼を言おう。だが、ここから先は我らの問題であり、早々に立ち去るのが身のためだ。たとえおまえがハイ・ゴブリンであろうとも、オーガーたちには敵うまい」

 なるほど、ダークエルフらしく多少気位は高そうだが、氏族の戦士を纏める立場は伊達ではないようだ。

 ゴブリンであろうとも、息子が世話になった相手にはしっかりと礼を言うし、その相手を自分たちの戦いに巻き込みたくはない、ということか。

 普通はゴブリンの最上位種より、オーガーの方が強いからな。彼がそう思うのは当然だろう。

「で、ですが父さん……いえ、戦士長! こ、こいつらは現にオーガーを一体仕留めているんです! 俺はこいつらが少しは役に立つと思います!」

 横から挟み込まれたギーンの言葉に、樹上のダークエルフたちが口々に言葉を交わし始めた。どうやら、俺たちがオーガーを倒したことが信じられない様子だ。

 「ホブ・ゴブリンやハイ・ゴブリンがオーガーを倒しただと?」とか、「我らが苦戦したオーガーを上位種とはいえゴブリン如きが倒せるわけがない」とか、「ギーンは幻でも見たのではないか」とか話しているのが聞こえてくる。

 あいつら、俺たちはエルフ語が理解できないと思っているのか? 俺がさっきエルフ語で話しかけたの、聞いていたはずだろうに。

 そんな中、ギーンの父親だけが、真面目な表情でじっと俺を見つめている。おそらく、俺の実力を見極めているのだろう。

「おまえが普通のハイ・ゴブリンより強いのは認めよう。だが、それでも私にはゴブリンにオーガーが倒せるとは思えない。息子を助けてもらった恩もあることだし、早々に立ち去ることを勧める」

 うん、やっぱりギーンの父親だけは他とは少し違うようだ。

 だが、俺としてもここで引き下がるわけにはいかない。ダークエルフに恩を売り、《魔物の王》に関する情報を入手しなくてはならないからな。

 もちろん、この集落以外でも情報は手に入るかもしれない。だが、こうして僅かとはいえダークエルフとの交渉の切っ掛けを掴んだのだ。これを放り出すのはできれば避けたい。

「じゃあ、俺の実力を試してみないか? 俺とあんたが手合わせを行い、俺が勝ったら雇って貰う。負ければ潔くここから立ち去ろう。どうだ?」

「ほう……」

 ギーンの父親の目が、すぅっと細められた。

 ゴブリン如きに挑戦されて侮辱と感じたのか、それとも俺の申し出をおもしろがっているのか。どちらなのかは俺には判断できないが、少なくとも俺の提案を聞き流すことはなさそうだ。

 俺はにぃと口元を歪め、不敵な笑みを深くする。

「そこまで言うのならば、その申し出を受けよう。だが、手合わせとて万が一ということはある。それは理解しているのだろうな?」

「もちろんだ」

 自信満々に言い切り、俺は腰に佩いた剣の柄に手を置いた。




 俺たちはダークエルフたちに導かれ、オーガーによって攻め落とされた集落から離れた。

 さすがにあそこで手合わせをすれば、オーガーたちに気づかれるだろう。

 集落から2ヤード(約1.8キロ)ほど離れると、木々がやや切り開かれた場所があった。どうやら、ここで手合わせを行うようだ。

「ここまで来れば、オーガーどもに剣戟の音を聞かれることもあるまい」

「そうだな。でも、念の為に周囲の警戒は任せてもいいかな?」

 俺の言葉にギーンの父親が頷き、仲間のダークエルフたちの一部がここから離れていく。俺の提案に従って周囲を見張るのだろう。

「では、改めて名乗ろう。私はリーリラ氏族、先代戦士長グルスの子、ゴーガ……ゴーガ・グルス・リーリラだ」

「俺の名はリピィ。見た通り、ちょっと変なゴブリンさ」

 互いに名乗り合い、そして剣を構える。

 俺はいつものように小剣を、そして、ギーンの父親……ゴーガは細身の長剣を。

 エルフやダークエルフは、その高い敏捷性を活かせる武器を好む。そのため大剣などの重量武器よりも、細剣や長剣などを用いる場合が多いのだ。

 ゴーガは身体を半身にし、長剣を突き出すように構えている。その構えは、人間の貴族たちの間でよく使われる細剣術に酷似している。

 その構えからおそらく、刺突を主にした攻撃……一撃の重さよりも手数の多さで勝負ってところか。

「では……いくぞ」

「おう」

 互いに声を掛け合い、俺たちは同時に地を蹴った。




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