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勇者がゴブリン  作者: ムク文鳥
第7章
139/174

小さな絵




 ふと、俺はレダーンの町がある方向を振り向いた。

 そこでは今、「あいつ」が黒いキメラを相手に奮闘していることだろう。

 とはいえ、いくら「あいつ」が優れていても、人間一人でできることには限度がある。「あいつ」の配下に優秀な者もいるだろうが、それほど多くはあるまい。

 だから、俺は彼女たちを「あいつ」の下へと派遣したのだ。

 彼女たちであれば、平凡な兵士を精兵へと変貌させることができるし、負傷兵を戦線に復帰させることもできる。

 突然妖魔の軍団を援軍として派遣しても、人間たちにすんなりと受け入れられるとは思えない。

 その点、ゲルーグルとサイラァの姿は人間にもまだ受け入れられやすいだろう。

 どちらも超の字が付くほどの美少女と美女だ。オーガーやトロルをいきなり投入するより、絶対にマシだと思う。

 バルカンとドゥム? あれらはまあ……何とかなるだろう。きっと。多分。

「どうしたんだい、ジョルっち?」

 俺たちを案内するジョーカーが、不思議そうな顔で振り向いた。

 人間と同じような体を手に入れた今のジョーカーの表情は、実に分かりやすい。以前の骸骨の時も、何となく奴の表情は理解できたけどな。

「何でもない。ゲルーグルたちは上手くやっているかと思ってな」

「そこはまあ、皇子殿下に期待かな? 彼なら、ゲルーグルくんたちを上手く運用するだろうさ。それより、そろそろだと思うよ?」

 今、俺たちが向かっている場所は、例の黒いキメラの塒とも発生源とも言える場所だ。

 連中の塒を調べれば、何か有用な情報が得られるかもしれない、とジョーカーが主張したのだ。そして、俺もその意見に納得したので、こうして黒いキメラたちが湧き出た場所へと向かっているわけだ。

 キメラどもの発生場所は、ジョーカーが使い魔を使って見つけ出した。他にも、グフールたちハーピーやメセラ氏族のダークエルフたちも協力してくれたことで、案外あっさりと見つかったのだ。

 それに、キメラどもも自分たちの塒とも言うべき場所を、隠すつもりがなかったようなのも、発見を容易にした理由の一つだろう。

 と、斥候として放っていたメセラ氏族のダークエルフが戻ってきたぞ。どうやら、本当に目的地は近いらしいな。




 そのメセラ氏族のダークエルフが言うには、この先にぽつんと家があるらしい。

 相当古いらしいその家の屋根が、内側から弾けるように壊れていたとのこと。間違いなく、キメラどもが家の屋根を破壊して外に飛び出したのだろう。

「おそらく、その地下にキメラたちの合成プラントがあるのだろうね」

 ああ、以前のグリフォンもどきたちの塒のようなものか。

「状況は分かった。それで、ナリ族長は?」

「我が族長は、現在その家の中を調べております」

「そうか。族長に無理はするなと伝えてくれ。ジョーカー、その家の位置は分かったか?」

「もちろんさ。現在、使い魔を使ってその場所を監視しているよ」

 よし、ならばすぐにそこに直行しよう。

 俺は振り返って仲間たちを見る。今、俺が引き連れてきた仲間は、ユクポゥとパルゥの兄弟分たちと、リーリラ氏族のギーンだけ。他の者たちは、今後のキメラどもの襲撃に備えてリーリラ氏族の集落で待機中だ。

 ひょっとしたら、レダーンの町に手勢を回す必要もあるかもしれないからな。

 それに、これから向かうキメラの塒だが、すでに動けるキメラは全て出払っているというのがジョーカーの予測だ。

 実際、俺たちの頭上をキメラどもが飛び去っていくこともない。だが、その施設の中にはまだ目覚めていないキメラどもが残っているだろうとも言っていた。

 だから、その塒を必要最低限、かつ最大戦力で調べに行こうってわけだ。それに、地下のような狭い場所だと、大柄なムゥたちはちょっと動きづらいし。

 俺とジョーカーは外せないとして、戦闘力が異様にまで高い兄弟たちと、罠などにも詳しいギーンに同行を頼んだ。できればサイラァも連れてきたかったが、どう考えても負傷者が大勢出ているであろうレダーンの方が、彼女の活躍の場はあるだろう。

 それに、大勢の怪我人は彼女の性癖を大いに満足させるだろうしな。

 他にも、ナリ族長を始めとしたメセラ氏族のダークエルフたちも何人かいることだし、戦力的には問題ないだろう。

 いざとなれば、この人数ならジョーカーの魔法で気配を消して逃げることもできる。

「それで、ジョーカー。キメラどもの塒を調べる目的は?」

「起動前のキメラ殲滅はもちろんだけど、クリフが隠した施設がどこにどれくらいあるのか、その手がかりが欲しくてね。以前のグリフォンもどきたちの合成プラントには、その手がかりがなかったんだよ」

「だったら、これから行く場所にも手がかりはないかもしれないじゃないか」

「うん、ジョルっちの言う通りかもしれない。でも、調べる価値はあると思うんだよ」

 確かに、ジョーカーの言にも一理ある。それに、これから向かう場所はリーリラ氏族の集落からそれほど離れていない、リュクドの森の中にある。だから、リーリラ氏族の集落にはすぐに戻ることだってできる。

 グルス族長も、そんな所に家が一軒あるなんて、全然知らなかったそうだ。何らかの方法──俺たちでは理解できない「カガク」とやら──で隠されていたのだろう、というのがジョーカーの推測だ。

 さて、これから向かう場所は一体どんな所なのか。

 ちょっと、わくわくしてきたぞ。




 確かに、森の中にその家はあった。いや、家というよりは屋敷と言った方がいいか。

 貴族の別荘、といった感じのその屋敷は、経年によるものであろう劣化に抗うこともなく、朽ち果てる寸前という外観をしていた。

 そして、まるで爆ぜたかのように壊れている屋根。間違いなく、あそこからキメラどもが飛び出したのだろう。

 俺たちがその屋敷に近づくと、中からナリ族長と数人のメセラ氏族のダークエルフが現れた。

 彼らは俺の前で跪くと、中の様子を報告する。

「建物の中は、完全に風化しているナリ。そして、地下に大きな施設がありそうナリ」

 前回──グリフォンもどきの塒の時──のこともあって、ナリ族長たちは地下までは調べていないらしい。

「よし、じゃあ、地下は僕が調べるよ。ジョルっちたちは、一応地上部分を調べてくれるかな?」

 と、ジョーカーはナリ族長たちを引き連れて屋敷の中へと入っていった。

「危険はそれほどないとは思うが、十分用心してくれ。俺とギーン、ユクポゥとパルゥで手分けするぞ」

「がってん!」

「がってん!」

 兄弟たちが、変な格好をしながら返事をする。こいつら、この変な格好気に入っているのか?

 一方、ギーンの方は落ち着いた様子で頷いている。さすがは未来のリーリラ氏族の族長だ。それに彼は罠にも詳しいので、このような探索ではその実力を存分に発揮してくれるだろう。

「では、取りかかろうか」

 俺の言葉に頷いた仲間たちは、俺の後に続いて屋敷の中に足を踏み入れた。




「…………何もないな、リピィ」

「そうだな」

 屋敷の地上部分の探索を半分ほど終えた俺とギーンは、朽ちた家具を移動させつつそう呟いた。

 家具──朽ちかけた長椅子──を移動させた場所には、埃以外になにもない。

 屋敷に置かれていた家具そのものは、かなり上質な物だったのだろう。かつての俺が、王宮などで見かけた家具たちよりも更に高級だったであろうことが窺えた。

 もっとも、どの家具も経年による劣化で、ちょっと触れるだけで崩れそうだが。

 この屋敷、一体何百年ぐらい前から建ってられていたのやら。

「ジョーカーの話によれば、ここは銀月の神々……いや、遠くから来た人間たちが使っていた屋敷なのだろう? その遠くから来た人間たちっていうのは、誰もがこんな上質そうな家具を使っていたのか?」

「俺もジョーカーから話を聞いただけだが、ジョーカーの仲間たちは『コウジョウ』とかいう施設で大量に物を作り出していたらしい。だから、この屋敷の家具もそこで大量に作られた物なのかもな」

 ギーンの質問に答えつつも、俺もまた半信半疑だ。

 普通、このような高級そうな家具……いや、どのような家具だって、職人が一つひとつ手作りするものだ。だが、ジョーカーの仲間たちは、「コウサクキカイ」とかいう(ゴー)(レム)の一種を用いて、同じ物を一気に、そして大量に作り出したそうだ。

 よって、俺たちでは高級品としか思えないこれらの家具も、彼らの間ではごく普通の普及品でしかないそうだ。

 ホント、ジョーカーが暮らしていた世界って、信じられないことばかりだ。こんなことを見せられたり聞かせられたりした過去の人々が、ジョーカーたちを神々だと思ってしまったのも無理はないことだったのかもしれない。

 と、そんなことを考えていたら、俺たちがいる部屋の外からばたばたとした足音が聞こえてきた。ああ、兄弟たちがこっちに来たのか。

「リピィ、ここ、食べるモノ、何もない!」

「リピィ、ここ、美味しそうなモノ、何もないよ!」

 いや、おまえら……確かに屋敷を探索しろとしか言わなかったが、だからって食べ物しか探さなかったのか? うん、まあ、仕方ないか。兄弟たちだし。

「食べ物以外に、何か変わった物はなかったか?」

 兄弟たちは、互いに顔を見合わせながら首を傾げる。本当に、食べ物しか探さなかったんだな、こいつら。

 だが、パルゥが何かを思いついたようで、鎧の内側に手を突っ込むとある物を取り出した。

「リピィ、こんな小さな絵があった! これ、何?」

 パルゥが取り出したのは、掌ぐらいの大きさの絵だった。だが、その絵は極めて精巧で、こんな小さな絵なのに人物どころかその背景さえも克明に描写してあった。

 かつての俺は、何人もの優れた画家に出会ったことがあるが、これほど小さな絵をここまで克明に描写できた者はいなかった。それぐらい、その小さな絵は優れていた。

 俺はその小さな絵をパルゥから受け取ると、改めて描かれているものを確認する。

 そこには、三人の男女が描かれていた。背景はどこかの部屋らしいが、どんな部屋なのかはよく分からない。少なくとも、俺が見たこともないような灰色の部屋だ。

 そして、描かれている三人の人物の内、一人は俺がよく知る人物だった。

「これはジョーカーだな。後の二人は誰か分からないが……」

 描かれた人物の一人は、間違いなくジョーカーだった。それも、今の奴と同じ姿をしている。

 ということは、残る二人が今も銀月にいるという彼の仲間たちだろうか。そして、こいつらがジョーカーを裏切った奴らなのだろうか。

 おそらく、その推測に間違いはないだろう。

 俺は改めて、そこに描かれていたジョーカー以外の二人の男女の姿を、しっかりと覚え込んだ。




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