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勇者がゴブリン  作者: ムク文鳥
第7章
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バイオハザード





 ウイルスは単独で増殖することはなく、他生物の細胞を利用してその数を増やす。

 そして魔力もまた、ウイルスと同じように他生物の細胞を利用することでその数を増やしていくようだ。それも、爆発的に。

 増殖に利用できる生物は多岐に及ぶ。哺乳類、爬虫類、両生類、鳥類、果ては魚類や植物まで増殖に利用できるようだ。

 そして、生物の体内で増殖した魔力は、時にその宿主の身体を変貌させてしまう。

 変貌に必要な時間は、数世代かけて行われることもある。かと思えば、一代という短い時間でも行われる場合もある。

 生物の進化には、ウイルスが関係しているという学説──ウイルス進化説──がある。ウイルスが生物のゲノムの中に侵入することで、ゲノムを書き換えて進化を促すという考えだ。

 その学説が正しい……いや、この惑星では魔力というウイルスに酷似した存在が進化に大きな影響を及ぼしたのであれば、我々「第二次外宇宙移民船団」の民に発生した症状も説明できるだろう。

 魔力が我々の遺伝子を書き換え、全く別の生物へと急激に進化させたのだ。

 ほとんどの人間は、この変化に耐えきれずに命を落した。だが、僅かではあるものの、この変化に耐えきり命を落とすことなく、全く別の生物へと変化──いや、進化した者もいた。

 だが、これを「進化」と呼んでいいものだろうか。

 進化した者のほとんどが、記憶の喪失と知能の低下が認められた。反して、身体能力は飛躍的に高まった。

 人類の枠を超えた身体能力を発揮し、中には信じられない回復能力を見せる症例もあった。

 まるで、昔の民話や伝承に登場する怪物のように。

 しかし、この症状を意図的に操ることができれば、人類や他の生物を意のままの姿に変えるだけではなく、様々な能力を自在に与えることもできるのではないだろうか。

 私は、その研究を始めようと思う。

 果たして、研究の成果が現れるまで、どれだけの時間がかかるだろうか。

 だが、私には優秀な仲間が二人もいる。彼らの力を借りれば、きっと成果を出すことができると信じている。

 ジョージ・カーティス。そして、ジャクリーン・フォード。

 この二人が存在する限り、必ずや成功する。

 そしてその時、私は神にも等しい存在となるだろう。

   ────遺伝子学者クリフォード・ノルシュテインの手記より抜粋




「ねえ、ジョルっち。君は以前、どうして妖魔は進化するのに、人間は進化しないのかって僕に聞いたことがあったよね?」

 あ、ああ、そんなこともあったな。

 あれは以前の俺……《勇者》ジョルノーと呼ばれていた時のことだ。

 旅の途中の野営の際、退屈しのぎにそんな質問をしたことがあったっけな。

「結論を言えば、この惑星の人類は魔力という名前のウイルスに耐性を持っているけど、妖魔にはその耐性がないからなんだ」

 耐性の有無が進化できるかできないかを分けている……?

「僕は言ったよね? 僕の仲間たちは、魔力の影響で妖魔へと変貌してしまったって。もちろん、妖魔になったのはごく一部であり、当時は『妖魔』なんて呼ばれていなかったけどね」

 いくら俺でも、さすがに先程聞いたばかりのことは忘れていないぞ。確かにジョーカーは、「人間が妖魔になった」と言った。

 正直、意味の方はイマイチ分からないけどな。

「もしかして……今現在、妖魔と呼ばれている者たちこそが、あなた方の……遥か彼方からやって来た者たちの子孫である、と?」

「正解! さすがはミルモランス殿下、頭の回転が速いね!」

 それはある意味で、環境に合わせた順応なのかもしれない、とジョーカーは言う。

「魔力によるゲノムの書き換えによって、進化は行われる。魔力は体内で増殖し、その数が一定量を越えた時、進化に必要なゲノムの書き換えも完了する。そして、進化自体は極めて短時間に行われる。君たちも身を以て体験しただろう?」

 確かにな。俺も今回ゴブリンとして生まれた──正確には転生ではないらしいが──ことで、進化というものを実際に体験した。

 そして、かつては魔物であったミーモスも、進化を何度も体験しているだろう。

 しかし、人間ではなく妖魔こそがジョーカーたちの子孫だったとは、驚きだな。




「僕たちは魔力という猛毒が溢れる地上を離れ、〈キリマンジャロ〉やその他の船に戻った。だけど、既に魔力は僕たちの身体に入り込んでいた。どれだけ徹底的に洗浄しても、洗い落とすことができなかったほどに。その魔力が、僕たちの母船やその他の船の中で蔓延した……その結果がどうなったかなんて、説明するまでもないよね?」

 バイオ・ハザード──いや、正確にはマジック・ハザードとでも呼ぶ方がいいかも、とジョーカーは言う。

 彼らの拠点の中で増えた魔力は、彼らの仲間を死へと追いやったのだろう。

 中には妖魔のような姿になった者もいただろうし、その妖魔が他の人間を襲ったこともあっただろう。なんせ、妖魔とは人を襲うものだからな。

 とにかく魔力に対する耐性もなく、また魔力を感じる感覚もなく、扱う術を持たないジョーカーたちは、魔力の蔓延を防ぐことができなかった。その結果、奴の仲間の殆どが死に絶えた、ということか。

「仲間の女性科学者……生物学者が魔力を感知、除去する技術を何とか完成させ、僕たちは大至急魔力の除去に取りかかったのだけど……その時既に、生存者は千名を下回っていた。その後、体内に残留した魔力の影響などで次々に同胞たちは妖魔へと変貌するか、命を落とすかして……最後に残ったのは僕を含めて三人だけさ。今や、夜空に浮かぶあの銀の月は、巨大な墓標でしかないんだよ」

 なるほどな。銀月は、邪悪なる神々が座す場所ではなく、ジョーカーの仲間たちが眠る墓所ってわけか。

 ん? となると、金月の方はどうなんだ? あれもまた、遠くからやってきた巨大な船なのか?

「ジョーカー殿の話は、理解できないものも多くありましたが、それでも貴殿の話したいことは理解できたつもりです。銀月に神は存在せず、ただ、遠くからやって来た人たちの亡骸が眠るのみ。そういうことですね?」

「うん、その認識で間違いないよ」

「では、金月もまた、銀月と同じように巨大な船なのでしょうか?」

 あ、ミーモスの奴、俺と同じことを考えていたみたいだ。

「ああ、金月の方は僕たちがここに来た時から存在する、この惑星の衛星だよ。あそこは空気も水もない岩と砂ばかりの場所だから、神々がいるかどうかは僕にも分からないけどね」

 な、なに? 金月には水も空気もないだと? 俺はてっきり、善なる神々が暮らす楽園のような場所か、荘厳な神殿が並び立つ神秘的な場所だと思っていたぞ?

 どうやらミーモスも俺と同じように考えていたみたいで、目を見開いて驚いている。

「鉱物資源などは存在するので、僕たちにとっては意味のある場所だけど、君たちからすれば、神話の舞台でしかない場所だよね、あそこは」

 ジョーカーの視線が夜空の金月へと向けられる。

 しかし、今日は驚くことばかりだな。

 俺やミーモスが本当は転生したわけではなかったり、金と銀の月には神がいなかったり。

 だが、最も驚いたのはやはりジョーカー自身のことだろう。何百年も前にこの国に辿り着いたという、遥か彼方からの来訪者の生き残りだったとは。

 しかし、来訪者たちって、見た目は俺たち……いや、以前の俺たち人間とそっくりなのに、数百年も生きるんだな。

 ジョーカーは彼らと我々は見た目こそ同じでもまるで違う生き物だと言っていたが、もしかするとジョーカーとその仲間たちは人間よりもエルフに近い生物なのかもしれない。

 それならば、数百年生きても不思議じゃないからな。




「さて、最後に生き残った三人……僕ともう二人の仲間は、その後もあそこからずっとこの地上を観察してきた。何十年、何百年という長い月日をね」

 そんなジョーカーたちを、恐るべき敵が襲ったという。

 その敵の名は──

「『退屈』という名前の化け物さ。この化け物相手に僕たちは抗うことができなかった」

 もしかすると、僕たちの心は既に魔力に侵されて変調していたのかもしれない、とジョーカーは続けた。

「〈キリマンジャロ〉の中には、たくさんの娯楽があった。映画、小説、ゲーム、各種の娯楽施設、観光地までもが作られ、それらの施設は、高性能AIによる無人管理が施されていた。人がいなくなっても、生活に必要な物は資源さえあればいくらでも生産できた。つまり、生き残ったのが三人だけでも、各種施設の運営には全く支障がなかったんだよ」

 あー、うん、何だ? またジョーカーの話が理解できないものになってきたぞ。

 とりあえず、今は黙って話を聞いておくけどな。

「僕たちは肉体が年老いて劣化してくると、新たな身体を培養してそこに記憶と経験を移し替えてきた。うん、今の君たちと同じだよね。まあ、そうやって、何百年という月日を生きてきたわけさ」

 途中で自ら命を断つ、とは考えもしなかったらしい。

 生き残ったのが一人であれば、その選択もあったのだろうが、まだ二人も仲間がいた。彼らのためにも、自殺という選択は取れなかったらしい。

「〈キリマンジャロ〉の中に膨大な娯楽があったとしても、いずれは飽きてしまう。そりゃそうだよね。新しい娯楽はもう生まれてこないのだから。僕たち三人はいずれも優れた科学者ではあっても、クリエイターじゃない。新たな娯楽を生み出すことはできなかったんだよ」

 そして、遂に「退屈」という名の怪物が彼らに忍び寄ったというわけだな。

 暇を持て余した彼らは、新たな娯楽を見つけた。新しい娯楽を作り出すことはできなくても、既にあるものから新たな娯楽を見つけることはできたそうだ。

 そして、その娯楽こそが……

「この大地に僕たちが手を加えた『(ユニット)』を配置し、どの『駒』が勝つかで勝敗を決するという、新たな遊戯(ゲーム)を始めたんだよ」

 その「駒」こそが《勇者》であり《魔物の王》であると、ジョーカーは言葉を続けたのだった。



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