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勇者がゴブリン  作者: ムク文鳥
第6章
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 閑話 金と銀の御伽噺



「ねえ、おかあさん。きょうもかみさまのおはなし、してほしいの」

 寝台に入り、娘のクースがいつものように寝物語を強請る。我が娘は幼いながら──今年で三歳になる──も、神話がお気に入りのようだ。

 毎晩毎晩、クースは神様の話を聞きたがる。

「もちろん、いいわよ。昨日はどこまで話したかしら?」

「えっとね……うーんと……さいしょからがいい!」

「そうなの? じゃあ、最初からまたお話ししましょうか」

 私が語るのは、世間一般で知られている善なる神々が暮らす金月と、邪悪なる神々が暮らす銀月のお話。

 もちろん、月神教の神殿で語られる本格的な神話ではなく、どちらかというと子供向けの御伽噺のようなものだ。

 かく言う私自身も、幼い頃は母からこの御伽噺を聞かされて育ったのである。




 私たちが暮らす大地の頭の上には、広い広い空があります。

 昼間は青空、夜は星空。青空には太陽と雲が、そして、星空には金と銀の二つの月が浮かんでいます。

 ですが最初は、星空に銀の月はありませんでした。

 金の月と無数の星々だけが、夜の空に浮かんで大地を照らしていたのです。

 そして、その金の月には心の優しい神様たちが住んでいました。月は、神様たちのお家なのです。

 神様たちは地上で暮らす私たちを、常に見守って下さいます。

 そんな神様たちに見守られて、私たちは平和に暮らしていました。

 ですが、そんな私たちに変化が訪れます。

 ある日、銀色に輝く月が、どこからともなく現れたのです。

 銀の月がどこから来たのか、それは金の月の神様たちにも分かりません。

 遠く遠く、神様でも分からないような遥か彼方から、永い月日をかけて私達の頭の上まで辿り着いたと言われています。

 そしてその銀の月には、金の月と同じように神様が住んでいました。

 新たな神様たちを、金の月の神様たちは大歓迎しました。

 遥か遥か遠い彼方から、新しいお友達がやって来たのです。金の月の神様たちはとても喜びました。

「遠方より来られた新たな友よ。共に力を合わせて世界を良くしていこう」

「もちろんだとも、新たな友よ。互いに協力し合おうじゃないか」

 金の月の神様と銀の月の神様は、すぐに友達になり、一緒に大地を見守る約束をしました。

 銀の月の神様たちは、金の月の神様たちでさえ知らない知識を、たくさん知っていました。

 銀の月の神様はその知識を、金の月の神様や私たちに与えてくれたのです。

 新たな知識を得た私たちは、それまでよりもずっとずっと豊かになりました。そして私たちは、金の月の神様だけではなく、銀の月の神様にもお祈りを捧げるようになったのです。

 特に、銀の月の神様の中で最も偉いお二人……ジャクージャ神とグリフォルリーグル神に、私たちは熱心にお祈りしました。

 ですが、銀の月の神様は嘘を吐いていました。銀の月の神様は、実は悪い神様だったのです。

 銀の月の神様が教えてくれた知識の中には、役に立つものもありましたが、中にはとても危険なものもありました。

 それまで他の人と争うことなどなく、他の人の物を奪うことも知らない私たちでしたが、銀の月の神様に知識を与えられてから、他の人を傷つけたり、他の人の物を奪うようになったりしたのです。

 そして、その時が遂に訪れました。

 銀の月の神様にお祈りを捧げていた人たちの中に、姿が変わる者が現れたのです。

 肌の色が黒や緑になり、歯は牙となり、爪は鋭く伸び、目は大きくらんらんと光り……まるで、怪物のようになってしまいました。

 今では妖魔と呼ばれている魔物たちが、この大地に現れたのです。

 その他にも、銀の月の神様たちは様々な生き物たちを歪めていきました。

 野山に暮らす動物たちが、次々に魔獣へと変わりました。

 空を飛ぶ鳥たちが、恐ろしい竜へと変わりました。

 海を泳ぐ魚たちが、巨大な魔物へと変わりました。

 金の月の神様に導かれ、争いなど全くなかった大地に、危険な魔物たちが現れたのです。

 更には、魔物たちは銀の月の神様の命令に従って、私たちに襲いかかってきました。

 人々を襲い、村々を焼き、金の月の神様の神殿さえも破してしまう魔物たち。

 当然、金の月の神様たちは怒って、銀の月の神様たちに文句を言いました。

「なぜ、このような酷いことをするのだ?」

「決まっている。この方が我々にとって暮らしやすいからだ」

 金の月の神様の問いかけに、銀の月の神様は笑いながら答えました。

 これに完全に怒ってしまった金の月の神様たちは、銀の月の神様たちと話し合うのを止めてしまい、とうとう喧嘩を始めてしまったのです。

 この神様たちの喧嘩こそが、今で言う「金銀の神争」の始まりなのでした。




 神様たちの喧嘩は長く長く続きました。

 最初は神様たちだけで喧嘩していましたが、次第に人間や動物たちもこの喧嘩に巻き込まれていきます。

 金の月の神様たちは、人間や動物たちを味方にしました。

 銀の月の神様たちは、妖魔や魔獣たちを味方にしました。

 喧嘩はいつまでも続きましたが、それでも決着はつきません。

 結局、喧嘩に疲れ果てた神様たちは、金の月と銀の月に帰って休むことにしました。

 後に残されたのは、人間や動物、妖魔や魔獣たちです。彼らは神様たちがいなくなっても、この大地の上で喧嘩を続けたのです。

 そして、残された人間たちや妖魔たちもまた、喧嘩に疲れてしまいました。

 人間や妖魔たちも喧嘩を止め、それぞれの家に帰ります。

 人間は町や村に。妖魔は森や山に。動物や魔物たちも、それぞれ自分たちが暮らす場所を見つけて帰っていきました。

 でも、喧嘩が終わったわけではありません。人間と妖魔や魔物は、ことあるごとに喧嘩をします。

 そして、月に帰った神様たちもまた、喧嘩を止めたわけではありませんでした。

 神様たちは家である月から、この地上をじっと見つめています。そして、時にその力を人間や妖魔に与えるのです。

 金の月の神様たちから力を与えられた者は、《勇者》と呼ばれました。

 銀の月の神様たちから力を与えられた者は、《魔物の王》と呼ばれました。

 《勇者》と《魔物の王》は、神様の代わりに喧嘩をしました。それも、何度も何度も。

 それでも、やっぱり喧嘩は終わらなかったのです。




「ねえ、おかあさん。ゆうしゃさまと、まもののおうさまは、いま、どうしているの? まだけんかしてる?」

「いいえ、今は喧嘩していないわ。でも、お母さんのお母さん……あなたのお婆ちゃんが若かった頃には、《勇者》様と《魔物の王》は喧嘩していたそうよ」

「それで、どっちがかったの?」

「言い伝えによると、その時も引き分けだったみたい」

「そうなの?」

「ええ、そう言われているわね。ところで、クースは《勇者》様と《魔物の王》、どちらに勝って欲しい? やっぱり、《勇者》様よね?」

「んー……わかんない。でも……」

「どうしたの?」

「わたし、まもののおうさまにあってみたいなぁ」

「どうして? 《勇者》様じゃなくて《魔物の王》に会いたいの? 《魔物の王》って怖くないかしら?」

「だって……なんとなくそんなきがするの。まもののおうさまは、ほんとうはやさしいひとなのかもって」

「うふふ。《魔物の王》が優しいなんて話、初めて聞いたわ。でも……クースがそう言うのなら、ひょっとするとそうなのかも知れないわね」

 本当に、この子はちょっと変わっているわ。恐怖の象徴とも言うべき《魔物の王》が、本当は優しいかもだなんて。

 そんなことを言うのはこの子だけだろう。だけど、家の外ではそんなことは絶対に言わないようにさせないと。

 ただでさえ、私と娘のクースはこの村では立場が微妙だ。キーリ教徒ばかりのこの村の中で、私たちだけが月神教徒なのだから。

 それでも、夫があれこれと私たちを庇ってくれるから、私たちもこの村で生活できるのだが。

「ねえ、クース。《魔物の王》が本当は優しい人かもしれない、という話は、クースとお母さんだけの秘密にしましょうね」

「え? どうして?」

「だって、《魔物の王》が本当は優しいなんてみんなに広まったら、きっと《魔物の王》は恥ずかしくなって自分のお家に閉じ篭っちゃうと思うの。そうしたら、クースとも会えなくなっちゃうわ」

「えー、まもののおうさまとあえないのはいやだよ」

「だから、《魔物の王》のことはクースとお母さんだけの秘密ね? お父さんにも秘密にしましょう。そうしたら、いつかきっとクースは《魔物の王》に会えるわ」

「ほんと、おかあさん? だったら、まもののおうさまのことはだれにもいわないよ!」

 にっこりと笑う愛娘の頭を、私は何度も撫でてやる。さらさらとした娘の髪の感触が何とも心地いい。

 果たしてこの子がどのような人生を歩むのか、母親である私にも分からない。でも、彼女のこれからの人生に幸多かれと、我が神クースイダーナ様に祈りを込めて願う。

 気づけば、いつの間にかクースは寝息を立てていた。

 その無垢な寝顔を眺めながら、私自身もいつしか夢の世界へと旅立っていた。




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