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勇者がゴブリン  作者: ムク文鳥
第6章
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侵攻の兆し



「なに? レダーンの町に、傭兵や冒険者が集まりつつあるだと?」

「うん、最近またレダーンで活動している商人くんからの情報だよ」

 そういやちょっと前に、リーエンから連絡があったっけな。

 リーエンによるとあの行商人、相当なやり手らしい。俺たちから得た魔物の素材を、リーエンのいるグータン公国で売り捌き、かなり稼いだようだ。

 最近ではリーエンもあの行商人をあれこれと重用しているらしく、巷では《大賢者のお抱え商人》とまで呼ばれているとか。

 リーエンのやつ、世間からは極めて気難しい老賢者と思われているようだが、育ての親にも等しい俺や、魔術の師であるジョーカーにはさすがに従順な態度を取る。

 そして、そんな俺と懇意であるあの行商人には、リーエンも一目置いているようだった。

 今では《大賢者のお抱え商人》という呼び名を最大限に利用して、行商人はレダーンやグータン公国でちょっとは知られた存在になっているらしい。

 そんなようなことを、ちょっと前にジョーカーの使い魔を通してリーエンから聞いていたのだが、俺の方もいろいろとあってすっかり忘れてしまっていた。

「それで、傭兵や冒険者が集まっている理由は……」

「おそらく……いや、間違いなく、再びリュクドの森へ侵攻するつもりなんだろうね。そして、その目的は──」

 ジョーカーの眼球なき空ろな眼窩がじっと俺を見る。

「リュクドの森に巣くう、《白き鬼神》とその配下を討つ……そんなところじゃない?」

「なるほどな。レダーン一帯の領主……ナントカいう子爵……いや、伯爵だったか? が、前回の失態を取り返そうとしているってわけか」

「人望、実績共に高い帝国の第一皇子と第三皇子が、揃って討ち果たすことができなかった《白き鬼神》……近い将来、《魔物の王》となると言われているその《白き鬼神》を、見事討つことができれば……」

「先の失態を取り戻すどころか、その立場や発言力を更に大きくすることができる……って心算か」

「そういうこと」

 と、ジョーカーは肩を竦めて顎の骨をかたかたと鳴らした。

 相変わらず人間ってやつは、いろいろとややこしいよな。自分の立場を守るため、もしくは更にそれを大きなものとするため、あれこれと考えを巡らせなければならない。

 その点、妖魔は分かりやすい。「強い者に従え」、というたった一つの掟を守るだけでいいのだから。

 案外俺という存在は、人間の社会よりも妖魔のそれの方が性に合っているのかもしれないな。

「それで、どれぐらいの兵力が動員されそうなんだ?」

「そこはまだ未知数だって、行商人くんが言っていたよ。でも、彼のところにも食料を買い集める依頼が来ているそうだから、その量からある程度は推し計ることができそうだってさ」

 なるほど、最近やり手と噂されている行商人だ。当然領主から何らかの依頼があっても不思議じゃないよな。

 まさか領主も、行商人が討伐目的である《白き鬼神》と繋がっているなど、思いもしないに違いない。

 行商人には、領主の依頼をしっかりと果たしてもらおう。そうやって領主との繋がりを強化させて、向こうの内情をそれとなく探り、情報をこちらに流してもらおうじゃないか。

 なに、依頼をしてきたのは領主の方からだ。行商人が《白き鬼神》の手先だとバレる心配はまずない。

 ないのだが……一つだけ気がかりがある。

 それは「あいつ」──帝国の第三皇子が、行商人と俺が繋がっていることにほぼ気づいていることだ。

 その「あいつ」が、行商人のことをレダーンの領主に話さないとも限らない。それだけが俺の頭に引っかかっている。

「ああ、そのことなら大丈夫じゃないかな?」

 あ、ジョーカーのやつ、また俺の考えを読みやがったな。

「これは帝都に潜り込ませた隊長くんからの情報だけど、どうやらレダーン一帯を治める領主は、現皇家に隔意を持つ派閥に属しているそうだよ。当然、皇帝もその息子たちも、そのことは知っている。そして、あの切れ者揃いの皇子たちのことだ、レダーンの領主の思惑など見透かしているだろうね」

「つまり、皇子たち……現皇家派は今回の侵攻失敗を望んでいる、と?」

「まあ、僕の憶測では、だけどね」

 再び肩を竦めるジョーカー。だが、こいつの憶測は馬鹿にできない。過去、ジョーカーの憶測が外れたことなど、僅かな回数しかなかったからな。

「ってことは、第三皇子は俺と行商人が繋がっていることを、レダーンの領主には知らせないわけか」

「本当に皇子たちが、レダーンの領主の失敗を望んでいるのであれば、ね」

 これもまた、ジョーカーの憶測ってわけか。

 一応、行商人には最大限に注意しつつ、領主の依頼を受けてもらうか。

 もしも行商人に危険が及ぶようであれば、またリーエンの所に避難してもらおう。




「人間どもが、再びこの森に……ですと?」

 俺の言葉……人間たちが再びリュクドの森へと侵攻するつもりらしいことを聞いたグルス族長は、呆れたような表情を浮かべた。

「やれやれ。人間どもは『学ぶ』ということを知らぬようですな。この森が我らの領域であることを、何度挑んでも理解できぬようだ」

「がははははは! 戻って早々に人間どもとの戦争か! 全く、アニキの傍にいると退屈しないぜ!」

「まったくだぜ! よし、大将! 今日は戦に向けた景気づけだ! 俺様にクースが料理した芋を食わせろや!」

 ムゥが全身の筋肉を強調する格好を次々に取り、ザックゥが口から溢れた涎を手の甲でぬぐう。

 やれやれ、気の早い連中だ。

 だが、攻めてくる以上は迎え撃たねばなるまい。

「ナリ族長」

「は、我はここに、我が王よ」

 俺の隣にナリ族長が姿を見せる。いつものことながら、どこに潜んでいて、どうやって現れるのか。本当に謎だよな、こいつも。

 謎と言えば、ナリ族長の素顔もだ。いつも覆面をしているナリ族長の素顔は、いまだに見たことがない。

 声も覆面のせいか妙にくぐもっているので、ナリ族長が男なのか女なのかさえ分からないのだ。

 ナリ族長のすらりとした体形は、男女の差が分かりにくいし。

 まあ、それは置いておこう。

「人間たちの町に忍び込むことはできるか?」

「無論なり。我らがメセラ氏族の密偵たちは、人間の集落でも悟られることなく忍び込めるなり」

 さすがメセラ氏族は密偵に特化した氏族だ。実に頼もしい。

「では、レダーンの町に配下を忍び込ませ、人間たちの動きを追え。人間たちに何か動きがあれば、すぐに知らせるんだ」

「御意なり」

 短く返事をしたナリ族長の姿が、すっと消え失せた。ホント、どういう仕組みなのやら。特に魔法を使った様子さえないぞ、これ。

「ムゥ、ザックゥ、いつでも戦えるように配下に準備をさせておけ」

「合点だ、アニキ!」

「任せろ、大将!」

 ムゥとザックゥが、実に嬉しそうに応える。だけどムゥ、その暑苦しい筋肉を強調する格好は止めろ。

「リピィ様。我々はいかが致しますかな?」

 俺にそう問い質すのはグルス族長だ。彼には悪いが、今回はリーリラ氏族のダークエルフたちにやってもらうことはないだろう。

 そもそも、少しまえのグリフォンもどきとの戦いで、リーリラ氏族の戦士たちにもかなり被害が出ている。今後のことを考えると、今リーリラ氏族に無理をさせるわけにはいかないのだ。

「……リピィ様のお言葉であれば仕方ありませんな……」

 出番がないと知り、ちょっと残念そうな様子のグルス族長。だけど、今回は我慢して欲しい。

「……それに、今の私にはクロガネノシロもないしな……」

 何か、小さな声でぶつぶつ言っているが、まあ、気にしないでもいいだろう。

「さて、問題は……人間たちがどんな手段でこの森に攻めてくるか、だね」

 確かにな。まさか、前と同じように数を頼りに攻め込んでくるわけじゃあるまい。レダーンの領主は、それが主な原因で前回は失敗しているんだし。

 かといって、「あいつ」のように魔獣を操って道を切り開くってことも普通は不可能だろう。

 「あいつ」が魔獣を使って切り拓いた道は、既にジョーカーやダークエルフたちの魔法で樹木を成長させて塞いである。そんなことは人間たちだって承知だろう。

「レダーンの町の中だけではなく、この森の各地にもダークエルフを配置する必要があるな」

「そうだね。まさか、馬鹿正直に樹々を切り倒しながら侵攻してくる……なんてことはないだろうしね」

 ははは、いくらなんでも、そんな真っ当すぎる方法は取らないだろう。

 ………………取らないよな?



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