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勇者がゴブリン  作者: ムク文鳥
第6章
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帝国の様子



 ゴルゴーク帝国、帝城。

 その一室で、僕を始めとした帝国の三人の皇子が一堂に会しています。

「なんだと? カーバン伯爵が密かに動き始めただと?」

 長兄であるバレン兄上が、次兄のガルディ兄上の言葉に眉を顰めました。

 かく言う僕自身も、きっと訝しげな表情を浮かべていることでしょう。

「ああ、我が部下からの報告であり、確度もかなり高い。カーバン伯爵が密かに傭兵や冒険者などを集め、食料も買い付けているのは間違いない」

「で、ガルディ兄上。そのことは父上には?」

「当然報告したさ、ミーモス。そして、この件に関しては我々三人で対処しろ、というのが父上のお言葉……いや、命令というわけだ」

「カーバンの奴、以前盛大にポカやったってのに、今度は何しようってんだ?」

「おそらくだが……再びリュクドの森に侵攻しようというのではないか? なんだかんだ言っても、あの森の中は恵みが豊富だ。領地内にあれだけの恵まれた場所があれば、統治者なら手を出したくもなるだろう」

 ガルディ兄上が肩を竦めながらそう言いました。

 確かにリュクドの森は様々な資源が眠る豊かな森です。誰だって、あの森の恵みを得ようと考えるでしょう。しかも、その森が自分の領地内にあれば尚更です。

 ですが、カーバン伯爵……現当主であるファビール・カーバンは、一度リュクドの森の攻略に失敗しています。それも、かなり手酷い被害を受けて。

 そのカーバン伯爵が、なぜ再びあの森へ手を伸ばそうとしているのでしょうか。

「まずはその理由を探らねばなりませんね」

「ミーモスの言う通りだ。ま、カーバン伯爵が本当にリュクドの森へと侵攻をかけようとしているのか、今の時点では予測でしかないからな。何よりもまず、あの男の目的を探らねばなるまい」

「ま、反乱を企てているってこともあるまいが……そこはガルディとその部下たちに任せるしかないな」

 頭の後ろで腕を組み、バレン兄上はその鍛え抜かれた身体を椅子へともたれかけさせました。確かに、まだカーバン伯爵の目的が明らかになっていない以上、大っぴらに動くわけにもいきません。

 ここはガルディ兄上の配下たちに期待しましょう。




「やはり、カーバンの目的はリュクドの森のようだな」

 以前兄上たちと会合をしてから数日後。あの時と同じように同じ部屋で、顔を突き合わせた僕たちはガルディ兄上の報告を聞いています。

「おいおい。あの野郎が以前にリュクドの森の攻略に大失敗してから、まだどれほども経っていないぜ? そもそも、もう一度リュクドの森に挑むだけの資金が今のあいつにあるのか?」

 呆れたようにそう言うのは、もちろんバレン兄上です。実際、前回のリュクドの森攻略に失敗したことで、カーバン伯爵は現在かなりの財政苦のはず。そのカーバン伯爵に、もう一度リュクドの森に手を出すだけの資金があるとは思えません。

 傭兵や冒険者を雇うにしろ、私兵を動かすにしろ、軍や兵を動かすには資金が必要です。そして、リュクドの森の攻略が容易ではない以上、その費用も相当なものになるはず。

 果たして、その資金はどこから出たのか?

 僕としてもその点は非常に疑問ですが、そこは深く考える必要はないでしょう。

 おそらく……いえ、間違いなく、ガルディ兄上は既にその資金の出所まで突き止めているでしょうから。

「で? その資金の出所はどこだ?」

 バレン兄上も僕と同じ考えのようですね。ごく当然といった雰囲気でガルディ兄上に尋ねます。

「どうやら、今回はカーバンに協力している者がいるようだぞ」

「落ち目のカーバンに協力ねぇ? 一体どこの物好き野郎だ?」

 呆れたように肩を竦めるバレン兄上。ですが、その双眸には鋭い光が見え隠れしています。

「カーバンに資金を提供したのは、奴と同じ反皇家派の貴族の何人かだな」

 現在のゴルゴーク帝国……いえ、ゴルゴーク皇家にも、政治的な敵は存在します。いつの時代でも、国というものは大国となるほど一枚岩というわけにはいかないものですから。

 当然、現在のゴルゴーク帝国に属する貴族たちの中にも、我々ゴルゴーク皇家に反感を抱く者が少なからずいるのです。

「で、反皇家の連中が集まって、何が目的でリュクドの森に? まさか、リュクドの森を拓いて自領を豊かにします、ってわけでもあるまい?」

「バレン兄上の言う通りだな。連中の目的は、リュクドの森の奥に潜む……《白き鬼神》だろう」

 《白き鬼神》。それは今代の《魔物の王》ではないかと噂される存在。そして、僕にとっては因縁深い存在。

「《白き鬼神》……あの変なゴブリンか。何でまた?」

「ああ、兄上とミーモスは、実際に《白き鬼神》と剣を交えたのだったな。おそらくだが……それこそが連中の目的ではないかな?」

 ガルディ兄上が、僕とバレン兄上を交互に見比べます。

 なるほど、連中の目的が《白き鬼神》というのは、そういう意味ですか。

「おい、それってどういう意味だ? ミーモスも自分だけ分かったような顔していないで、俺にも分かるように説明しろ」

 バレン兄上は腕を組み、ふて腐れた様子で僕たちを見ています。

「つまり、こういうことだよ、兄上。皇太子である兄上と、今代の《勇者》として認められたミーモス。その二人が仕留めることのできなかった《白き鬼神》を、自分たちが仕留めたとすれば……」

「なるほどな。俺たちの面子を潰して、自分たちの発言力を高めようって魂胆か」

 納得したとばかりに、何度も頷くバレン兄上。

 庶民に対しては、前回のリュクドの森への遠征は帝都で暴れた巨大な魔像(ゴーレム)を仕留めるためのものであり、その討伐には成功したと発表しています。

 ですが、それはあくまでも一般向けの発表でしかありません。

 前回のリュクドの森への遠征が事実上の失敗であったことは、貴族であればほとんどの者が知っていること。

 そして、遠征軍の指揮官であった僕たちの邪魔をした《白き鬼神》は、一部の間ではとても恐るべき存在として語られているのです。

「まあ、連中も馬鹿じゃない。表向きの理由はリュクドの森を拓いて、自領を発展させるなどといったものを掲げるだろうな。たとえ建前であろうとも、その理由を掲げられては、いくら皇家といえども口出しはできん」

 自領の発展は、帝国の発展でもあります。であれば、それを止めることは皇帝陛下といえどもできないでしょう。

「ふん、なかなか巧妙な手を打ってきやがるな。で? まさか、口出しできないので黙って見ている……とは言わないよな?」

「当然だ」

 バレン兄上とガルディ兄上が、どこか含みのある笑みを浮かべます。確かに兄上たちの言うことは正しいでしょう。ですが、僕は兄上たちとは少し違います。

「いえ、ここは静観するのはどうでしょうか?」

「なんだと? おい、正気か、ミーモス?」

「ミーモスらしくもない言葉だな? で、その根拠は?」

 驚きに目を見開くバレン兄上と、おもしろそうだとばかりに構えているガルディ兄上。

 そんな二人を前にして、僕は自信のある笑みを浮かべます。

「相手があの《白き鬼神》だからですよ」




 《白き鬼神》。

 我が宿敵であり、これまでに何度も刃を交えた「彼」。

 「彼」であれば、カーバンやそれに協力する貴族たちを一蹴することは、決して難しくはないでしょう。

 それに僕としては、カーバンたちを「彼」にぶつけることによって、現在の「彼」が抱える戦力を推し計ることもできます。

 ゆえに、僕は兄上たちに静観を提案したのです。もちろん、本音を言うことはできません。ですが、表向きの理由に少しだけ、僕の本音を混ぜておきましょう。

「《白き鬼神》は、いずれ《魔物の王》へと至るでしょう。ならば、カーバンたちを試金石代わりに、《白き鬼神》個人の戦力や、その配下に加わっているであろう魔物たちの種類やその戦力を分析したいのです」

「なるほど、カーバンたちを威力偵察として使うってわけか」

「だが、ミーモスの言う通りであれば、《白き鬼神》が《魔物の王》へと至る前に倒しておいた方がいいのではないか?」

 納得顔のバレン兄上と、訝しそうなガルディ兄上。全く正反対の性格をしている二人の兄たちですが、その兄弟仲は極めて良好。これほどまでに仲のいい皇子たちというのも、ゴルゴーク帝国の歴史の中でも珍しいのではないでしょうか。

 兄弟が血で血を洗うお家騒動など、これまでにいくらでもあったのですから。

 それを考えれば、僕を含めた三人の兄弟の関係が良好なのは、帝国にとってはとても幸運であったと言えます。

「ガルディ兄上は、今のうちに《白き鬼神》を叩けとおっしゃりますが、どうやって《白き鬼神》を討ちますか? 少数精鋭で攻めても、地の利数の利でこちらが負ける可能性が高い。かと言って大軍で攻めようとも、リュクドの森がいかに攻めづらい天然の要害であるのかは、前回の遠征で実証されています。それに……」

 それに、彼であれば圧倒的な大軍で攻めたとしても、間違いなく最も安全な策を取るでしょう。

「仮に大軍で攻めることができたとしても、おそらく《白き鬼神》は逃亡を選ぶでしょう。リュクドの森の中で追っかけっこをしても、僕たちに勝ち目はありませんから」

 そう。

 「彼」はそういう()()なのです。勝てないと分かれば、逃げることを厭わない。逆に、こちらをおちょくるためだけに広大なリュクドの森の中を逃げ回ることさえするかもしれません。

「そもそも大軍で以て攻めるにしても、相手の戦力が分からなければどれだけの戦力を揃えればいいのかも分かりませんよ?」

「……確かに、ミーモスの言う通りではあるな。だが、おまえの案はあくまでも、《白き鬼神》がカーバンたちに勝てば、という仮定上のものに過ぎないぞ?」

「大丈夫ですよ、ガルディ兄上。《白き鬼神》は、カーバンなどに負けませんから」

「ああ。俺もそう思うぜ? 実際に剣を交えた俺には分かる。あの変なゴブリンは、相当なクセモノだ。ミーモスの言う通り、あのゴブリンがカーバンなんぞに負けるとは思えねぇ」

「やれやれ。だが、二人がそこまで言うのなら、今回はミーモスの案で進めよう。それに、カーバンを利用して《白き鬼神》の実力を確かめるのは悪くない。私たちの懐は全く痛まないし、反皇家派の発言力と勢いを削ることもできからな」

 どうやら、兄上たちも僕の考えに賛同してくれるようです。

 カーバン伯爵たちには申しわけありませんが、今の「彼」の力を計るための「餌」になってもらいましょうか。




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