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イモータルダンサーズ  作者: 神谷 秀一
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救出

 吹雪博士の残した資料には、様々な狂気が宿っていた。それこそ理論の有用性を理解した上でそれだけはありえない。それはファンタジーだとまで言われている理論が複数ある。

 まずは前提となった存在係数理論。

 それはこの世界が情報でできていると言うものだった。人の肉眼で確認できる世界の裏側に、0と1のプログラムにも似た羅列があるのだと言う。脳から発せられる電気パルスに似たものだと博士は言ったがそれはどんな機械や装置を使っても認識できなかったのだ。ましてやこちら側からそのプログラムをいじれないのでは何の意味もない。

 しかし、それを操作することのできる異貌の存在。それがイモータルと呼ばれる情報生命体の正体だった。まず彼等は発現した瞬間に周囲の存在を自身に置き換え成長していく。その上で取り込んだ存在の情報を書き換えて自身の身体を成して行く。

 それこそ、初めて発見されたイモータル、通称ケルベロスは最初に犬類を取り込んで発現したのだろう。だが、その時犬だけでなく、木々や岩塊などを取り込んでいればまた別の姿にもなっていた可能性がある。

 今回同じ種類のイモータルが大量に出現したのもまた理由がある。

 そのイモータルが何らかの物を捕食したとき、世界の裏側ではイモータルの体内に情報係数と呼ばれるものを溜め込むのだ。それを自身の体積限界まで吸収した時、そのイモータルは情報係数が溢れる前に己と同じ存在を世界の裏側に複写する。それが情報の海を食い破って出現する時、同じ姿をしたイモータルが生まれるのだ。だからこそ、今回発生したイモータルはそれだけ多くの情報を喰い散らかしたのだろう。

 そして、ここまで説明した通り、イモータルは最初に書き換える存在によって大きく姿を変えてしまう。だからこそ、その統計を取った上でイモータルの全てを駆逐するための手段を作るという実験案が挙がったのだ。

 つまり、わざとイモータルを寄生させて望んだ形のイモータルを作るという、理性というものを無視した実験だった。それこそ、幼子を無理矢理レイプした上で妊娠した子供を材料とする。そんな発想だ。

 無論、最初は金属や刃物などを材料に開始された。そして発現したイモータルを殺し、その身体を材料に武器や防具を作っていった。それにより一定の効果が認められ、


 実験は暴走を始めた。


「兄さん、必ず成功するわけじゃない」

「それは知っているよ」

 それは手術室に似た場所だった。居るのはクレノにカレン、そして、美咲だ。貫頭衣のようなものを着せられた美咲は眠ったままだ。

「兄さん、美咲はそれを望んでないよ」

「それも知っている」

 しかし、と薄く笑って、

「本当の意味で意志の強い人間なら自身の人格を残す事だって可能かもしれない。私がそうだったように」

「なら私は?」

「お前は希薄過ぎた。だからこそ、下手に混ざらず純化した」

 今現在世界のイモータル研究の中で、完全な人型のイモータルは存在していない。人の形状に近いそれならば確認されてはいるが人と同じ姿を持ち、人と同じ知性を持つイモータルは存在しないとされていた。

 しかし、

「だからこそ、美咲はなれないかもしれないよ? 私達『魔王(アークエネミー)』に」


 それは確かに存在した。容姿は多少変わったとしても、それでも人型のイモータルは確かに完成していた。それが吹雪博士の繰り返した実験の最終極地。無限の奈落の現出他ならなかった。

 その作成方法は極めて簡単だった。

 なぜなら、この世界の情報を書き換えて生まれるというなら、最初から人間のみに寄生させればいいという極めてシンプルかつ合理的な手法だった。そこに倫理がなければと付け加えざるを得ないが。

 最初は死刑にすべき獄中者を材料に始めたがその全てが失敗に終わった。人に近いイモータルは確かに生まれた。しかし、そこに知性や理性が生まれることはなかった。

 どうやら情報が書き換えられる際に自己の存在否定をされることに対して精神的な抵抗が人の形をしたイモータル生成を阻んでいるらしい。

 ならば、と今度選んだのは余命幾ばくもない病人達だった。生き残れるかもしれないという希望を与えた上で絶望に叩き落した。

 そして、この実験も失敗。どうやら体内にある病巣や腫瘍などがスムーズな書き換えを拒むらしく、こちらもまた人と呼べる形のものはできなかった。

 そして、最後に着目されたのが子供だった。

 ある程度の知性は持っているものの自我というものがはっきりと形になっていない希薄な存在は一番可能性が高いと思われた。

 実際イモータル関連の事件で多くの子供達が親を亡くして施設に送られている。その中の数人を書類上は養子に出し、実験へと利用した。

 その上で新たに判明したことがあった。とある少女をイモータルにした結果、その少女の姿は背中から翼を生やした天使となった。髪の色は金に、肌の色は白に。これはどういうことかと調べた結果、その少女は熱心なクリスチャンという事だった。

『人の願望が形になる』

 とはいえ、その少女の願望は天使になりたいというところで終わっていて、理性も知性もないただの獣だった。

 ほぼ成功に近い状態まで持って来れたことに自信を持ったのだろう。狂った実験は更に狂い始めた。壊れ始めた。終わり始めたのだ。

 まずは洗脳。五歳ほどの少年少女に様々な薬物などを投与し己の願いだけしか考えられなくした上でイモータルを寄生させる。そうすることによって自我の書き換えに抵抗することなく願いのみを現出できる理想的な手段だった。

 ただし、何らかの志向性を持たせるために、与える願いは七つの大罪に準じたものとなる。なぜなら人間という生き物はマイナス側に傾きやすくできている。今までは甘い夢だけを与えてきたが、簡単に叶ってしまうからこそ、その精神はその先に進むことをとめてしまう。だからこそ、吹雪博士は希望ではなくいつまでも続く絶望に着目した。

 そして、それは最初の成功例となる。

 その願望の形は『嫉妬(レビィアタン)

 友人のいなかった少年が、本来だったら誰とでもわかりあいたいという幼い願いは、自身の存在に触れた瞬間、あらゆる情報を一方的に書き換えた上で己と同じ特性を与えるというものだ。つまりは侵食されたものが増殖し、増殖した上で拡散していくというものだった。イモータルの捕食と違う点は、増えていくのは端末であり、マスターの意思によってされが統率できるという点だ。

 もっとも、特定の数を超えると大雑把な操作しかできなくなるので、能力という意味では落第だった。

 次の成功例は少女だった。

 秘めていた願望は「暴食(ベルゼブブ)

 貧しい家庭に生まれ、いつも腹を減らしていたからこその願望。その能力は単純だった。普段はただの少女の姿をしているが、何らかの対象が己の傍に来た時、その全身が牙と化して変容する。そして、イモータルの特性通り、捕食対象の強度など無視して喰い散らかす。

 そう、それが人類初ともいえる知性を持ったイモータルの誕生だった。残った五つの大罪も成功を収め各々が場所で操作され利用され使役されている。だが、予想外の結果が一つだけあった。

 彼、彼女らはいくら情報を取り込もうとも、自身と同じ存在を複写しなかった。本来のイモータルよりも複雑すぎる精神構造が複写を阻んでいると推測され、なおかつ彼等は取り込んだ情報を元に、体積を変えることなく密度だけを上げていくという選択を選んだのだ。

 それこそ人間一人分の容積に二人分の情報をつぎ込んだらどうなるか? 答えは簡単だただ単純に硬くなる。力が増す。たったそれだけのこと。

 嫉妬なら己の眷属の密度を上げて軍勢を強化もできるし、暴食なら己の密度を解き放ち周囲の全てを丸呑みにすることもできる。

 ゆえに彼等は英雄となった。七つの大罪を持ちえながら英雄だった。しかし、それゆえに彼等はどこまでも孤独だった。自らと同じ存在が少なすぎる。

 いたとしても彼等は揃って己の欲望に一直線、道が交わることはほとんどないといっていいだろう。多少の例外はあるかもしれないが、それでもそれぞれが向いている方向が異なっている。

 そして傲慢(ルシファー)は作らせた。続けさせた。更なる進化を目指させた。己の願いというものを叶えるために。


「くそ、嫌なこと思い出しちまったな」

 思い倦怠感を全身から感じ取りながら、十夜は閉じていたまぶたをゆっくりと開けていく。その先に映ったのはもはや触れ合わんばかりに顔を寄せた妹の姿であり、押しのけることに何のためらいも感じなかった。

「に、兄さんなんて事を?!」

「それはこっちのセリフだ!」

 慌てふためく香夜をよそに上体を起こせばどこかしら引きつったような痛みを覚えるが動けないほどではなかった。

「んで、どういう状況になってる?」

「え、いや、私は兄さんの熱を測るため、おでこを合わせようとしてただけでですね・・・」

 真っ赤になって指先をもじもじさせている香夜だったが、やがて我に返ったのか少し慌てた様子で咳払いを一つ。

「私と別れた後は兄さんが戦闘で敗北したということしかわかってませんけれど、その場には梓さんもカレンさんの姿もありませんでした」

「あん? あのクソ女さらわれたのか?」

「死体がなければそういうことだと思います」

「くそっ!」

 短く吐き捨てた後で、十夜は周囲の様子を確認。そこは記憶さえ正しければ、

「学園の保健室か」

「・・・はい、我が家とも考えたんですけれど今回の件の口封じをされかねないと判断したのでこちらに退避させてもらいました」

 今回の件……それがどこまでを示しているのかは判断はつかないが、少なくともまともな連中が相手でないことは理解しているだろう。

「香夜の方はどうだった?」

「ええ、どうやら部隊を展開中だったようで、その背後から、えいっ! ってやってきましたよ」

 そんな可愛いレベルではないことを理解していたが合えて口は挟まない。なんせこれ以上の怪我は増やしたくないのだから。

「俺、どれくらい寝てた?」

「ざっと半日というところですか」

 その間ずっとかかり切りで看病していたのだろうが、その疲れは顔に出ていない。

「悪ぃな、迷惑かけたみてぇだ」

「いいんですよ兄妹なんですから」

 その時浮かべた淡い色の花のような微笑はとても魅力的で兄ながらも一瞬言葉に詰まってしまった。

 しかし、そんな考えを追い出すかの如く頭を振って別の考えを叩き込む。

「さて、これからどうすっかな・・・」

「どうって、兄さん何を言っているのですか?」

「決まってんだろ? クソ女とクソガキ連れ戻す………」

「なんでですか?」

 その言葉に向けた視界に映るのはどこまでも冷たい表情を浮かべた香夜の姿だ。

「カレンさんは帰るべき場所に帰るだけです。元々、私達の家にいたこと自体がイレギュラーなんです。その手段こそ乱暴だったものの家族同士いるのは当然のことじゃないのですか?」

「だが、それならクソ女はどうする?」

「梓さんは正規のルートで返却を望めば返してくれますよ。スフィアラボは学園と提携を組んでいます。それを無碍にしたりはしません」

 その声はどこまでも冷たいが、香夜の言っていることは正しい。そして、だからこそ、納得がいかないのだ。理屈はわかる。理論もわかる。だけど、感情が納得しないのだ。

「それとも何の確証もなくスフィアラボを襲撃しますか? そんな身体で? 後ろ盾もないのに? 一方的に負けることのわかっているワンサイドゲームなのに? ねえ最弱(にいさん)、夢を見ていいのは子供だけなんですよ?」

 それでも、最弱の少年は悪童のように笑う。

「香夜、良い事を教えてやんよ」

「なにをですか?」

 ろくでもない答えが返って来るであろう事を自覚しながら続きを促せば、兄は歯を剥いて笑う。

「やらなきゃなんねぇからやるんじゃない。俺がやりてぇからやるんだよ」

 だからこそ彼は『歩く法律違反(アンチロウウォーカー)』と呼ばれるのだ。どんな法も理も彼を縛ることはできない。

「・・・はぁ、わかりました。好きにしてください」

 ベッドから降りて歩き出す十夜に道を譲る。そして、もうその歩みは止まらないだろう。そんな兄のスタンスに思わず溜息をついてしまう。しかし、それでも同時に思うのである。

『私はそんな兄さんだから好きなのでしょうね』

「さて、私も準備しますか」


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