相対再会
クレノは暗闇の中で紅色の双眸を光らせながら、血に濡れた携帯電話を耳に当てている。
場所は廃墟。それこそ、今日十夜達が戦闘を行った区画の一部だ。
「これで私達の有用性は理解できたはずだ。この実験は終了にするべきだ」
クレノはそのまま無言で何度か頷き、通話を終了した上でその携帯電話を握り潰す。
「・・・・・」
掌から零れ落ちていく破片を手で払いながら、窓辺から覗く満月を見上げて小さく微笑む。
「これで第一段階は終了か」
言って窓枠まで歩み寄るとそこに手を載せ満月を見上げ続ける。
その瞳に映るのは月だ。しかし、彼の瞳は何か別のものを見ているようだった。それはどこか郷愁に似ていてまた違う何かだ。そして、微笑みは寂しげなそれへと移り変わり、最終的に残ったのは苦笑。
「もう少しだよ姉さん(・・・)」
そして、彼の姿は元からなかったかのように消え去った。残るのは静寂と、砕け散った携帯電話の欠片だけだった。
「兄さん、あれだけ怪我には気をつけてと言いましたのに」
「死んでねぇんだからいいじゃねぇか」
「十夜、これなに?」
強制退院を受けたからこそ自宅に戻った十夜ではあったが、そこで待っていたのはプンプン怒る妹の姿と、さも当然と言わんばかりに紅茶を傾けていたカレンの姿だった。
詰め寄ってくる妹の説教を適当に聞き流しながら、後半は泣かれた困ったりしながら、結局説教されながら登校している最中であった。
『まあ、五割ってとこか』
拳を握り締めながら十夜はそう思う。まあ実際、先日のような防衛任務は基本的に頻発するようなものではない。事実、この日本には自衛隊と言うものが存在しており、その部隊がイモータルの防衛任務を帯びているのだ。
とはいえ、それがパンクするか、小規模と判断された場合、学園の生徒が兵隊として駆り出されるのだが、そのペースは年に二回から四回くらいのものである。
「そういや香夜は昨日どこに配置されてたんだ?」
言われて香夜は視線を正面に向ける。
「・・・中央よりでしたね」
「その間は何だよ」
それはともかく、と言葉を挟んで彼女は十夜に向き直る。
「まずわ学校です!」
そして、容赦なくごまかされた。
「カレンちゃん今日も可愛いね」「カレンたんおはよー」「はぁはぁ、カ、カレンさん」「キタキタキタキタキターーーーーー」「皆の衆デジカメ用意だ!」「ちっ、吹雪同伴かよ」
とりあえず朝から意味のわからないクラスメイト達だ。
「とりあえず最後に言った奴後で話しあるから覚悟しとけよ」
言い捨てて自分の席に腰を下ろそうとしたところでふとした違和感に気づく。
「・・・・・」
「どうしたの十夜?」
「………」
椅子を爪先で軽く小突く。その瞬間、椅子は真っ二つになって崩れ落ちる。
チラリと背後に視線を向ければ複数の生徒が一斉に顔を背け、複数の生徒が満面の笑みだった。とりあえず後で全員殺すと思いながら机の天板を見れば、
『天誅!』『フラグ立てすぎ!』『美少女は共有財産』と赤字のマーカーで書かれ尽くされていた。
「十夜どういう意味?」
「テメェは知らなくていい言葉だ」
再び視線を背後に向ければ、ほとんど全員が同時に顔を背けていた。
「全員参加かよ!」
叫んだ直後に扉が開いたかと思えば、
「皆おはよ。あれ、どうしたのよ十夜とカレン?」
「この屑どもとの付き合い方に関して再認識中だ」
「一昨日の戦場と思いなさい。そんなもんよ」
それはそれで嫌な世界だと思いながら、十夜は手近な席から椅子を奪い取る。
「しっかし、このクラスは化け物だらけだな。まともに負傷してるの俺だけじゃねぇか」
「元々、在学条件がいかれた身体能力値を要求されるんだから当然よ」
「健全な肉体に健全な精神が宿るって言葉知ってるか?」
つくづく頭のおかしい奴らしかいないと他人事に思う十夜であった。
「十夜、今日は何するの?」
「いつも通り退屈な座学だ」
幼い顔立ちをした銀髪の少女はきょとんとした顔で、
「私は面白い。知らないこと教えてもらえるし、美咲のから揚げおいしい。それに香夜のお茶もおいしい。何もかも初めてだから」
「・・・そいつは幸いだ」
返事をしつつ改めて疑問に思う。
『コイツは何者なんだよ?』
「おいクソ女コイツの面倒頼む」
「せめて名前で呼びなさいよ!」
どちらをだろう? と思いつつ席を立てば、教室の端の席に座っていた長身の少女の席まで歩み寄る。
「おい、備前。調べてもらっている件はどうなった?」
その少女はぼーっと虚空を見据えたまま、焦点の合わない視線だけを十夜に向けてきた。なんというか苦手な生徒の一人である。
「ああ、君は吹雪か。すまないね、精神を思考の世界に飛ばしていたものでね」
「聞きたくもない情報をありがとう。というわけでさっさと言え」
人間として終わっているような台詞は聞き流して先を促す。
「例の少女、カレン・ルクレツィア君のことだね? わかっているとも、脳に入力した情報を元に、二百五十六通りの可能性を示唆してみた。無論、外部からの情報は常に取り込み済みであり、更新は続けているとも」
「そろそろ、銃取り出していいよな?」
気が短いことだ。と表情のない表情で小さく嘆息。
「今現在もっとも可能性が高いのは、最初に君が逢敵した部隊の所在だ」
「・・・なんでわかるんだよ」
頭がおかしいくせして能力だけは極上なだけに性質が悪いと十夜は思う。それだけに敵に回したら恐ろしいとも。
「研究所という存在は知っているかね?」
「・・・ああ」
大嫌いな単語の一つであり、存在だ。
「そう、君の良く知る存在、吹雪博士の理論を研究し、実践している組織の名称だ。実際、学園の聖剣プロジェクトとも多少の関わりがあり、向こうの研究にも我々が協力していることもある」
「それがどうしたよ」
知らず知らず拳に力がこもっていくが、目の前は大して気にとめてもいないようだ。
「そこには警備員という名称の特殊部隊が常駐しているのを知っているかね?」
「そいつは初耳だ」
「無論、練度は本当の特殊部隊に比べれば大したものではないのだが、装備が十分な分、素人ではどうしようもない」
「その続きは?」
「君が倒した男達が使っていた銃はMP5A5だったのだね?」
言われて銃の形状と型番を思い出し、十夜は頷く。
「それならば情報は確定だ。現在日本ではその銃は輸入されていない。まあ、今現在の戦場では機械甲冑が主流だからね。ならばこそ、その銃を使っている時点で場所はおのずと限られてくる」
「それが研究所の連中が使ってるってか? 少し安易な考えだな」
言われて虚ろな少女は視線だけを横に振る。つーか、身体動かせよとも思いもしたが黙っておく。
「なに、研究所は基本的に戦力を持つことは許されてはいない。こんな状況とはいえ民間企業だからね。だが、ここで話は変わってくる」
「なにがだよ?」
「以前私は自宅にスパコンが欲しかった時期があった」
どんな時期だよとも思ったが、狂人の言葉にいちいち反応していては精神が持たない。
「その際サイドビジネスに身を染めててね。横須賀米軍基地に残された武装類を着服し、転売していたのだよ」
ああ、だからこそ、この学園では銃器が容易に手に入るのかと納得してしまう。そして、嫌な予感だけが募っていく。
「そして、その際に研究所からも大量の注文が届いていてね。その時は大量のM16とMP5A5を卸したわけだ」
「全ての元凶テメェかよ!」
世間が狭いとかそういうレベルではない。なにか世界の悪意のようなものだけがこの教室に充満しているようなものだ。
十夜自身は自分がそこに含まれていないと全力で勘違いしている節はあったが。
「つまり、様々な例外を除外した結果、そんな装備で組織的に彼女を追っていた存在は研究所以外ありえないと言う公式が完成した」
「その公式の答え(元凶)はテメェだよ!」
とはいえ、と少女は前置き口にする。
「未だに彼女がここにいられる理由がわからない」
「それはどういう意味だ?」
ガラス球のような瞳は呆れたように瞬き、
「大人と言うものは我々が思っている以上に愚かではない。拉致監禁して性奴隷にしているならともかく」
「ともかくの意味がわかんねぇ」
「・・・ともかく、こうも堂々と姿を晒しているのに、気づかないはずがないではないか」
「・・・・・」
言われて視線をカレンに向ければ、確かにわからなくもない。銀の髪に真紅の双眸、名前の如く可憐な姿。こんな目立つ存在が気づかれないわけがない。ましてや相手は研究所。イモータル出現を確認するための監視カメラなど街のいたるところにあるだろう。今の今までそれを忘れていた十夜も十夜だが。
「なぜ放置する? ましてや純粋培養そのものの存在に何を学ばせている? 泳がせる理由は何だね? 考えれば考えるほど疑問がわいてくる。そして、その答えは簡単なことだったよ吹雪」
「何がだ?」
少女は一拍置いた後、なぜか薄く微笑み、
「これは実験だ」
「兄さんこれも食べてくださいな。可愛い妹の手作りサンドイッチです」
「俺が昼食わねぇの知ってるだろ?」
刹那、その妹の表情が地獄の底まで覗き込んだかのように歪んだのを見て、慌ててそれを手に取った。こんなことが最近多いなと思いつつそれを口に含んだところで香夜は満面の笑みで問うて来る。
「おいしいですか兄さん?」
「………ああ、うまいよ」
俺は何をやっているのだろう? そう思い周囲を見回せば人気のない屋上。そんな場所に居つくのは変わり者の四人だけだ。
「なによあんた、そう簡単にほいほい主義を変えるんじゃないわよ!」
テメェのから揚げの件はどうしたと言いたい衝動を堪えつつ、
「十夜、これはなに?」
カオスな空間だなーと思いつつサンドイッチを咀嚼する。粒の残ったマスタードがまたアクセントとなって美味だった。
「あんたって中身はあれだけど料理は上手よね?」
「喧嘩を売られているのであればいくらでも買い取りますよ?」
なぜこんな剣呑な空気が平和な屋上に満ちているのか理解できずにサンドイッチを食べきるとそのまま仰向けに倒れて背中をコンクリートに預ける。
「ですが、私の料理の腕を褒めるという事は、私と兄さんの絆を褒め称えるということに他なりません」
他なるよ。
「なぜなら私の料理の全ては兄さんから手解きを受けたものだからです!」
「なっ!?」
なんで驚く?
「こんな腐れたヤンキーにそんな生産的なことできるわけないでしょうが!」
「ですが事実です。兄妹で並びあって学んだこの味は絆の象徴なのです!」
ていうかお前、前半は否定しろ。というか絆まで行かないという突っ込みを飲み込んで寝そべっていれば、十夜に寄りかかる姿があった。言うまでもなくカレンである。
「………なんのつもりだ?」
「ご飯食べたら眠くなった」
言って十夜の左腕を枕代わりにもたれかかる。ふわりと甘い香りが鼻をくすぐるが言葉にはしない。
エキサイトしている二人が気づけば刃傷沙汰になるかもしれないが、それでも子猫に擦り寄られているような感想で十夜はそのまま受け入れる。
「テメェ、ここは楽しいか?」
「うん、知らないことばかりで楽しい」
そうか。と答え空を見上げる。その上で思い出す。
『終わりは近いよ吹雪』
あの苦手な少女が最後に言った言葉だ。
確かにあのクラスは人外の巣窟だ。しかし、まだ子供の集団でもある。個別の能力が秀でていようが、世界を敵に回して勝てるかと問われれば答えは断じてノーだろう。
ゆえに、完璧なハッピーエンドは存在しないし、残っているのはバッドエンド一直線。出会いがあれば別れがあるのも、また当然。
残っているのは己がどうしたいかという選択。その終わりをどう受け入れるかという意味でもある。
美咲であれば迷わないだろう。香夜もまた然りだ。だが、十夜はそこまで強い意志をもてない。たかだか数日程度の付き合いであると納得もできれば、それこそ飼い猫のように情が移りつつあることも自覚している。
だが、それでも組織というものを敵に回せるか?
「つまり、私の味は兄さんの味。それに追いつけない時点であなたは敗北しているのです!」
「はん、同じ味ばかりじゃつまらないじゃない」
無理だと思う。いつか終わるとわかっていたとしても、この世界は壊せない。だからといって迫ってくるであろう終わりを認めるのか?
「……………」
答えは出ない。
つまりは己が中途半端な存在であることを再確認する。
中途半端に悪ぶっても根っこはこんなものだと理解し直す。
『オレはどうしたいのかね』
自嘲気味に笑うが傍らの温もりは存在したままだ。それをどうするべきなのかの答えが出せない。
『備前の言ってる事の可能性は高い。その時の位置をどうするかだ』
十夜は瞳を閉じる。それに寄り添ったままのカレンもだ。そして、眠りに落ちていく意識の中で、
「って! 兄さんそれは破廉恥です!」
「なにどさくさにまぎれてんのよ!」
うるさいなと思いつつも、何か引き剥がされる感触を覚えつつも、十夜の思考は闇の中に落ちていった。
『さて、理解しているだろ歩く法律違反? そろそろ返してもらうぞ我々の希望を? そこまで触れ合えた上で満足だろうよ。しかし、それ以上は害悪と判断した。だからこそ終わりにしよう。終わった上で始めよう。我らが存在の始まりを始めよう』
嫌な声が空から落ちてきた。しかし、それが夢なのか現実なのか、眠りにつく十夜には理解できなかった。だが同時に、目を覚ました後、何かが起こるかもしれない、そんな予兆だったのかもしれない。
「十夜、今日も楽しかったね」
「そうだな」
抑揚の少ない言葉を受けながら十夜はお馴染みになりつつある四人で帰宅の路についていた。
見上げれば夕闇に解けつつある太陽と上りつつある月がある。つまりは魔性の出でる逢魔が時。だからこそ、十夜は一人でいたかった。何かを失うのが誰よりも嫌いだったから。
「タバコ買ってから帰るから、テメェ等はそのまま帰れ」
露骨な嘘だ。十夜のタバコはタバコではない。
「………」
それを知っているのは香夜だけだ。だからこそ、彼女は頷き、
「私が買ってきますよ兄さん」
余計なことを口にした。
「香夜・・・テメェ」
思わず激昂仕掛けるが香夜の薄い笑みに戸惑ってしまう。
「兄さんの悪い癖です。だから、私が買ってきますよ」
言うなり香夜は身を翻す。銘柄も何も聞かず、分岐路でただ背を向けた。それを不思議に思ったカレンが振り返ろうとしたが、十夜はその手を引いて歩き続けた。
「ちょっとあんた、さすがに未成年のくせして妹にタバコ買いに行かせるってどうよ?」
「うるせぇよ」
カレンの手を引きながら周囲に向かって視線を飛ばす。それはいつも道理の帰り道。
夕日に浮かぶ影も人気のない道もいつも通りだ。
『だが』
電信柱に設置された監視カメラ、外灯に設置された同様のもの。それらが全て十夜達へと向いていた。しかも、靴底に伝わってくる微弱な振動。それは少なからずの集合を意味するのだろう。
『うざってぇ』
言わずも備前の言う通りだった。こんな急にも終わりが来るとは思ってもいなかった。同時に、
「クソ女、テメェもさっさと帰れ」
元々家の方向がまるで違う。
「何よ? このままあんた達行かせたら二人きりじゃない。そんなの危なくて許容できないわ」
「杞憂だ。とっとと帰れ」
言われた美咲は一瞬泣きそうな表情を浮かべたが、それでも何とか取り繕って言葉を放つ。
「で、でも、そんな手をつないでいて説得力ないわよ!」
それならばと手を振り切れば、
「あっ」
カレンがどこか悲しげに繋がりを解かれた右手を胸に抱く。
『うざってぇ! どうすりゃ正解なんだよ!』
無論、どの行動をとっても正解のない答えだ。だからこそ、十夜は一人で行動をとるべきか迷い始めた直後、それは来た。
『返してもらうぞ歩く法律違反』




