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イモータルダンサーズ  作者: 神谷 秀一
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絶望

「左右のゲート防衛組が引いた?!」

 左を避難所に送り届けた後、全速力で現場に戻る途中で聴いた言葉は信じられないものだった。

「ってこたぁ、クソ女が完全に孤立してるってことじゃねぇか! この状況でそれがどういう意味持つかわかってんのかよ!」

 通信機の向こうの声は慌てるだけで要領を得ない。苛立ちだけが募っていく中、本日三回目の薬物を飲み込む。

「これでもし、クソ女が死んでいたりしたら、テメェとゲート組は皆殺しだ!」

 叫び、通信機を握りつぶして投げ捨てると、それまで以上の速度で疾走。大きな瓦礫は飛び越えて、小さな瓦礫は踏み砕き、もはや廃墟群と化した街を人とは思えない速度で駆け抜ける。

 だが、それだけの速度の代償もある。全身で何かが切れるような感触や、心臓の鼓動がありえない速度でリズムを刻んでいる。下手すれば何らかの障害が残ることになる。だが、十夜は躊躇わない。

『クソ女を助けるまで持てばいい!』

 そして、最初自身が受け持っていた交差点にたどり着いた時、十夜は軽い絶望を覚えた。

 なぜなら、あれだけ静かだったはずの交差点が今や道路を埋め尽くさんばかり、そして、周囲のビルなどの壁を這いずり回っているのだから。

 そして、前線の少し後方がこの状態なのだ。美咲の受け持っている地区がどうなっているのかなんて想像するまでもない。

「は、ははは・・・」

 立ち止まり、肩を落として力なく笑う。

『………また失くした』

 いつだって己よりも大切な人達から死んでいく。いつだって助けようと手を伸ばしても届かない。失っていくだけの人生ということは理解していた。だが、それでもと思ってしまう。

 心の底にどす黒いものが溜まっていくのを自覚する。これが溢れ出た時、それが十夜の死ぬ時だろう。だからこそ、

「まだ死んだとは限らねぇ、それに、もし死んでいたとしても遺品くらい持ち帰るさ」

 それが友人としての役目。だが、それでも美咲の受け持つノースゲートはここから五百メートル以上先にある。そして、視線の先にいるのは百を超えるイモータルだ。十夜のクラスメイト総勢なら突破できないことも無いのだろうが生憎と一人。だが、十夜は視線を前に向けたままだ。

「さて、皆殺すか」

 破れた右手の手袋を引き裂き捨てる。その上で前傾姿勢で身構えて、

「第二………」

「………十夜」

 ありえない声に慌てて振り返る。するとそこには、ありえない少女が一人で立っていた。

「カレン!」

 白い髪を伸ばした小柄な少女。後方に置いて来たはずなのにと思えば、

「駄目、死んじゃう」

「っ!」

 一瞬息が止まる。

『コノオンナシッテルノカ?』

押さえ込んでいたどす黒いものが溢れそうになる。だが、それよりも先に、

「十夜弱いって聞いた。だから私が守る」

「何を言って……くそ、どいつもコイツもこっち向いたか!」

 異形の群れが十夜達に視線を向ける。十夜はせめてカレンを守るべく身体を大きく広げ、

 空から声が降ってきた。


「殺し合え」


 地獄が生まれた。

 それまで十夜達に視線を向けていたイモータルが互いに殺し合いを始めたのだ。

「っ!」

 互いの装甲を噛み砕き、肉に達すれば引き裂きあう。本来なら同種族のイモータルの殺し合いは無いはずなのに、血みどろの共食いが視線の先で広がっていた。

 音はある、破壊音もある。しかし、悲鳴だけが無い。

 黙々と声も無く互いに喰らいあう。

「・・・なんだこれは」

 十夜は理解できない。こんな事例は今まで無かったことだ。ゆえに、右手に拳銃を握ったまま見詰める事しかできない。

「十夜」

 カレンは十夜の横に並んでいた。その上で十夜に視線を合わせて口を開く。

「美咲のとこに行こ?」


 鳴り響く銃声。それは美咲のこめかみを貫くのではなく、イモータルの装甲で火花を散らすだけで終わった。

「やっぱりだめね」

 自ら死ぬのは性に合わなかった。ゆえにイモータルに対して射撃したが何の意味も無かった。後は引き裂かれるだけだろう。だが、それでもと思う。

「あたしが抵抗した分だけ誰かが生き延びれるなら、それはそれでいいわよ!」

 目の前に迫る牙の群れ。それに対して目を閉じることなく拳を握った瞬間、閃光が降りそそいだ。

「なっ!」

「荷電粒子生成は骨が折れるな」

 そんな言葉が聞こえた直後、傍らを見やれば、そこにいるのは民族的な衣装に身を包んだ細身の少年だった。そして同時に理解する。

 その少年が出現した瞬間、周囲の風景とイモータルのすべてが根こそぎになっていたからだ。

 まるで爆心地。そう言おうとした時、少年の赤い瞳が美咲のそれと交わった。

「貴様は『歩く法律違反(アンチロウウォーカー)』を知ってるか?」

「と、十夜でしょ? ていうかあんた誰よ?」

 動揺しつつも仲間の名前が出たことに驚きながらも注視する。

「私はクレノ。歩く法律違反に私の妹を預けている。その回収に来た」

『回収?』

 カレンのことを思い出す。彼女は確かに兄がいると言っていた。そして、十夜はその兄が迎えにくるまで何とかしよう。そう言ったのだ。

 だからこそ、今の言葉に違和感を覚えた。

『回収って妹に対する言葉じゃないでしょうが』

「梓よ。助けてくれた事にはお礼は言うけど何者よあなた?」

 白い少年は首をすくめる。

「説明しても納得しない。とにかく妹はどこにいる?」

「後方支援要員って名目でキャンプにいるわ。要は学園のグラウンドよ」

「・・・そうか」

 クレノの表情に苦みばしったものが混じる。それを指摘する前にクレノは美咲に向き直り、

「梓、貴様の戦う姿は美しかった」

「は、はぁ? 何言ってんのあんた」

 返事には応じずクレノは学園の方向を見据える。そして、

「また会おう」

 次の瞬間、目の前が粉塵で染まり、あの白い少年の姿は最初からいなかったようにして消えた。

 そして、その粉塵がはれていく先に、

「クソ女!」

 なんて呼び名だ。と思うがそれよりも先に出た言葉は、

「十夜ぁっ!」

 駆け寄ってくるのは見知った黒衣。だからこそ、美咲も駆け出す。そして、その姿が重なり合う瞬間、

「遅いのよ!」

美咲は十夜を殴り飛ばした。


 十夜は思う。

『この世界何かおかしくねぇか?』

 死ぬ気で助けに来て迎えられるのは抱擁ではなく拳。しかも、照れ隠しとかでなく、しっかり腰の入ったカウンターのそれだ。いや、抱擁を期待したわけではないし、自身の力だけでここに来たわけではないけれど、それでも納得いかないものはいかないものだ。

『そして、重力は偉大だ』

 何しろ万物を落とすのだ。例外なく、何者もだ。つまり、アーチを描いている自身は偉大な力によって、地面に叩きつけられた。だが、その時視界の端に人影が見えた気がした。赤い髪の細い女性の姿。しかし、こんな死滅した都市に生き残りがいるはずもないと思いながら、意識を失っていった。


 とある病室の一幕。

「だから、悪かったって言ってるでしょ!」

「それ、明らかに謝ってるっていうか誤ってるだろ!」

 早速病院の個室で少年少女が怒鳴りあっている。

「助けに来たのに普通カウンター入れるか?!」

「だって来るのが遅いあんたが悪いじゃない!」

「助けに来た行為が好意と解釈しろよ! 大体テメェ一人で十分と言ってただろうが!」

「・・・十夜大丈夫?」

 病室にいるのは三人。十夜は当たり前として美咲とカレンの三人だ。

 現在戦闘が沈静化したためというか、それ以上に十夜の負傷が凄まじかったため強制的に入院させられたのが現状だ。

 今回の戦闘で学園側の死者は十二名。主に左を除いた管制室の人間ばかりだ。戦闘職の死者は一名のみ。

「カレンだけか、そういうことを言ってくれるのは」

 そういって頭をなでてやると、猫のような表情を浮かべてくすぐがる。それを見た美咲が青筋を浮かべるが十夜は気づかない。というかあえて気づかない。十夜だってそれくらいの度胸は持っているのだ。

 そして、目を閉じてくすぐったがるカレンを見下ろしながら思う。

『なんだったんだあの現象』

 本部の方には報告していない。無論、兄の方も含めてだ。まあ、報告したところで鼻で笑われるのが関の山と言ったところだろう。

『つってもなぁ』

 同属同士の殺し合い。それがあの『空から降ってきた声』で生まれたのだとしても原理がわからない。理論が理解できない。

『こいつがいたからなんてわけねぇだろうし』

イレギュラーだと言えばその要素はあった。しかし、それでも即座に彼女が行ったのかと聞かれれば首を横に振るしかないだろう。

『つってもこの女追われてた訳で』

 何かしらあるのは理解している。とはいえ、昨夜ほど忌避感があるのか? と聞かれれば首を傾げざるを得ない。

『俺もまだまだ甘ちゃんってことかね』

「って十夜あんた話し聞いてる?」

「ああ、ちゃんと聞いて流してたぞ。どうせくだんねー戯言だろ?」

「あ、あんた怪我人じゃなかったら殴ってるわよ」

「その怪我人殴って入院させたのテメェだよ!」

 結局どうあっても騒がしい病室であった。

「そういえば十夜」

 急に話を切り出してきたかと思えば、美咲の右手には花束と、彼の膝の上にはフルーツの入ったバスケットが乗っていた。どちらもそれなりの代金がかかっていて、センス良くまとまったそれは間違いなく目の前の二人が用意したものではないことをうかがわせる。ましてや、クラスメイト達の手のものならば盗聴器やファイバースコープによる盗撮の可能性も考えなくてはならない。

 ならば、これは見舞いと言う仲間を想う高尚な好意ではなく、交渉と考証を必要とする情報戦の始まりかもしれないと十夜は一人思う。

「言っとくけどあんたの考えてることとまったく違うからね?」

「・・・俺はまだ何も言ってねぇ」

 半眼で見据えてくる美咲から視線を逸らし、膝の上に投げられたそれの感触に視線を向ければ、

「あたし達がここに来た時メガネかけた娘が立っててね。どうしたのって聞いたら、これあんたに渡せって言って走ってったのよ」

「すごい勢いだった」

 言われた十夜はどこか遠くを見据えて、やがて思い出したように頷いた。

「ああ、中央司令室のオペレーターやってた女だな。イモータル三匹に襲われてた時助けた奴だ」

「ていうか向かわせたのあたしだけどよく生きてたわね。あれ大型でしょ? そんな状況絶望的だし、そんな状況で助けられたら白馬の王子様そのものじゃない!」

「キレる理由がわかんねぇ?!」

「大体あの娘頬染めたりしてたのよ! どんだけフラグ立てれば気が済むの?! しかもどれ一つ回収しないでノーマルエンド一直線てどういうプレイスタイルだってぇの!」

「言ってる意味がわかんねぇーーーーー!」


 そして、あまりにも騒がしいため、他の病室からの苦情が殺到し、十夜は即日強制退院を受けるのだが、それはこれから一時間後の話である。


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