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イモータルダンサーズ  作者: 神谷 秀一
5/17

戦闘開始

 不死者……イモータル。この異形の存在が発生してからかなりの年月がたつ。本来なら、人類は根こそぎ殺されつくしていただろう。なにせ、敵対者は死なないのだ。破壊はできる。陵辱はできる。

 ・・・しかし、死なないのだ。

 そんなものを相手にして勝利はありえるのだろうか? 答えは断じてノーだった。

 一時的に押し返すことはできる。しかし、相手は無限の命を持っている。ならば、手持ちの銃弾や武器がなくなれば戦線は維持できない。だからこそ、人類は衰退し、現状の情勢となっているのだ。

 ・・・だが、ある時、とある科学者がとある説を唱えた。

「イモータルは我々の存在係数を奪って出現している」

 存在係数とは何か? 発表当時は相手にもされなかったし、重要視もされなかった。しかし、とある事件を境に、その論文は全世界で発表された。

 通称新潟事変。

 とある科学者が我が身を持って試した禁断の実験。

 その科学者曰く、イモータルとは、別次元からこちらの世界に現出した情報生命体と言う説だった。

 本来こちらの世界ではありえない情報生命体が、この世界の生命体に寄生し、それこそすべての情報を書き換えるという、理解に値しないものだった。

 だが、科学者は言った。

 人一人の情報または動物の情報を消失させた情報生命体は、消失させたと同じ分だけの情報生命体として作成することができると言うものだった。

 根拠など何もない。裏づけされたデータも机上の空論として馬鹿にされた。だからこそ、彼は行った。狂気の実験を。

 それは、己自身と家族を餌にして、失った分だけの情報を情報生命体として現出させることにあった。

 ・・・実験は成功した。

 科学者本人とその妻、そして、その長男を犠牲にして、同質量の情報生命体が現出した。

 以来、その科学者の論文は全世界に発表され、どの国もここぞとばかりに利用した。

 結果、彼等はここにいる。


「こちら吹雪、監査区域だ。ちなみに一人なんだがこれどうよ?」

 紫煙を口元から吐き出しながら、十夜は周囲を見回す。

 時間としては昼を過ぎたばかりのオフィス街。高く並び立つビルの群れを見渡しながら、あまりにもいなさ過ぎる人の姿に苦笑する。

『こちら、中央本部。各地で戦端が開かれています。そちらに回す余裕はありません』

「それはつまり死ねってことだな。了解」

『そ、そうではありません。ですが、目撃情報の少ないそこは・・・』

「悪い悪い冗談だ。それに俺は死なねぇよ」

 オペレーターの慌てように十夜は苦笑し謝罪する。すると、イヤホンの向こうの声は呆れたように鼻を鳴らす。

『ちょっと、いくらなんでもそれは悪趣味すぎますよ?』

「だから謝っただろうが、気にしすぎる女はもてねぇぞ?」

『いえ、私は別にもてなくてもこのままで………』

 その直後、イヤホンの奥から何かが崩れるような音と、オペレーターの悲鳴が上がる。

『だ、誰? ひっ! 嫌ぁああぁぁーーーーーーーーーー! 誰か! 誰か来てぇぇぇぇぇーーーーー!』

 インカムを貫く絶叫。思わず眉を寄せるがそれ以上に、

「全チャンネル通信、近場で中央行ける奴!」

 各自がそれどころではないのだろう。返事そのものが返ってこない。あるのは雑音とノイズと悲痛な悲鳴だけだ。大体そんなものだろうと冷静に思う。

 なぜなら、今ここ一帯はイモータルに襲われているからだ。

「さて、どうすっかな?」

 十夜の持ち場は比較的都心部。つまりは中央よりだ。それは実力的に大したことがないため、前線をはずされていること他ならない。

 しかし、それでも、前線が崩壊した時の援護の意味を含めて中央よりに配置されているのであって、勝手に持ち場を離れてはならない。それこそ、前線の撃ち漏らしがあった場合のことを考慮しての待機だ。

「まあ、懲罰くらいくらってもいいか」

 諦めたような吐息を漏らした時、インコムを知った声が叩いた。

『十夜、ここの前線はあたしが維持するわ! あんたは中央に行きなさい!』

「って、テメェ、そこが孤立すんぞ!」

『左右の前線組に期待するわ。それよりも力のない連中を助けてあげて!』

 十夜の知る限り美咲と言う少女は最強クラスの剣士だ。機械甲冑という電動式の鎧をまとい、イモータルどころか軍隊とだって渡り合える化け物だ。しかし、それでも・・・と迷いかけたところで、美咲の叱咤が十夜に届く。

『あたしは一人で十分よ! それより唐揚げの借りを返しなさい! 代償は中央の救出! あんたならできるでしょ!』

「最弱に頼む内容じゃねぇな」

 味方を見捨てるような言葉。しかし、美咲の返事は返ってこない。理解しているからだ。

「まあいいさ。根こそぎにしてやる」

 同時に、咥えていたタバコのフィルターを噛み千切って嚥下。同時に、目の前の風景が歪み始める。

 同じくしてインコムのスイッチを切り、十夜は唇の端を大きく吊り上げる。

「さあ、開幕(ショータイム)だ」


 オペレーターの名前は神無月 左といった。

 特に特徴もないし痩せてもいなければ太ってもいない。身長も高くないし、低くもないそんな少女であった。

 唯一の特徴と言えば眼鏡の似合うそれなりに可愛らしい少女。そんなところだ。その彼女が、今は目を見開き絶叫をこらえている。なぜなら、

「こ、来ないで!」

 中央本部の連絡室。仮設テントの中に用意した通信機器と数人の要員。それがすべてであり終わりでもある。そして、本来なら何かの襲撃に備える防衛要員と指揮官が、喰われていた。

 ガツガツとグシャグシャと音を立てて咀嚼されていた。

 白い三角錐のような装甲を頭部にはやした人サイズの犬のような異形。各種関節に装甲をまとい、尾はチェーンのようなもので構成されている。先程は隣に座っていた女子生徒が絡めとられて引きずられていった挙句、聞くだけで死にたくなるような悲痛な悲鳴がこだました。

「や、やだ・・・」

 安全だと聞いていた。中央は安全だと聞いていた。だからここにいたのだ。しかし、今は彼女を除いて誰も生きてはいない。そして、これから自分は惨たらしく死ぬのだろう。そんな予感がある。

 だからこそ、思った。

『さっき話した人誰なんだろう?』

 声と顔が一致するほど仲の良い人物ではなかった。だからこそ、最後に声を交わした相手が気になった。だけど、確認する術はない。

 なぜなら、

「あ、みんなこっちを向いちゃった・・・」

 根こそぎ喰らい尽くしたのだろう。白い異形三体が一斉に左に頭を向ける。同時に左は思った。

「今、皆のところに行くね?」

 できれば安らかに死にたい。そう思いながらも、一斉に飛び掛り、開かれた口内の乱立する牙に目を閉じて、

「伏せやがれ!」


 奇跡が起こったと思った。

 突如、仮設テントの布地を吹き飛ばし、黒い影が飛び込んできたのだ。

 それが白い装甲と激突し、銃声がなった瞬間、それが現実として認識された。

 左は腰を抜かして座ったまま、己を助けた黒尽くめを認識する。

「はっ、大層な地獄じゃねぇか!」

 聞き覚えがある声は当たり前だ。今さっきまで話していた少年だったからだ。そして、その特徴的な容貌だからこそ知っている。

「ふ、吹雪十夜・・・」

「お? 俺の事知ってんのか?」

「う、うん」

 最弱の少年だ。体力測定でも最低ランク。座学も最低ランク。正直言っていつドロップアウトしてもおかしくないような人物だ。

 なのに、その彼が助けに来た。

『距離、かなりあったのに・・・』

 そして、攻撃力は何も見込めない。対イモータルで重要視されているのは近接武器と、大口径銃器。対して十夜の武器は携帯拳銃のみと聞いている。こんな大型のイモータルを相手にできる理由はなかった。

『だけど』

 と左は思う。

『この人は私を助けに来てくれた王子様だ』

 きっと食い殺されるだろう。しかし、それでも、助けに来てくれた人がいることに感謝し、その後で気づいた。

「こいつは傑作だ。そう思うだろ?」

 黒衣は笑っていた。それは絶望のために浮かべるものではなくて、どこか狂おしい何かを含めた表情。

「散々喰い散らかしてくれたみてぇだな」

 言いながら人間だったものの残骸を一瞥し、

「別に見知った奴らがここにいたわけじゃねぇ。だがな、それでもな?」

 人外にそんな言葉の意味も伝わらないが、十夜は構わず言葉を並べていき、そして吼える。

「生きて帰れると思うなよ!」


 イモータルを殺す方法。それは吹雪博士によって記載されたレポートに記してあった。

『情報生命体である彼等を滅ぼしたいのであれば、同じ情報係数を持った存在を利用するしかない』

 結論。イモータルはイモータルでしか殺せない。

 事実、イモータル同士で殺しあった個体の骨や装甲を利用して小型のイモータルを殺傷した結果、その個体は復元しなかった。だからこそ、世界は各種イモータルの死骸を加工し、各軍隊と一部機関に提供。結果として、未成年を事前に訓練し、武器を与え戦場に押し上げた。

 それが、学園と言う存在であり、聖剣プロジェクトとは、イモータルを殺すための訓練を受けた少年少女を示す言葉である。


 が、戦っていた。その中でも最弱に位置する少年が破砕していた。

「おおおぉぉぉぉーーーーーーーーーーーー!」

 本来なら効果のない打撃。しかし、それでも衝撃は共通だ。突進の勢いをずらされた頭部装甲が地面に埋まると同時に押し付けられた銃口が火を噴く。

『!!!!!』

 イモータルは声にならない絶叫を鳴らすが黒衣は躊躇せずに轟音を鳴らす。

「まずは一体」

 手元を操作しマガジンを排出。同時に新しいそれを装填しスライド操作。その動きにためらいはない。むしろ、自然な動きだ。

 刹那、残った二体がノーモーションで飛び出した。生え揃った牙が弾倉を交換したままの十夜に襲い掛かるが、彼はそれを回避、それぞれがⅤ字に別れたところで照準し、

 轟音。

 頭部装甲が割れ、脳のようなものが露出した瞬間、黒衣の悪鬼が飛び掛る。

「はっ! くだらねぇよ!」

 突き刺さる拳。そして、飛び散る脳漿。それは十夜自身の頬を濡らすが振り下ろす拳は止まらない。そして、左は同時に理解する。

「この人、近接でイモータル殺すことを前提にしてる・・・」

 本来なら、素手でイモータルの肉体を破壊しても無限に再生する。なのに、目の前のそれは死に絶えようとしていた。理由は簡単。彼の両手を包む黒手袋と左右合わせて十のリングがイモータルの素材でできているのだ。

『だけど、そんなの異常・・・』

 イモータルという存在は基本的に獣と同じ。簡単に言うと人間よりも腕力やすべてにおいて優れている。そんな存在に対して近接戦闘を挑むのは自殺行為だ。

 なのに、あの黒衣はそれを挑んだ。

『狂ってる・・・』

 なのに、今も飛び込んできた最後の個体の鼻先を素手で殴りつけた。

 血の花が咲く。恐らく拳は砕けただろう。しかし、それでも遅滞なく血にぬれた装甲を左手で握り締め、

「かっはっ! 脳みそ散らして無様に死ねよ!」

 添えられた銃口が火を噴いた。それこそ、脳を破壊し、蹂躙し、打ち砕いた。

 そして、イモータルの巨大な体が地響きのようなものを鳴らして倒れ果てる。

「・・・・・」

 その光景を呆然としたまま見つめる左に気づいたのか、十夜は視線を向けた後歩み寄ってきた。

「っ!」

 思わず後退りしそうになる。しかし、それでも命の恩人でもあるのだから、無理にでも笑顔を浮かべようとして……失敗した。

「ああ、気にしなくていいぞ。おっかねぇんだろ? だからこれ以上近づかねぇよ」

 いつの間にやら口元に咥えた紙巻タバコに火が灯る。

「ご、ごめんなさい折角助けてくれたのに」

「それより聞きたい。生き残りはいるか?」

 この惨状を目にすれば明らかだが、その問いかけに左は首を横に振る。

「わかった……こちら吹雪だ。中央連絡司令部が壊滅した。………なんでここにイモータルが出現したかなんて知るか。問題は指揮系統がイカレタって事だ。どこかに押し付けて機能させねぇと全滅すんぞ」

 なにやらインコムで会話をしているが何かと芳しくないようだ。

「あとクソ女が前線で孤立しているから援護に向かう。唯一の生存者はどこに送ればいい?」

「え?」

 まだ戦うの? そう問おうとしたところで踏みとどまる。死にそうな目にあっているのは自分だけではないのだ。だからこそ、最前線で命のやり取りをするものたちは、例え満身創痍だとしても進むことをやめないのだろう。

「わかった。この女は近場の避難所に預けてくる。それでいいな? ……ああ、了解だくそったれ」

 十夜はインカムのスイッチを切り、改めて顔を向けて口を開く。

「テメェ、名前は?」

「か、神無月 左」

「オーケイ」

 と言うなり、拳銃の弾倉を交換して懐に収める。

「なら安全地帯までエスコートしてやる。ついて来い」

「ちょ、ちょっと吹雪君待って!」

 言って勝手に歩き出すので左は慌ててその背を追う。

「は、走らなくていいの?」

「一番近くの避難所まで二キロだ。そこまで全力疾走できるのか?」

「うっ、無理・・・」

 左の身体能力は一般人をほんの少し鍛えた程度だ。二キロの全力疾走には無理があるだろう。

 しかし、

 とも思う。

「も、もしだったら私一人で避難所に行ってもいいよ? 仲間が孤立してるんでしょ?」

「はぐれイモータルが出現する可能性が高い。そんなのと遭遇したらテメェは生き残れるのか?」

「それは・・・」

 今ここで十数人の仲間が食い殺された。それはつまり、十数人分ものイモータルが出現する可能性があるという意味だ。その出現時間は一定していないのだが、出現地帯はその捕食行為が行われた近辺だとされている。つまり、いつここ周辺に出現するかもわからないのだ。

「いいから急いで歩け。テメェを送り届けた後に全力で戻る」

 拳から血を滴らせ、繰り返す疾走と闘争で身体を酷使しているはずなのに彼はそう言った。

「まあ気にするな。あの女は俺の百倍強い。そう簡単には死なねぇよ」


 その百倍強いと言われる少女、梓美咲はたった一人で戦線を維持し続けていた。

「はぁ、ったくもう!」

 それは鎧だった。同時に剣の役割も果たしていた。

 その身を包むのは機械甲冑。

 本来のシルエットを二回り以上膨れ上がった板金とボルトによる鎧だ。

 一見、中世の騎士達がまとっていたような全身鎧を髣髴させるが、その内部に組み込まれるのは最新技術による人工筋肉と鋼の歯車。装着者の動きをそのままトレースしながらそれ以上の速度と破壊力を生み出す現代の騎士鎧。

 装着者の体が持つならば、二秒以内の時速百キロの機動力と、同時に反対方向への急速機動を可能とした最強のパワードスーツ。

 単体で体長三メートルを超えるイモータルとも互角以上に渡り合える究極の兵器、それが機械甲冑。美咲はその乗り手であり、それらの中で最強と呼ばれる存在だった。

 無骨な板金のそれでありながら、どこか女性的なラインを持った紅の騎士鎧。そして、その両手が握るのは、身の丈を越さんばかりの大剣だ。

 機械甲冑の基本は人類を超えた速度と破壊力。しかし、それでも、同じ機械甲冑乗りに近接武器を持つものは少ない。なぜなら、大型イモータルとの近接戦闘は自殺行為に等しいからだ。

 どんな素材で作っていようと、大型イモータルの牙や打撃は容易く金属を破砕する。それならば、圧倒的速度を維持しつつ、大型銃器による射撃のほうが危険も少なく効率もいい。だが、世の中には常に例外と言うものがある。

「ったく、どれだけ一人で相手にしろってのよ!」

 刹那、美咲のまとう全身紅の甲冑が加速した。

「っ!」

 飛び込むのは犬型イモータルの集団。美咲は知らないが、先程十夜が殲滅したのと同系の種類だ。

 それが十体以上密集した中央に飛び込み、頭上に振り上げた大剣を一閃。

『!!!!!』

 それは単純な暴力。

 振り下ろされた刃は、イモータルの装甲を無視して速度と破壊力のまま二体同時に両断粉砕。同時に跳ね上げさせた横薙ぎは数体を同時にミンチに変えた後に、逆袈裟の斬撃は二体をまとめて肉塊に。

「十夜の奴は無事かしら?」

 周囲のイモータルを殲滅したことを確認しながら一人ごちる。とはいえ、そこまでは心配していなかった。自分の知るあの少年は確かに弱い。だけど、弱いからこそ工夫し、己より強い存在を屈服させることに長けている。弱いからこそ、強くあろうとするのだろう。それは機械甲冑という兵器がなければ前線にたてない自分にも似ているのだ。

「そういう意味ではあいつが『最凶』よね」

 最大の一撃ではなく致命的な一撃を持つ少年。それが十夜だ。だからこそ、言葉にしないものの認めてもいる。

「だから」

 物音が聞こえる。

 合わせて鳴り響く重量音。

 視線の先の交差点に現れるのは、今殲滅した以上の異形の群れだ。

『残り時間は少ない。でも、ここを突破されればみんな死ぬ!』

 機械甲冑の最大稼働時間は五時間だ。しかし、最大出力で稼動した場合は一時間持てばいい方だろう。特に近接機動の多い美咲の『クリムゾン』は一時間以下だ。

 それでいて孤立。そして、時間制限は短い。そして、時間が尽きれば死ぬだけだ。

「あれだけ大見得切ったんだから簡単には死ねないわよね」

 苦笑しつつ、再び大剣を構える。その切っ先は粉塵を撒き散らしながら接近するイモータルの集団に向けられて、

「だから、さっさとぶっ飛びなさいよ!」

 轟音。

 刹那、美咲の眼前が炎と黒煙で染まる。そして、それが通り過ぎた後、目の前にあるのは爆発と衝撃に原型をなくした異形たちの骸だけだった。

「さすがに80ミリ砲搭載はやりすぎたかしら?」

 黒煙を漏らすのは大剣の切っ先。確かにそこは浅い二股になっており、中央には空洞がある。つまり、それが銃口なのだ。

 80ミリ榴弾砲搭載大剣『ブラストブレイド』試験的な要素を持つ大剣だが、その残弾もこれでゼロ。

「機体燃料残量は30%か」

 そう呟く間にも、周囲からはイモータルの這いずる音がセンサーに響く。

「下がる? いや無理ね。そんなことしたら左右の味方が囲まれて退路をなくしてしまう。となると・・・」

 となると・・・自分は死ぬことしかできない。十夜が後方にいればまた話は違っただろう。だが、その十夜を必要ないといったのもまた美咲だ。

「ったく、仕方ないわよね?」

 大剣を肩に担ぎ、その上で完全に囲まれきった周囲を見回せば、その数は数え切れない上にゾクゾクと湧いてきている。つまり、それだけの質量……つまり人間が殺されたと言うことだ。

「なら、一体でも多く道連れにしてやるわよ!」

 刹那、目の前から色が消えた。急加速による強烈なGによる視覚障害。だが、つまりそれだけの速度が生み出され、

 粉砕!

 左右に断ち割られた肉塊がその速度と衝撃波で微塵と化す。

 同時に渾身の横薙ぎ。今度は上下に割かれた巨体が面白いように跳ね上がる。

「っ」

 センサーの捕らえたイモータルの接近に美咲は飛び跳ねる。その眼下を通過していく強化突進骨格の中央に愛剣を突き下ろす。

『!!!!!』

 上がる異形の悲鳴は無視。それどころか着地すると同時に人工筋肉をフル稼働。突き刺さったままの異形の身体をこちらに駆け寄ってくる集団に投擲。

 機械甲冑の生み出す速度と異形の体重は砲弾以上の威力を持って薙ぎ払う。

「うざったいわね!」

 その間にも突進してくる他方向からの突撃骨格が装甲に火花を散らすが紙一重で回避した上で頭部に肘を落としてパイルバンカーを射出。

『ギョブ』

 気色の悪い声を鳴らしてそれは倒れる。

 だが、それでも次々と湧き上がってくるイモータルの姿にあきれ果てる。

「学園無双シリーズの雑魚じゃないんだから、こんなにもいらないわよ」

 いつだったかゲーム内の乱舞を現実でできないか試したことがある。・・・主に十夜で。

「でもね、実はできるのよ!」

 もはや波と化した異形の集団に美咲は飛び込んで薙ぎ払う、断ち切る、打ち砕く! 走り寄る巨体にはパイルバンカーを打ち込み回転の速度を上げていく。

 やがてすべての動きが連動し、振り抜かれる刃は停滞することなくすべてを切り裂いていく。返す刃も円の流れを留めたまま異形の身体を前後左右関係なく破砕した。

 言葉にならない高揚感が美咲の身体を支配している。だからこそ、このまま速度に乗ってさらにその向こうを目指す。

「これなら、他の連中の負担も減らして、っガっ!」


 ドゥン


 その瞬間、思考の速度で動いていた肉体が鉛のように重くなると同時に、視界から完全に色が消えた。

「な、なにが!?」

『エネルギー残量ゼロ。当機体は起動を停止します。搭乗者は速やかに脱出してください』

 無感情な機械音声。同時に背部装甲がパージされ汗に濡れた背中を外気にさらす。

「くそっ!」

 ロックの外れた感覚誘導装置から手足を抜き出し機械甲冑から脱出。それだけで風を受けた肌は爽快感を覚えるがそれ以上に、

「くっ!」

 異形の体液や肉塊の悪臭。それ以上に生身を晒す己に群がろうとしているイモータルの集団に不快感を覚える。

「・・・・・」

 肌に張り付く髪を振り払い、腿のホルスターに装着していた小型拳銃を抜き放つ。

『こいつの世話になるとはね・・・』

 これは機械甲冑乗りにとって必須のものだ。

 機械甲冑は運用上、戦闘中にエネルギーが尽きれば最強の兵器から鉄の棺桶へとシフトする。それが最前線なら末路はひどいという言葉では収まらない。生きたまま食い千切られ、咀嚼され陵辱される。

『だからこれは』

 自決用の銃。

 もう迷っている時間は無い。迫り来る異形を視界の中に収めながら、小型拳銃を己のこめかみに当てて、

「・・・ごめん」

 銃声が鳴り響いた。


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