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イモータルダンサーズ  作者: 神谷 秀一
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初めての味

 香夜は上機嫌で料理をしていた。今日は珍しく早く帰れたこともあるが、それ以上に兄妹揃っての食事自体が久しぶりだったからだ。お互いに多忙なこともあるし、だからこそ、団欒が大事なのだと思っている。

 だからこそ、兄の好物である秋刀魚をグリルで焼きつつ大根おろしを準備して、ほうれん草のおひたしと、なすの味噌汁を準備していたのだ。

 兄は自分に気を遣って距離をとっているようだが、香夜にすればそんな必要は無かったのだ。むしろ、もっと近くに来てほしい。そう思っていた。

「兄の好物を作って待つ妹。これこそ健気な妹の姿そのものです♪」

 鼻歌すら歌いながらオタマで味噌汁をかき混ぜていたところでチャイムが鳴った。

「あら、誰かしら?」

 火を止めて、キッチンから続く出入り口の扉を開けた時、香夜は世界が終わったかと思った。

「おお、悪い香夜、扉が開けられなくてな」

 兄がいた。最愛の兄がいた。

 いつもなら、とびっきりの笑顔を浮かべて迎えていただろう。しかし、もし、もしの話だ。

 誰よりも近い異性でありながら誰よりも意識している男性が、見ずも知らない女性をお姫様抱っこをして玄関に立っていた場合はどうしたらいいのか?

 ドカン!

 と問答無用で扉が閉じられた。

「って話し聞けよ!」

「不潔です!」

 安全靴の爪先を咄嗟に挟み込んだものの、香夜は力を緩めることなくギシギシと音を立てる。

「いくら場所に困っているとはいえ、実の妹がいる自宅に女性を連れ込もうなんて、不純にもほどがあります!」

「俺の言いたいことまるで理解してねぇだろ! ていうかその推測何一つ該当してねぇよ! むしろ、180度全力で曲解してんだろうが!」

 互いに扉の隙間越しに怒鳴りあっているわけだが、近所からしたらこれ以上ないほどの迷惑だろう。とはいえ、この二階立てのアパート、現在住んでいるのはこの兄妹コンビだけなので苦情が飛んでくることは無いのである。もっとも、それゆえに仲裁者がいないという意味にもつながるわけで。

「兄さんはいつだってそうです! 身近な気持ちに気づかないで、いつだってあの女達に近づかれてヘラヘラして!」

「ヘラヘラしたことねぇし、身近にはまったく心当たりがねぇ! それに女達ってあれは新聞の勧誘や生命保険の勧誘員だろうが!」

 もはやどうしようもない状況になりつつあるようだった。


 十分後、何とか誤解を解いた十夜は客間のベッドに少女を寝かしつけた後、リビングでどこまでも疲れ果てた吐息をついた。

「・・・はぁ」

「に、兄さん? 先程は誤解とはいえ・・・」

「気にしてねぇよ」

 そう言いつつ、次からは勧誘の人達とはなるべく言葉を交わさないようにしようと、間違った納得の仕方をした十夜であった。

「とりあえず、あの女は俺も詳細がわからねぇ。あのイカレタ兄貴が迎えに来るのを待つだけだ」

「だけど、そんな連中に追われていたという事は何かしらの危険が・・・」

「香夜には危害は加えさせねぇよ。最悪、クラスの連中を利用する手もあるしな」

 十夜自身は最弱だ。しかし、あのクラスの連中がどこまでも突破した集団だということもまた理解している。ゆえに、あんな美少女を景品に協力を集えば、一国すらも落としかねないだろう核心があった。

「まあ、追っていたのは訓練されていた連中だったな。正直、不意打ちでなけりゃ俺の方が死んでた」

 言いながら、口元の紙巻タバコのようなものを大きく吹かす。それを見て、香夜が眉を寄せる。

「兄さん、使ったんですか?」

「さすがに緊急事態だった。使わなきゃ俺が死んでたな」

 十夜の吸っているタバコは厳密に言うとタバコではない。フィルターに仕込まれている薬物は反応速度を高めるための薬物を仕込んでいるし、葉に含まれる成分は薬物を分解するための化学物質が込められている。

 結論から言うと、十夜は現在解毒の最中だ。もっとも、解毒と言っても、完全にそれを除去することはできない。それゆえに、香夜は心配しているのだろう。

 だが、十夜はそれを服用することをやめようとはしない。なぜなら、それが己を最弱のままにさせないと知っているからだ。

「兄さん、お願いですら、無理はしないでください」

「イモータルを皆殺しにしたら考えるさ」

 言いながらも苦笑した。

『そこまで人類が持つわけねぇだろうがな』

 だが、とも思う。それでも、最後の時まで、周りにいる人間だけは守ろう。柄にも無くそう思っていたのだ。

 それだけの武装はある。そして、それだけの力は手に入れてある。ゆえに、血のつながらないとはいえ、妹は守ろうと思っているのだ。

「兄さん、イモータルと戦う前に、私達のことを考えてください。私は、兄さんが死んでしまったら前線に行くことを希望しますよ?」

「っざけんな! んなこと絶対許さねぇぞ!」

「でしょうね。だから、死なないでください。それが私の生きる理由になります」

 なんでそうなると、十夜は思ってしまう。

 とはいえ、それは同時に納得できるのだ。香夜が死んでしまえば、その他の大切な連中がいなくなった時を考える。

『俺も生き続ける自信はねぇな』

 そういう世界なのだ。寄りしろが無ければ人は生きられない。

 極論かもしれないがそういう世界情勢なのだ。


「おなか減った」


 そんな時だ。部屋を仕切るふすまが開かれたのは。

「っ!」

 香夜は咄嗟に身構え、十夜はタバコを吹かすだけ。対照的な動きだが、どちらも油断はしていなかった。むしろ、座ったままの十夜の方が反応は早かっただろう。

「・・・ねぇ、兄さんはどこ?」

「ここにはいねぇよ」

 香夜が言葉に窮している間に、十夜はとりあえず言葉を選んで口にする。そして、視線の先の少女を見据えた。

『危険はなさそうだな』

 白い髪に長髪。なおかつ、血色の美しい瞳。しかし、十夜にしたらそれだけだ。それ以上はなんら興味がない。むしろ、彼女というよりも、なぜ、こんな事態になっているかの方に興味があった。

「あなたは誰?」

「吹雪十夜だ。見ての通りのチンピラで、テメェの兄貴にテメェの保護を頼まれただけの一般市民だ」

 実際は一般市民の枠に含まれない立場を持つ二人だったが、そこは面倒ゆえの説明なしだ。

「というか一体あなたは何者ですか? 言葉は流暢ですけれど外国人の容姿をしていますし………」

 そんな香夜の言葉に不思議がる表情を浮かべるカレン。むしろ、なぜそれが理解できていないのかと言わんばかりだ。

「・・・・・」

 一方十夜はこの少女の兄の方が気にかかった。あの正体不明の一撃や閃光による射撃。それがどういったカラクリによって繰り出されたものなのか?

 イモータルでさえ物理方式を無視した現象は起こせない。中には火を吐き出す個体もいるそうだが、それでも、体内にそういう構造を持つゆえに可能とされていることであって、不可視の打撃や閃光なんて放てないのだ。

『そういう意味じゃ、この妹も真っ当な存在だとは言えねぇな』

 とはいえ、それでも警戒心を持つには至らなかった。もっとも、油断はしていないが。

「苗字はねぇのか?」

「に、兄さん、こんな特殊な出会いにときめきを?」

「んなメモリアルはいらねぇ! 大体現実でこんな出会い方してときめく方が頭いかれてるだろ! むしろ、びびってこの女その場に置き去りにする方が正しい反応だっつーの!」

 この妹、時折頭の配線がおかしいのではないかと思う兄であった。

「・・・あなた、兄さんじゃない」

「当たり前です! 私の兄さんは私だけのものです!」

 いや、別にお前のものでもねぇよ? とは思ったが口にはしなかった。十夜といえど空気は読めるのである。

「まあいいや」

「良くありません!」

「だから、話進まねぇだろうが!」

 と一旦仕切りなおして、カレンに向かい合わせのソファーに座るよう促すと、思いのほか素直に腰を下ろした。

 そして、香夜にお茶を頼んで、それを用意してもらっている最中に口を開く。

「テメェ等帰る場所はあるのか?」

「ないよ」

 えらくシンプルな言葉に尽きた。

「じゃあ、これからどうすんだよ?」

「決めてない」

「まあ、そうだろうな。それなら別の質問だ。テメェ等はどうして追われてた?」

「逃げ出したから」

「なにからだよ?」

「それは言えない」

 短く言葉を切り、その上で十夜の両目に真紅の双眸が向けられる。

「知ったらあなた殺されるよ?」

「そうか、聞かなかったことにしとく」

 余計な火種は必要ない。それが冷たいと思われても、なんの忌避も感じない十夜である。

「まあ、テメェの兄貴の来るまでの短い間の付き合いだが、まあよろしくしようぜ?」

「………ナニをですか?」

「………何がだよ?」

 そっと差し出された湯飲みを受け取りながら顔を傾ければ、冷ややかな視線を向けてくる香夜の姿があった。

「はい、カレンさん、熱いので気をつけて」

「?」

 猫がプリントされた可愛らしい湯飲みじゃわんの中身は緑茶だ。香夜の趣味はどこか年寄りくさい。まあ、間違っても口にはしないが。

「飲み物だ。熱くて少し苦いが、嫌なら残せ」

 言うなり十夜は湯飲みを傾ける。

「……………」

 そんな十夜の動作を見た後に、おずおずと湯飲みを小さな唇に当てて傾ける。と同時に目を見開き、

「なに・・・これ?」

「緑茶だよ」

 と言いつつ、一瞬毒でも混ぜられたか? と思考。いやいや、妹がそんなことするはずは無いと心の中で反省し、

「あら、間違って混ぜたかしら?」

「あるのかよ!」

 油断ならない家だった。

「・・・これが苦いって味なの?」

「青酸カリが混じってなけりゃな」

「………兄さん?」

 なぜか真横に座った香夜に悪寒を感じつつ、驚きを顔に浮かべるカレンの言葉を待つ。

「初めて飲んだ」

「外国人ならそうでしょうね」

 しかし、カレンは湯飲みを両手で掴んだまま首を横に振る。

「味のあるもの、初めて口にした」


 その後、やはり疲れが抜けきれていなかったカレンがうとうとし始めたので、適当な着替えなどを用意して客間で寝てもらうことにした。もちろん、十夜は絶対に近づくなと念を押されたが。

「ていうか覗きの趣味はないっつーの」

 名前の通り可憐な少女だとは思う。白い髪に細い肢体と吸い込まれてしまいそうな真紅の瞳。十分な美少女であるといえるが、状況的にあまりお近づきになりたい人物ではない。

「つってもどうするかな、あいつの兄貴は俺経由で連れ戻しに来るだろうし」

「私としては早々に連れ戻して欲しいです」

「問題はあの女をどうするかなんだよ。まさか、俺達が登校している最中、ここに置きっぱなしってわけにはいかねぇだろ」

「それはそうですけど・・・」

 プライベート的にまずいというわけではない。物理的に危険なのだ。主に十夜の部屋の押入れが。

「さすがに手榴弾のピンはひかねぇとは思うが万が一があるからな」

「むしろ、対人戦にしか役立たない、そんな兵器を持っている兄さんにびっくりです」

 どうするべきか、そう考えた時、一番力にならないような連中が、状況によっては何者よりも最強の味方になることを思い出す。この場合、必要なのはメリットだ。

「兄さん、考えていることが透けて見えてますよ?」

「多分それは正しいかも知れねぇが、発生する事態は予想以上だろうな」

 言いながら、十夜は懐から携帯電話を取り出した。


 香夜は面白くなかった。

 目の前で電話する兄の電話相手が半分以上女性だったからだ。時折漏れる声の中には『美少女? アルビノまじでヒャッハー!』とか『ふむ、ならば私はどこまで彼女の肉体情報を解析して良いのかね?』など『ほんとにあたし攻略しちゃっていいのよね?!』などの脳内の構造を疑うような会話が聞こえた気もしたが、それでも面白くなかった。

 嫌な独占欲だと自覚しながら夜は更けていく。


 翌日。

 (あずさ) 美咲(みさき)は面白くなかった。

「はい、今日から皆さんと一緒に学ぶことになったカレン・ルクレツィアさんです。フランスからの留学ということで、日本の常識に不慣れなところもあるかとは思いますが、皆さんも仲良く協力してあげてください」

 言外にこのクラスのイカレタ常識を埋め込むなよ、という警告のようなものだ。まあ、ほとんどの連中が真逆の意味で取っているだろうが。

 それでもって、美咲は面白くなかった。

「・・・・・」

 昨夜、十夜からの電話があり何かと思えば、


『付き合ってくれ』

「ちょっ、なんなのよいきなり?!」

 嫌いではない。そう思っていた。では、男女としてどうなのか? そう考えたところで答えは出ないし、考えるよりも先に言葉が届いてしまったのだ。

 なんと応えていいのか迷っている間にも十夜の言葉が続く。

『まあ、急な事だから今すぐ返事をもらおうとは思ってねぇ』

「そ、そうよね。でも」

『明日、返事を聞かせて欲しい』

「それでも明日なの?!」

『明日、朝の七時半に教室で待ってる』

「し、仕方ないわねぇ。行って上げるわよ」

 そんなこんなで通話を終え、ある種の意味で呆然としながら一晩中考えた。

 どう返事すべきなのか? どうすればいいのか延々と頭の中がループし続けた。しかし、こんな世界で当たり前の男女のような青春行為に頬が熱くなるのもまた止められなかった。

 そう、嫌いではないのだ。しかし、異性として好きなのかと問われれば首を傾げてしまう。

 だからこそ、一晩で答えが出るわけもなく、気づけば一夜が明けていた。

 そして、どこか胸をときめかせながら、そして、不安に思いながら教室のドアを開けた時、ほんとコイツ死ねば良い。と思った。

「おし、クソ女も揃ったことだし説明するぞ」

 教室の席は全部埋まっていた。

「・・・・・」

 どこか諦めにも似た気持ちを抱きながら席に着く。一方十夜は教壇の前に立ちながら説明を始める。

「昨日俺は訳のわからん女を助けた。一部の連中にはもう少し深く話してるが、とりあえずその女は追われてるらしい」

『終わらせればいいじゃない』

 とどこか投げやりに思いながらも十夜の言葉は続く。

「つーわけで、その女の迎えが来るまで、テメェ等全員ごまかすのに“付き合え”」


 そのあと、プリントアウトした写真のデータなどが血みどろの奪い合いなどにまで発展したのだが、そんな事は美咲にとって果てしなくどうでも良かった。むしろ、

『どこまでフラグ立てれば気が済むのよ!』

 とフラストレーションを溜める結果となった。

 そして、現在に至り。

「十夜、何で私は皆に見られてるの?」

「転校生って言う立場は珍しいからな」

『何で十夜の後ろの席なのよ!』

 白い長髪の細く白い少女は学園の制服に身を包み、無感情な声で十夜に質問を続けていた。そして、その十夜は面倒くさいという気持ちを隠しもせずに、それでも、説明を続けていた。

「・・・あの人たちの持ってる四角いのはなんなの?」

「ああ、あれはデジカメっつって、テメェのことを盗撮するための道具だ」

 言葉を選びなさいよ! とも思うが歯を食いしばってこらえる。

「なんで私を盗撮するの?」

「撮ってる連中に聞けば良い」

 言われてカレンは未だにシャッターを切り続ける男女に顔を向ける。

「何で撮るの?」

「正面キタァーーーー」「そのアングルたまらないわ!」「ネットにアップするなよ? 俺達だけのアイドルだ!」

 とりあえず頭がおかしい奴らしかいないことを再認識。

 その上でやはり美咲は面白くない。

『いつもだったら、あたしがあいつぶん殴って騒いでる時間なのに!』

 そんな歪んだ感情に気づく間もなく少女の疑問とシャッターチャンスは続く。というかシャッター音がしない時点で色々と問題ではなかろうかとも思うが、今更気にしても仕方のないクラスだったので美咲は思考を諦めた。


 昼になった。

 言うまでもなく昼休みだ。だからこそ、昼食を求めて扉を蹴り開ける生徒もいれば、弁当箱を取り出し始める生徒もいる。

 一方、美咲は学生食堂派だし、十夜は朝昼食を抜く派だ。

 だが、カレンは違うだろう。だからこそ、複数のクラスメイトがカレンを昼食に誘おうとするのだが、

「十夜は?」

「俺は食わねぇんだよ」

「なら私もいらない」

『何でだよ!』

 クラス内の声が爆発した。

「聞いてないぞ吹雪!」「こんなんじゃカレンちゃんの戸籍を偽造してハックした意味がない!」「私なんてフランスのファイヤーウォール突破してまで居住戸籍データを偽造したのよ!」「いやいや、俺なんて国防省のデータ撹乱して追跡振り切ってる最中だぞ。現状で!」

 とりあえずこいつら全員死んでくれないかなと十夜は思う。その上で、親を見つけたひな鳥のような視線を向けてくるカレンに視線を向けて言葉を放つ。

「俺はテメェの保護者じゃない。テメェの兄貴が迎えに来るまでの間の傍観者だ。だから、それ以上は・・・」

 言葉は続かなかった。その直前で繰り出された前蹴りが轟音を鳴らして、十夜の頭部を壁に埋め込んだ。

「・・・なんで?」

「安心なさい。昼はあたしが奢って上げるわ!」

 そう言い放ったのは長身で長髪をなびかせる少女、梓 美咲だった。


 ところ変わって屋上。第一声は十夜のものだった。

「何でここに俺がいる?」

 頭部の木片を払い落としながら、うめくようにして周囲を見回せば二人の少女の姿がある。

「何でって、あたしが連れてきてあげたのよ」

「十夜、階段の度に頭で音を鳴らしてた」

「・・・とりあえず状況はわかった」

 よく生きていたものだと十夜は思う。とはいえ、とも思った。

「テメェ等食ってるのなんだ?」

 場所は校舎の屋上。燦々と照りつける太陽がまぶしいが、それ以上に、各々の手元に握られた弁当箱のほうが気になった。弁当箱ということは誰かの手製であり既製品ではない。

「お弁当に決まってるでしょ」

「誰の手によるもんだよ? 言っとくがあの外道共の手製なら明らかに疑えよ? 自白剤なんて盛られた日には目も当てられねぇ」

 嫌なクラスメイトであった。

「な、なによ、あたしだってお弁当くらい作れるわよ!」

「テメェが作ったのに何で二個あんだよ?」

 カレンのつつく弁当箱の内容は美咲とほとんど変わらない。むしろ、美咲の食べている弁当のほうが焦げたり一品少なかったりしたのだが、十夜はそこに気づかない。

「お、多く作りすぎたのよ! どっかのどいつのせいで眠れなかったし、早く起きすぎたから時間が余って・・・」

 ゴニョゴニョと口の中で呟くがやはり十夜は聞き取れていない。それを聞きなおそうとしたところで美咲が言葉を挟む。

「ど、どうしてもあたしの手料理が食べたいなら食べさせてあげないこともないわよ!」

「いや、俺基本的に朝昼食わねぇし」

 言った瞬間、美咲の表情が、それこそこの世の終わりのようにクシャリと歪み、

「まあ、たまには栄養補給も必要だよな」

「そ、そう? なら仕方ないわね。このあたしが食べさせてあげるわ!」

 いや、自分で食べられるんですけど? そう思ったが、美咲は距離をつめるなり、弁当箱の中にあった焦げていない唐あげを箸でつまんで十夜の口元に運んできたのだ。

「いえ、さすがにそれは・・・」

「なによ!」

 恥ずかしいとも言えず、それでも突きつけられた唐上げを口に含むか迷ったところで、


『全校生徒にお知らせです!』


 同時に、懐に収まっていた携帯電話が激しく振動し、その時が始まったことを知らせる。

「はっ!」

 目の前の唐揚げを注意がそれた途端に口にする。冷えてはいるものの、十夜好みの濃い味付けのそれだった。適度に咀嚼し喉の奥に流し込む。

「うまかったぜクソ女。また暇があったら作ってくれ」

 立ち上がりながら笑う十夜に美咲は顔を紅潮させ、

「そ、そんなに気に入ったならまた作るけど・・・」

「最後の晩餐にならないことを祈るけどな」

 ククと喉の奥で笑う。

「・・・どうしたの?」

 一人、状況のわかっていないカレンが不思議がっている。だからこそ、十夜は簡単な言葉を選んだ。

「正義の味方をしに行ってくる」


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