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イモータルダンサーズ  作者: 神谷 秀一
3/17

遭遇

 吹雪香夜は学園の一年であり十夜の妹でもあった。頭脳明晰で容姿端麗、欠点が無いことが欠点と言えなくもないような少女であるのだが、十夜自身嘆いている致命的な点があったのだ。

「さて、ここでいいかしらね?」

「ええ、そうですね。・・・というわけでここで死ねやコラぁ!」

 振り返った先に映るのは鬼のような形相で拳を振り下ろしてくる香夜と、

「考えが透けて見えんのよ!」

 剣帯ごと引き千切られながら振るわれる逆袈裟の斬撃が激突。香夜の拳の心配はしない。よくよく見れば彼女の右手には鉄鋼のような物がはめられていたからだ。

「テメェあれほど言っただろうが、兄さんに近づくんじゃねぇよと」

「っていうか何そのキャラ変更? 多重人格とかほざいたら笑ってあげるわ」

「答えになってねぇだろうが!」

 実はこの少女、ほとんどの人間の前では十夜と接していたようなお嬢様的な言葉遣いと態度で接しているが、一度敵対したり自分の兄との時間が阻まれるようなことがあれば、見た目どおり豹変する。

 ギシギシと音を鳴らす大剣と鉄鋼。その拮抗が最高潮に達した時、まるでタイミングを計ったかのように二人は離れて武器を引いた。

「はぁ、あんたそんなだから十夜にブラコンも程々にして欲しいって言われんのよ」

「あら、あなたと違って不純な理由はありませんので」

「ふ、不純てあんたね!」

 顔を赤く染めて喚く美咲に背を向けて、香夜は一人歩き出す。そして、顔を向けることなく小さく一言。

「でわ、御機嫌よう」


 香夜は歩きながら一人で思う。

『私はブラコンじゃない』

 ただ、単純に仲良くしたいだけなのだ。

 五年前の新潟事変で両親を亡くした香夜を、同僚の子供というだけで十夜の両親が引き取ってくれた時から兄弟関係は始まったのだ。

 最初はギクシャクした記憶がある。

 一つしか年齢が違わないのにどこか空虚で捉えどころの無かった兄をむしろ嫌っていた時すらあった。それは四年という日々に及んだが、一年前新しい両親まで亡くしてしまったのだ。

 しかも、新潟事変の時と同じ魔族関連の事故で殺されたのだ。

 そして、その場には香夜も十夜もいた。

 だけど、記憶が無かった。兄もそれは語ってくれない。しかし、意識を失う直前、兄の右腕が香夜の全身を引き寄せてくれた記憶だけは確かだった。

 そして、目を覚ましたとき目に映ったのは、全身ズタボロながらも、一際巨大なギブスで右腕を釣った十夜の姿だった。

 それを見て香夜は泣きそうになった。

 そんなに仲も良くなかった他人そのものの妹を助け、実の両親を見捨てたのだ。

実際は香夜を助けなかったとしても両親は助けられなかったかもしれない。だけど、そんなのは理屈ではないのだ。

 だから目を覚ました香夜に「なにも心配しなくていい」と言ってくれた兄と、もっと仲良くなろうと思ったのだ。

 そして、危険だとはわかっていたけれど、兄のため、そして、四人の両親の敵を討つために、この魔族殲滅養成機関『学園』に入ったのだから。


 十夜は歩く。

 美咲と香夜がじゃれ付くのはいつもの事なので今はあまり深く考えていない。

 むしろ、久しぶりの一人の時間だ。ポケットの中からソフトケースのタバコを取り出すと、その中から一本取り出し唇に挟む。

 ジッというオイルライターが音を鳴らし、火を灯せば息を吸いこんだタバコの穂先が赤く染まる。

「ふうぅぅぅ・・・・・」

 至福。

 十夜はそう思う。

 だが、そんな時間だからこそ長く続かないことを知っている。

「・・・・・」

 聞こえるのは複数の足音だ。

 左右のブロック壁に囲まれて人気の無い次官と場所。視界の先はL字でわかっているのは足音だけ。誰が来るかもわからない。しかし、十夜は理解する。

『これは逃げる足音と追いたてる足音だ』

 訓練を受けたから……というわけではない。単純に経験則からだ。だからこそ、第三者である自分がそんな場に居合わせた場合、どう対応したらいいのかなんてシミュレーションするまでも無い。

 タバコを口にくわえたまま、右手を懐の中に入れる。そこには感触があった。

「あー、だりぃ」

 直後、視線の先、道の切れ間から人影が飛び出してきた。距離にして五メートル。近くはない。だけど、遠くもない、そんな微妙な距離。

 そして、飛び出してきた人影はその途中で足をもつれさせ転倒した。同時に、

「捕らえろ!」

 わかりやすい台詞に笑みすら浮かべながら懐の中の固い感触を抜き放つ。と、同時に視界に移るのはタクティカルベストとフェイスマスクを被った複数の男達。そんな彼等が道の先に立っていた十夜に気づいた時、肩に下げていたサブマシンガンを向けようとしたところで気づいた。

「はっ、どういった状況なのか教えて欲しいもんだなぁ」

 特殊部隊としか思えないような格好をした数人の男。そして、アスファルトに倒れるのは白い長髪が印象的な小柄な少女らしき姿。

 それらのすべてに対して銃口を向けた十夜は薄く笑ったまま紫煙を吐き出す。

「さて、どいつを撃てばいいのかねぇ?」

 だが、対して彼らも混乱しているだろう。なんせ、少女を追って抜けた道の先には、季節を無視したロングコートをまとう、金髪黒尽くめの少年が咥えタバコで拳銃を向けていたのだから。そして、

「よしわかった。テメェ等の方が悪党認定」

「っ!」

 男達が銃口を向け直そうとするが遅い。それよりも先に、

 ガガガガガガ!

 連続する銃声とマズルフラッシュが男達を弾き飛ばす。無論、倒れる少女は除いてだ。しかし、

「あ、しくった。ゴム弾装填したままだったじゃねぇか」

 そんな弾丸だからこそ、防弾チョッキをまとっているであろう男達は一瞬倒れただけですぐさま起き上がる。

「この・・・」

 だが、言葉は続かなかった。

 なぜなら、上げた視界に広がったのは鋼鉄製の靴底だったからだ。

「!」

 打音。それ一つだけで一つの影が崩れ落ちる。

「お、お前は一体・・・」

 飛ぶ拳。それが二人目の顎を打ち抜き、その勢いのまま回転しながら放たれる蹴りが三人目の顔面を破壊。

「なんなんだよ!」

 返す右足が垂直に上り、

「勇者だよ」

 振り下ろされた。


 四人の成人以上の男性を無力化した後に十夜は思う。

「おかしいだろ」

 こんな特殊装備に身を包んだ面々がたった四人で一人を追っていたのだ。こんな連中なら一人をこんな効率の悪いやり方で追うはずが無いのだ。

 一人で追って残った三人で待ち伏せるなら納得できる。しかし、こんな泥臭い追いかけっこは映画の中だって稀だろう。

 だからこそ、第二陣、第三陣を警戒し拳銃の弾倉を実弾に入れ替えながら待っていたのだが、ついにそれは無かった。

 だが、そんなものは気の迷いでしかなかったのだ。

 轟音。

 目の前が粉塵でくらみ、とっさに両目を左手で覆った次の瞬間、凄まじい衝撃が胸を貫き十夜は吹っ飛ばされた。

「くそっ!」

 行ったのは受身、その上で全身のばねを利かせて跳ね起き疾走。当然前へとだ。

「何がなんなのかわからねぇが!」

 唇が弧を描く。

「上等決めてくれんじゃねぇか!」

飛んだ距離をゼロにした上で晴れて行く視界の中で知覚する。

 白い男だった。年の頃は少年だろう。

 長身にして痩躯、肌は白く、着ている民族的な衣装までも病的なまでに白い。そして、白い髪とその下で爛々と輝く真紅の双眸。

 だが、関係ない。十夜には関係ない。彼がどんな人物であろうと己に牙を剥いたならそれは明確なる『敵』だ。

 十夜は弱い。最弱の名を持つほどだ。

 しかし、ゆえに強い。絶対に迷わないからだ。死ぬかもしれない、殺してしまうかもしれない。

 ・・・そんなことは考えない。

 だからこそ、最速で右腕を跳ね上げ銃口を照準し、一瞬のためらいもなく発砲。

 一瞬で弾丸を撃ちつくし、拳銃を手放し、そのまま加速。

 再び押し寄せた粉塵で相手の様子は伺えない。だからこそ、完膚なきまで叩きのめすべき加速を続ける。

 そして、

「人間の武器は不便だな」

「!!!」

 叩き伏せられた。

 文字通り問答無用だった。

 意味も状況も理解できずに叩き伏せられた。

『挙動すら見えねぇだと!』

 事象には必ず前兆がある。しかし、それすらも無視して叩き伏せられるのは理解の範疇外だ。だが、それでも、身体は勝手動いた上で二撃目を回避。砕けたアスファルトの欠片が頬を切るがそんなものは僥倖でしかない。

「おもしれぇ手品だな」

 頭はガンガン目の前はクラクラだ。言葉は虚勢でしかないだろう。

 やがて晴れゆく視界の先にいる白い男も呆れた声を漏らす。

「人間なら死にかねない程度のダメージだと思ったのだけれどね」

「生憎と不死身なんだよ」

 無理やり唇の端を引いて笑う。その上での感想。

「この程度で俺を殺せると思ってんならテメェ死ぬぞ?」

『やっべ、マジ勝てそうに無い』

 虚勢も虚勢。立っているのも精一杯。

 だが、それでも笑みは止まることなく、恐怖とは別の感情がゾクゾクと背筋を這い上がっていく。

 これは歓喜だ。十夜自身限界を感じつつも、こういった非日常に興奮してしまう自分がいることに自覚する。

 倒れる少女なんてどうでもいい。

 大切なのはこの瞬間、それ以外は瑣末ごとにすぎ・・・・

「くそがっ!」

思考が暴走しかけたことを知る。

「あぶねぇあぶねぇ」

 最弱であることを再認識しろ、最強は遠いことを知れ。十夜はそう自身に言い聞かせる。

 とはいえ、全身が崩壊寸前だ。立っていることすら奇跡だ。その上で手足を動かす。

「覚悟は決まったか?」

 虚勢を張った上での虚勢。その上で突きつけられた結果はシンプルだった。

「お前はここで死ね」

「っ!」

光が来る。そう思った。同時に死を目の前にした体は、

「テメェが死ね!」

 刹那、斜め前方に跳び不可視の何かを回避する。同時に唇に挟んだままにしていたタバコのフィルターを噛み千切って嚥下。

「っ!」

 目の前の風景が歪む。そして、周囲で動く何もかもがスローモーションになっていく中、十夜の身体だけが当たり前のように動いた。

 いつの間にやら距離が離れていたが、今の十夜には関係ない。タバコのフィルターに仕込んだ薬物が知覚領域を拡大し、身体のリミッターを完全にはずしていたからだ。

 ゆえに、飛び込むまでは一瞬。

 白い男が驚いたように息を飲むが直後に笑う。

 ズンッ! と白衣の目の前の空気が圧縮され、目の前の対象は塵となりける。もっとも、側頭部に金属による打撃と直後の銃声が黒衣の生存を意味していた。

 だが、十夜は横倒れになっていく白衣を回し蹴りで蹴り起こした上で左手の拳銃で右脇腹を打撃すると同時に発砲。

 直後に白衣の倒れる音が響き、十夜は力尽きたように肩を落とした。

「ったく、こんなとこで切り札使う羽目になりやがるとは」

 薬物の効果時間が切れたのだろう。通常通りの時間軸に戻った身体は、本来ならありえない運動に激しく消耗していた。それどころか副作用の結果、心臓の鼓動は早鐘のレベルを突破している。己の保身をしないとはいえ、明らかにやりすぎだ。

「とはいえ、こいつは何だよ?」

 眼下の少女を見下ろせば、相変わらず倒れたままで顔も様子もわからない。しかし、浅く方が上下しているところを見れば生きているのだろうと適当に推測。

 正直な話、巻き込まれただけの十夜にしたら他人なんてどうでもいいのだ。

「つっても、死なれたりすりゃ後味悪いしな」

 本来なら満身創痍の身体だ。だが、それでも屈み込んで少女の身体を抱き起こす。

「っ!」

 驚くほど軽い少女だった。同時に、美しい少女だった。

「外国人か?」

 白い肌に白い髪、そして、まぶたを閉じていてもわかる大きな瞳に、すぅっと通る鼻梁。明らかに日本人の顔立ちではない。それこそ、触れれば壊れてしまいそうな陶器のような美しさを持つ少女だった。

 一瞬息を飲んだ十夜だが、一度地面に下ろした後に頬を叩く。

「おい、テメェさっさと起きろ。大した怪我はしてねぇはずだぞ」

 ペチペチと緊張感が足らない音が響く中、その背後で蠢く音があった。

「・・・触れるな」

「・・・・・」

 十夜の手が止まる。

「そいつは悪かったな」

 言いながら思う。

『頭と脇腹に実弾叩き込んだんだぞ、何で生きてやがる?』

 それに、よくよく考えて見れば、少女の髪の色と先程打ち倒した少年の容姿は似ていないことも無い。兄弟? そんな考えも浮かぶが何の確証も無いのだ。

「だったら、テメェはなんなんだ? この女を助けた俺に対して不満があるってなら、今度こそ地獄に送ってやらねぇこともねぇんだぞ?」

「は?」

 十夜としては最後の切り札を使うか否かと言う状況で冷や汗ものだったのだが、背後から聞こえたのは気の抜けたような声だった。

「貴様、何を言って・・・」

「あん? だから、俺は巻き込まれただけの一般人だ。この女が変な連中に追われていたから、ぶちのめしただけだ」

 意を決して振り向けば、向かい合うのは唖然とした表情を浮かべる白衣の少年だった。

 擬音としてはポカーンという言葉が似合うだろう。しかし、その姿のどこにも銃弾のダメージは無かった。

「貴様は……なんでカレンを助けたんだ?」

「あぁ? んなもん知るかよ。そんときのノリに決まってんだろうが」

 十夜のそんな台詞に口をあんぐり開けた長身の少年は戸惑ったように、倒れたままの正体不明と十夜を見比べる。

「た、確かに装備は違うし、直接その場を見たわけではないからなんとも言えないが」

「俺としては、問答無用で襲ってきたテメェがこの女の敵にしか見えなかったが、もしかして違うのか?」

「当たり前だ!」

 即座の返答に十夜は嘆息する。

 というか、それどころか無駄なダメージを負ってしまったことに浅く後悔する。

「私の名はクレノだ。そして、そこの我が妹カレンの兄だ!」

「最初にそれを言えよ!」

即座にお互いの胸倉をつかみ合いながら、同時に嘆息。

「はぁ、まあ良いや、これで俺はお役ごめんてことで」

 言いつつ、手をヒラヒラさせながら背を向け歩き出す十夜。その直後、ガシリと肩を掴まれた事によって静止。というか明らかに止められた。

「んだよ?」

「助けろ」

 迷惑そうな十夜に対してどこまでも簡潔な言葉だった。しかし、十夜は鼻を鳴らすことによって応じる。

「断る。んなことする義理はねぇ」

 基本、十夜は人でなしだ。こんな状況で人助けをするほうが珍しいのだ。なおかつ、妹と同居している身でトラブルなど自ら抱えたくは無いのである。

「貴様は拾った動物を虐殺するタイプなのか?」

「そんな比喩ねぇよ! それいうなら釣った魚に餌をやらねぇだ! というか出会って数分でなんでそんな人格判断されなきゃなんねぇんだよ!」

「大きな声を出すと騒ぎになるぞ?」

「誰のせいだと思ってやがる!」

 とはいえ、人気の無い周囲が騒がしくなってきたのも事実だ。仕方なく、クレノと名乗る少年たちをどうしようかと考え始めたところで、

「待て」

「あん? 行き先でも思い出したか?」

「違う」

 十夜の肩から手を離し、少年は己の来た方向を見据えて眉を寄せた。

「追っ手が来たか」

「音すら聞こえねぇぞ?」

「人間には知覚できないレベルだ」

 何か不思議なことを言ったような気もしたが、そこに突っ込むよりも先にクレノの言葉が続く。

「すまないが、私の妹を頼む」

「あぁ? いきなり何言ってんだテメェ」

「時間が無い。このままだと私はともかく妹は貴様が運んでほしい」

「意味がわからねぇ」

 言いつつ十夜もその時気づいた。

 周囲、というか、全方位から、なにやら微細な音が振動をかねて聞こえ始める。とはいえ、十夜の来た道を戻ればそれも回避できるだろう。

「状況も何も理解できねぇぞ?」

「それに関しては、頼むとしかいえないな」

「死にフラグは立てんなよ?」

「言語の意味が不明だ」

 そんなクレノに溜息一つ。その上で十夜は倒れたままの少女、カレンを抱き起こす。

「俺の名前は『歩く法律違反(アンチロウウォーカー)』だ。誰かにそう聞けば俺に通じる」

「承知した、ではカレンを頼む」

 次の瞬間、ドンッという衝撃付の音が鳴った時には、少年の姿が目の前から消えていた。残っているのは生まれた亀裂と舞い上がった粉塵だけだ。

「ったく、状況はわからねぇけど退散するとしますかね」

 軽すぎる少女の身体を抱えながら、十夜は気だるそうに走り出す。それが、すべての始まりになることを知らないままに。


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