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イモータルダンサーズ  作者: 神谷 秀一
2/17

 すべての授業を終えて、十夜は何も持たず席を立つ。

「ちょっと十夜あんた約束忘れてんの?」

「あん?」

 傍らからの声に振り返れば、そこにはすでに帰宅準備完了の美咲が立っていた。黒のタンクトップにドックタグ、薄緑のだぶついたパンツと色気の欠片もない格好だが、背後から差す夕日にきらめく髪と彼女の容姿もあいまって、十夜は思わず視線を逸らしてしまう。

「あんたは今日あたしの荷物を持つ係りでしょ? そんなことも忘れたの?」

「脳への打撃がひどくてな、最近物忘れが激しいんだよ。ていうかそれ以前にテメェだって荷物ないじゃねぇか!」

 ん? と呟き自身を見下ろす。確かに彼女は何も持っていなかった。腰の後ろの大剣(・・)を除いて。

「そっちは持たねぇぞ」

「ああ、商売道具預けるほど馬鹿じゃないわよ。でも困ったわ、これじゃ十夜に何も持たせられないじゃない!」

「んなこと知るか! 逆ギレすんじゃねぇ!」

 商売道具。その言葉の通り、彼、彼女らはそれぞれの「それら」を持っている。無論、最弱である十夜もそれらを懐に隠してはいるのだ。

 それこそ周囲を見回してみれば、美咲のような片刃のバスタードソードを下げているものは少ないというか皆無なものの、物騒なものを吊り下げている生徒の数が多い。そして、それに違和感を感じる者はいないのだ。

「まあいいわ、帰りましょ」

「何で俺がついてく流れになってんだ?」

「暇つぶしにはなるでしょ。………あたしの」

 最後の台詞の前、美咲は軽く顔を背けたのだが、十夜はそれに気づかない。だからこそ、呆れたような息をつき、両手を上げて降参のポーズ。

「へいへい、それじゃお姫様のお供をさせていただきますよ」

 言って十夜は勝手に歩き出す。

「ちょっ、待ちなさいよ! あっ、じゃーね皆また明日!」


 剣帯を鳴らし慌しく十夜を追っていく美咲がいなくなった後、残っていたクラスメート達は一瞬の無言の後、それぞれヒソヒソ話し始める。

「ねぇ、あれってワザとやってる? 実は見せ付けてる?」

「てゆーか吹雪の奴、実は魔女っ娘ならぬマゾッコでそういうプレイの一環がいつものあれとか」

「いやいや、あの梓が簡単にツンデレるのは演技にしてはおかしいって」

「告白してくる奴には永久凍土(ツンドラ)だもんな」

「まあ、何だかんだいって二人とも度胸が無いから現状維持が関の山じゃない?」

「馬鹿! そこはあえて発展させて生暖く見守るのが友情じゃないか!」

「そん時DVカムとボイスレコーダーは?」

「必須だ!」

 どんな状況を背負っていようと、結局は外道しかいないクラスだったということがここに証明された。無論、それは誰よりも早くここを離れたツンデレカップル未満を含めての話で。


 十夜は歩きながら思う。こんな穏やか?な日々はいつまで続くのかと。

「・・・・・」

 座学でもあった話だ。

 現在世界は終わりつつあろうとしている。

 陸続きのアジア大陸は風前の灯だろう。

 実際中華連合が滅んだら止めようがないというのが実情だ。

 幸い日本は陸続きではない。だからこそ、回避が済んでいるが北海道はとっくの昔に蹂躙され尽くしていた。

 魔族・・・イモータルは北海道を拠点に南下しつつ下り、日本政府も首都を熊本に差し抱えようかと審議の最中だ。

 実際、青森、新潟、秋田の順に魔族の侵攻は進んでいる。

 だが、有効な手段が無いのにここまで事態が進んでいないのは自衛隊の行動におけるものだろう。そうでなければ日本本島が蹂躙されていてもおかしくない。

 しかし、撤退した米国の軍事力があればここまで事態は悪化していなかっただろう。だが、それでも国民はこういった。


「仕方ない」


 なぜならアメリカはそれ以前の問題だったからだ。

 魔族最初の発見の地アメリカ。ゆえに、ソ連に続いて魔族の跳梁跋扈した大地である。

 幸い、滅亡することは無かったものの、世界ダントツの激戦区である。ゆえに、国内から米軍基地がなくなっても何の不思議も無かっただろう。もっとも、母国に戻って死ぬことがわかっていた下っ端軍人は別の意味の涙を流しながら母国に帰っていった。


 その上で十夜は思う。


「こんな日が続けばいいな」

「え?」

 夕日の差す坂道を美咲と歩みながら、金髪黒尽くめの悪鬼が笑う。

「魔族とかの戦闘とか、くだんねー日常が無いまま俺たちの人生がこのまま続けばいーんじゃねーかと思っただけだ」

 言いながらも理解している。

 近い内に全員死ぬのだと。

 でなければ、十代の子供を戦力として育てはしないのだと。

「あはっ、もしそうだったらどうするのよ?」

 隣に並ぶ美咲に十夜は苦笑する。

「そしたら毎日酒を飲むさ。そして、タバコを吸いまくって人生を謳歌する」

「はぁ? 今と大して変わらないでしょうが? それに大体あんた未成年であって………」

 更なる苦笑。

「平和な世界と現状なら味も違って感じられるさ。もっとも、平和な世界なんて知らねぇけどな」

 単なる言葉遊び。しかし、美咲は少し考え込んでから言葉を選ぶ。

「へ、平和な世界なら、あたしとあんたはどうしてたかしら?」

「今とかわんねーだろ。むしろ、変わってたら気持ち悪ぃーよ」

「そ、そうかしら」

 となりの美咲が若干顔を赤くするが十夜は気づかない。

 そのまま並んで歩いて、学園を終える坂をおりきりようとしたところで背後から声がかかる。

「兄さん!」


 周囲の空気が凍った。

 今まで吹雪(ふぶき)十夜(とおや)という個人は誰しもにとって忌避される存在だった。

 最弱ながらも敵対した相手には最凶という結果を届ける不幸の宅急便。『歩く法律違反(アンチロウウォーカー)』という通称まで持ち、近づくのは頭のおかしい人間だけというキャッチフレーズまであったはずなのだ。

 なのに下校で聞こえる声は、そのどこまでにも反したものだろう。

 実際、隣を歩いていた美咲まで固まっている始末だ。

「兄さん!」

 繰り返される。

 だからこそ、ギギギと音がしそうなほどに十夜が振り返れば、熱烈な抱擁が待っていた。思わず懐のものを抜きかけるが、そこはなんとか自制だ。

「何で帰るなら教えてくださらなかったのですかー」

「い、いや、香夜(かぐや)も忙しいと思ってよ」

 身長は同じくらいだろう。女性にしては長身だ。そして、肩口まで伸ばした栗色の髪と、柔和に見えながらもつり上がったまなざし、それを映す眼鏡越しの下はほっそりとした鼻梁。文句なしの美人。文句なしの美少女だ。

 もっとも、

「何で兄さんはいつも何も言わずに帰ってしまうのですか?」

 妹でさえなければ攻略対象だと誰もが言う。

「テメェは一人で帰ればいいだろうが」

妹だからこそ、ここにいるのは不自然である。

「いいえ兄さん、私は兄さんに悪い虫がつくのを危惧しています」

「悪い虫?」

 この場合理解していないのは十夜一人だ。当然として声を大にして否定したい一人がいるのだが、さまざまな気持ちの上で沈黙しているのは言うまでもない。


 だが、一番重要なのは周囲の反応だ。

「おい、吹雪の奴何やったんだ?」

「でも、彼色々な噂あるわよ?」

「つまり、他人におにいちゃん呼ばわりさせてるって言うの?」

「あいつならありうるぞ、とりあえず裏を取ろう」

「お前ら全員死にたいなら実行していいぞ」

 無論、最後の台詞は十夜のものだ。途端に周囲の生徒が足早に去っていったのは当然のことだろう。

「ったく、なんなんだよあいつらは」

「兄さんが有名人の証拠です」

「ろくな噂じゃねぇだろうよ」

 苦笑しつつ歩みを再開する十夜に、香夜、美咲の順で続いていく。

「兄さんつれないですぅ」

 言うなり香夜は十夜の左腕に己の両腕で抱きつく。

「ちょっ、いくら兄妹でもそれはねぇだろうが!」

「そんなぁ、良いじゃないですか、ただのコミュニケーションですもの」

 そう言って楽しげに跳ねているが十夜はどうにも迷惑顔だ。

「・・・・・」

 だからといって美咲も見てて面白いものではない。それどころかこの間も存在を無視されているのだから苛立ちボルテージは凄まじい勢いで蓄積されつつある。

「それにぃ」

 ちらりと背後の美咲に視線を向けて、

「こんなツンギレな暴力女と話しているより、可愛い妹と接している方がよっぽど健全ですわ」

 轟音。それこそ、車と車が激突したような音と衝撃が背後で炸裂する。歩みを止めた十夜が恐る恐る振り返れば、

「十夜」

 右拳を街灯に叩き付けた美咲が坂の上から二人を見下ろしていた。だが、問題なのはそんなことではない。本来ならまっすぐに直立していなければならないソレがくの字になっていた。もちろん、それはステンレス製だ。

 老朽化が進んでいたのだろうか? そんな考えを即座に捨てる。むしろ、そんなことよりもこのままではまずいと本能的に理解する。

「ま、待て話し合えばわかる!」

「・・・なにが?」

 ジリジリと歩み寄ってくる美咲に、十夜はいやな汗を背中に流しながら、ふと気づく。

「あれ? 右手が剣に添えられている?」

「そうね」

「ちょっと待てさすがにそれはやりすぎだろ!」

「そうね」

 美咲の間合いまで後二歩。

「聞いてんのかクソ女!」

「そうね」

 カチリと剣帯のホルダーの外れる音が鼓膜を叩く。

「お兄様、この方は私にお話があるようですわ。ですから、先に帰っていてくださいませ」

 ピタリと美咲の動きが止まる。

「いや、いくらなんでもそれは・・・」

 少し苦手意識を持ってるといえども香夜は妹なのだ。こんな大剣をいつ抜き払うかもわからないような状態の美咲と二人にさせるのは抵抗があった。

「大丈夫です。ちゃんと平和的に話し合いますから」

「そうね」

「絶対そんなつもりねぇだろ」

 と言いつつも、何とか態度が軟化してきたことに気づくと思わず溜息をつく。その上でしがみつく香夜の腕を振りほどくと、二人に対して背を向けた。

「まあ、あんまエキサイトすんなよな」

「・・・誰のせいだと思ってんのよ?」

「ん? なんか言ったか?」

 なんでもないと言って手を振って追い払う。

 坂を下っていく十夜の姿が完全に見えなくなったところで、美咲の方から口を開く。

「場所移しましょ」


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