全情報開放
「知ったことかよ」
「君達は、自分達が何をしているのかわかってるのかな?」
「はっ」
多くの瓦礫が散らばる中、一人と二人が向かい合っている。
廃墟さながらの夕焼けの指す室内。一人は少年だった。
「何をしてるかなんて、そんなわかりきったことを聞いてテメェはどうしてぇんだよ」
くっくっ、と喉の奥を鳴らすのは金の髪を適当に伸ばした黒尽くめ。口にくわえるのは火のついていない紙巻タバコ。
対する二人は、細みな赤い髪の少女のシルエット。そして、その肩ほどにも満たない小柄な少女だ。
「大体よ、そんなこと言うにはとっくに手遅れだと思わねぇのかよ?」
チッと火打石の音がする。それだけで少年の口元にあったタバコが火をともし、メンソール特有の匂いが廃墟の中にこもり始める。
「俺はその女を奪いにきたんだよ。だったら必要なのはこんな無駄話じゃねぇだろ? とっとと銃口向け合って、お互いの頭を弾けばそれで終わるってもんだ」
吐き出した紫煙が空気を汚す。その煙の向こうで少女の体がびくりと震えた。
「正義がこちらにあり、君達が悪だったとしてもかな?」
「はっ、くっだらねぇ。俺は俺のやりてぇようにやってんだよ」
口にしたままのタバコをはき捨てて、そのまま爪先で踏みにじる。
「それともテメェはユリのロリコンですか? そんなガキンチョ連れ回してナニしたいんですかぁ?」
品性の欠片も無い嘲笑をたたえて少年は歯をむき出しにして笑う。
「まあ、俺自身は正直どうでもいーんだけどよ」
そこで、少年は視線の先を少女に向ける。
「っ」
それだけで少女の体はピクリと揺れた。
「俺は聞いてねぇ」
少年は大きく息を吸い、そして、薄ら笑いを消し去って、
「姿消すってぇなら、さよならの一言ぐらいあったっていいだろうが! 勝手に一人で完結していなくなってんじゃねぇよ!」
叫ぶ。
「っ!」
「こちとらなぁ、何人も文句言われるわ連れ戻して来いだの勝手に言われて迷惑してんだよ! 変な化け物に追い回されるし手持ちの銃弾は全部尽きるし絶望的な状況だってーの」
だけどな? と言葉を付け加え、
「テメェが望むなら」
どこか照れくさそうに笑う。
「すべてを薙ぎ払って助けてやらぁ!」
その声に応えるように、少女は少年の名前を叫ぶ。
「十夜!」
「おう!」
一歩踏み出す。それにあわせて赤髪の少女も踏み出す。
「もう君だけは引き返せないよぉ?」
「くっくっ、あいつは俺の名を呼んだだけだぜ?」
「そんな戯言が通じるとでもぉ?」
互いに歩み寄っていく。
十夜と呼ばれた少年もそれなりの身長はあるが、向かい合う少女は体格の基礎からして違う。だが、それでも絶望的なまでの差があることを知っている。間違っても勝負にはならないだろう。
しかし、十夜は薄ら笑いを浮かべたまま歩み寄っていく。
「まあ、魔王助ける勇者がいたっていいよな?」
「君の存在そのものが悪だというのにかなぁ?」
そんな言葉を十夜は鼻で笑う。
「はっ」
互いに触れ合う寸前まで歩きながら接近し、互いに静止する中、十夜と少女の拳が握りこまれた。そして、高さのあわない目線の火花が交差し、互いに牙を剥く。
「だったら俺は悪でいい!」
刹那、空気が破裂したかのように互いの姿と腕が交差した。
「けけけけけ」
結果として敗北だ。どこまでもどうしようもない。根本的なステータスが違った。
だからこそ、打撃に埋め尽くされた肉体を再認識。
『動けねぇか』
あらゆる骨が破壊されていた。これで動いたとしても、その様相は海月だろう。
だからこそ、苦笑してしまう。
「どんだけ臆病なんだよ」
「君はそんなこといえる立場じゃないよぉ?」
だからどうした? そう言いたい。しかし、直後にそれは来た。
轟音。
あまたの障害と障壁を断ち切って、それでも残った異形を切り裂きながらそれは来た。
吹き荒れる粉塵の向こうから金属的な音を鳴らしながらそれは来る。
「待たせたわね!」
ガチャンガチャンとその音を鳴らして金属で作られた異形がその姿を露にする。
その身を包むのは機械甲冑。
本来のシルエットを二回り以上膨れ上がった板金とボルトによる鎧だ。
一見、中世の騎士達がまとっていたような全身鎧を髣髴させるが、その内部に組み込まれるのは最新技術による人工筋肉と鋼の歯車。装着者の動きをそのままトレースしながらそれ以上の速度と破壊力を生み出す現代の騎士鎧。
装着者の体が持つならば、二秒以内の時速百キロの機動力と、同時に反対方向への急速機動を可能とした最強のパワードスーツ。
単体で体長三メートルを超えるイモータルとも互角以上に渡り合える究極の兵器、それが機械甲冑。
無骨な板金のそれでありながら、どこか女性的なラインを持った紅の騎士鎧。そして、その両手が握るのは、身の丈を越さんばかりの大剣だ。
機械甲冑の基本は人類を超えた速度と破壊力。しかし、それでも、同じ機械甲冑乗りに近接武器を持つものは少ない。なぜなら、大型イモータルとの近接戦闘は自殺行為に等しいからだ。
どんな素材で作っていようと、大型イモータルの牙や打撃は容易く金属を破砕する。それならば、圧倒的速度を維持しつつ、大型銃器による射撃のほうが危険も少なく効率もいい。だが、世の中には常に例外と言うものがある。
身体が軽い。そう思う。恐らく、誰かが変更してくれた制御プログラムのおかげだろう。それが誰かはわからない。だけど、だからこそ、その真価を発揮するべきだろう。ゆえに、
「あんたが暴食か。色々な連中から情報もらってるからね。あんたが敵だということはわかってるわよ?」
「ああ、君のことは知っているよぉ『紅』君は聖剣プロジェクトでも兵士としては優秀と聞いているよ。だからこそ、君は私達とは戦えないの。雑魚ならともかく、一方的な存在と戦ってどうなるか理解しているのぉ?」
突きつける切っ先。それを保持したまま紅の甲冑は笑う。
「ええ、あんた風情をブチ殺せばいいんでしょうが!」
「ああ、いいよ。君も死んだよぉ」
刹那、暴食の姿が掻き消えた
同時に、美咲の真後ろに現れた上で、物理法則を無視した拳が握られて、
「本当にわかりやすいわね」
斜めに構えられた大剣がそれを受け止める。
鳴り響く轟音。足元に亀裂が入る。だが、それだけだ。だからこそ、装甲に包まれた拳が走る。
「っ!」
人体以上の強度と人体以上の速度。だからこそ、暴食の体は高く浮かんだ。
「でも、それでもよぉ!」
同時に大剣を手放した右腕が、その身体を叩き落した。
「?!」
速過ぎる。少なくとも、人間の反応即座の限界を超える速度だったはずだ。そして、その上で後ろに回りこみ放った拳は人間程度に受け止められる速度と威力を超えていたはずだ。なのに、受け止めきった上で反撃してきた。
『しかも、この威力・・・!』
それは確かなダメージだった。
数千、数万を超える情報を得た上で確かなダメージを感じていた。とはいえ、自身の存在を揺るがすほどではない。しかし、それでも、
「この食料程度がぁ!」
四つん這いで手足を動かし距離をとる。その上で両手を膨張させて相手を飲み込もうとし、
「あんた、遅いわよ?」
「っ!」
振り下ろされる大剣。左肩を牙として受け止めようとするが、
「受け止められるわけないでしょう?」
「なっ・・・」
咄嗟に後方に飛ぶ。
轟音。
「!!!!!」
問答無用で振り下ろされた刃は暴食の牙を折り砕きながら、そのまま床に叩きつけられていた。その一撃は音を鳴らして空気を震わせ、クレーターすらも生んだ。
「・・・前から知ってたけど、本当に化け物だよなテメェ」
どこか呆れたような調子で十夜は半眼だ。まあ、今までの苦戦を覆されれば大抵はそんなものだろう。
「すごい。すごい。すごいよねぇ。君、どんなことすればそこまで人間から逸脱できるのぉ? 私達ならともかく、生身でそんな反応速度はあり得ないよねぇ? クレノに捕らえられたっていうから軽視してたけど、君の身体能力は人間を超えてるよぉ。そこの黒い少年とは違って君は私達と相対できる力を保持してるんだねぇ」
肩口に生まれたのは斬撃による傷だ。しかし、暴食は敗れた衣服ごとそれを修復しながらケラケラと笑う。
「でもさぁ?」
暴食の右腕が膨張。
「もう死んで良いよぉ?」
グワパァという擬音とともに迫る牙。しかし、
「テメェ、舐めすぎだよ」
側頭部に押し付けられる銃口。
「んなっ!」
銃声。
ダメージはないに等しい。しかし、体勢が崩れるのはまずい。なぜなら、
「らあぁーーーーーーーーーーー!」
大剣が迫るから。
「っ!」
銀の刃が暴食の細い身体を袈裟切りにする。
ダメージ自体は大したものではない。しかし、それでも、確かな痛みは、暴食の脳髄を沸騰させた。
「もういいやぁ。遊ぶのはもうやめにするぅ」
距離をとり、その上で暴食は笑う。
「駄目! 二人とも逃げて!」
それまで沈黙を保っていたカレンが叫ぶ。
「もう遅いよぉ」
そして、歌が始まる。
『さあ、始めよう。喰らい尽くして始まる歌謡劇を。いくら喰らい尽くしても終わらない。満足のない向こうに何があるのでしょう? それでも私は喰らい続ける。集め続ける。それが何の意味もなかったとしても。それでも私は満ち足りないのです。そこに何の罪があるのでしょう? だって、なぜならそれが私の存在理由なのだから』
歌は終わり。
『我が名は暴食! 全てを喰らい、終末に向かう一騎にして当千を誇る鬼畜なり!』
『全情報開放』
次回で終わります