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イモータルダンサーズ  作者: 神谷 秀一
15/17

向かい合う

「・・・ふぅ」

 香夜は短く息を吐き、倒れそうになる身体を意志の力だけでなんとか保つ。

「温室育ちのお坊ちゃんのくせにがんばってくれましたね」

 正直な話、距離をとられてイモータルとしての力を行使されていればどうしようもなかった。だからこそ、言葉の応酬という心理戦に持ち込み何とか勝利にこぎつけたというわけだ。まあ、正直二度とごめんだという思いもあるが。

「とはいえ、ノルマは果たしましたよ」

 香夜は何箇所も折れているであろう骨折の痛みに耐えながら、部屋中央の手術台のようなものの傍に歩み寄る。

「まったく、この私がこんな女のために身体を張るなんて・・・」

 美咲の寝顔は穏やかなものだった。まあ、服に飛び散った血が染み付いてはいるがそこはどうでも良いと勝手に納得。要は人に見せなければいいのだ。まあ、見られた時の対応は彼女に委ねようとも思う。

「起きてください梓さん。助けたくはないですが助けに来ましたよ」

 数度頬を叩く。それだけで、彼女は小さく身震いし、ゆっくりと瞼を開けた。

「・・・あんた、香夜じゃない」

「呼び捨てにされる理由が見つかりませんが?」

 体は痛い。立っていることすらも限界に近い。

 だからこそ、香夜は言う。

「あたしが白馬の王子様です。だから、その役はあなたに渡します」

 もう限界。そう思ってしまう。

 数々の戦闘。なおかつ、今さっきまでの殴り合い。だからこそ、もう限界なのだ。だからこそ、任せるしかないだろう。

「あなたの機械甲冑(つるぎ)は窓の向こうにあります」

 兄の届けたこの女の剣。

 だからこそ、教えねばならない。

「兄さんは暴食と対峙しているはずです。あなたにできることはその露払いか、または暴食を殺すことだけです」

 もう一つの可能性。

 ただの人間にしか過ぎない彼女なら、機械甲冑という武器を使えば迫れるかもしれない。

「あなたは最強なのでしょう? ならば、己の矜持を示しなさい」

 そして、香夜は意識を手放す。同時に、闇に落ちていく意識を理解しながら、それでも掴み取られた手の感触に笑ってしまった。

「兄さんと同じだ」

 そして、香夜は意識を失った。


 そして、十夜は思う。

「最悪だ!」

 周囲にいるのはイモータル。無論、言うまでもなく暴食以外のイモータルだ。

 頭部装甲を生やした大型イモータルと舞いながら誤算に笑ってしまう。

「テメェは操れないじゃなかったか?」

「現出するのは止められないよぉ。なおかつ同種よりも異種に襲い掛かるのは当然だよねぇ」

 振り下ろす拳。しかし、装甲までは砕けない。実際、拳自体が砕けているのだ。そこに満足な破壊力は望めない。

 だからこそ、一体の突進を受けてしまい、弾き飛ばされてしまう。

『俺はここまでなのか? そうじゃねぇだろうが!』

 全身は負傷のオンパレード。本来ならいつ死んでいてもおかしくはない。それでも、致命傷だけは避けたうえでの結果だった。だが、それでも、このままなら、致命傷とやらは遠くないだろう。

 本来なら動かせるはずもない左腕、それが懐に突っ込んだ後に取り出されたのは、

「くたばれ」

 かすかな金属音。その直後、閃光と爆発が室内に炸裂。

「そんなものがお姉さんに効くわけないでしょう?」

 衝撃は受けるものの、単純な爆発やその破片程度でイモータルに傷を与えられるはずもない。むしろ、至近距離でそんなものを爆発させれば傷を受けるのは向こうの方。

「だから・・・」

「人間は不便よねぇ、か?」

「なっ・・・」

 ガァン! ガァン! ガァン! と轟音が三連射。それと同時に、大きなものが倒れる音が三つ重なる。

「あなたぁ」

 言うまでもない、この室内に現出したイモータルの倒れる音だ。そして、また納得してしまう。あの少年がしたかったことは、己に喰らいつこうとしていた巨体をなぎ払い、その上で視界を奪うことだった。

「すごい、すごいよ君。それ生きてる人間の発想じゃないよぉ。だって人間の体は簡単には治らない。それなのに、自爆覚悟でそんな真似をできるのは・・・」

 粉塵が晴れて行く。

 その向こうから見えてくるのは、

「私達のような化け物だけだよぉ?」

「知ってるか? 人間程度が化け物を殺すのに必要なこと?」

 白い煙を引き裂くようにして身を前に進める黒衣の姿だった。

 イモータルを盾として使ったとはいえ、それでも、その全身は引き裂かれていた。突き刺さっていた。折れ砕けていた。顔の半分を血で染めながら、それでも金髪黒衣の悪鬼は唇で弧を描く。

「それはな、テメェがすでに死んでるって思うことなんだよ」

 カツカツと音を鳴らして、

「その相手が何だろうが、殺してやる。そう思っていれば良いんだよ。力が必要なのか? 武器が必要なのか? 異能が必要なのか? ちげぇよ。必要なのはシンプルなものだ」

「こいつ」

 体は左右に揺れている。視界もきいていないだろう。聴覚すら怪しいものだ。しかし、そこまでも満身創痍になりながらも、暴食への歩みは止めていなかった。だからこそ、暴食は思う。

「君良いねぇ。食べたくなってきちゃったかもぉ」

 それは死刑宣告。しかし、十夜は止まらない。右手に下げた拳銃を握り締めながら、それでも歩き続ける。

「仕方ねぇか。どうせ、見る奴もいねぇだろうし。使っちまうか。そのために周囲を破壊し尽くして映像も残らないようにしたしな。とはいえ後一個残ってんだよなぁ」

「ん? 君はなにをいってるのかなぁ?」

 まだ紫煙を昇らせる紙巻タバコを深く吸い、細く長い煙を吐き出して十夜は薄く笑った。

「もう少しでテメェを殺す算段がつくとこでね」

「あはははは! 面白いことを言うね君はぁ。私を殺す? 大言を吐いたところで力の差は変わらないのに? ・・・こんな風にさぁ!」

「っ!」

 嫌な予感に駆られて銃口を持ち上げようとし、胸に衝撃。

「がぁっ!」

 同時に床に叩きつけられたところに振り下ろされる靴底。

「っ!」

 肺が破裂しなかったのが奇跡なようなものだ。しかし、見上げる先にいたのは紅の少女。

「ねえねえ、どうやって私を殺してくれるのかなぁ? こうして這いつくばって何もできないのに大きなこという子は悪い子だよぉ? クレノも姉さんには逆らいませんて泣きながら謝ったんだからぁ」

「は、はは」

 未だに笑みを消さない十夜の態度に暴食は表情に怪訝を浮かべる。

「ねぇ? もしかして、まだ自分は死なないとか思ってるぅ? だったら、それは間違い。君はここで私に食い殺される。身体の末端からゆっくり咀嚼していってぇ、泣きながらもう殺してくださいといわれても殺してあげなくってぇ。それでも絶望できるように、君の目の前でカレンちゃんを喰らい尽くしてあげるよぉ」

「かはは!」

「?」

 暴食には理解できない。この段階に来てまだ笑っていられる彼の神経が理解できない。むしろ、すでに発狂しているのかとすら思ってしまう。しかし、彼の視線にはまだ意思が残っていた。

「なら、俺はカレンが死ぬまでは生きていられるってことじゃねぇか。それならいくらでも逆転は可能だよなぁ?」

「そこまで強がれるのはすごいよねぇ? じゃあ、まずは右腕からもらっちゃおうかなぁ」

 言うなり、粘着質な音が響いたかと思えば、再び暴食の左腕が肥大化し、無数の牙が生え揃う異形の口腔と化す。

「さぁて、どれだけ我慢できるかなぁ? 大丈夫、お姉さんは肝要だから、どんなに泣き叫んでも無問題(モーマンタイ)だよぉ?」

「けっ、ネタが古いんだよ。齢がばれんぜ?」

「じゃあとっとと泣き叫べよぉっ!」

 伸びた牙の群れが十夜の右腕に食いかかるべく伸びたところで、


「止まれ」


 空から声が落ちてきた。

「っ!」

 同時に暴食の腕が一瞬止まり、その身体が硬直する。

 同時に十夜は右手の拳銃を連射。元々狙いを正確にしていないようで数発ははずしてしまう。しかし、それでも、大口径の拳銃弾は部屋に残った監視カメラや調度品を撃ち抜きつつ暴食の胸に突き刺さり、その身体を大きく弾き飛ばした。

「くはは、傑作だな」

 ゆっくりと立ち上がりながら十夜は笑う。なぜなら、その視線の端に、自らが助けに来ていた存在が胸に手を抱いて立っていたからだ。

「十夜・・・」

 絹のように白い長髪。染み一つない白磁のごとき肌。そして、その身体を包むのは学園の制服だ。そんな現実に思わず噴出しかけてしまう。

「何が面白いのかなぁ?」

 言って起き上がるのは無傷の暴食。その傍らにあるのがカレンの姿だ。

「それにカレンちゃんも駄目だぞぉ? 一瞬とはいえ私に割り込むなんて悪い娘のすることだよぉ?」

 視線を向けられたカレンは一瞬身体を震わせるが、それでも毅然とした態度で暴食を見据える。

「・・・・・」

「怖いなぁ。そんな目で見られたらおねぇさんブルっちゃうかもぉ」

 だからこそ、十夜は口にした。


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