反撃
「という理由から、梓回収は果てしなく不可能だ」
なのに全てのクラスメイトが動いているのが不可解である。結束が固いようでいてどこまでも個人主義の連中が、誰かを助けるために一致団結すること自体が絶無であるはずなのだ。
「・・・テメェどんなメリットを餌にしやがった?」
つまりはそういうことだ。ああいった外道やキチガイ共を利用するには何らかの利点がなければおかしいのだ。
「なに、簡単なことだよ吹雪。今回の事件に深く関われば自ずとわかってきたことだろう? 人を使ったイモータルの実験。そして、その事実を知りながらも隠蔽していた政府」
もう嫌な予感しかしなかった。
「つまりはその証拠を手に入れてね? これをネタに政府との交渉権。これが今回の報酬だよ」
「テメェ等・・・・・・」
はぁ、と短く息をつき、改めてクラスメイトの終わり加減を再確認。
「安心して良い、今回の件でカレン君の情報は削除してある。彼女という存在が何なのかは詳しくは知らないしね」
「はっ、このタヌキが」
とはいえ、勝ち目がないままなのは変わらない。それなのになんでこんなに自然体なのだろうと左は思う。
「さて、暴食は私が相手をしてもいいのだけれど、なんにせよ相性が悪いからね」
「え?」
思わず聞き違えてしまったのだろうかと問い返す前に、
「確かに可能性はほぼゼロだよな。暴食の能力とは相性が悪い奴しかいねぇ。むしろ単体である限り相性の良い奴なんていねぇだろ」
彼等は自然に話している。英雄(暴食)を、何百何千もの情報を喰らった暴食(英雄)を殺すつもり、もしくは倒すつもりでいるのだ。
一人で千人と向かい合うことはできない。だが、彼等は今たった一人で千人を倒す相談をしているのだ。
「む、無理だよそんなの。なんとか梓さんだけでも助け出して・・・」
「ああ、気にすんな。どうせ、敵対した時点で後戻りなんかできやしねぇ。大体、あのクソ女はカレンのことも助け出そうとするだろうよ……何も考えねぇでな」
まあいいかと後ろ頭を掻きながら十夜は何気なく口にする。
「暴食は俺が殺す」
「え?」「ほぅ」
前者が左で後者が備前。
「む、無理だよ! そんな怪我してるし、大体不死の英雄とまで呼ばれるそんな人達を何とかするなんて・・・」
ましてや最弱と呼ばれる少年が、何とかできようはずもない。確かに恐れられてもいるだろう、忌避もされているだろう。しかし、大型イモータルと戦うだけで負傷するような実力が、戦車や戦艦と戦い勝利できるはずもない。それならばまだ機械甲冑をまとった美咲の方が勝機もありえるのではないかと思う。
しかし、それでも十夜は、
「おい、備前。テメェここに呼んだってことは色々準備済みなんだろうな?」
「無論だとも。入り口脇のダンボールに複数の銃火器が入れてある、好きなものを持って行きたまえ」
「ちょ、備前さん、吹雪君や皆死んじゃうよ。は、早く止めないと・・・」
ダンボールをあさり始めた十夜を横目に声をかけるが返ってきたのは苦笑だった。
「不可能だ。その答えでは公式に組み込めない。それに彼は止まらないよ」
十夜は先日壊してしまったショットガンと複数の拳銃を吟味している。そんなものではどうにかできる相手ではないと理解しているのに。
「確かに彼は最弱だね。最強でも無敵でも不死身でもない」
「なら、なおさら・・・」
「しかし」
と左の言葉を遮って。
「彼は最凶なのだよ」
指で文字を書きながら、
「彼と敵対すれば理解できる。大して強くはない。大した脅威も感じない。路傍の石が己に向かってきた。そんな印象だ」
もう左は口を挟まない。
「敗北もするだろう。這い蹲りもするだろう。だけれど、彼が伸ばす手は致命の一撃。それがどこまでも恐ろしい。自らの損壊を恐れず伸ばされる手、それがどれほどの恐怖かわかるかね?」
「・・・それは」
見たことがある。自身を助けてくれた目の前の少年が、悪鬼羅刹と化した時の事だ。だからこそ、覚えている。助けに来てくれたはずの彼に恐怖した刹那の時を。
「だからこそ、彼は最弱でありながら最凶なのだよ」
くっくっと喉を鳴らして備前に、それでも信じられない気持ちになる。
「でも、データ上ではどうやったって敵わないって答えが出ているのに」
「データを突きつけられたら絶望するのかね? 足掻くのをやめるのかね? 例えば私の恋人が梓と同じ立場なら、今吹雪の位置にいるのは私のはずだ」
「え? 恋人いるの?」
むしろどうでもいいことに驚きを覚えてしまう。
「そ、それに吹雪君と梓さん付き合ってるの?」
「片方は否定して置こう」
どちらをと問い返す前に、十夜が武装を補充し終えて立ち上がる。
「弾丸は全てイモータル弾頭か?」
「当然だとも。それどころか情報強化を為しているから通常の弾頭よりも遥かに効果的だ。もっとも、それでも暴食を貫くことができるかどうかは疑問だがね」
結局のところ絶望的な差があることは変わらない。しかし、それでも可能性は残っているのだ。
「私としてはカレン君やクレノ君を引き込むことを推奨するよ?」
「テメェがどこまで知っているかは知らねぇが、おしゃべりすぎる口は縫い付ける前に閉じた方が良いなぁ」
ひどく剣呑な声。思わず左は身体を震わせる。
「君も理解しているのだろう? 聖剣プロジェクト? 何のことはない。資質のあるものを見出して英雄の量産型を作ろうとしている施設だよここは? それを理解してさえしまえば推察は容易い。とはいえ、これ以上の弁舌は君を不愉快にするだけだろう」
「すでに不愉快だよ」
鼻を鳴らして勝手に出て行こうとする。しかし、備前は再度呼び止めた。
「んだよ?」
「持って行きたまえ」
「銃ならもらったぞ?」
備前は座ったまま、紅の甲冑を指差した。
「持っていってあげたまえ。彼女の機械甲冑を」
「何でこんなことになってんだか」
「そんな事をしているからだと思うけどな」
ガタガタと揺れる軽トラックにも似た輸送車が夕暮れに包まれつつある道を走っている。車体後部には棺にも似た金属の塊が牽引されており、複数のケーブルがつながれていることからも異彩を放っていた。
その運転席にいるのは金髪の黒尽くめ。助手席に座るのは意外なことに神無月 左である。
「なんで、テメェまで付いて来てんだ?」
「機械甲冑の調整は私しかできないでしょ?」
そう言われれば黙るしかない。現に彼女は助手席でノートパソコンをいじっている。試しに画面を覗き込んだが、おかしなグラフやパラメーターが無数踊っていたので、十夜は二秒で理解を諦めた。
「あっきれた。梓さんFCSを設定してないし、相互補正を力技で修正してる。動作認証に0.8%も誤差があるし、パラメーター設定が無茶苦茶!」
テメェの言っていることが無茶苦茶すぎて理解の範囲外だ。と思ったが運転に専念しておく。この手の機械オタクは語りだしたら止まらないことを知っているからだ。
「逆に何でこれで動かせてたのかわからない」
「まあ、あの女本能だけで戦ってるようなとこあるからな」
「なんか全部加速するためだけのパラメーター振りで、効率とか全て無視してるよ?」
瞬間火力ではなく瞬間速度。誰よりも早く戦場を駆け抜ける暴風。それが美咲の戦闘スタイルだ。だからこそ、下手にいじるなと言おうとしたところ、
「私が調整すれば、もっと早く、もっと速くなれるのに」
言葉を止めてしまった。そして、変わりの言葉は、
「おい、どういうことだ?」
「全ての稼動領域のパワーを最大にすれば早くなるわけじゃないの。人間も全身に力を入れて走ればガチガチに固まって遅くなる。それと同じだよ」
その理屈なら十夜も理解できる。ハンドルを握りながら、続きを促す。
「私ならできるよ。速度を加速させて、跳躍を飛翔に変えて、力を粉砕に変えて、限界を臨界に変えることができる」
どういう理屈でそれを為すのか理解はできない。しかし、十夜は思う。
「なら、頼むわ。クソ女に文句を言われたら俺がやれと言ったといえばいい」
「むしろ、感謝のあまり抱きつくぐらいの設定で仕上げてあげるよ」
刹那、凄まじい連打音が鳴り響いた。
言うまでもなく左がキーボードを叩く音だ。
一つのキーに触れてはウインドゥが生まれては消え、消えては生まれ、グラフが変動し、無数のゲージが色を変える。
早いとか遅いとかそういうレベルではない。
マウスを使うことなく、同時に全てのパラメーターを変えるその姿は人の形をした異形だ。確かに備前の言う通りだろう。一つの思考を分割し、同時に複数のタスクを処理していく。それは真っ当な人間の所業ではない。
「本当なら時間をかけてやりたかったけど、それは今度にしておこうかな? とりあえずバランスを調整するだけでもいいしね」
言いつつ指は止まらない。むしろ、キーボードが破損するのではないかという速度で打ち込みは続く。
「なんか俺、とんでもねぇ女助けたみたいだな」
半ば呆れながら運転を続ける。
「お礼はいらないよ。助けてもらったもの」
「まあ、そこはお互い様だな。とはいえ、メシくらいは奢らせてもらうぜ」
「え、え? それってデートの誘い?」
と言いながらも手の動きは一切止まらない。ピアノの連弾を思わせる効果音に今度こそ苦笑した。
「ああ、そうだな」
同時に連弾の速度が音を鳴らして加速した。
「安心して! これ以上ない設定で完成させるから!」
「さっきバランス調整がどうのって・・・」
「黙ってて!」
十夜には理解できない範囲のスイッチが入ったらしい。だからこそ、十夜はフロントガラスに映る一直線の道路の終わりに視線を向ける。
ドームのような円形施設とそれに付随する建築物。
「はっ」
吹雪博士が考案し、街の郊外に作られたマッドサイエンティストの箱庭。通称スフィアラボ。
英雄にして大罪の存在する魔城。
何をするべきなのか? どうするべきか? 明確な指針は一つしかない。それを自覚した上で十夜はアクセルを更に踏み込む。
「さあ、再戦と行こうか!」