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イモータルダンサーズ  作者: 神谷 秀一
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捕食

「おい、テメェ等クソ女とカレンを助けるから手伝え」

 ドアを開けるなり言葉を放つ。しかし、そこに返事はない。なぜなら、十夜の所属する二年D組は誰一人として生徒の姿がなかったのだから。

 おかしい。確かに出席率の低いクラスではあるのだが、皆無って事は初めてだった。念のため壁の時計に視線を向ければ時間は誰かしら出席しているであろう時間。

「どうなって・・・」

 その時、十夜の席から携帯音の着信が鳴り響く。

「・・・・・」

 そのまま自分の席まで来ると、机の上に一台の携帯電話が音を鳴らして置かれていた。ディスプレイに映るのは非通知の三文字のみ。しかし、十夜は迷わず手に取り通話ボタンを押す。

「吹雪だ」

『今すぐ機械甲冑整備上に来い』

 機械を通した合成音声に思わず苦笑。同時に通話は切られてしまうがどうでもいいことだった。そして、苦笑した上でポツリと一言。

「この暇人どもめ」


 機械甲冑整備上。イメージで言うなら個別の部屋として壁の仕切られた自動車整備場と言えばいいのだろうか? そのリフトのようなものに横たわるのは紅の機械鎧。美咲の機械甲冑「クリムゾン」だ。

 自衛隊でも精鋭にしか送られない最強の力を誇る騎士鎧。一人一人の安全性を確保するために例え量産型の機械甲冑でも一つの甲冑につき最低一人の整備兵がつく。もっとも、美咲の場合は騎士も整備も一人でこなす変り種だ。

「やあ遅かったね」

「はん、テメェが何でここにいるよ備前」

 ガラス球を瞳に詰め込んだかのような少女、それがこの整備室にいたことが何よりも意外だった。

「そう警戒しなくてもいいよ。私がここにいるのは君に与えるものが複数あるからだ」

「いや、このクラスに警戒しなくていい奴なんて一人もいねぇぞ?」

「安心したまえ、君も立派にその一員だ」

 その言葉に苦笑しつつも十夜はその話の続きを促す。

「んで、何をくれるって?」

「情報に武装、それに希望をだよ」

 少女は小さく笑い指を鳴らす。その瞬間、リフトに接続されたディスプレイが音を鳴らし、とある少女の姿を映し出した。

「クソ女!」

 手術着のような貫頭衣を着て、手術台みたいなものに横たわったままピクリとも動かない。

「リアルタイムでの中継だ。眠ってはいるようだが身体に異常はないようだ」

「リアルタイム? スフィアラボのカメラ乗っ取ったってのか?」

 うむと視線だけ頷くと、背後の扉が開いて新たなる客人が姿を現す。

「こ、こんにちは」

 どこかで見た少女だった。縁なしのメガネをかけた髪が長くなければ短くもなく、身長が高くもないけれど低くもない、太ってもいないが痩せてもいない、それでも微笑めばタンポポのような素朴さがあるそんな少女だった。

 だからこそ、テメェ誰だっけ? とはさすがの十夜も言えない。むしろ記憶を総動員して思い出そうとしているようだが、その時点で誠実さなど欠片もなかったりする。

「あ、ああ、久しぶりだな」

「久しぶりってほどでもないけど・・・」

『選択ミスった!』

 怪訝そうな少女と苦笑する備前。だが、意外なことに、その備前が助け舟を出す。

「なあに、神無月君。彼等戦闘職は一日の流れがとても速いのだよ。戦場という世界を繰り返し、その上で取り戻す日常などというものは一瞬の泡沫に過ぎない。それならばうたかたの日常を繰り返してみれば久しいとも思ってしまうさ。なぜなら彼等にとって日常というものは果てしなく遠いものなのだからね」

 さりげなくひどい人格否定をされているようだが十夜は口を挟まない。その上で目の前の少女なのか改めて理解する。まあ、間違っても備前という少女には感謝もしないが。

「まあなんだ、花ありがとよ」

 後ろ頭をかきながら礼を言えば、神無月という少女は顔を伏せて紅潮する。それを見た備前が含み笑いをするが十夜は付き合わない。

「んで、何で神無月がここにいるんだ?」

「ふふふ、居るも何もこの監視カメラをハッキングして手中に収めたのは彼女だからだよ」

「は?」

 あまりにも予想外な言葉に十夜は呆けた顔を晒してしまう。対する神無月はただ恥ずかしそうな顔を伏せてボソボソと唇を動かしていた。

「備前さん達が、吹雪君はスフィアラボに襲撃をかけるだろうって言うから、少しでも怪我しないように恩返しのために向こうの施設の機器を乗っ取ったの」

「いや、そんな簡単なものじゃ・・・」

「彼女の情報処理能力はすばらしい。良いかね吹雪? 例えば人間の思考タスクは基本的に一つだ」

「何が言いたい?」

 いぶかしむ十夜に対し、備前は薄い笑みで神無月を指差す。

「君ならば今カレン君と梓を助けることを考えている。しかし、彼女の場合は違うのだよ。一つの思考を持ちながら、同時に複数の思考を行える。例えるなら聖徳太子だ。彼は七人と同時に問答をしていたそうだね? それ以上の才能を持つ彼女が本気を出したならどうなるか? 答えは目の前にあるのだよ」

「なるほどな」

 具体的にどんな手段をとったのか理解はできないが、それでも目の前の映像があっただけでも期待は持てるということだ。

「ちなみに全警備施設も掌握しているらしいから忍び込み放題だね」

「どんだけ世界を掌握してんだよ!」

 そんなのは才能でもなんでもない。もはや異能のレベルだ。しかし、この状況では何よりも頼もしいスキルだ。ゆえに、

「クラスの連中が全員体制でスフィアラボを囲みつつある。無論、それ以外の有志も集ってはいるがね? そして、結論から言えば、現状の時点で勝ち目は………ゼロだ」

 意外な言葉だ。揃えば世界をも滅ぼす悪童の集団。そう呼ばれるのが己の所属するクラスだ。しかし、そのキチガイ全員が揃っても備前は不可能だという。

「あのスフィアラボの責任者が誰か知っているのかね? それを理解しているなら本来こんな行動は起こせないよ」

「誰だよそれは」

 誰であろうと知ったことではない。そう思って言葉の続きを促せば、備前という少女は瞳の中だけで笑って見せた。

「暴食。それがスフィアラボの管理者であり、この戦いの世界においての英雄だよ」


「いっただきまーす」

 ボリュッ

 そんな擬音が正しいのだろうか? その直後に飛び散るのは真紅の飛沫だ。だが、床に残った染みさえも、次の瞬間消えている。

 そして、その場所は静寂となる。

 たった数十秒前までは、何十人もの悲鳴が上がっていたのにも関わらずだ。

 そこは闇に包まれた執務室。光を遮るカーテンに包まれた異形の世界。その中で唯一の形を保っているのは一人の少女だ。

 背はそれほど高くもないが、どこまでも細い少女だった。手足は枝のようにやせ細り、女性的な曲面など望むべくもない。しかし、それでも整った容姿は鬼女を思わせる。そして何より真紅の長髪は自然界にありえないものであろう。

 ゆえに彼女は血のように赤く染まった唇を己の舌で妖艶に舐める。それこそ、色のように血の味がした。

「ようやく完成したわねぇ」

 声は若い。しかし、その奥に潜む感情はどこまでも老練したものだった。実際そこまで年齢を重ねているわけではない。しかし、それでも放たれる言葉は老いた色を含んでいた。

「それさえ手に入れちゃえば私の世界は完成する」

 長かった。本当に長い日々だった。喰らうことだけで満たされていた。しかし、いつしかそれに退屈を覚え始めた。だからこそ、己の欲求に我慢できなくなり始めた。

 全てを喰らい尽くす。そんな己が欲求が我慢できなくなってしまった。敵も味方も関係ない。ただ喰らい尽くせば己は満足。だからこそあらゆる情報を食い尽くしその上で手に入れたものは他者の知識と記憶、そして、能力だ。

 暴食に陵辱された存在は存在情報もろとも暴食に反映される。それこそ百年生きた老人を喰らえば百年分の知識と記憶を手にすることができる。もちろん、そんなことを繰り返せば暴食自身の記憶が破綻する。だからこそ、それらはフィルターにかけて知識のみか欲しい記憶のみを選別する。

「それでカレンちゃんの準備はできてるのかなぁ?」

 暴食は笑う。ようやく望みが叶うのだから。

肥大し続ける己の密度。それを管理しきれなくある己。だからこそ、憤怒の誘いに乗ってこんなことをしている。

 自制できればよかったのだろう。しかし、己が存在理由をまた否定することはできない。だから彼女は喰らい続ける。だから終わりに向かい続ける。その結果が今であり、至高の道へと至っている。

「ああ、クレノ、姉さんは幸せだよ。お前という存在が居るのだからぁ」

 だから、抱いてあげる。キスもしよう。その上で優しく包んで食べてあげる。

暴食の愛とはそういうものだ。結局喰らうことでしか他人と関われない。それがクレノの姉と呼ぶ存在だった。


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