本当はわかってる
兄貴の言葉に、頭が真っ白になった。
……というより、考えないように、見ないようにしていた気持ちが、形をもって俺の心の中に広がってきたというか。
「……俺が、楽に嫉妬してる?」
それでもどうにかごまかそうとすると、隣で楽があからさまにため息を吐いた。
「そんだけイライラしといてまだ言うか」
呆れを含んだ声の調子に、ますますイライラしてくる。
「それは、おまえが何かと杜和子さんの話をするから……」
「音にはもう関係ないんだから、別にいいじゃん。音こそ、何を気にしてるわけ? 音がそんなに気にしなくても、杜和子さんはひとりで立ち直ってるってば」
杜和子さんはひとりで立ち直ってる。
その言葉に、ショックを受けている自分がいる。
「だから、何なんだよ。杜和子さんはひとりでも大丈夫だから、だから俺は唯子と付き合うことにしたんだ、それでいいじゃないか」
言い切った俺に、兄貴と楽が同時にため息をついた。
(なんだって言うんだよ、今更)
「それ、おかしいと思わないのか?」
先に口を開いたのは兄貴だった。
「え?」
「木原がひとりでも大丈夫とか、唯子ちゃんはそうじゃないとか、そういうことの前にさ、おまえはどうなんだよ」
「そうそう。音は、どう思ってるのさ。唯子ちゃんが好きなの? それとも杜和子さんが好きなの?」
―――― そう聞かれると…………。
どれくらい沈黙が流れただろうか。
しばらくして、楽が呆れたまま小さく呟く。
「なんだ。わかってんじゃん」
「っていうか、それがわかってて、なんでおまえは……」
「……うるさい」
(以心伝心なんて、楽や兄貴とじゃ嬉しくもなんともない)
そうだ。本当はわかってる。
夜になって手を伸ばす携帯。
メールを打とうとして、仕事お疲れさま、と思わず打って慌てて消したり。
(『今日は別に委員会の仕事無かったけど?』というメールが唯子から着て、ようやく無意識にそんな言葉を打ってたことを知った)
コンビニで買い物をするときに、つい杜和子さんが好きそうなお菓子を買ってしまったり。
(いつ渡すんだよ。遊びに行く予定もなにもないくせに)
喫茶店で珈琲を頼んだときに、砂糖とミルクを頼んでしまったり。
(俺はどっちも入れないし、唯子も無糖派だって知ってるのに)
ふとしたことで思い出して、比べてる自分に今頃気が付く。
『杜和子さんだったら……』と。
(だけど、今更どうすればいいんだよ)
唯子のことは? 杜和子さんだって、今となってはどう思ってるかどうか……。
(あんな簡単に「いいお姉さんとして」って言えるってことは、最初からこっちのこと弟みたいなもんにしか思ってなかったんじゃないかとか、思うだろ)
俯いて目を閉じる。
(結局、どうにもならないって)
「…………あのさ、音」
現実逃避をするように俯いた俺に、楽が声をかけてきたのはそのときだった。
さっきまでの勢いはどこに行ったのか、言いにくそうに、こちらを伺っている。
「杜和子さんはひとりで大丈夫、みたいなこと言ったけど、全然、そんなこと本当はないと思う」
「え?」
「音から杜和子さんがどう見えてたのかわかんないけど、杜和子さんって、そんなに強い人じゃないよ。自分が音の負担にならないように、って頑張ってたみたいだから、音にはそう見えたんだろうけど」
(それって……)
「追い討ちかけてるわけじゃないよな。それは」
良い意味で受け取っていいのだろうか。
楽の言葉は、まだ杜和子さんの気持ちに入り込む余地があるかのような考えを浮かばせる。
(……思っていた以上に思われていたのだろうか)
「どう受け取るかは、音次第じゃない? ……その前に唯子ちゃんの方を、音はなんとなしなくちゃいけないと思うけど?」
「そうだな。……曖昧なままで進めるほど、器用じゃないってことわかっただろ? しっかり話つけてこい」
厳しいような兄貴の言葉も、しっかりとけじめをつけないと進めない俺のことをわかっての発言なんだろう。
なんだかんだ言いながら、俺は周りの人たちに支えられていると、こんなときに感じる。
「わかってる。……ちゃんと話さないと」
傷つけないなんてことはありえない。
ならば、せめて、わかってもらえるまで。わかってもらえなかったとしても自分の想いだけは自分で言わなければ。
『どうしても話したいことがある。明日の朝、音楽室で待ってる』
その日の夜、唯子に送ったメールの返事が返って来ることはなかった。