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いい加減にしろ

 玄関のドアを開けて聞こえてきた音楽に、おや、と思う。

 2階から流れてくる、柔らかい優しいメロディー。いい曲だな、と思って家に上がると、それをBGMに不機嫌な声が言い争ってるのが聞こえてきた。


 「あのさ、なんでこんなもんまで持ってきてるんだよ」

 「いいじゃん、だって杜和子さんが持ってけって言ったんだし。杜和子さん家で一回かけてもらったんだけど、リーダーも山崎先輩もすっごい気に入っちゃってさ、これアレンジして今度のライブの曲にしようって話になって」

 「っていうか、リーダーと山崎先輩って何?! 男3人で一人暮らしの女の人の家にこんな真夜中に行ったのか?!」

 「しょうがないじゃん、スタジオから帰る途中に寄ったんだし。それに、杜和子さんのお友達もいたし」

 「……それは、楽たちが行くのを知ってたから、呼ばれた友達なわけ?」

 「さぁ。そんなのわかるわけないじゃん」


 微妙に似た声質であっても、声の調子と口調でわかる、双子の弟2人の声。

 (でも珍しいな。音の方が、声を荒げてるなんて)

 そう思いながら、話の内容にそれもしかたないか、と思う。

 「あ、奏くん、おかえりなさい」

 ドアが開いた音に、リビングから姉の響が顔を出した。……その表情が、少し硬い。

 その様子から察するに、この言い争いが、長い時間続いていることを感じて苦笑する。

 「ただいま。……ずっとこの調子?」

 「うん。今日、楽くんの帰りが遅くてね、どうしたのって聞いたら、杜和子さんのところに寄ってた、って言って、そしたら音くんが急に機嫌悪くなっちゃって……」

 ここ数日、とある特定の人物の名前に反応する音の様子は、家族全員気が付いている。

 妹の鳴も、知らない振りをしていた方がいいのか、それとも突っ込んだ方がいいのかと困っていた。

 (まぁ、わざと楽がその名前を出すからいけないんだろうけど)

 「父さんたちは?」

 「今日は、外で食事してくるって言ってたからまだ。……鳴ちゃんは、呆れて外に出て行っちゃった」

 放って置いても大丈夫だとは思うんだけど、と言いながら、響は、でも心配よね? という顔を俺に向けてくる。

 (詳しい事情知ってるのは、家族じゃ俺と楽だけだし)

 こんなギスギスした家の中も、そろそろ終わりにしたいと思う。

 「わかった。とりあえず話聞いてくる」

 そう言うと、響はニッコリと笑って、

 「よろしくお願いします、お兄さん。やっぱり頼りになるのは、奏くんだわ」

 と、手を振られた。


 ――――― トントンッ。


 階段を昇って、すぐの声がしている部屋のドアを軽く叩く。

 すると一瞬、部屋の中の声が止み、柔らかいメロディーだけが、ドアの向こうから流れてくる。

 「「 ――― はい」」

 中から、二人の声がした。それを聞いて、俺はドアを開く。

 「……近所迷惑、とまで言わないけど、うるさいよ、おまえら」

 言いながら部屋の中に入り、ドアを閉める。

 (ものを投げた形跡はなし。……まだ口論だけか)

 現場の状況を確認して二人に目をやる。

 こちらを見ていた二人は、入ってきたのが俺だとわかると、同時に口を開いた。

 「奏くん、音ってば自分勝手っ!」

 「兄貴、楽が勝手に……」

 昔から変わらない喧嘩のパターンに、成長しない弟たちだと思う。

 (これが進むと、楽が先に手を出すんだよな)

 「あー。はいはい。とりあえず、楽、なんで音が自分勝手なんだ?」

 こういうときは、先に楽を喋らせてしまった方が早い。

 長年、この双子の喧嘩の仲裁をやっていれば、そういう必要のないものまで身についてしまうものだ。

 (一番上の姉は頼りにならないし、妹は面倒くさがってやらないし)

 しかたがない。それが、上と下の兄弟に挟まれた者の宿命なのかもしれない。


 「今日、俺が音に貸してたCDで杜和子さんの所に行ってたやつを、取りに行ってきたんだけど」

 楽が話し始めると、即座に音が口を開いた。

 「別に、いつも使うものじゃないんだから、今日取りに行かなくてもいいだろ」

 「……音。おまえは黙ってろ。今は、楽の話を聞いてるんだから」

 制しながら、余裕のない弟に、心の中で苦笑する。

 (……本当に珍しいな。こうやって音の方が口を挟むなんて)

 その一言で黙った音を見て、楽に話を続けるように促す。

 「で?」

 「それで、CDと一緒に、杜和子さんが音が作ってたって曲が入ったカセットを持って来て。どんなんだろうと思ってかけてもらったら、それを聞いてた、先輩たちがいい曲だから歌にしたいって言うからさ、さっき帰って来てその話をしたんだ。そしたら、音が……」

 (音が、不機嫌になった、と)

 言葉にされなかった部分を予測して、次に音の方に話を振る。

 「音、なんでおまえは楽が勝手だって言うんだ?」

 「勝手だろ? 俺が作った曲なのに、なんで楽たちが勝手に歌にするって決めてるんだよ」

 ……それは、おまえを不機嫌にさせるためだろ、と言いたくなるのをなんとか押さえる。

 確かに、楽の言い分は勝手だ。

 だけど、音が本当に勝手だと思ってるのは、そのことに対してじゃない。

 その違いに音自身が気付けばいいのだけど、気付かずにいる。

 (そして、それが楽には許せないと……)

 おまえら、どっちも勝手なんだと言ってしまうのは簡単だ。けれど、話を聞いたからには、放って置くわけにもいかない。

 「……楽、諦めろ」

 「でもっ!」

 「この曲は音のものだろ? 音が嫌がってる以上、無理に使ってもいい唄は出来るわけないだろうが…………で、音」

 何か言いたそうな楽を遮って、音を呼ぶ。

 「何?」

 自分の意見が通ったことに、ホッとしたのか音は当たり前だという顔を楽に向けている。

 その顔が、いつまで続くかが見物だな、などと思いながら、一言短く言い放つ。


 「いい加減にしろ」


 「…………は?」

 「気付いてないなら、いい加減気付けって。ここ数日、楽が木原の話をするたびに、不機嫌になってるの自分でわかってるか?」

 急に自分の矛先が向けられたことに、音が戸惑う。

 「? 兄貴? 何言って……」

 「おまえさ、木原を振った側なんだよな? 見てると、まるでおまえが木原に振られたように見えるぞ? 曲のことだって、使われるのが嫌なんじゃない。楽たちが、おまえの知らないうちに木原の家に言ったことが気に入らないのをごまかそうとしてるだけじゃないのか? 今更、楽たち相手に嫉妬してどうするんだよ」


 ここで否定するなら、楽にはもう放っておけと後で言おう。

 けれど、ここで音が考え直すなら、そのときは。

 (次の相談に乗ってやることになるんだろうな)

 どっちにしろ、音の答えがなければ、先には進まない。


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