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甘くない玉子焼き

 「音? 食欲ないのか?」

 昼休みの屋上で、部活の面々と弁当を食べていると、リーダーの松岡さんが声をかけてきた。

 毎日、ここで軽音部の話し合いをして、放課後は練習のみをする、というのが、うちのバンドの活動形態なのだ。

 松岡さんの声に、もうひとりの先輩と俺の双子の兄が、同じタイミングでこちらに注目する。

 「え?」

 「さっきから箸が止まったまま」

 指摘されてハッとする。

 昼休みが始まって、もう20分以上が経過しているのに、俺の弁当の中身はほとんど減っていなかった。

 「本当じゃん。音どうした? 調子悪い?」

 その様子を真っ先に心配してくれたのは、双子の兄の楽だ。

 楽はデザートまで伸びていた手を止めて、俺の額に手を当てる。

 「大丈夫。熱なんかないから」

 それを左手で振り払うと、今まで黙って楽譜を見ていた山崎先輩が、

 「彼女の愛妻弁当だもんな。味わって食べてただけじゃねーの?」

 と、からかうように声をかけてきた。

 「あ、そっかー。……いいなぁ、俺も久しぶりに弁当が食べたい」

 「バカ、音が貴重な食料をおまえなんかにやるわけないだろ」

 「えー。でも、最近、音が彼女から弁当もらってるって聞いたから、母さんが弁当作る気なくして、俺の弁当までなくなっちゃったんですよ? 少しくらいもらう権利が俺にもあると思いません?」

 「その分、おまえは昼食代もらってんだろ? いいじゃん、購買のパン美味いし」

 「だから、そーゆー意味じゃなくて……」

 楽と山崎先輩が、いつものようにくだらない言い合いを始めるなか、俺はハイ、と楽の前に唯子が持ってきた弁当を置いた。

 「音?」

 「どうした?」

 その行動が変だったのか、ついさっきまで口を動かしていた2人が、揃って変な顔をする。

 「……具合が悪いなら、早退して休んだ方がいいんじゃないか?」

 リーダーまでそんなことを言い出す。

 「いや、そんなんじゃないんですけど」

 (……何かが足りない)

 「なんか、この弁当いつも食べるのと違うような気がして……」

 考え込んだ俺に、は? と言いながら、楽がどれどれと弁当箱に手を伸ばす。

 一番端にあった、玉子焼きを口に入れ飲み込んだ後、楽は呆れたように、はぁっとため息をついた。


 「音」

 「何?」

 「これ、玉子焼きが甘くない」

 「……は?」

 「だからじゃないの? 音、いつも玉子焼き甘くないと、全然手つけないじゃん」

 それで、昔、響ちゃん泣かしたことあっただろ?

 そう言う楽に、ああ、そういえば。と、納得する。

 「あの後から、響ちゃん滅多なことがないと台所に立たなくなってさ、必然的に鳴ちゃんや奏くんが食事当番するようになったんじゃなかった?」

 俺らには上に2人の姉と兄がいる。両親が共働きのため、家事はいつも上の姉弟3人が分担しているのだが、一番上の姉だけは、台所に立つ回数が他の2人より圧倒的に少ないのだ。

 (……でも、それって俺だけのせいか?)

 「あの時は、響姉が塩と砂糖の加減を間違えたんじゃなかった? 俺だけじゃなく、兄貴や鳴姉だって食べなかったし。第一、なんでも食べるお前が残したこともショックだったんだと思うけど」

 そう言うと、楽はさっきまでの批難を止め、そうだけど、と呟いた。

 「でも、普段でも玉子焼きが甘くないと食べてないよ、音は。中学の修学旅行でも、ホテルの玉子焼き一口で食べるの止めてたじゃん」

 「……それは認める」

 確かに、唯子の作ってきた玉子焼きは、醤油系統の塩味が強い。だから、いつもと違う感じがしたのだろう。

 (それほど、こだわってると思ってなかったんだけど)


 「音、おまえ自分の好みくらい彼女に言っとけよ。っていうか、弁当作るって話になったとき聞かれなかったのか? 嫌いな食べ物とかさ」

 「山崎、音はお前みたいに、言いたいことをズバズバ言う奴じゃないんだよ。それに、音自身気付いてなかったんだろ?」

 心配して損した、などと言いながら、笑顔に戻る先輩たちに、何故だかまた、何かが引っかかった。


 その引っかかりは、楽にもあったらしく、考え込むように腕を組むと、楽は、今一番聞くのが痛い人の名前を口にした。

 「んー、でもさ、杜和子さんには音、いろいろ言ってたよなぁ。これが嫌いとかあれが好きとか。あ、確か玉子焼きは甘い方が好きってことも、杜和子さん知ってたし。俺、前にお昼ご馳走になったときに、『音の玉子焼きは甘めにするけど、楽くんも?』って聞かれたこと……」

 「楽」

 スラスラと、杜和子さんの名前を出した楽を思いっきり睨む。

 (杜和子さんのことは、リーダーも山崎先輩も知らないんだから)

 いろいろ言われるのが嫌で、杜和子さんとの事は、楽と兄貴にしか言ってない。

 もちろん、その2人には唯子と付き合い始めたときに別れたという話もした。

 (本音を言えば、先輩に知られると、それをネタに遊ばれるような気がしたんだよな)

 案の定。言葉を遮った俺を無視して、山崎先輩が面白いものを見つけた、というように笑顔を浮かべた。

 「楽、『杜和子さん』って誰?」

 話を止めた俺を不思議そうに見ていた楽が、山崎先輩の声にまずったという顔をする。

 (今頃気付いても、遅いって)

1話ごとに、登場人物の視点が変わります。


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