自覚症状がないなんて重傷
「バカだなぁ」
思いっきり泣いて、ベッドに寝転んだまま、あたしは自分自身に言ってみた。
(あれくらいの年頃の子は、コロコロ気持ちが変わるんだってば)
自分が通ってきた道だからよくわかる。
(あたしだって、憧れていた先輩に彼女が出来たとき、すごくショックで悲しかったけれど、すぐに他に好きな人が出来たじゃない。だから、しょうがないんだって)
そう自分に言い聞かせながらも、本気になっていた自分がちょっとだけ可哀想で。
あたしはもう一度、自分自身に精一杯の愛情を持って「バカだなぁ」と呟いた。
あれは、先週の土曜日だった。
いつものように、部屋に遊びに来ていた彼が、唐突に口にした一言。
「昨日、告白されてさ」
サラリ、となんでもないようなことを話すように、音が言うから、あたしも「そうなんだ」と気軽に聞こえるように返事をした。
彼は学校でモテるグループに入ってるらしいから、そんな話を聞くのも初めてじゃなかったし、何よりそんな風に言って相手にやきもちを妬かせようとかする人でもない。
だから、今回もただの報告のようなもので、言い出したときと同じようにサラリと話題が変わると思っていた。
(…………)
だけど、訪れたのは、静かな沈黙。
いつもと微妙に違うその空気に、直感で次の言葉の予側が出来た。
「それで?」
こういうときの直感は、嫌なくらいよく当たる。
それがわかっているから、あたしは音に向かって、笑顔を向けた。
追い詰めないように、意識して柔らかい声を出す。
少し視線をそらし、出来るだけ彼の負担にならないように。
次の言葉が少しでも口から出やすくなるように。
「それで? 何?」
もう一度促すように聞くと、ようやく彼は顔を上げた。
「……その子が、いつもの子たちとは違って、気持ちを聞いて欲しかっただけだって言って泣くから。ずっといい友達だと思ってた奴なのに、泣く姿なんか見たことがなくて、それで……」
(要するに、その子の意外な一面を見て、グラッときたわけね)
冷静に分析をすることで心の中の喚きたい部分を鈍らせながら、あたしはそれを相手に気づかせないように笑顔を顔中に貼り付ける。
「あのさ……」
気まずそうな音の顔に、これ以上は酷だと思い、あたしは続きを引き受けるために口を開いた。
本音を言えば、続きを音から聞くことが、あたしにとって酷だった。
「そっか、それじゃぁ別れようか」
しかたないなぁ、とワガママを聞くときみたいに言うと、今まで真剣だった音の顔がポカンッと間抜け顔になる。
「杜和子さん?」
(一回も呼び捨てにしてくれたことなかったな)
そんなことを思って苦笑したくなるのを抑え、ちゃんとその呼び方の中に似合うように、お姉さんの顔を作る。
「これからもさ、お姉さん、と呼ぶには頼りない奴だけど、よろしくね」
今度、ちゃんと彼女も紹介してね、とまで言うと、ようやく音はホッとしたような顔をする。
「ありがとう」
(そういえば、前に、言ったことがあったなぁ)
『別れるときに、ごめんってだけは言われたくないな。例え、それがどんな別れだったとしても。できればありがとう、の方が好き』
それを音が覚えてたとは思えないけれど、その言葉が最大限の音の優しさのような気がして。
あたしはその日、彼が部屋を出て行くまで、笑顔を絶やすことがなかった。
「だから、言ったじゃない」
高校生と社会人。生きてる世界が違うのよ。
音との別れを、唯一あたしたちが付き合っていたことを知っていた友人の桜に告げると、彼女は大袈裟に深いため息をついてくれた。
「杜和子のことだから、その子に自分から別れようって言ったんでしょ? しかも笑顔付きで」
(ええ、全くその通りです)
想像できる辺りが友人として情けないわ、と言う親友に、あたしは何も言い返せない。
「でもって、気まずくならないようにお姉さん役を演じきったんでしょ?」
「……」
「彼女紹介してね、とか、また遊びに来てね、とかっても言ったよね、絶対」
「……ははは」
的確な桜の指摘に、乾いた笑いを浮かべる。
「今してるような、辛い顔なんか、ひとつも見せなかったんでしょ?」
「……え?」
声のトーンを落として、何気なく言われたその一言に、驚く。
慌てて、バックから鏡を取り出そうとするあたしの頬を、桜が苦笑しながら、引っ張った。
「自覚症状がないなんて重傷よ」