第4話 実技授業
昼休みになり、いつものように夢奈と鈴と共に昼食を取る。ちなみに俺と夢奈の昼食は夢奈の手作り弁当である。昼食を食べ終えてから、鈴が席に戻った夢奈を追いかけてなにか声をかけていた。夢奈はなぜかちらちらと俺に視線を送っている。
戻ってきた鈴に、「なに話してたんだ?」と尋ねると、ぶっきらぼうに「別に、なんでもないよ」と返される。それ以上追及する理由もなかったので、俺は「ふーん」とだけ返した。
◇
昼休み明けの一番眠い時間帯に《退魔》の実技授業があった。体操服に着替えた二組の半分ぐらいの連中がグラウンドにいる。
《魔の物》が見える人間には見える以外にもう一つ特殊体質がある。《呪術》という《異能》が使えるのだ。物だったり体の一部だったりに《念》を込めることでそれらが強化されたり、あるいは変化したりするものだ。
《魔の物》は《呪術》以外での攻撃が全く通じない。《念》を込めた真剣なら《魔の物》を斬りつけることは出来るが、ただの真剣を振っても空を切るだけで終わる。
《呪術》を使用できる物には相性があり、相性が合わないと《呪術》自体が発動しない。
しかし自分がなにと合うかーなんていうのはわかりようがないので、この実技授業はそれを探すための授業でもある。
まぁ《退魔師》の血筋の人間は、大体の場合探すまでもなく相性が合う物は決まっていたりするんだけど。
とにもかくにもそんな事情があるので、必然的に《呪術》が使える人間とそうじゃない人間で授業内容が変わってくる。先生も二人係である。
言わずもがな、俺達兄妹は《呪術》が使える。ちなみに『阿久津家』も《退魔師》の家系なので、鈴も使える。
寝ぼけ眼を擦りながら欠伸をする生徒を眺めながら、俺達の担任でもあるジャージ姿の女教師、斉藤先生が口を開く。
「今日もいつも通り、タッグバトルをしてもらう。背中を地面に付けさせれば勝利だ。わかってると思うが、必要以上に怪我はさせないように気をつけるんだぞ。それじゃあペアを組む相手が決まった者からこちらに来るように。以上」
と言いながら先生は地面に置かれた箱を軽く蹴る。
あれには番号が書かれた紙が入っていて、同じ番号同士が試合を行う、というわけだ。
《退魔》は二人以上で行うこと、というように義務づけられている。一人での《退魔》は禁止。一人の時に《魔の物》に遭遇したら戦うな、逃げろ。というのは最大原則である。
特定の相手と──という決まりはないが、やはり背中を預けられる相手の方が有利なのは確かだろう。
実際俺達は授業でも実戦でも未だに負けたことはない。無敗記録更新中。なので『七風兄妹』は校内ではちょっとした有名人だったりする。
それから全員が紙を引き終えて対戦相手が決定する。
俺達の対戦相手は、鈴と眼鏡と三つ編みが特徴的な女の子──通称委員長──のペアであった。
番号順に対戦を行っていき、俺達の番になる。
「ちゃちゃっと片付けちゃいましょう!」
「おう」
「僕らも負けるつもりはないよ」
「そうですよ! 甘く見てると痛い目見るんだから!」
そんな会話を交わして、俺達は《札》を構える。鈴は《日本刀》を構える。
《日本刀》と言ってもあれは模造刀で殺傷能力はない。ただし、《念》によって《魔の物》に対しては模造刀ではなくなる。
一方の委員長の方は武器はなく、拳を構えてファイティングポーズを取っている。《念》によって拳が強化されるわけだが、鈴とは違ってばっちり人間にもダメージがいく。やろうと思えば骨を砕くことも可能だろう。まぁ模造刀でも思いっきりぶっ叩けば骨を折ることも出来るだろうから条件は一緒か。
「あー、じゃあ適当に始めて」
そんな適当な言葉を聞き、俺達は動き出す。
俺達の《呪術》は《札》に《念》を込めてありとあらゆるものに変化させる──というものだ。ちなみに変化させた物はまた《念》を込めれば消すことも出来るし、《札》に戻すことも可能だ。ザ・リサイクル。
《札》が一枚でもあれば《札》自体をコピーすることが可能なので、延々と攻撃することも可能──というある意味反則的な《呪術》である。
実際に反則だと言われたこともあるが、これは『七風家』特有の《呪術》なので文句があるならご先祖様に言ってほしい。
俺はまず、《札》を金属バットに変化させる。それで鈴の刀をはじき飛ばそうとするが、たんっ! と華麗な動きで近寄ってきた委員長のパンチによってバットはへし折られてしまい、それは叶わない。
「わー。すげぇ馬鹿力ー」
「こ、これは《呪術》よっ!」
そんな会話をしていると鈴が足払いをかけてくるが、どうにか踏ん張ってバランスを保つ。鈴が刀を俺目掛けて振り下ろしてくるので、俺は折れたバットで受け止めた。
「お兄ちゃん!」
夢奈に呼ばれて咄嗟に二人と距離を取ると、夢奈が突風を起こした。鈴は刀を地面に突き刺し、委員長は屈んで地面に拳をめり込ませながら耐えている。風がやむと同時に俺は鈴の目の前に移動する。鈴は刀を捨てて背後に跳び、俺から距離を取るが──もう遅い。
俺の背後に潜んでいた夢奈がたんっ! と跳び上がり、俺の肩に手を置いて支えにしながら宙を舞う。
そんな超人的な動きで俺の体を跳び越えた夢奈は、そのまま鈴の肩に跳び蹴りを食らわす。委員長が駆け寄るが間に合わず、鈴の背中は地面についた。
《札》は形を変える以外にももう一つ出来ることがある。
体の部位に《札》を当てながら《念》を込めると、その部位を強化できる。強化に使うと《札》は消滅するから、リサイクルは不可能になるけど。
……やっぱり反則的だと使ってる自分自身も思う。
「七風兄妹の勝ちだなー」
それから先生のそんなめんどくさそうな声を聞きながら立ち上がり、悔しげな表情を浮かべる鈴と、やっぱり悔しげな表情を浮かべる委員長の二人と握手を交わす。
「あのさー前から言おうと思ってたんだけど」
「なんですか?」
先生はめんどくさそうに視線を逸らす。
「あんたら、これやる必要ある?」
無敗だし、実戦経験もあるしで必要ないと言えば必要ない。とはいえ……。
「……俺達にどうしろと?」
俺の問いに先生はめんどくさそうに頬をかいた。
「なんかさ、こう、毎回一方的な戦闘見せられると殺意が湧いてくるんだよね」
「殺意!? それ駄目ですよね! 教師として色々駄目ですよね!」
「……貴様は人に対して、一度たりとも殺意を抱いたことはないっていうのか? どうなんだ? ああん?」
教師とか以前に人として駄目だった! 俺がなにも言い返さずにいると、先生はまた口を開く。
「冗談はさておき」
いや、絶対本気でしたよね? 目がマジでしたよ?
「あんたらは今までにないイレギュラーだ。日常的に実戦を行っているわけだから、こういった実技授業は必要ないとあたしは思う。それに、兄妹と戦いたくない人間もいるだろうし」
「……つまり?」
「今後は希望者とのみ試合、という形がいいんじゃないかと思ってる」
俺と夢奈は思わず顔を見合わせる。
「それはいいんですけど、希望者がいない場合、俺達どうすればいいんですか?」
「七風兄は腕立て伏せとかしてればいいんじゃないか」
適当すぎる……。
「ゆめはどうすればいいんですか?」
「兄の背中に乗っかったりして、主に兄の邪魔をしていればいい」
「はぁ……」
夢奈は怪訝そうな顔でそう言ってこくりと頷く。しかし意味がわからないようで小首を傾げながら「邪魔……?」と呟いている。
「先生絶対俺のこと嫌いですよね!」
「それはすまない。別に嫌いなわけじゃないんだ。君を見ているとどういうわけかついついこう……殺意……違ったいじめたくなる……違った殺意が湧いてくるんだ」
「結局殺意じゃないですか! どんだけ俺のこと嫌いなんですか!」
「だから嫌いなわけじゃないと言ってるだろう。好きな相手ほどいじめたくなっちゃうーみたいな、そんな感じの可愛らしい感情だ。別に好きじゃないけど」
もう言い返すのもめんどくさかったのでため息で返した。もうやだこの先生……。