第3話 退魔師学園
《退魔師》とは、簡単に言うと《実体化》した《魔の物》を退治する人間のことだ。
《実体化》していない《影の存在》である《魔の物》は無害だ。その状態の《魔の物》は見えても《退魔》することは叶わないが、そもそも害がないのだからする必要はない。
しかし《魔の物》は力を付けると《自我》が芽生え始め、《実体化》して暴れ始める。
《実体化》して間もない頃であったら、《魔の物》は人や物に干渉することは出来ない。しかし時間が経ち、力を付けていくとぼんやりとは見えない人にも見えるようになり、《魔の物》が暴れたら暴れた分だけ被害が及ぶことになる。
そうなると当然色々とめんどくさいことになるので、そうなる前に《退魔師》達が《魔の物》を退治する、という訳だ。
元々《魔の物》も《退魔師》も一般の認知はなかったが、六年前の事件以来一般にも認知され、《退魔師》は特殊な職業の一つとして扱われている。
ちなみに『七風家』は代々続く由緒正しき《退魔師》の家系である。
藍香ねぇが住んでいる親父の実家は、広さや部屋の数を考えるのが嫌になるぐらいにでかい。
《魔の物》はまだ解明されていない部分が多く、俺達みたいな高校生が《退魔師》の仕事を受け持つことは普通は出来ない。
しかし俺達は生活費を稼ぐ必要があるので、藍香ねぇの計らいで数年前から仕事をもらっている。俺達が《退魔師》として優秀だからこそ、今でもこうして仕事をもらい続けることが出来ている。まぁ藍香ねぇの計らいという部分が大きいけど。
そんなこんなで仕事を終えて俺達は帰宅した。
夢奈をおぶろうとしたら、
「冗談ですよ。お兄ちゃんも疲れてるのに、無理を言ったりしません」
「いや、別に平気だぞ?」
「あ、もしかしてゆめの胸の感触を楽しみたかったんですか? それなら安心して下さい、おうちに帰ったらたっぷりと揉ませて上げますから!」
「……」
「ふわっ! ご、ごめんなさい……冗談ですよ! 冗談ですからそんなに怒らないで下さい!」
という会話があり、結局いつものように手を繋いで帰ってきた。
ちなみにだが思い切り睨み付けはしたが別に怒ってない。
それから夢奈が夕飯を作って夕飯を食べ、適当にくつろいだ後に皿を洗っていると、いつの間にか風呂を上がっていたらしい夢奈が背後から俺の腰に抱きついてきた。
ふわりと漂うシャンプーの香りと服越しに伝わる体温。それと背中に当たる柔らかすぎる二つの膨らみ。それらに一瞬心臓が跳ねるが、必死にかき消して平静を装う。そして俺は皿洗いを続行。
すると夢奈が俺の服を引っ張ったり捻ったり、脚を軽く蹴りつけたりしてくるので、仕方なく口を開く。
「なんか用か?」
「どうしてお兄ちゃんは欲情してくれないんですか? ゆめがこんなに火照った体と胸を押しつけてるのに」
「ふつー妹には欲情しないの」
「ゆめの匂いを嗅いでナニをするのに?」
夢奈の言葉に俺は思わず動きを止める。
「べ、別に夢奈に興奮してたわけじゃないし? 他の女の子のこと考えてたわけだし?」
「……はぁ。まぁお兄ちゃんが素直じゃないのは今に始まったことじゃないですし、別にいいですけど」
怒るかと思ったらそんな呟きが返ってくる。
完全に信じてない。完全に妹の匂いに興奮する変態だと思ってる。はっきりと否定も出来ないので、俺はそれ以上言えなくなってしまう。
それからお互い無言になり、俺は無心で皿を洗う。洗い終えると夢奈が離れてくれたので、振り返って夢奈を見るとじーっと見上げてきた。それよりもごく普通に俺のYシャツ着てるのはどういうことなんだ。
「お兄ちゃんは一体何年ツンツンするつもりなんですか? デレがないとツンデレとは言えないんですよ?」
「自分で言うのも何だが、俺は結構デレデレだと思うぞ」
「どの辺が?」
「いや、だって俺、夢奈に甘いじゃん。それも超がつくレベルで。それに夢奈の発言の一割ぐらいにはお前の言う『デレた発言』で返してると思うし」
「……言われてみればそうですね。今日も『ゆめの胸は俺の物! ゆめの胸を見たり触ったりして良いのは俺だけだ!』という発言がありましたし」
「知らない男に『見られたくない』っていうのに同意したのは間違いないが、そこまで言ってねぇよ。そもそも揉んだことはないし、最後に夢奈の胸を見たのも小学生の時だろうが」
でかくなってからは一度も見てないぞ。
「む……。確かにそうでしたね。お兄ちゃんはゆめのおっぱい見たいですか?」
「妹のおっぱいを見たいなんて思うわけないだろ」
夢奈は「ふーん」と良いながら腕組みをして谷間を強調すると、見せつけるように腕を動かして揺らしたりしている。
妹だってわかってても興奮しそうなのでやめて下さい。
「お兄ちゃん、目が釘付けですねっ。なるほど、ゆめはガードが固すぎだったのかもしれませんね」
「どちらかと言わなくても緩すぎだろうが! もう少し固めろよ!」
「なにを言ってるんですか、きついですよ。ぎちぎちですよ」
発言が下ネタにしか聞こえないぞある意味すごいな夢奈!
「お兄ちゃんはゆめのことを変態だと思ってますよね?」
「うん」
即答すると夢奈はふふふ、と得意げな顔をする。
「安心して下さい。ゆめは変態です!」
「だろうな」
冷静にそう返すと夢奈は少しだけむっとした顔をする。
「ゆめの頭の中はいつでもお兄ちゃんの下半身のことでいっぱいですし。じー」
「じー、じゃねぇよ凝視するな羞恥心を持てよ痴女かお前は!」
「盛り上がりますか?」
「どこでそんな知識仕入れてくるんだよ夢奈のばか!」
夢奈が子供みたいな無邪気な顔で俺の股間に手を伸ばすので、俺は無言で頭にチョップを落とした。夢奈は頭を押さえながら涙目で俺を見上げる。
「ゆめはわかりました。つまり、お兄ちゃんはゆめのことが大好きなんですね!」
なにをわかってなにがつまりなのかさっぱりわからん。会話が繋がってないぞ。わかったのは夢奈はやっぱり変態だったと言うことだけだ。
俺は嘆息して口を開く。
「まぁ否定はしないけど。あぁでも、『妹として』だからな?」
「はい、そうですね♪」
小さく「ツンデレですねっ」と呟いたところを見ると確実に信じてない。
「ところでさ。なんで俺のYシャツ着てんの?」
「今朝言いましたよね? これはお兄ちゃんのシャツでもあり、ゆめの寝間着でもあるんです、って」
そう言ってえっへんと夢奈は胸を張る。別に夢奈のパジャマにされて困るわけではないので、俺は後ろ頭をかきながら「なるほどな」と返した。
それから俺は内心ため息をつきながら「風呂入ってくる」と伝えてその場を離れた。
◇
翌日の朝。いつもの通りベッドに潜り込んできていた夢奈に耳たぶを甘噛みされながら、
「お兄ちゃん、起きて下さい……。愛してます……」
と色っぽく囁かれるという強烈な方法によって俺は起こされた。心臓に悪いからやめてほしい。
それから俺達は通っている高校、『退魔師学園』へと向かった。
『退魔師学園』は《退魔師》等の認知と同時に設立された、名前の通り《退魔師》を育成するための学園である。小中高までエスカレータ式のこの学園は、入学条件に《魔の物》が見える、というのがあることと、《退魔》に関連する授業が盛り込まれている以外には特に他と変わりはない。
一つ、変わってる──というほどでもないが、大学の代わりに専門学校があったりする。
これは大人への救済措置らしい。
《退魔師》になるならない関わらず、《魔の物》が見える人間は大体ここの入学を望む。理由は普通の人間には見えない《魔の物》に対する恐怖心だろう。
《実体化》していない《影の存在》の《魔の物》はいわば幽霊のようなもので、あちこちに無数に存在している。
《実体化》していても見えない人間にはっきりと姿形を認識することはまず無理だ。
まぁ例外はあるが。
とにもかくにも、《退魔師》の血統ならともかく、そうじゃない人間が得体の知れない物に恐怖心を抱くのはなにもおかしなことじゃないだろう。
なので、結構人気がある学園だったりする。意外と『見える人』というのは多いらしい。
教室に到着し、夢奈は席に着くために俺の手を握っていた手を名残惜しげに離す。
双子なので当然学年は一緒。ついでにクラスも一緒。席は遠いけど。
俺が席に着くと、隣に座っている生徒が「おはよう」と挨拶をする。俺は椅子に腰掛けながらそちらを見て「おはよう」と返した。
「相変わらず夢奈ちゃんと仲がいいね。性的な意味で」
「おう、仲はいいぞ。兄妹的な意味で」
「全く、素直じゃないねー」
そんな言葉で返されて俺は思わずジト目を向ける。一体俺のことをどんな人間だと思ってやがるんだ。
腰の辺りまで伸びた長い黒髪を低い位置でポニーテールにしている。どこか凜々しくも可愛らしい印象を受ける黒い瞳に、女みたいな丸っこい輪郭。
『美少年』というのはこういうやつのことを言うのだろう。
そんな中性的な顔つきの美少年くんの名前は阿久津鈴。一年の頃から同じクラスの俺の友人である。
「君は自分が思ってる以上に夢奈ちゃんのことが大好きなんだと思うよ? 性的な意味で」
「ほー。何でそう思うんだ?」
「だって夢奈ちゃんを見るイズモの目線はやらしいし。舐め回すように、撫で回すように……そう、まるで視線で犯そうと言わんばかりの視線を……!」
「向けてねぇよ!」
「さっきも言っただろう? 君は自分が思っている以上に夢奈ちゃんにいやらしい視線を向けていると」
「うん、言ってなかった。そんなこと絶対言ってなかった!」
「まぁ仲がいいのはいいことだと思うよ」
「あー、うん、そうだねーいいことですねー」
投げやりに返しながら俺はため息をついた。




