第23話 ただいまっ!
「母様や藍香と話もしたいし、一旦うちに帰るよ」
と言ってしろは本家に帰っていった。
しろを見送ってから、夢奈と共にまたリビングに戻る。先ほどの位置で向かい合うように腰掛けた。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
夢奈は唇を噛みしめながらじっと俺を見上げて、恐る恐る口を開いた。
「しろから聞きました。お兄ちゃんがしろのことを『好き』だと言ったのは事実だけど、それはしろが半ば無理矢理言わせただけで、告白されたわけじゃないって。『好き』の意味も、恋愛感情じゃなくて、友人的な意味だって……」
夢奈は不安げにじっと俺を見つめた。俺は思わず苦笑を浮かべると、ぽんぽんと夢奈の頭を撫でる。
「しろの言った通りだよ。あの時俺が何も言えなくなったのは、『好き』だって言ったのは事実だから、なんて返せばいいのか分からなかっただけだから。状況も状況だったしな。しろのことは好きだよ。でもそれは、夢奈がしろに対して抱いてる感情と、同じ物だよ」
俺の言葉に夢奈は苦笑を零す。「それなら、よかったです」と呟くように言った夢奈は不安げな表情を崩さないまま、ぎゅっと、膝に置かれた両手に力を込めた。
「ゆめはしろのことが好きです。妹が出来たのも、すごく嬉しいです。……でも……お兄ちゃんがしろとどんどん仲良くなっていくのは……耐えられません。お兄ちゃんはゆめだけのお兄ちゃんなのに……」
夢奈は眉尻を下げながら泣きそうな顔になっている。
俺は小さく息を吐き出して真剣に夢奈を見つめると、口を開いた。
「確かにさ、これからしろと『家族として』一緒に暮らしていって、距離を縮めていければ良いなって、そう思ってる。だけど、それがなんだ?」
「な、なんだ? って……!」
「しろが『妹』だって言うのはただの『事実』だ。今まで存在自体知らなかったわけだから、当然隔たりは出来る」
それは多分、しろ自身も理解してることだろう。
「漫画とかでさ、幼なじみを『家族みたいな存在』って言うのがよくあるだろ? 家族としての絆みたいなのってさ、血縁がどうのこうのっていうより、過ごした時間の方が大きいと思うんだ」
「過ごした……時間……」
夢奈はじっと俺を見つめながら、確かめるように呟いた。
「そ。俺達は生まれたときからずっと一緒にいるんだぞ? お互いに、全部知り尽くしてる。遠慮なんてなにもない。兄妹の絆は固い。どんな奴だって俺達の間に割り込むことも、俺達の絆を裂くことも不可能だよ。それはしろもわかってる」
「そう……ですね……」
夢奈は苦笑交じりの笑みを浮かべながら、こくりと頷いた。
「そーだよ。だからさ、不安になる必要なんてないし、無理する必要もないんだよ」
「……無理、ですか?」
「そ。無理してエッチなことを言ったりやったりすることはないんだ。俺はそんなことしなくても夢奈から離れたりしないよ」
夢奈は驚いた様子で目をぱちくりさせる。
「そうですね。しろに言われて気付きました。完全に無意識ですが、えっちな子になることでお兄ちゃんの気を向けようとしてたんだと思います。でもですね、長年続けてしまったので今更ゆめはそれをやめることは出来ないと思います」
「……だろうな」
「でも、無理はしないことにします。あ、寂しかったら言って下さいね? ゆめはいつでもお兄ちゃんの望む『えっちな子』になりますから♪」
そもそも『えっちな子』になって欲しいなんて、望んだことないんだけどな。
「それで、お兄ちゃん。……ん」
と言って夢奈は目を閉じて唇を突き出す。
「……なに?」
聞かなくてもわかるけど。
「キスですよ、キス! ファーストキスは済みましたし、これからはいっぱいちゅー出来ますね♪」
「だから、あれは人工呼吸だっての!」
夢奈は目を開けて俺を睨み付ける。
「まだ言いますか! キスはキスですよ!」
「妹とはふつーキスしないの!」
「そんなの知りませんっ。お兄ちゃんは妹のファーストキスを奪ったんですっ!」
「いいや、人工呼吸だ。俺はあれがキスだなんて思ってない!」
「うがー!」
夢奈が吠えた。それに動揺していると、夢奈は俺の胸ぐらを掴んで顔を近づける。
そして──
「んんっ」
キスした。
ついばむように、何度も、何度も。
真っ赤な顔で、何度も、何度も。
何度も何度も唇に押しつけられる、ふわふわしたマシュマロみたいな柔らかい感触。
きつく目を閉じた夢奈の顔は真っ赤で。俺の胸ぐらを掴む手は小さく震えていて。
唇を押しつけられる度に夢奈の甘い香りが鼻腔をくすぐる。俺の首筋に夢奈の髪が当たってこそばゆさで背筋がざわつく。
夢奈が唇を離す度に口元に夢奈の温かい吐息がかかる。
十回だか、二十回だか──数え切れないほどにキスをした夢奈は、俺の下唇をはぐっと唇で包み込んで軽く歯を立てる。
それから確かめるように舌で俺の唇を舐めると、ぱっと顔を離してゆっくりと目を開ける。潤んだ瞳はやけに色っぽかった。
「いっぱいキス……しちゃいましたね♪」
恥ずかしそうに脚をもじもじさせながら、シャツの裾を引っ張る。それによって胸元が大きく開いて、腕によって強調された谷間が覗く。
「いっぱいキス……されちゃいましたね……?」
反射的にそんなことを呟くと、夢奈は真っ赤な顔のまま満面の笑みを浮かべる。
目眩を覚えるぐらいに反則的に可愛かった。
興奮するなって言う方が無理だった。
『妹』だってわかってても、必死に頭の中でそう唱えても、主に俺の下半身はよくない状態になっていた。
全身の血が沸騰したんじゃないかと思うぐらいに身体が熱い。くらくらする。唾液が異常に分泌される。
理性が崩壊モラルにさようなら。晴れて俺達兄妹は恋人に──なんてことになっちゃいけないので、俺は必死に理性で劣情を押し込む。
「……無理すんなって言ったばっかだろう?」
「無理なんてしてません。お兄ちゃんが素直に認めようとしないので、言い逃れできないようにしただけです。間違いなく、ゆめのファーストキスはお兄ちゃんですよね♪」
既成事実を作りやがった俺の妹は楽しげに微笑んだ。
俺は苦笑を浮かべながら夢奈の頬を両手で引っ張る。
「変態」
夢奈はなにも言わずにただ、にっこりと目を細める。俺はあきらめのため息を一つついて手を離す。
夢奈は仕切り直すためか、ごほんと咳払いをした。
「お兄ちゃん。ふつつか者の妹ですが、これからもよろしくお願いします」
「……お願いされなくても離れてやるつもりはないから安心しろ」
「はい♪」
夢奈は嬉しそうに笑顔を浮かべると俺に抱きついてきた。
◆ ◆ ◆
それから四日が経ち、今日は日曜日。時刻は夕方五時。
この四日で夢奈の態度が少し変わった。
今までは寝る前に、
「おやすみなさい、お兄ちゃん。さぁ早くやらしいことしましょう! ゆめの準備は万端です! 性的な意味で!」
とか言っていたのが、
「おやすみなさい、お兄ちゃん。ところでお兄ちゃん、ゆめにする? やっぱりゆめ? それともゆ・め・な?」
という可愛らしいものに──
よく考えたら言い方変わっただけで内容同じだった。
夢奈が女の子らしくなった……! と感動したりしたけど全然変わってなかった。俺の感動を返せ。
「お兄ちゃん、しろが帰ってくるのって今日ですよね?」
ソファーに座って本を読んでいると、夢奈が近づいてきて首を傾げる。
「そうだな」
夢奈はソファーにもぞもぞと登るとぴょんっ! と飛んで俺の膝に身体を乗っけた。
太ももにおっぱいが押し当てられてよこしまな考えがよぎるが必死にかき消す。
「そういえば、結局学校ってどうするんです? しろって学年一個下なんですよね?」
「ああ、だから今度からは一年生として通うらしい。藍香ねぇがなんかいろいろしてくれたみたいだが、よく知らない」
「ふーん」
夢奈は脚をぱたぱたさせながら俺のズボンを引っ張る。
そんなことをしていると突然チャイムが鳴る。
夢奈は無言で身体を起こす。俺も本を閉じて、立ち上がる。
そして夢奈と共に玄関に向かった。
玄関を開けるとそこにはしろがいる。耳は人間のもので尻尾も生えていない。
しろは顔を赤くしながら視線を彷徨わせる。そして恐る恐る中に入る。
扉とカギを閉めて、しろはおずおずと振り返った。
俺は夢奈と顔を見合わせる。
「「おかえり」」
俺達の言葉にしろは驚いた顔をするが、直ぐにそれを嬉しそうな表情に変える。
「ただいまっ」
元気よくそう返したしろを夢奈が抱きしめる。俺も夢奈ごとしろを抱きしめる。
「みゃー」
俺達の足元でみゃーちゃんが嬉しそうに鳴いた。
みゃーちゃんもしろを歓迎しているかのように見えた。
そんなこんなで──
──妹が一人、増えたらしい。




