第22話 改めて、同居人が一人増えました
それから俺は使用人の女性が運転する車に乗り込む。
藍香ねぇに手を振り返して、車が発進したと同時にポケットからスマホを取り出して夢奈に電話をかける。
『お兄ちゃん!』
ワンコールで夢奈は出た。多分、スマホを握りしめてずっと連絡を待っていたんだろう。
「お、おう、夢奈大丈夫か? しろと喧嘩とかしてないか?」
『それは大丈夫ですよ。ゆめとしろは結構仲良しです』
「そりゃよかった」
『それで、あとどのぐらいで帰ってこれますか? ゆめは寂しいです泣きそうです死にそうです匂いじゃ満足できません!』
発言があれだがそっとしておこう。
「あと五分ぐらいで帰れるから」
『本当ですね絶対ですね信じますからね! ゆめは早くお兄ちゃんに抱きついて生お兄ちゃんの匂いを嗅ぎたいです!』
発言が酷くなったが無視しておこう。ていうか絶対わざとやってるな。
「じゃあ切るぞー」
『待って下さいなんで突っ込んでくれないんですかっ?』
やっぱりわざとかよ。
「……愛してるぞ夢奈」
それだけ言って俺は電話を切った。真っ赤な顔でうろたえる夢奈の姿が目に浮かぶ。
「うぉおおお!」
ポケットにしまおうとした瞬間に着信が鳴って思わず身体を跳ねさせる。
ちらりとミラー越しに使用人の女性の表情を確かめると、涼しい顔で運転をしていた。
『貴方たちがブラコンでシスコンなのは知れ渡ってることだから、なにも気にしなくて大丈夫よ。彼女も気にしないから』
と、藍香ねぇが言っていたが本当だったらしい。ていうかなんであの人俺の行動がわかるんだ。
出ないわけにも行かないので仕方なく電話に出る。
「もしも──」
『おにいちゃぁぁぁぁあああああああん!』
思い切り叫ばれて、思わずスマホから耳を離す。耳鳴りがする。
「もうすぐ着くから大丈夫だっての。切るぞ」
『あうあうあうー! 帰ったら抱きついていいですか?』
「好きにしろ」
それだけ言って電話を切る。
もう一度ミラー越しに運転してる女性の顔を確認。やっぱり涼しい顔だった。
実際どう思っているのか少し気になったが、聞くのも怖かったので俺は思考をごまかすように外を眺める。
それから少しして家に到着。お礼を言って車を降りる。
玄関を開けて、中に入るとほぼ同時に夢奈が飛びついてきた。なぜか俺のTシャツを身につけていた。
「お兄ちゃんですお兄ちゃんが帰ってきました生お兄ちゃんですお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん!」
「ああもう、わかったから落ち着け」
後ろ手で扉を閉めながらそう言うと、夢奈は抱きつきながら確かめるように俺に身体をぺちぺち触り、シャツのボタンをはず──
「なにやってんだ」
こつん、とチョップを落とすと片手で頭を押さえながらも夢奈はめげずにボタンを外す。俺は手早くボタンを閉める。夢奈はやっぱりめげずに一生懸命にボタンを外す。
夢奈は可愛いけどなにこの状況。
「夢奈、とりあえずボタンを外すのをやめろ」
「じゃあ一緒にお風呂に入りましょう!」
「じゃあじゃねぇよ。話が繋がってねぇよ。入らないからな!」
「どうしてお兄ちゃんはゆめとお風呂に入るのをそこまで拒絶するんですか? もしかして興奮してしまうからですか? お兄ちゃんは妹の裸に興奮するんですか? 妹の! 裸に!」
くわっ! と目を見開きながらそんなことを言われていらっとした。
寂しかったのはわかるが夢奈のテンションがおかしい。
俺は夢奈を引きはがすと、開けられたボタンを閉めながら靴を脱いでうちにあがる。
「しろは部屋か?」
「お兄ちゃん、しろはね……お星様になったんですよ」
「……」
いらっとした。
俺は衝動的にその場で屈むとばさっ! とスカートめくりの要領で思い切り夢奈のシャツをめくり上げた。
白生地に青い横縞がプリントされたパンツを穿いていた。
それにちょっと興奮してめくったことを少し後悔した。
夢奈はシャツを引っ張るように押さえながら真っ赤な顔で俺を見る。
「なななななにするれすかっ!」
「なんか衝動的に、つい」
「お兄ちゃんはそんなにゆめのぱ、パンツがみた──はにゅぅ」
夢奈は真っ赤な顔でぷしゅーと頭から湯気を立てながら後ろに倒れる。慌てて立ち上がって夢奈の身体を受け止めた。
夢奈は顔を真っ赤にしたまま気を失ったらしい。瞳を閉じたまま「うーん。うーん」と唸っている。発言はあれなことが多いけど、やっぱり初なんだよなー。
俺は夢奈をお姫様抱っこしてリビングに向かう。
部屋にいると思っていたしろはそこにいた。俺の姿を見ると驚いた様子で目をぱちくりさせた。
ソファーの上に夢奈を寝かせると、真っ白いワンピースを身につけたしろが慌てた様子で立ち上がって近づいてきて、じっと俺を見る。
「イズモ、すまない。わたしは直ぐに部屋に戻るとしよう」
「? 何でだよ? 話ならここでいいだろ?」
「……睡眠姦だろ?」
「ぶん殴るぞ!」
言ってからやば、と思ったがしろはなにやらこくりこくりと頷くだけで怯えた様子はなかった。
「……殴って気絶させてわたしまで犯すつもりか。イズモはそんなに妹が好きなのか」
「うわーなんでそんなこと言うようになっちゃったんだよ! しろだけは綺麗なままでいてくれよ!」
「なっ!? まさかわたしは既にイズモに……?」
「身体的な意味じゃねぇよ! ていうかお前どうしちゃったの!? こないだまで下半身にご奉仕、の意味すら理解できてなかったのに!」
昨日の時点で色々おかしかった気はするけど!
「ふふん、夢奈と一緒にイズモの部屋のえっちな本を読み漁ったからな。下半身にご奉仕、の意味も今ならわかるぞ!」
いらぬ知識を付けたしろは誇らしげに胸を張る。なにがそんなに誇らしいのか俺にはわからない。知りたくもないけど。
ていうか夢奈のやつ、なにしてくれてんだ。
夢奈に諸々ばれてるのは諦めてるけどしろにまで……やばい死にたい。
俺はがくりと肩を落とす。しろはその場で体育座りをすると楽しそうに俺の顔を見ていた。
「ああ、ていうかやっぱり妹、なんだな」
思い出したようにそう言うと、しろはびくりと肩を跳ねさせて視線を逸らした。尻尾がふにゃりと床に着く。
「……すまない。わたしは二人を騙してたんだ」
「……夢奈はなんて言ってた?」
「お姉ちゃんって呼んでくれるなら全部許します、って言いました」
目が覚めたらしい夢奈が突然話に割って入る。
夢奈はもぞもぞと起き上がって、それから俺の隣に腰掛けてしろを見る。
「お前も妹が欲しかったんだな」
「考えたことはなかったですけど、そう呼ばれるのは悪くないです♪」
「と、言うことみたいだから気にする必要ないよ」
「い、イズモも気にしてないのか……?」
「まぁ夢奈はなんともないみたいだしな。それに、妹が増えるのも悪くな──いづづ……夢奈、つねるなって!」
夢奈が口を尖らせながらぎゅぅっと俺の太ももをつねっている。痛い。
「ゆめはお姉ちゃんと呼ばれたいですが、しろがお兄ちゃんをお兄ちゃんと呼ぶのはいやです。反対です。断固拒否です」
「じゃあイズモはイズモで夢奈はお姉ちゃんって呼べばいいんだな?」
「はい♪」
別に異論はなかったので俺も頷く。どうにか夢奈はつねるのをやめてくれる。
「そういえば、優理香さんに会ってきたよ」
しろがぴくりと反応して尻尾をぴーんと上向かせた。そして夢奈がまた俺の太ももをつねり出す。
「……知らない女の名前です」
光のない目で俺を睨み付けてくる。怖い。
「しろのお母さんだよ! いづづ……だからつねんなって!」
夢奈はしろを見る。しろはおずおずと頷いた。納得したようでつねるのはやめてくれる。
「それじゃあその……名前は……?」
「ああ、聞いたぞ。でもしろがその方がいいならそのまま『しろ』でいいと思うぞ」
「やっぱりしろって名前があるんですね。なんていう名前なんですか?」
夢奈は興味深げに俺を見上げる。しろに言っていいか視線で確認を取ると、ぶんぶんと思い切り首を振った。
「まぁ、その……なんでもいいだろう」
「むー」
「お姉ちゃん、わたしは本当に自分の名前が好きじゃないんだ。そっとしておいてくれ」
『お姉ちゃん』と呼ばれたことに気をよくしたのか、夢奈は「仕方ないですね~」とそっぽを向く。顔がにやけてるぞ、夢奈。
「それで、優理香さんには俺達さえよければこのまま一緒に暮らして欲しい、って言われたんだ。夢奈は異論はないよな?」
夢奈は頬を緩ませたまま大きく頷く。
「しろはどうしたい?」
「……め、迷惑じゃない、なら……一緒に暮らし、たい……」
しろはもじもじとしきりに指を動かしながらそう言った。
「じゃあ改めてよろしくな、しろ」
「よろしくです、しろ」
しろは嬉しそうに微笑むと大きく頷いて、
「よろしくお願いしますっ」
と元気よく言った。




