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退魔師兄妹の日常  作者:
第四章 思惑と真実
18/23

第18話 六年前


「旅行に行きましょう」


 俺達と同じ金色の、肩まで伸ばされた髪を耳にかけながら、一緒に絵本を読んでいた俺達にお袋は突然そう提案した。

 俺と夢奈は思わず顔を見合わせて、「旅行?」と一緒に聞き返す。


「そう、旅行。二人は四人でお出かけしたくない?」

「ゆめ、みんなでお出かけしたい!」


 夢奈が無邪気に笑ってそう言うので、俺も「俺もしたい」と夢奈に続く。


「それじゃあ今から出発よ」

「ええー? 今からー? もう夜だよー?」

「車で二時間あれば着くところなのよ。今から行って、みんなで沢山遊びましょう?」

「うん!」


 お袋の様子がどこかおかしいような気がしたが、夢奈が嬉しそうなので俺は何も言わなかった。

 それから親父の運転する車で俺達は旅行先に向かった。


 家を出たときにはもう八時を回っていたこともあって、少しすると夢奈は俺に寄りかかりながら眠ってしまう。


 双子だから歳は同じはずなのに、夢奈は今でも随分と子供っぽいところが多い。


 今は十二月始めで、車内は暖房が効いてるとはいえ寒いことには変わりない。


 俺は夢奈を起こさないように気をつけながら俺の膝に寝かせて、上着を脱いで夢奈にかける。


「むにゅ……」


 幸せそうな寝顔を浮かべた夢奈はそんな声を上げると、ごろりと寝返りを打ってぎゅっと俺のズボンを掴んだ。


 俺は夢奈の頭をそっと撫でた。それから俺もいつの間にか寝てしまったらしい。


 お袋に身体を揺すられて目を覚まし、「ねむいー」と口を尖らせる夢奈と共に車を降りる。

 外はかなり気温が低く、俺は思わず身震いをしてポケットに手を突っ込む。


「さむいよー」


 夢奈がぶるぶる震えながら俺の腕にしがみついて、それから俺のポケットに両手を突っ込む。


 夢奈の手が冷たくて思わず文句を言いたくなったが、夢奈が嬉しそうに笑っているのでぐっと堪えた。

 辺りを見渡すとここはどこかの田舎町の、旅館の前のようだった。


「中に入らないの?」


 親父に向かって尋ねると、親父はどこか戸惑った様子で「え? ああ……」と返事をする。


「? とうさ──」


 突然俺達の前に、サングラスに黒スーツを身につけた厳つい男が現れる。

 なんだ、と思ったときには男は親父の胸ぐらを掴み、投げ飛ばす。同じようにお袋も投げ飛ばした。


「ひゃぅっ」


 夢奈が小さく悲鳴を上げながらポケットの中の俺の手をぎゅっと握りこむ。

 男は俺達に視線を合わせると、一歩二歩、とゆっくりと近づいてきた。


「やらぁ……お兄ちゃん、おにいちゃん……」


 夢奈は酷く怯えた様子で泣き出してしまう。


「大丈夫、俺が守るから」


 小さく夢奈に声をかけて、俺は男を睨み付ける。


「な、なんか用ですか?」

「死ね」


 男はそれだけ言い放つと、ポケットからバタフライナイフを取り出して開くと俺の首筋に押し当てる。


 怖くて怖くて堪らなかった俺は為す術もなく呆然として、ああ、死ぬんだな……と考えていると。


「おにいちゃんやらぁぁぁぁあああああああああ」


 夢奈が悲鳴を上げた。


 男が動きを止めたのでその隙に逃げだそうとすると、それより早く男に襟首を引っ張られて俺は後ろにひっくり返る。


 ──その瞬間だった。


 辺りに突然耳をつんざくような轟音が響き渡る。


「……きたか」


 男が呟くと同時に、聞こえてくるのは獣の咆哮。


 俺が上体を起こすときには男は俺に見向きもせずにどこかに行ってしまう。


 親父とお袋の姿を探すと、親父がスマホで誰かと話していて、お袋が真剣な表情でそれを聞いていた。


 親父がお袋に何か言うと、お袋はちらりと俺たちを見て、それからどこかに走り去っていく。

 俺はなんだと思いつつも立ち上がって、泣きじゃくる夢奈に近づく。


「夢奈、大丈夫だから」

「ふわぁぁぁぁぁあああああああん。おにいちゃん、おにいぢゃああああああんん」


 よしよしと夢奈の頭を撫でていると、轟音が、咆哮が、どんどん近づいてくる。


 旅館の中から人が出てきて、悲鳴を上げながら車に乗り込む。あるいはそのまま走り去っていった。

 よく聞くと轟音や咆哮に混じって人の悲鳴が聞こえる。


「出雲」


 親父が俺達の前で腰を低くして、じっと、真剣に俺を見つめる。


「出雲、夢奈を連れて逃げるんだ」

「逃げるって……なんで?」

「説明してる暇はない。いや……やっぱり俺と一緒に来てくれ」


 俺は親父の気迫に押されて、なにも言えなくなってしまう。

 親父は車からなにかを取り出した。夢奈をおぶりながら見ると、懐中電灯のようだった。


 それから親父の後について走った。


 近くにある山に向かっているようだった。


 街頭がなく、辺りは闇に包まれていた。親父が懐中電灯で地面を照らしてはいるが、心許ない。


 しばらく走ると、親父は突然ペースを落として立ち止まる。


 ぶつかりそうになりながら俺も親父が見ている方向を見る。


《影》がいた。


 真っ黒で、巨大な、巨人のような《影》が俺達の近くまで迫っていた。


 親父はごとりと懐中電灯を地面に落とすと、懐から《札》を取り出す。


 やはりあの《影》は《魔の物》なのか。


 俺はがくがくと足を振るわせながらも崩れ落ちるのだけは耐える。


 背中では泣き疲れたらしい夢奈がすやすやと寝息を立てている。頭に浮かぶ夢奈の寝顔が俺の今の心の支えだった。


 親父は《札》で両手両足を強化すると、《札》を構えながら《魔の物》に向かって駆けていく。


 暗くてよく見えないが、《魔の物》の近くでは《退魔師》が応戦しているようだった。


 俺はその場で立っているのが精一杯だった。逃げなくちゃ、と思っても恐怖で足が動かない。


 ただ呆然と《魔の物》を見つめていると、《魔の物》から《影》のツタのようなものが伸びてくる。


 明らかにこっちに向かってきているそれに、俺はいやだいやだと首を振ることしか出来ない。


 親父がこちらに駆けてくるのが見える。でも、恐らく間に合わない。


 ツタは突然二つに分裂した。


 その内の一つが俺の足に絡みつき、引っ張る。俺は引っ張られるままに正面から地面にダイブした。


 背中から重みが消えて、俺は咄嗟に「ゆめなっ」と、かすれた声で妹を叫ぶ。


 上体を起こして夢奈を見ると夢奈は仰向けで倒れていて、脚を掴んだのとは別のツタが少しずつ、夢奈の口から侵入していっているようだった。


 夢奈はぐったりと地面に倒れまま動かない。ツタはどんどん、夢奈の小さな口内に入り込んでいく。


 夢奈が苦しそうにする様子はないから、やはりあれは《影》なんだろう。


 身体が動かない。声が出ない。怖い嫌だ夢奈ごめんなさい守るって言ったのに夢奈夢奈夢奈夢奈ゆめなゆめなゆめなゆめな……。


「うわぁぁぁあああああああああああああああああ」


 俺は無我夢中で叫びながら夢奈の下に走る。


 ツタを掴もうとするけど掴めない。やっぱり《実体化》していないのだろう。


 それでも掴む。振り払う。掴む掴む掴む。振り払う。


 訳がわからなくなりながら俺は夢奈の身体に侵入していくそれをどうにかしようとする。でもどうにもならない。なるわけがない。


「夢奈、夢奈、夢奈ぁぁぁぁああああああああああ」


 俺が《退魔師》だったら。

 親父のように《呪術》が使えたら。

 そしたら夢奈を守れたのかもしれないのに。

 なんで夢奈なんだ。なんでなんでなんでなんで。


「っ! 夢奈!」


 夢奈が目を開ける。じっと俺を見て、どこか嬉しそうに、悲しそうに、曖昧な笑みを浮かべる。

 夢奈は手を伸ばして俺の頭を引き寄せて、


 ──キスをした。


 唇に当たる温かく湿った柔らかい感触に目を白黒させていると、突然目の前が歪む。

 ぐにゃぐにゃと夢奈の顔が歪み、腕に、足に、全身に、力が入らなくなってくる。


「ゆめな……」


 俺の意識はそこで途絶えた。


◆ ◆ ◆


 目を覚ますとそこは自室のベッドの上だった。


 夢だったのかと一瞬考えるが、身体の痛みから察するに夢ではないのだろう。


 自室を出て、階段を下りると夢奈の声が聞こえてきた。


「なんで! ちゃんと説明してよ! ねぇ!」


 びくりと肩を跳ねさせながら俺は階段を駆け下りて、声がする玄関に向かう。

 そこには気まずそうな表情を浮かべる親父とお袋。それから泣きそうな顔で二人を見上げる夢奈の姿があった。


「なにやってんの?」


 夢奈に近づきながら尋ねると、三人は驚いた様子で俺を見る。

 夢奈はむぎゅりと俺の腕にしがみつくと、額を押し当ててくる。


「……お父さんとお母さん、お出かけするって。もう、帰ってこないって」


 俺は親父とお袋を見る。二人は俺と、俺達と目を合わせようとはしない。


「……俺達のこと、捨てるのか……?」


 出てきた言葉に俺自身が驚く。夢奈はびくりと肩を跳ねさせ、とうとう小さく嗚咽を漏らす。


「……もう疲れたんだ」


 親父はそれだけ言って、扉に手をかけて外に出る。お袋はなにも言わず、俺達を一度も見ることはなく家を出て行った。


 ばたん、と扉が閉まると夢奈が崩れ落ちる。


 慌てて腰を落として視線を合わせると、夢奈はただ呆然と扉を見つめていた。

 ショックが大きすぎて泣くことすら出来ないのかもしれない。


「夢奈」


 夢奈は機械的に俺を見る。その顔に表情はない。俺はそんな夢奈を思い切り抱きしめる。


「大丈夫だよ、俺がいるから。俺がずっと一緒にいるから。死ぬまで一緒にいよう。ずっとずっと一緒にいよう。なにがあっても、離れないから」

「おにいちゃん……おにいちゃんっ。ふわぁぁぁぁぁああああああああああああん」


 泣き出してしまった夢奈を俺は何も言わずにきつく、きつく抱きしめた。


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