第17話 照れ隠しです
翌日の朝。学校に登校して、席に着きながら鈴に「おはよう」と挨拶をする。
昨日のことがあったからちょっと緊張していたりしたのだが、鈴に変化はなく、いつもの調子で「おはよう」と返してくれた。それに安堵する。まぁ鈴は鈴だしな。
「今日もイズモは朝からわき上がった劣情を処理するために夢奈ちゃんとしろちゃんに下半身にご奉仕させて、白濁した液体を二人の顔や身体にぶっかけてきたからすっきりした、みたいな顔をしてるね」
いつも通りじゃなかった。なんか下ネタが酷くなってた!
「誤解以外の何物でもない発言はやめろよ! つーかそれはそもそもどんな顔だよっ!」
「そういう顔だよ。朝からお盛んだね」
「盛んなのはお前の脳内だろーが!」
「なに? まだ吐き出したりないからトイレに付き合ってくれって? 全く、いくら僕が美少女に見えなくもない美少年だからって、男の僕の口腔内を欲望のままに犯して、白濁した、どろっとした、イカ臭い液体を僕の顔にぶっかけたいだなんて、イズモは本当に見境のない変態だね」
「え……もしかして七風君ってそっちの趣味も……?」
「や、やだ……ちょっといいかも」
うぉおおおおおおおおお! なんかすごい誤解をされてるぅううううう!
俺男に──いや男にも欲情する変態みたいに思われてるぅううううう!
鈴の奴、『美少女に見えなくもない』とか自分で言うなよ! 異論はないけどさぁ!
ていうか『いいかも』ってなに! なにがいいの! いや、知りたくないけどさぁ!
やめて! そんな目で見ないで! 違うから! 第一こいつ女だからぁああああ!
──等と言えるわけもなく、俺はひくひくと顔を引きつらせることしか出来ない。
「お前俺になんの恨みが!?」
あ、もしかして昨日のことやっぱり恨んでるのか!?
「え? なになに? 上じゃなくて下の口でご奉仕しろって? 僕の『処女』を俺によこせって? 全くイズモは大胆だね。どうしてもというならトイレに行こうか」
どうしよう視線が痛い。そしてこいつを今すぐ問い詰めたい。『処女』をやけに強調しやがったのがいらっとする。だけど今鈴をここから連れ出したら更なる誤解を生む。絶対ご奉仕させるためにトイレに連れ込んだんだと思われる。
こいつの性別とか置いておいてもそんなことするわけないのに。
クラスの連中は一体俺をどんな人間だと思ってるんだ。心外すぎる。人間不信になりそうだ。
ああもう、どうすればいいんだ! 助けを求めるようにしろを見ると、ぷいっとそっぽを向かれた。わたしはなにも見てないしなにも知らない。しろのそんな声が聞こえてくるようだ。
続いて夢奈を見ると、ぼんやりと正面を向いていて騒ぎに気付く様子はない。
いつもの夢奈だったら飛んできて『お兄ちゃんのご奉仕はゆめがしますっ』とか言いそうなものなのに。一体昨日しろと何を話したんだ。
俺は諦めて目の前で暴走する鈴に視線を戻す。
「いいか、鈴。これ以上なにかおかしなことを言ったら、俺はここで宣言するからな! あれを!」
「……プロポーズか」
突っ込まない、突っ込まないぞ。絶対に突っ込んでやらない。
「イズモ、君は今『絶対に突っ込まない』と頭の中で考えているんだよね? 突っ込みたいくせに」
うぉぉぉおおあああああああ! むかつく! マジでむかつく!
俺は涼しい顔を浮かべる鈴の頭にチョップを加える。
「鈴、俺にだって耐えられることと耐えられないことがあるんだからな?」
「なっ!? イズモの股間は膨張して暴発寸前でトイレまでもたないって言うんだね! だけど君も公衆の面前で下半身を露出するような趣味もないよね? もう少し我慢するんだ、そうしたら僕が…………あの、ごめん、悪かった。僕もやり過ぎたよ。だから泣かないでくれ」
「泣いてねーし誰が泣くかあほ!」
正直もう泣きそうだけど。
「ご、ごめんね、七風君、わたし達も悪のりしすぎたわ」
「そ、そうね、七風君がそんな変態さんな訳ないものね」
クラスメイト達が慌てた様子で口々にフォローしてくれる。泣きそうになっているのはバレバレなのかもしれない。
「そうだそうだ、七風兄は妹にしか欲情出来ないんだもんな! 妹以外にぶっかけたりしないよな!」
もうそれに突っ込む気力はなかった。俺の扱い色々酷い。
俺は盛大にため息をついて鈴を睨み付ける。鈴はびくりと怯えた様子で肩を跳ねさせた。
「鈴、話があるからちょっと付き合え」
「うぐっ。わ、悪かったよ。イズモの反応が面白かったからついやりすぎた。本当にごめん」
「つ・き・あ・え」
にっこりと微笑みながらそう言うと、鈴は観念した様子で両手を挙げる。
「わかったよ。でも、もうすぐ先生来るよ?」
と言う鈴の言葉と同時に予鈴が鳴る。
「いいからちょっと来い!」
それから鈴と共に教室を出て、屋上に向かった。クラスメイトが変な誤解をしてる様子はなかった。それに安堵する。
屋上に到着した頃に本鈴が鳴った。俺は無言でフェンスの下に向かい、フェンスに寄りかかるとそのままへたり込むようにへなへなとその場で腰掛けた。
鈴は俺の目の前に体育座りをする。
「お前やっぱり昨日のこと怒ってんの?」
「いや、怒ってるわけじゃない。家に帰ってよくよく考えたら自殺したくなるぐらいに恥ずかしかっただけだよ」
「……やっぱり怒ってるんだろ?」
「君もしつこいな。さっきのは照れ隠しのようなものだよ。イズモの顔を見たらまた恥ずかしさがこみ上げてきて、つい、ね……」
俺はため息で返すしかなかった。
「そういえば、夢奈ちゃんがなんだか元気なかったみたいだけど、なにかあったの? もしかして朝から盛ったイズモの相手をしていて疲れちゃったのかな」
「……俺もうお前の発言に突っ込む気力はねぇよ」
「……悪かったよ」
鈴は気まずそうに視線を逸らした。
「夢奈が元気ない理由は俺にもわからん。本人が頑なに理由を説明するの拒んでるからな。ま、その内話してくれるだろうし、もうちょっと様子を見るつもりだよ」
「ふーん?」
それから無言になってしまい、気まずかったのか鈴が唐突に口を開く。
「そういえばさ。最近《退魔師》が忙しく動いてるって噂があるって話、前にしたよね?」
「あぁ、なんか言ってたな。結局どうなったんだ?」
「未だに解決してないみたいだね」
「それって大丈夫なのか?」
「さぁ。父さんはこれだけ長い間《退魔師》が動いてるって事は、それだけ強大な《魔の物》だってことだろうから、警戒しておいた方が良い、って言ってたけど」
「ふーん」
一応確認してみるか。俺はポケットからスマホを取り出して操作し、藍香ねぇに電話をかける。しかし藍香ねぇが出ることはなく、留守電になってしまう。俺は諦めて電話を切ってポケットにスマホを突っ込む。
「そういえば、イズモは六年前、あの場所にいたんだよね?」
「……」
「ご、ごめん……。変なこと聞いたね」
「別に。……確かに俺は……俺達はあの場にいたよ。でも、よく覚えてないんだ」
嘘だった。覚えてないわけがない。
俺も──恐らく夢奈も、あの頃の出来事ははっきりと、鮮明に覚えている。
忘れたくても忘れられない。忘れられるわけがない。
それから予鈴が鳴り、俺はもう少しサボることにして、鈴は教室に戻った。




