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退魔師兄妹の日常  作者:
第二章 転がり込んできた『猫』との生活
11/23

第11話 手のひらサイズでした

 その日の夜。俺が皿を洗っている隣でしろがじぃっと俺の手元を見ている。ちなみに夢奈は風呂に入っている。ちらりとしろを見ると、大きめの男物のTシャツ(俺のではない)を身につけたしろは猫耳をぴくぴくさせながら尻尾をゆらゆらさせている。


「どうかしたのか?」

「……用がなかったら側にいちゃ駄目なのか?」

「そ、そうじゃないけど……」


 そう返して、視線を戻して皿洗い再開。それから皿を洗い終えて改めてしろを見ると、今度はなにか言いたげにじぃっと俺の顔を見ていた。


「……なにか言いたいことがあるんだろ?」


 改めて尋ねると、しろはぴくりと反応して顔を俯かせる。


「べ、別に言いたいことがあるわけじゃない。なんていうか……その……」

「大丈夫だから言ってみろ」


 しろは顔を上げて上目遣いに俺を見上げる。ちょっと潤んだ瞳とかわずかに赤くなったほっぺたとかのせいで妙に色っぽく見えた。少々動揺しながらもしろの言葉を待つ。


「い、いつも夢奈にやってるあれ、を……わたしにもやってくれないかな……って」

「あれってなんだ?」


 しろは顔を真っ赤にしながら視線を彷徨わせる。


「だ、だから! あれは……頭を……その……」

「ああ、撫でて欲しいのか」


「ん」と言いながらしろはこくり、と頷いた。


「それはいいんだけど、撫でてもらったことないのか?」

「……ないわけじゃない。母様はわたしの頭を撫でるのが好きみたいで、よく撫でてくれるのだが、なんだか気恥ずかしくてつい手を振り払ってしまうんだ」

「なるほどな」


 ていうか、しろの母親ってどんな人なんだろう。そもそもしろって何者なんだろうか。まぁ言いたくないのに無理に聞き出すのもあれだし、考えても仕方ないか。俺はしろの頭に手を伸ばして撫でる。


「ふにゃう……」


 しろは気持ちよさそうに目を閉じて俺の手に身を委ねる。表情がなんか猫っぽい。


「ふにゃ……これはにゃかにゃか……いいにゃう……」


 変な口調になっているしろがおかしくて、噴き出しそうになりながら試しに頭から少し手を離して撫でるのをやめてみる。するとしろがはっと目を見開く。


「べべ別にイズモに撫でられるのが気持ちいいわけじゃないんだからっ──にゃう」


 また撫で始めると大人しくなった。なんだこの可愛い生き物。


 それから三分ぐらい撫で続けて撫でるのをやめると、しろは目をとろんとさせて頬を赤くしながら口元を綻ばせ、ぼーっと宙を見ていた。

 にやけそうになる頬を堪えつつ、俺はリビングに向かおうとする。


「イズモ、ちょっとまっ──」


 いきなりしろに強い力で服を引っ張られる。ちょっとよろけるとなぜかしろまでよろけた。そして足がもつれ合って俺もバランスを保つことが不可能になり、固い床に体を打ち付け──


 うちつ──あれ?


 俺の体の下には冷たく固い床──ではなくなにか柔らかい物があった。


 そっと体を起こして確かめると、間近にぽかんと口を半開きにして呆然とした様子のしろの顔がある。


 頭を小突かれたら唇がぶつかってしまう距離だ。お互いの吐息が混じり合っている。夢奈のものとはまた違う、甘い良い匂いがする。なんだこの状況。と思いつつ俺が掴んでいる柔らかい物を確かめるように指を動かす。


「ひゃっ」


 しろがびくりと肩を跳ねさせながらそんな艶めかしい声を上げる。


「え」


 ふにゅ。ふにゃふにゅっふにゃん。


「ンっ……ひゃうんっ! ……アッ……ぅん……」


 この柔らかい感触ってもしかしなくても……しろの胸……ですよねー……。


「おにい……ちゃん……?」


 訳がわからなくなっていたところに突然夢奈の声が聞こえてきて、俺は思わずびくりと肩を跳ねさせる。そして恐る恐るそっちを見る。


「あの……夢奈……これ、違うから! あの……」


 俺自身が状況をいまいち理解してないのだから説明など出来るわけがない。夢奈は俺達を見つめながらぷるぷると体を震わせた。


「い、イズモの女たらしのすっとこどっこいのど変態! ペアを組んだ上に、こんな……こんなっ……」

「ゆ、夢奈! 本当にこれ、違うから……!」

「そんな言葉に騙されませんっ! イズモの……イズモのばかぁぁぁあああああほぉぉぉぉおおおお! ふわぁぁぁぁぁああああああああん」


 夢奈は泣きながら走り去っていってしまう。


 俺は呆然とそれを見つめることしか出来ない。どうしよう……。いや、きっと話せばわかってくれるはずだ。


「……い、イズモ。お前はいつまでわたしの胸を揉んでいるつもりなんだ……?」

「うわぁ!」


 その言葉でようやく現状を理解して、俺は慌ててしろの上から退く。


 しろは頬を赤くしながら気まずそうにそっぽを向いて服装を整えている。


「あ、あの……ごめん」

「……いや、いい。もしかしたらこれでおっきくなるかもしれないし」


 しろの発言の意味がわからず、俺は瞬きをしながら「は?」と聞き返す。


「夢奈が言ってたんだ。胸は男の人に揉まれるとおっきくなるって」


 あいつしろになに吹き込んでやがるんだ……。


「夢奈の胸はイズモが揉んだからおっきくなったんだろう?」


 しろは他意などない、純粋なキラキラした瞳で俺を見ている。

 俺は思わず額に手を当ててため息をつく。マジで変なこと吹き込まないでくれよ……。


「男に揉まれてでかくなるかどうかの真偽は知らないが、夢奈の胸は自然にでかくなったんだよ。断じて俺が揉んだりはしてない」

「でも、寝ている夢奈の胸をつついたりはしていただろう? みゃーちゃんからそう見えただけで、それが実際は揉んでたとか」

「うぐぐ……つついてたのは事実だけど揉んでねぇよ。俺にそこまでの勇気はねぇよ!」


 妹相手だってわかってても、そこまでしたらさすがにそういった感情がわき上がってくると思うし。妹相手に欲情はしたくない。


「む……じゃあイズモに揉んでもらってもわたしの胸は大きくならないのか?」

「……あのな、しろ。そういうの俺以外の男に向けて言っちゃ駄目だぞ? 危ない目に遭うからな」

「む? わかった」


 夢奈の場合、全部意味を理解した上で俺にその手の発言をしているのはわかっているので、そういう心配はない。俺以外の男に対するガードが固いのもわかってるし。


 しかし、しろはやっぱりその手のことに酷く疎いみたいだな。


 いや、もしかして夢奈がおかしいんであってこれが普通なのか? うーん……。

 しろはぺちぺちと自分の胸を確かめるように触っている。


「ていうかさ、そんなに気にすることもないと思うぞ。そもそもそんなに小さくないじゃん」


 確かに大きくもないけど小さくもない、手のひらサイズだったし。


「でも夢奈は……」

「あいつは規格外だ。気にすることない」

「……でもイズモは巨乳が好きなんだろ?」

「それは俺の好みの話。それに巨乳の方がいいってだけでちっちゃいのが嫌いなわけじゃないし」

「むー。よくわからないぞ」


 しろはぺちぺちと胸を触りながら拗ねた様子で唇を尖らせる。なんかすごく言わなくていいことを言った気がする。


「そういえばさ。いつの間に夢奈とそんな話してたんだ?」

「……イズモには言うなと言われてるんだ」

「夢奈には内緒にして置くから教えてくれ」

「……まぁ隠すことでもないと思うし、話そう」


 しろはそう言って大きく頷く。


「イズモがお風呂に入っている間とか、とにかくイズモにばれない時間帯に、夢奈はわたしの所に来て色々と気にかけてくれるのだ。『お兄ちゃんは気が利かないから』って」


 自覚はあるのでなにも言い返さない。


「イズモもなんとなくはわかってると思うが、夢奈は別にわたしのことが嫌いなわけじゃないんだ。ただ、わたしと……いや、自分以外の女がイズモと一緒にいるのが気にくわないだけなんだ」

「あー。前にしろに取られるとかなんとか言ってたしな」

「うむ。ずっとうちでは夢奈がイズモのことを独占していた。邪魔する人はいなかった。それなのに、うちでもイズモと仲良くする女の子がいる。それを見ているとどうしても耐えられないらしい」

「あいつホントにブラコンだからなー」


 まぁ俺も人のこと言えないけど。しろがどこか呆れた様子でため息をついた。


「ん? どうした?」

「いや別に? ま、とにかくだ。わたしと夢奈はイズモがいないところではそこそこ仲がいいってことだよ。それより早く夢奈の所に行った方がいいと思うぞ」

「っと、忘れてた!」


 俺が慌てて立ち上がると、どこか寂しそうな顔をしたみゃーちゃんが俺の脚に身体をすり寄せてきた。


「みゃー」


 見上げながら鳴かれてどうしたものかと思っていると、しろがみゃーちゃんを抱き上げる。


「みゃーちゃんはわたしと遊ぼう」

「みゃー♪」


 みゃーちゃんは大丈夫そうなので、俺は夢奈の下に急いだ。


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