第10話 パートナー
保健室に夢奈を寝かしてグラウンドに戻ると、丁度ペアを決めるところだった。
今日は夢奈がいないしどうしたものか、と思いながらしろと鈴の所に向かう。
「夢奈ちゃんは大丈夫?」
「多分」
鈴とそんな会話をしていると、しろが気まずそうにちらちらと俺に視線を送っている。
「? しろ、どうかしたのか?」
しろはびくぅ! と肩を跳ねさせた。
「あ、あの……よかったらわたしとペア組まないか……?」
もじもじしながらそう言って、しろは上目遣いで俺を見る。
「ん? 鈴はいいのか?」
「いい機会だし、君も夢奈ちゃん以外の子と組んでみるのもいいと思うよ? あぁ、僕は委員長と組むことにしたから大丈夫」
「そういうことか。んじゃあしろ、よろしくな」
「ん」
しろは恥ずかしそうにそっぽを向きながら小さく頷いた。
それから俺達が先生の下に向かうと──
「七風兄が浮気してる!!!!!」
斉藤先生が心底驚いた様子でそう叫んだ。するとみんなの視線が俺達に集まる。
「あ、マジだ」「浮気してるわ」「妹だけじゃ満足できなかったんだな」「一緒に暮らしてるって事はしろちゃんも毎晩七風兄に……ごくり」「は、破廉恥だわ……」
聞こえてくる言葉に頭を抱えたくなった。こいつら一体俺のことどんな目で見てるんだよ!
至って健全な日常生活しか送れてませんがなにか!? と叫びたくなる気持ちをぐっと堪える。
「前に言っただろう? 君は自分が思っている以上に夢奈ちゃんにいやらしい視線を向けていると。今はしろちゃんにも同じような視線を向けてる」
「そんなの向けてるわけ……! 向けて……ああなんか自信なくなってきた……」
ちょっと泣きそうになっていると、鈴が俺と距離を詰めてぽんと肩に手を置く。
鈴は男にしては身長が低いので、ちょっと上目遣いになっている。男にこんなこというのはなんだが、結構可愛い。
「まぁ冗談から安心しなよ」
「……おう」
それから試合が始まり、俺達の番になる。対戦相手は本人達の希望と先生の計らいで鈴と委員長のペアだ。委員長はこないだの借りを返すと燃えていた。
「今日はイズモくんをぼこぼこにしてやるわ!」
と俺にターゲットを絞って燃えていた。怖い。俺は《札》を取り出しながらしろに声をかける。
「じゃあいくか」
「了解した」
「勝手に始めやがって下さいな」
という相変わらずの適当な合図と共に、委員長が駆ける。先手必勝って訳か。
そんなことを考えつつ俺は《札》で突風を起こす。その間に手早くしろの四肢を《札》で強化した。
これは偶然にもしろが《札》と相性が良かったために出来る芸当で、普通の人間に同じ事をやっても強化することは不可能だ。本当に偶然なんだろうか、という疑問はあったが細かいことを気にしても仕方ないので、考えることを放棄した。
突風がやむと同時に委員長が俺に向かってくる。
やっぱりターゲットは俺に絞ってるらしい。だったら受けて立とうじゃないか。
俺は《札》を模造刀に変化させて、それをしろに投げて渡す。
「鈴はまかせたぞ」
模造刀を受け取ったしろにそう声をかけながら、俺は委員長の拳をかわす。かわしながら右腕左腕と手早く強化。今度はかわすのではなく、委員長の拳をガードして受け止める。
委員長は憎々しげに唇を噛みしめながらも、むきになって拳での攻撃を続ける。
委員長は完全に拳に意識を集中させてしまっている。
あとはタイミングを見計らって──。
ちらりとしろ達の様子を見ると、ちょっとまずい状況になっていた。
二人はかんっ、かんっ! と音を立てながら模造刀を交えているが、どう見ても鈴が優勢だ。しろは鈴の振り下ろす刀をどうにか受け止めている、という感じで足元も覚束ない。
こりゃさっさと決着付けないとまずいな。
「っ!」
油断していたせいで委員長の拳によって俺は後ろに飛ばされる。
どうにか踏ん張って倒れずに済んだが、委員長はこれを好機とばかりにすごい速さでパンチを繰り出す。一発一発がめちゃくちゃ重い。俺もそれを受け止めるのが精一杯になってしまう。
「虫も殺さないような顔してる割に、随分と激しいんだな」
「っ! 動揺させようとしたって無駄よ!」
「ふーん? その割にパンチが随分と軽くなったぞ。委員長は純粋なんだな。顔が真っ赤だぞ? 可愛いな」
「はぐー!」
ちょっとやり過ぎて逆効果になったらしい。パンチがかなり重くなった。ていうかこれ、強化してなかったらぽっくりいってる気がするんだけど……。
「かかか可愛いとか、思ってもないこと言わないでよ! 傷つくわよ!」
「いや、さすがに思わなかったら言わないけど……」
事実、メガネ越しに見える瞳を潤ませて、真っ赤な顔で俺を睨み付ける委員長は可愛らしい。夢奈やしろのような派手さはないが、髪を結って着物とか着たら『大和撫子』という言葉がぴったりな美人さんだと思う。
「そそそそんなの嘘よ! だって七風くんは夢奈さんにしか興味ないじゃない!」
「多大な誤解だ! 夢奈は大事だけど、それはたった一人の家族だからだってーの!」
「じゃ、じゃあ本当に可愛いと思って……はうー!」
委員長が真っ赤な顔でパンチを繰り出す。スピードが上がった。威力も上がった。さすがにこれはまずいし、しろもいつまでもつかわからない。仕方ないので俺は一か八かでタイミングを見計らってその場で腰を低くする。
委員長はそれに目を丸くしながらも拳を俺の頬に向かわせた。
頬の痛みに顔を歪めながら、委員長を抱え込むようにして持ち上げ──
「なっ!?」
「うぉぉおおおりゃぁぁああああああああ!」
叫びながら委員長を鈴目掛けて投げ飛ばす。
それに気付いた鈴が目を丸くして動きを止め、しろが冷静に後ろに飛び退いて鈴から距離を取る。そして委員長は鈴を押し倒し、鈴の背中が地面についたことで試合終了。
俺は慌てて二人に駆け寄り、声をかける。
「二人とも大丈夫か? 怪我ないか?」
「怪我……なんて……」
上体を起こした委員長が目の前の光景を見て動きを止めた。
委員長は鈴に馬乗りになっている。鈴はどこか戸惑ったような表情を浮かべていた。
委員長は顔をリンゴのように真っ赤に染めると、「はう……」と声を上げてその場に倒れる。
噂に聞いただけだから真偽は定かではないが、鈴は女子がファンクラブを作るぐらいに女子に人気があるらしい。まぁ確かに『美少年』だとは思うけど。
きっとそんな美少年を押し倒してしまい、おまけに体を密着させてしまったという事実は委員長にとっては刺激が強すぎる事態だったのだろう。
委員長は俺に『可愛い』って言われて顔真っ赤にしちゃうぐらいだから純情なんだろうし。
その後、倒れた委員長は鈴がおぶって保健室まで連れて行った。
◇
昼休み。鈴と俺、それから目を覚ました夢奈のいつものメンバーに加えて、今日はしろも一緒に昼食を取ることになった。
机を三つくっつけて、俺の目の前にはしろ、その隣に鈴。俺の隣には言わずもがな夢奈がいる。ちなみにいつもは俺と鈴の机を向かい合わせにくっつけている。
夢奈は俺の隣にぴったり椅子をくっつけて置いて、俺の机で昼食を取る。
最初は文句を言っていたが今は文句を言うこと自体諦めた。
俺、夢奈、しろは夢奈の手作り弁当で鈴はいつものように購買部で買ったパン(今日はメロンパンらしい)だ。
そんなこんなで楽しく昼食──とはならないらしい。
さっきから夢奈がしろと俺に鋭い視線を向けている。言いたいことは何となくわかるので、仕方なく口を開く。
「……俺がしろと組んだのがそんなに気にくわないのか」
「当たり前です。お兄ちゃんのパートナーはゆめです。ゆめだけです」
「今後も今日みたいな事があって、夢奈以外の人と組む可能性だってないとも言い切れない。夢奈も一度、別の人と組んでみた方がいいかもな」
「い・や・で・す! お兄ちゃん以外の人とペアを組むなら死んだ方がましです」
「そこまでいうか……」
ため息をつきながらそう言って、弁当を食べ進める。
「お兄ちゃんもお兄ちゃんですよ。なんでしろと組んだりしたんですか?」
「理由はさっき言っただろう」
「うぅぅうう……。でもですねー!」
「すまなかった」
そんな会話をしていると、突然しろがそう言って頭を下げる。夢奈はそれを見てびくりと肩を跳ねさせた。
「夢奈からイズモを取ろうとか、そんなことは考えないんだ。本当にすまなかった」
しろの素直な謝罪の言葉に夢奈はしゅんとしょげてしまう。俺はため息まじりに夢奈の名を呼ぶ。
「……ごめんなさい」
しょげながらぽつりとそう言って、夢奈は食事を進める。
俺は苦笑を浮かべながらそんな夢奈の頭を撫でた。するとその様子をしろがじぃっと見ていた。
「しろ? どうかしたのか?」
「へ? なにがだ?」
「? いや、なんでもない」
なんて返せばいいのかわからなかったので、思わず顔をしかめながらも俺はそう返す。
「ふー。ごちそうさまでしたー」
鈴を見てみるといつの間にやらメロンパンを食べきっていたらしい。
「お前結構マイペースだよな」
「僕が口挟むようなことじゃないと思ったしね」
俺は思わず苦笑を浮かべた。




