19.カミングアウト
髪を撫でてくれる心地よさに目を閉じ
カオルさんに寄りかかったまま
あたしは考え事をしていた。
いつか話さなければと思っていた事がある。
それを今言っておくべきなのではと考えていた。
カオルさんにとって重荷になるかもしれない話。
けれど、その逆にもなるかもしれなかった。
もしかしたら、どうでもいい話かもしれないけれど。
「ね……カオルさん」
「うん?」
「あたし、カオルさんに聞いてもらいたい……と言うか
知っておいてもらいたい事があります」
「何?」
あたしはごく軽い口調で言った。
「あたし、子供が産めない身体なんです」
「…………え?」
「生まれつき子宮に奇形があって。だから」
「え、ちょ、ちょっと待って」
カオルさんは驚いてあたしの顔を覗き込んだ。
「ホントに……?」
「いきなり、変な話ですみません」
「いや、それはいいけど……そうなの……?」
あたしはコクリと頷く。
「ごめんなさい。こんなの、聞かされる方が
困るだろうなとは思ってるんですけど」
「いや、嬉しいよ話してくれて」
「だからと言って、何がどうって訳じゃないんです。
ただ、カオルさんには、知っててもらいたくて」
「シノ……」
あたしには子供が望めない。
その事実を知ったのは20歳頃だった。
生理痛がひどくて、たまたま病院に行ったら
検査の結果、重度の子宮奇形が発覚した。
だからあたしは子供を諦めている。
子供のない人生を歩む事を決めている。
その事をカオルさんに
知っておいてもらいたかった。
「驚いたな……まさかシノが、そんな」
「すみません」
「シノが謝らなくても。身体は、大丈夫なの?」
「はい。生理痛だけだから。それは薬でなんとか」
「そっか……大変だったね。辛かったね」
「ううん。それは平気なんですけど」
「ばか。平気なわけないでしょ……」
カオルさんはあたしを抱きしめなおすと
頭を優しく撫でてくれた。
「シノの家族は、その事を知ってるの?」
「両親と姉は知ってます。祖母は知らなかったけど」
「そうか……シノも、シノの家族も
ショックだったね」
「……ん……」
確かに当時のショックは大きかった。
けれどその頃はまだ若かったせいもあって
悲しみはそれほど深くはなかった。
ただ恋愛をするのが怖くなった時があって
不倫という関係に身を委ねた事はあったけれど。
あたしより悲しんだのは、むしろ母だった。
母は自分を責め、泣きながらあたしに頭を下げた。
両親を悲しませた事が、あたしは何より辛かった。
生涯あたしの人生が孤独なものになりはしないかと
母がひどく心配して嘆いたから、せめて
結婚して安心させてあげたいとは、思ったけれど。
「でもあたし、元々結婚願望とか、なくて。
子供も別に。だから」
「……」
カオルさんがあたしを手放さなければいけないと
少しでも思う理由が、そのあたりにあるのなら
その心配はいらないのだと伝えたかった。
結婚や家庭を、普通に夢見る女子とは
あたしは少し事情が違う。
「そっか……うん。分かった」
カオルさんは静かに繰り返した。
「分かったよ、シノ。分かった」
温かい腕がぎゅうっと優しく包み込む。
あたしは安堵した。
相手が男性ならこの告白は大問題だった。
けれど昔の不倫相手以外、言った事がない。
マナブにも、言おうとして言わないままで
知っている女友達も、2人くらいしかいない。
男女の世界ではマイナスにしかならない事を
まさかこんな形で話す時が来るとは思いもしなかった。
人生って不思議。
「それにしても、驚かされるな、シノには」
「ご、ごめんなさい」
「違う違う、そういう意味じゃなくて。
そんなのを背負ってても
弱音を吐かないシノにだよ。
辛い思いをいっぱいしただろうに」
「……そんな、辛くは」
「ううん。何より辛い事だよ。割り切っていたって
ふと苦しくなる事は、たくさんあったはず。
よく我慢したね」
「……」
「シノは普段おとなしいのに、時々
芯の強さを感じるのは
そういう事を抱えてたからなのかな」
「や、やだな。そんな、大した事じゃないのに」
「私は自分の事で、時々ネガティブになるけど
シノはいつも前向きなんだよね。偉い」
「やめてってばカオルさん」
「駄目。惚れ直した」
「わっ、ちょ……」
キスの雨が降った。顔中に。
「カオルさんっ」
抗議するとカオルさんは笑って
あたしを丸めて胸の中に抱いた。
「好きだよ、シノ。大好き」
照れた。照れたけれどでも、嬉しかった。
子供ができないというあたしの欠陥を
そんな風に言ってくれる人は、初めてだった。
今までの蓄積された虚しさが、優しく埋まっていく。
甘いぬくもりに包まれながら、あたしは思った。
運命だなんて言葉、信じた事はないけれど
カオルさんと出会えた事は、いっその事
そうであって欲しいと思う。
だからカオルさんが言った時
思いがけず一筋の涙が、ひっそりと頬を伝った。
それはとても熱くて、濃い涙だった。
「ずっと、シノの傍にいさせて」




