17.いざ、お泊まり
海に突き出た半島の、小さな山に
太陽がゆっくりゆっくりと降りていく。
海面にはオレンジ色の日差しが輝き
波の音だけが静かに響いている。
あたしは防波堤の上に座り、海を
少しずつ色を変える空を、一人で眺めていた。
海に来るのは、ずいぶんと久しぶりだった。
懐かしい潮風に身を委ねて
あたしは日が沈んでいくのを待っている。
3月の日没は、だいたい6時くらいだから
もうすぐだと思った。カオルさんの仕事は
6時頃には終わると言っていたから
もうすぐ、連絡がくる。
今日はカオルさんのアパートに行く。
その前に、あたしは海に寄った。
落ち着かない気持ちを、どうにか
鎮めておきたいと思ったからだった。
何しろ今日はお泊まりなのだ。
復縁を果たして以来、初のお泊まり。
つまり今夜はいよいよ
そういうコト、になるかもしれないワケで。
こんな時にとても心穏やかでなんていらない。
そうと決まっている訳ではないけれど
でも今日のあたしは、そうなる覚悟をしていた。
覚悟というよりも、そうなりたいとさえ
今は思っている。
男性と付き合っていた時は
SEXなんて、たかがSEXと思っていたし
カオルさんと付き合いだしてからも最初の頃は
キスだけでも十分満たされるのではと
考えた時も正直、あった。けれど
今の自分たちには必要な事のように思う。
繋がりとか信頼とか絆とか
目に見えない不確かなものを
どうにかして確かめる一つの手段のようにも思う。
なんて、いくら理屈で考えてみても
実際には不安の塊だった。
カオルさんに愛してもらえるかと思うと
ものすごく嬉しいのだけれど
その反面、ものすごく恥ずかしく、
ものすごく不安。
同じ女だから、というのが
あたしにとって問題といえば問題だった。
そもそも女としてはカオルさんの方が
ダントツでクォリティが高い。
美人、モデル体型、おまけに胸もある。
なのにこの貧相なあたしなんかで
満足してもらえるんだろうかという
一見バカげた不安が拭いきれない。
しかもカオルさんはバリタチだから、つまり
生理的にイク事もない訳で、余計に困る。
あたしじゃつまらないんじゃないか、とか
ガッカリさせちゃうんじゃないか、とか。
覚悟はできているものの、嬉しいやら
怖いやらで、とにかく落ち着かなかった。
空を仰ぎ、潮風を何度も吸いこんでは吐いて
吸い込んでは吐く。トクトクトクトクと
うっとおしいほどに鳴り続ける心臓は
それでもなかなかおさまらず
携帯電話が鳴った時には、思わす手が震えた。
カオルさんより少し遅れてアパートに着くと
キッチンからはすでに、食べ物の匂いが漂っていた。
「よく来たね、シノ」
カオルさんはあたしを軽くハグすると
頬にキスをする。
あたしの心臓は跳ね上がる。
「な、なんかいい匂いがするね」
「うん。今日はおでんだよ」
カオルさんは帰ったらすぐに食べれるようにと
前日から仕込んでくれていたらしい。
「今ね、鍋を火にかけてるから、見といてくれる?」
カオルさんはそう言うと
来たばかりのあたしを置いて
いつものようにさっさとシャワーに消えた。
あたしはドキドキしながら土鍋を見つめた。
よく味のしみた土鍋いっぱいのおでんは
カオルさんの得意料理のうちの1つらしい。
友達が来る時はよく作ると言った。
ダシにも具材にも、こだわりがあるようで
ものすごく美味しかった。中でも特に
トロトロになった豚の軟骨は絶品で
パクパク食べるあたしをカオルさんは
嬉しそうに眺めた。
最近の海の話や、仕事の話をたくさんした。
楽しくて、美味しくて、ビールもすすむけれど
あまり食べ過ぎるとお腹が出ちゃうなと
乙女心がまた、余計な事を考える。
寝る時になってもお腹ポッコリだなんて
今日という日に限っては、マズイ。
ほどほどに箸を休ませたりしてみる。
カオルさんは少しずつつまみながら
いつもと変わらない調子で飲んでいた。
あたしは正直なところ、カオルさんが
今夜のコトをどう考えているのか気が気じゃない。
涼しげな顔でビールを傾けている様子を見ると
なんだか一人で無駄にモンモンとしてしまう。




