15.不器用な2人
押し黙る2人を乗せたまま
車はあたしのアパートの前に着いた。
カオルさんはギアをパーキングに入れると
シートにもたれ、静かに言った。
「シノの言う通り、ノンケじゃなくビアンの子を
そう思ったのは……確かに事実だったよ。
でもそれはシノが駄目とかじゃない。
他の子がいいなんて思った事もない。
私がただ、逃げていただけだったんだよ。
ごめん」
あたしは首を横に振った。
カオルさんは何も悪くない。
「後悔したよ。
何度か連絡しようと思ったけど
でも……それもできなかった」
「え……どうして……?」
「別れ話の時にシノはあっさり
納得してたから。シノはそれほど
想っていないかもしれない、もしかしたら
女と付き合わなくてよくなった事に
ホッとしてるかもしれないと思って」
「そんな……! だって、あの時は
そう言うしかなかったのに」
「うん。ごめん。でも結果的には
それで良かったと思ってた。
いつかひょっこり、シノが男と一緒に
海に来る時があるなら、それでいい、
自分は間違ってないと言い聞かせてた。
だからまさか、あんな場所にシノが
それにシノが、あんな風に泣くなんて……
知ってたら私は
シノを手放したりしなかったのに」
「!」
「辛い思いをさせて、おまけに怪我までさせて。
今さら謝ってすむ問題じゃないけど
自分の勝手な都合でシノを傷つけて
本当に悪かったと思ってる。ごめん」
あたしは俯いたまま
自分の手をぎゅっと握っていた。
あれもこれも、言いたいことが山盛りで
けれど何をどう伝えたらいいのか
頭が混乱する。
「これで私の話は、全部だよ。
シノ……怒ってる?」
「まさ、か」
「お願い。こっち向いて、シノ」
向けない。
今カオルさんの顔を見たら、
また醜態を晒してしまう気がする。
握りしめたあたしの手に
カオルさんの手がふんわりと乗った。
「ゴメンねシノ。私はこんなだよ。
幻滅させちゃったかな」
「まさか、する訳ない……です。
でも、どうして……? どうして何も
言ってくれなかったんですか」
そんなに考えてくれていたのなら
何故、偶然に会う今日この時まで、一言も。
もし会えなかったら、階段から落ちなかったら
あたしは何も知らなかった。
「いくらあたしじゃ、ダメでも……
話してくれなきゃ
分かりたくても、分かれないのに」
カオルさんの温かく柔らかい手が
あたしの手を優しく包みこむ。
「そうだよね。こんな事になるなら
ちゃんと話せば良かったよね。ごめん。
でも、言えなかったんだよ……」
「どうして」
「元々シノは、私の事を憧れの存在として
見てくれていたでしょ。
プロサーファーのカオルを慕ってくれてた。
なのに弱くて情けない姿を知ったら、きっと
シノはがっかりする。それだけは嫌だった」
「そんな事で、あたしの気持ちが変わるとでも」
「格好つけていたかったんだよ、シノの前では。
……ほんと、馬鹿みたいだけど」
笑いを含むようにカオルさんは言ったけれど
あたしはその時、気が付いた。
カオルさんの手が、震えている。
あたしの手を包み込む大きな手が
ほんの僅かに震えている。
あたしは思わずカオルさんを見上げた。
その時カオルさんの耳元で
何かがきらりと光った。
髪の間に見え隠れするそれは、ピアスだった。
プレゼントにカオルさんがくれた、
お揃いの、銀色の輪っかの。
「……」
「どうかした?」
今のあたしの耳にも、同じものが付いている。
吹っ切ろうと、何度も外そうとして
けれどどうしても外せなかったピアス。
カオルさんも付けていてくれた……
ずっと、付けてくれていたんだ。
そう思った途端、抑えられなくなった。
あたしは自分の顔が涙で歪む前に
カオルさんに向かって両腕を伸ばした。
「シノ……?」
あたしは半ば強引に
カオルさんの首に巻き付く。
驚いたカオルさんは身を固め、けれど
すぐにあたしの背中に手を回してくれた。
「び……っくりした……。二度目だね。
ここで、シノに、抱きつかれるのは……?」
カオルさんの手が、優しく背中を撫でる。
「まったく。時々シノには、驚かされるな……」
「カオルさん。あたし、カオルさんが好きです」
「――!」
「好きっていうだけじゃ、ダメですか……?
あたしカオルさんが好き……」
結局その言葉しか、出てこなかった。
聞かなければいけないことも
伝えなければいけないことも
山ほどあるはずだったけれど
今はそれしか出てこなかった。
カオルさんは息を飲んで
押し殺したような声で言った。
「今の、もう一回、言って」
「……」
「ね? シノ」
「……好き。カオルさんが好きです」
「ほんとに?」
「うん」
あたしの髪に顔を埋めたカオルさんは
何故か、ふふと笑った。
「これも二度目だな」
「……?」
「シノが好きだって言ってくれるの、二度目」
「え……?」
「最初に言ってくれただけだった。
……私には、言えないのかと……」
カオルさんは呟くように言い
抱きしめる腕に力を込めた。
「その言葉をずっと聞きたかった。
ずっと……不安だった」
「!」
「好きだよシノ。大好きだよ」
「――あ、あたしも……! ごめんなさいカオルさん。
ごめんなさい……!」
あたしはカオルさんにしがみついて
泣きながら謝り続けた。
好き。ただその一言をどうして
あたしは素直に伝えられなかったのだろう。
泣き続けるあたしに
やがてカオルさんが、小さく聞いた。
「もう一度、私の彼女になってくれる?」




