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Life is choice.  作者: 小野田ラコ
第4章 もうひとつのはじまり
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13.あたしがそこにいた理由

前に会ったのはクリスマスの後だったから

約2ヶ月ぶりに

あたしはカオルさんの車に乗った。

大好きでたまらなかったあの甘い香りが

あたしの胸を締め付ける。


2ヶ月なんて期間は

あってないも同じものだと痛感した。

どう理由や理屈をつけても

あたしはまだ、何も変わっていない。


「飲み物とか、何かいる?

 必要ならコンビニ寄るけど」

「いえ、大丈夫。です」

「シート倒して、横になってていいよ」

「ううん、平気」

「寒くない?」

「うん」

カオルさんはあれこれと気遣ってくれながら

慎重に車を走らせた。

頭が痛いあたしのために振動が響かないよう

気を付けてくれているのが分かる。

その気遣い、優しさが嬉しくて

余計に切なくなる。


けれど、しばらくするとカオルさんは

口を閉ざし、沈黙した。

あたしを休ませてくれているのか

それとも何か、考え事をしているのか

ただ前を見つめている。


あたしは困ってしまった。

今になって思い返してみると

ひどい醜態をさらしてしまった自分がいて

モーレツに恥ずかしい。

いい歳をして泣きじゃくり

言わなくてもいいような未練や嫉妬を

みっともなく吐き出してしまった。


自分があれほど取り乱すとは正直、

思ってもいなかった。

過去にあんなにひどい自分はいない。

どうしてカオルさんにだけ

冷静でいられない自分がいるのだろう。


沈黙が苦痛だった。

カオルさんが何を考えているのか

言って欲しかった。それに

あの時の話の続きをしてほしいと思った。

『恋人なんていないよ。

 ……私はまだ、シノを……』

その、あとは?

以前、気になる人がいると言っていた

その人とは、どうなったの?


「シノ」

「は、はい」

不意に声をかけられて

思わず声が裏返った。

「聞きたいことがあるんだけど

 聞いても、いいかな」

「もちろんです」

「……あのアカネっていう人とは

 どういう知り合いだったの?」

「――」

「あ、言いたくなければ

 無理に言わなくてもいいけど」


カオルさんの落ち着いた声に

あたしは自分が恥ずかしくなった。

そうだった。あたしはまだ

自分があの場にいた理由を

何ひとつ説明できていない。

それなのに一人、先走った事を考えて

なんて、愚かなんだろう。


あたしはこの際、覚悟を決めようと思った。

醜態をさらしてしまった以上、

今さら、もう隠す事もない。

カオルさんに全てを聞いてもらおうと思う。

どう思われてもいい……訳ではないけれど

何も言えないままカオルさんを失った

あの後悔だけは、繰り返したくない。


「アカネさんとは

 サイトで知り合ったんです」

あたしは正直に話した。

それがどんなサイトなのかも。

いつから始めたのかも。


カオルさんの表情が一瞬、固くなる。

「どうして、そのサイトに?」

「あたし……あたし、その……

 失恋からなかなか立ち直れなくて。

 それで、他の人を好きになれるなら

 なりたいと……そう思って」

「……男じゃ、なく……?」

あたしは頷いた。

「男の人では、ダメだと思ったんです。

 だって……カオルさんは女性だったから」

「……」

「あ、でも自分が他の女性を

 好きになるかどうかは全然

 分からなくて。ただ、なんて言うか」

「好きになる人は、いなかった?」

「はい。考えられなかった……です」

「女の人は、無理だったって事?」

「いえ、そうじゃなくて。

 カオルさん以外の人は」

「……」

カオルさんは口元に手を当てて

考え込むような表情をした。


あたしは我ながら、ずいぶんと思い切った事が

カオルさんに言ってしまえるものだと思った。

開き直ると、強くなれるというか

無神経になれるというか。


「あたしは自分が何なのか、まだ分かりません。

 だからああいうサイトにいる事自体が

 どうかとも、思ったんですけど

 でも話を聞いてくれる友達が

 少しずつできて、あたし、それが嬉しくて」

リアルの友人にはできなかった話を

聞いてくれる人がいて救われたこと、

それで楽しくなって

サイトでの交流が日常化していったこと、

そのうちの1人がアカネさんで

彼女に誘われて今日のイベントに来たことを

あたしは説明した。

カオルさんは硬い表情で聞いていた。


「……他にも、こういう事はあったの?

 サイトで知り合って、会った人とか」

あたしは首を振った。

「アカネさんだけです。

 アカネさんと会ったのも、今日が初めてで」

「ユッキーは。確かあの子も

 そのサイトはやってたと思うんだけど」

「はい。でも知ったのは最近です。

 あたし話してなかったし、隠してたから」

意外なところから繋がったいきさつを

あたしは話す。

「だからユッキーも

 アカネさんの事は知りませんでした。

 ユッキーはあたしの事を心配してくれて

 今日、一緒に会ってくれたんです」

「なるほどね……そういう事、だったの」


交差点の信号が、赤になった。

カオルさんは大きくため息をつくと

うな垂れてハンドルに額を乗せた。

「まさかそんな事になってたなんて」

「すみません。こんな話」

「私は何て事を……ごめんシノ。

 本当にごめん。ごめん」

「そんな、カオルさんが謝るような事じゃ」

「ううん、私が悪かった。

 結局シノを傷つけて、怪我までさせて

 苦しめただけだった……本当に、ごめん」

カオルさんは苦しそうに顔をしかめ

あたしは焦った。

「やめてくださいカオルさん。

 カオルさんのせいじゃないです。

 あたしが勝手にやった事だし、それに

 転んだのだって自分の不注意だし、だから

 お願いです。そんな風に言わないでください」

「……」

「すみませんでした。こんなこと全部、話したら

 困らせてしまうだけだと思ったんですけど

 でも、そんなつもりじゃなかったんです。

 ただあたし、何も……言えなかったから

 もうそういうの、嫌だと思って、だから。

 でも……ごめんなさい」


カオルさんは顔を上げた。

「何もシノが、謝らなくても。

 話してくれて、嬉しかった。ありがとう」

「カオルさん……」

「シノの気持ちが知れて嬉しいよ。

 本当に嬉しい。嬉しいのに……私は

 どうしたら、いいか……」

「……?」

カオルさんは唇を結んで、前方を睨んだ。


深夜の幹線道路は、まるで別世界のように

オレンジ色に染まっている。

歩行者用信号だけが静かに点滅した。

「ねえ、シノ」

「……はい」

「私も全部、話すから……聞いてくれるかな。

 別れた理由も、何もかも。話したところで 

 今さら許してもらえないかもしれないし

 シノに、嫌われるかもしれないけど」


やがて信号が青に変わった。

車が、ゆっくりと動き出す。








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