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Life is choice.  作者: 小野田ラコ
第4章 もうひとつのはじまり
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12.誤解と誤解。

カオルさんは歩み寄ると

ソファの前に腰を下ろし、膝をついた。

座っているあたしは間近で見下ろす形になり

その距離の近さに、思わずドキンとした。


カオルさんはあたしを見上げて言う。

「シノが覚えていないなら

 そのまま、忘れていてほしいけど――」

ため息をつくカオルさん。

「そういうわけにも、いかないよね」


しばらく間があり、あたしは緊張しながら

カオルさんの言葉を待った。

「私が、悪かったんだよ。

 シノを責めるような事を、私が言ったから」

あたしが首をかしげると

カオルさんはおもむろに手元を指さした。

「それを……ね」

視線を落として、あたしはハッとした。

手首には例のリストバンドがついている。


見られてしまった、という思いと同時に

それを見た途端、何かが脳内で点滅した。

頭がズキズキと痛む。


「それを見てカッとなって。

 私がシノの手首を掴んで、問い詰めたんだよ」

「……」

「そんな事、言える立場じゃないのにね」

苦笑するカオルさんの顔を見つめながら

あたしは必死で記憶を辿っていた。


ズキズキする頭の中に何かがあった。

蛍光色のブルーが、脳を刺激している。

ブルー。違う、もう一つある。

あれは……あれは。


その時パキン、と頭の中で何かが割れて

唐突に記憶が流れ出した。

まるで映画の1シーンのように。

それを見てあたしは愕然とした。

カオルさんの手首には

あのグリーンのリストバンド。


「ねぇ、シノ。私を恨んでる?」

「え…………?」

「掴んだ私の手を、シノは振り払って逃げたよ。

 イヤだって、言って……」

カオルさんは苦しそうに、顔をしかめた。

「嫌がるのに、私が追ったから……シノは

 急いで、でも途中で、足を滑らせて……」

カオルさんは俯いた。

「ごめん。私が余計な事を言ったから。

 シノは何も悪くないのに……傷つけて

 こんな目にまで合わせて、本当に、ごめん」


「ちがう……違うんです」

あたしは震える声で言った。

全てを思い出してしまっていた。

「カオルさんのせいじゃ、ないんです」

「シノ……?」

「あたし……見たく……なくて……

 だから、逃げ……」

あたしは唇を噛んだ。

それでも、涙は出てきてしまった。

堰を切ったように、後から後からと。

涙を見たカオルさんの表情が、驚きに変わる。

あたしは両手で顔を覆った。

「……ごめんなさい」


「ああシノ、どうして……泣かないで。

 私が悪かった。ね、シノ泣かないで」

泣くつもりなどなかったのに

歯止めがきかなかった。

優しいカオルさんの声に、瞳に

今まで押さえていた感情がどっと溢れだす。

「違う……違うの」

「違うって、何が違うの。シノ?」

「あたし、見たくなくて……」

涙と一緒にぐちゃぐちゃになった感情。

こんな事を言っても、泣いても

困らせてしまうだけだというのに

止められない。 

「カオルさんの、恋人なんてあたし

 見たく……なくて……」

「……え?」

「だから逃げなくちゃって……だから

 カオルさんのせいじゃないんです。

 ごめんなさい、あたしが、勝手に」


「ちょ、ちょっと待って、シノ。

 どうして私に恋人がいるなんて――」

カオルさんは言いかけて

「もしかして、私のリストバンドを……!?」

あたしは泣きながら頷いた。

「ああ――違う! あれは、違うんだよシノ。

 あれはただの、カモフラージュで。いないよ。

 誰もいないよ。私はまだ、シノ」

「でも、でも」

「本当にいない。いるわけない」

「でも、誰かがカオルさんを呼んで……

 親しそうな声で、カオルさんを、だから」

制御のきかなくなった感情と涙が

ボロボロとこぼれる。

「イヤだったの……そんな人、見たくない。

 他の人なんて……イヤ……」

「――」


泣きじゃくるあたしの膝の上に

温かい手がそっと置かれた。

「シノ、聞いて」

「ごめんなさい、こんな事言って」

「いいから、泣かないでシノ。シノ?」

ひどく優しい声だった。

その声に繰り返し名前を呼ばれて

あたしの心の波が、少しづつおさまっていく。

「シノ、もう泣かないで。誤解だよ。

 誰もいない。私には誰もいないよシノ」


ようやくあたしの嗚咽が収まってから

カオルさんは話してくれた。

「あのね、あのリストバンドをしてたのは

 少し、訳があったんだよ」

「……?」

「ここの常連の中に、ちょっと面倒で有名な

 女の子がいてね。悪い子じゃないんだけど

 何て言うかな、ちょっと変わってて……

 その子に付きまとわれるのが面倒だったから

 だから、グリーンをしてたんだよ。

 私に彼女がいるって思わせておけば

 寄ってこないかと思って。

 でも多分、私を呼んだのはその子だよ」

「だけど……でも」

「何とも思ってない。他にも、誰もいない。

 元々、イベントにも来るつもりもなかった。

 彼女を作る気もないし……でも

 ユッキーにどうしてもって誘われたから」

「……ユッキー」

「でもシノがいる事は聞いてなかった。

 聞いてたら、あんな……本当にごめん」


カオルさんはハンカチを取り出すと

あたしの涙を拭いてくれた。

「私に恋人がいると思って……それで

 泣いてくれたの、シノ」

「……」

「恋人なんていないよ。

 ……私はまだ、シノを……」


その時、ドアが開いた。

そーっと顔を出したのはユッキーだった。

あたしたちに気づかれないように

様子を伺うつもりだったのだろうけれど

モロに、目が合ってしまった。

涙を拭いたばかりのあたしと

ハンカチを持ったカオルさん。

「あ……お、お邪魔だったら、出ていくけども」

気まずそうな顔のユッキーに

カオルさんがふっと口元を緩めた。



「シノは私が家まで、車で送っていくよ」

お茶をもらって一息ついたところで

カオルさんが言った。

頭痛がなかなかおさまらないあたしは

朝まで遊ぶのはあきらめて

タクシーで帰ろうとしたのだけれど

カオルさんに引きとめられた。

「こんな事になったのは、私の責任だから」

「でも」

「お願い。送らせて、シノ」

「ダメです。だってうち、遠いし」

「帰り道になるから大丈夫」

「だけど」


申し訳なさで、必死に遠慮をしたけれど

「タクシーよりその方がいいよシノちゃん。

 頭打ってるんだから、ね」

ユッキーが言った。

「そうよね。その方がいいわ。

 一人で帰してしまうのも、心配だもの」

アカネさんも言った。


結局、そういう事になった。

複雑な心境だった。

彼女でもないのに申し訳ないという気持ちと

やっぱりまだ、どうしようもなく好きで

一緒にいられるのが嬉しい気持ちと


それに、まだ話し足りなかった。

カオルさんはさっき、何かを言いかけた。

恐れや期待が入り混じる。



ユッキーとアカネさんは見送るといって

ビルの出口まで出てきてくれた。

あたしはアカネさんに言った。

「楽しい夜だったのに

 こんな事になってごめん。

 せっかく、誘ってくれたのに」

「そんなこと、気にしないでいいのよ。

 ……それに」

アカネさんは小声で言いながら

悪戯っぽく微笑んだ。

「あとはユッキーちゃんに遊んでもらうわ」

「……アカネさんたら」

「また、遊びましょうね。今度は飲みにでも」

「うん」

「気を付けてね」


ユッキーはカオルさんに近づいた。

「カオちゃん。あの、あのさ。ごめんね」

「何が?」

「だってさ」

「……ありがとう、ユッキー」

「カオちゃん」

「また、連絡するよ」

「うん……うん!」


ユッキーとアカネさんは

あたしたちが角を曲がるまで

見送ってくれていた。






 


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