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Life is choice.  作者: 小野田ラコ
第4章 もうひとつのはじまり
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10.どうして、どうして。どうして

人混みをくぐり抜けて

ようやくテーブルに戻ると

アカネさんは一人でいた。


「おかえりシノちゃん」

「ただいま。ユッキーは?」

「まだ戻ってきていないわよ」

「そっか」

「意外と、早かったわね」

「うん……」


一息ついて、今あった出来事を

話そうかと思った矢先に

アカネさんが不思議そうな顔をした。

「アカネさん?」

「……んーと……誰かしら」

「?」

「シノちゃんの後ろについてきたヒト。

 お友達? それとも、ナンパかしら」

「え……?」

アカネさんの視線は、あたしの背後を見ていた。

あたしは、ドキンとした。

もしかしたら、さっきの人かもしれない。


あたしはアカネさんの視線を追って

振り返った。


揺れるたくさんの人影の中に

1つだけ動いていない影が

こちらを見て立ち止まっている。


けれどそこにいたのは

さっきの人ではなかった。

もっと背が高く、すらりとしていて

……見慣れたシルエット。


まさか。

まさか。


「シノちゃん、お知り合い?」

アカネさんの声が聞こえる。

でもあたしは振り向いたまま硬直して

動けなくなっていた。


ゆらりと一歩踏み出たその人の姿が

わずかな照明の中で浮き上がる。

あたしは息をのんだ。



今の気持ちをどう表現したらいいのか

あたしには分からない。

驚きと、これは恐怖だろうか。

それとも会えて、嬉しいのだろうか。

悲しいのだろうか。


様々に押し寄せる感情の渦の中で

あたしは言葉を無くし、立ち尽くしていた。

そこにいたのは、カオルさんだった。


「まさかと思った……似てるだけだと」

その声にあたしはハッとなった。

「どうしてシノが、こんな所にいるの」

カオルさんの表情が驚きと疑問で歪む。

「何してるの、こんなところで」

「――」


聞かれて当然の質問だった。

あたしは何か言おうと口を開きかけて

でも、唇を噛んだ。


何故、あたしがここにいるのか

それをカオルさんに聞かれて

答えられる訳がなかった。

失恋の傷を癒すため

忘れるため

恋の上書きをしたかったから。

とても、言えるはずもない。


返事に戸惑うあたしを

カオルさんはしばらく見下ろしてから

その視線をツイッと

後ろにいるアカネさんの方へ向けた。

「あれは、誰。友達?」

「友達……うん、友達」

「ユッキーは? ユッキーは一緒じゃないの」

「え……と、今は店の手伝いに、行ってて」

「ユッキーに誘われた?」

「え?」

「ユッキーがシノを誘ったの?」

「違う……けど……」

「違うって、じゃあどういうこと」

冷たいカオルさんの口調に

あたしは思わず俯いた。


自分を後悔した。

こんな風に再会したくはなかった。

いつか海で会いたかった。


こんなところで遊んでいるあたしを

カオルさんがどう思うかと考えると

怖くて、顔が上げられない。


その時、不意にアカネさんの声がした。

「わたしの連れに、何か用かしら?」

あたしは驚いて振り返った。

彼女はいつの間にかカオルさんと

視線を合わせている。


笑みを浮かべたままアカネさんは

カオルさんに向かって言った。

「ナンパだったら、諦めてもらえる?」

カオルさんがピクリと動いた。


「あ……アカネさん、違うの」

あたしは慌てた。

「あら、違った?」

焦るあたしに、ふふと微笑むアカネさん。


横からカオルさんの声が低く響いた。

「ナンパじゃない。知り合いだよ」

あたしはその言葉にギクっとした。

……知り合い。

ただの、知り合い?


「そうだったのね。ごめんなさい。

 彼女が困っているように見えたものだから、つい」

「……この子に用がある。少し、借りるよ」

「困るわ。今はわたしと、飲んでいるのに」

「悪いけど、大事な話があるから」

「そう。じゃあ、仕方がないわね。

 シノちゃん……大丈夫?」

頷くと、アカネさんは微笑んで

それからカオルさんに向かって言った。

「大事な子なのよ。傷つけずに返してね」


カオルさんの手があたしの手首を掴んだ。

「シノ、ちょっと外に」

そのまま強い力で引っ張られる。

「わっ。あ、ごめんアカネさん」

離れながらアカネさんを見ると

彼女は微笑みながら手を振っていた。

たぶんアカネさんには

分かっていたんだろうと思う。


強引に連れ出される様を

周りの人が好奇の目で見ていた。

ヒュウと口笛を吹く人までいた。

バーカウンターの前を通った時、

ユッキーの姿が見え、彼女も気が付いた。

かなり驚いている顔が一瞬だけ見えた。


カオルさんはあたしを掴んだまま

ぐんぐん進んだ。

入口を出て廊下を進み、階段を降りる。

「待って! 待ってカオルさん」

足がもつれそうになり声を上げると

階段のおどり場でようやく離された。

掴まれていた手首が痛かった。


あたしは息を整えた。

心臓がひどくバクバクして、めまいがする。

「さっきの女は、何」

「え?」

「どういう知り合い」

「あ……あの人は」

長い前髪の下にある目が鈍く光った。

あたしは思わず目を逸らした。


「新しい恋人?」

「ま、まさか。ただの友達で」

「ただの? 違うでしょ」

「……」

「女が好きだったの、シノ」

「え? 違う……違うよ」

「じゃあ、これは何」

再び手首を掴まれた。

強い力で、グイッと捻り上げられる。

「これは。何なの」


あたしの手首には無情にも

ブルーのリストバンドが光っていた。

「あ、これは……」

言い訳を探そうと

落とした視線の先に見えたものに

あたしはゾッとした。


カオルさんの反対側の手首には

グリーンのリストバンド。

アカネさんが教えてくれた言葉が響く。

『グリーンは恋人がいますっていう、しるし』


背筋が凍った。

これだけは、見たくなかった。


その時、階段の上の方から

カオルさんを呼ぶ女性の声がした。

誰かがカオルさんを探している。


その声にあたしは恐怖した。

もし、カオルさんと同じ

グリーンを付けた人だったらとしたら?


ここから、逃げなくては。

咄嗟にそう思った。

「離してください」

冷たい自分の声が響く。

掴まれた腕に力を入れた。

「お願いです。手を、離して」

「駄目だよシノ、こんなのは」

「お願い、離して」


再び聞こえる、カオルさんを呼ぶ声。

親しげにカオルさんを呼ぶ女性の声が

近づいてくる。

「や……」

「シノ?」

「いや!」

あたしは思い切り

カオルさんの手を振り払った。


「待って! シノ!!!」

あたしは必死で階段を駆け降りた。

とにかくビルの外に出て

この場から離れなければ。

あたしはきっと壊れてしまう。


地上まではすぐだった。

ビルの出口から、通りが見える。

けれどあと数段のところで

あたしの身体は宙に浮いていた。


一瞬の事だった。

ゴツッ、という鈍い音と共に

衝撃と激痛が頭部に走る。


遠くで悲鳴のようなカオルさんの声が

あたしを呼んだ。




















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