9.楽しい夜に
「で、さっき2人で、何話してたの?」
テキーラ2杯で顔色も変えず
ユッキーが言った。
「なんか面白いコトでも、あった?」
「ああ、それね。さっきアカネさんが
可愛い子がいるって言ってたから
それを聞いてたんだよ」
「……どこに」
「わたしの、後ろのテーブルよ」
アカネさんの言葉に
ユッキーはちらりと視線を移動した。
あたしにはどの子なのか分からないけれど
ユッキーは理解したみたいだった。
「なるほどね。ああいう感じね」
「どんな感じなの?」
「普通だよ。普通にカワイイ感じの子」
「でも、わたしとしてはシノちゃんと
ユッキーちゃんの方が断然、好みだけれど」
アカネさんの言葉に
ユッキーがまた妙な顔をする。
「ま、シノちゃんはさ、可愛いよね」
ユッキーがあたしに向かってニッコリ笑った。
「何言ってんのユッキー」
「その自覚のなさがね、可愛いんだよね」
「そうね。それにとても、素直だし」
「でもアカネっち、シノちゃんはダメだよ」
「あら、どうして?」
「ダメなもんは、ダメなの。
手出ししたら、許さないからね」
「いいじゃないの。少しくらい」
「少しでもダメ。
ってゆーか少しって、おかしいでしょ」
「せっかくなのに、残念ねぇ。
ユッキーちゃんになら
手出ししてもいいかしら」
「はぁ!?」
ユッキーがまたヘンな顔をして、それが面白くて
あたしはケラケラ笑った。
「楽しそうだねシノちゃん」
「だってユッキーとアカネさん、面白いんだもん」
「面白くないよ。だから笑い過ぎだってば。
さてはシノちゃん、テキーラが回ったな」
「そうかもしんない」
なんだかとても、楽しい気分になっていた。
「酔うと、陽気になるタイプなのね、可愛い」
「こういうところがね、可愛いんだけども。
でも、だからダメだよアカネっち」
「ん……ケチね」
「ケチって!」
アカネさんが笑い、ユッキーが顔をしかめ
あたしはさらに笑った。
しばらくあたしの笑いはおさまらなかった。
テキーラのせいと、2人の面白いやり取り。
優しい2人。
最近のあたしは腐ってた。
自分に自信が持てなくなっていた。
思い起こせば後悔と、自己嫌悪の塊で
海にも行くこともできず、仕事にも身が入らず
自分には価値がないとさえ思っていた。
そばに友達がいてくれることを
心からありがたいと思った。
2人の存在に感謝したいと思った。
彼女たちがいなかったら、今はまだ
こんな風に笑えていなかったかもしれない。
陽気な気分のまま最初のショーが始まった。
照明が一段と暗くなり
小さなステージが浮かび上がる。
ユッキーは手伝いに回るからと言って
慌てて席をはずした。
ポールダンスだった。
初めて見るその妖艶な演技に
あたしは釘付けになった。
エロいのに、綺麗で
女性の美しさを素晴らしいと思った。
ショーの終盤には
ステージから女性たちが降りてきて
観客の間を挑発的に練り歩いた。
皆が、はやしたてる。
あたしも笑顔で眺めていると
そのうちの1人があたしの目の前に来た。
彼女はまるで誘うように体をくねらせ
ほぼ下着姿の身体をあたしに寄せた。
「!!!」
ガチンゴチンに固まっているあたしに
彼女はウィンクをする。
そしてゆっくりとステージに戻っていった。
「ア……アカネさん」
あたしはすがるようにアカネさんを見た。
アカネさんは目を細めた。
「うふ。良かったわね」
「――」
何がどう良かったのかを聞く代わりに
あたしはテーブルに残っていたテキーラを
喉に押し込んだ。
「ちょっとトイレに行ってくるね」
ショーが終わり、ひと段落した頃
あたしは言った。
「一緒に行きましょうか」
「ううん、平気」
「でも……シノちゃん」
アカネさんがくすりと笑う。
「顔が赤いわ。酔ってるわよ?」
あたしは火照る頬を両手で押さえた。
「テキーラ、全部飲んじゃうからよ」
「だって」
なんとなく飲まなきゃ、ついていけない。
「一緒に行くわ。
ユッキーちゃんは、戻ってくるかしら」
「いいよ、大丈夫。アカネさんはここにいてよ」
「だけど……。場所は、分かる?」
「分かんない。どこ?」
「バーカウンターの手前、左側よ」
「分かった。左ね。行ってくる」
「大丈夫かしら。可愛い顔して。
もしナンパされても
ちゃんと戻って来なきゃダメよ?」
あたしはけらけら笑った。
「されないって」
ひとまずあたしは入り口付近にあった
バーカウンターを目指した。
最初に来た時よりも混雑していた。
入り口付近は特に、そろそろ終電で帰る人と
他から流れてきてイベントに合流する人とで
ごったがえしている。
時々スミマセンと呟きながら人混みをかきわけた。
それでも人にぶつかってしまうけれど
でも思えば、ここにいるのは全てが女性だから
安心といえば安心のような気がした。
いい匂いしかしないし
意外に居心地は、悪くないと思う。
でもようやくたどり着いたトイレは
さすがに女性ばかりで、混雑していた。
アカネさんを待たせてしまうなと思いながら
列に並ぼうとしたところで
トントンと、後ろから肩を叩かれた。
驚いて振り返ると、知らない人が立っていた。
短髪・中肉中背の、ボーイッシュな感じの人。
「……?」
「あ、ごめんね、ビックリさせて」
怪訝そうに見返すあたしに
その人は人懐こい笑みを浮かべた。
「向こうのトイレの方が空いてるから
教えてあげようと思って」
「え……向こう……?」
彼女は反対側の壁を指差した。
「普段は男子トイレなんだけど、解放されてる。
皆まだ知らないから、空いてるよ」
「そう、なの」
「こっち混んでるもんね。おいでよ」
「えっ。あ……うん」
あたしは思わず頷いていた。
反対側の壁の窪みに
男子トイレの入り口があった。
2人ほどは並んでいたけれど、すぐに空いた。
「お先にどうぞ」
連れて来てくれた人が言う。
「いいんですか?」
「もちろん。どうぞ」
あたしはお言葉に甘える事にした。
ラッキーだった。
あれだけの列を並んでいたら
どれだけかかっていたか分からない。
あたしはさっさと済ませて
入れ替わりざま、彼女にお礼を言った。
何度か頭を下げて出ようとした時
「ね、待って」
と呼び止められた。
「?」
「あのさ……あとで、一緒に飲まない?」
「え?」
「自分、一人だから。もしよかったら」
飲む?
あとで、一緒に?
それは、つまり……
あたしは酔った頭でぐるりと考えた。
「え……と、あの、ごめんなさい。
連れが、いるから」
「ああ、そっか。ごめん。じゃ気にしないで」
そう言うと彼女はトイレに消えた。
あたしはアカネさんの待つテーブルに急いだ。
顔が一段と熱を持ち、心臓がドキドキしている。
あれはもしかして
まさか……ナンパ!?




