5.繋がり
イベントを数日後に控えた、ある日の夜
ユッキーからのLINEが入った。
『やっほ、シノちゃん。元気にしてる?』
ユッキーとは、あの報告以来だった。
色々と思い出して、胸が痛んだ。
『久しぶりだね。引越しは、どう?』
『やっと運び終わったよー』
『もうこっちに住んでるの?』
『うん。なんとかね』
とうとうユッキーがこの街に。
嬉しいのに、切なくなった。
3人で遊んだ思い出が、遠くなっていく。
『まだ段ボールだらけなんだけどさ。
片付いたらさ、うちに遊びに来てよ』
『うん、行きたい。
仕事は? いつからなの?』
『4月だよ。その前に研修とかあるけども』
『忙しいね。大丈夫? 体調崩したりしてない?』
『まさか。めっちゃ元気だよあたし。
風邪ひかないもん』
『なら、いいけど』
『ね、それよりさ。あたしシノちゃんに
ちょっと聞きたい事があって』
『なに?』
『ナツミってさ、もしかして、シノちゃん?』
『え?』
あたしは携帯を落っことしそうになった。
『や、違ってたら気にしないでなんだけど
とあるビアンサイトでね、
シノちゃんと似たようなプロフの子がいて』
『ナツミ……』
『そう。バイネコの30歳で、ナツミっていう』
あたしは思わず天を仰いだ。
なんて狭い世界なんだろう。
いつかこんな時が来るのではないかと
思ってはいたけれど。
『分かっちゃったんだ』
あたしはあっさり白旗を上げた。
『やっぱあれ、シノちゃんなの!?』
『恥ずかしいけど、そう』
『やっぱり!』
『ユッキーもやってたんだ』
『やってる、ってゆーか
ずっとログインしてなくてさ
久しぶりに覗いてたんだけど』
『でも、よく分かったね。あたしだって』
ナツミ、30歳、バイセクシャル(ネコ)
それ以外の情報は、仲良くなった人以外には
公開していなかった。
『そう、それがさ。たまたまなんだけど
アカネって人、知ってるでしょ』
『アカネさん? 知り合いなの!?』
『いや、知り合いの知り合いって感じで
まだ会った事はないんだけど』
『マジで……うわ、びっくり』
こういう世界だから、もしかして
繋がりがあるかも、と思ってはいた。
けれど予想以上に近くて、早い。
『ねぇユッキー。もしかしてだけど』
『あ、カオちゃんのこと?』
察しのいいユッキー。
『カオちゃんなら大丈夫だよ。
あの人こういうの苦手なタイプだから』
あたしは胸をなでおろした。
『でももしカオちゃんが知ったら』
『やめようかな』
『いやいや、やめなくていいよ。
たださ、つーか、シノちゃんさ
女の子に、目覚めちゃったわけ?』
『え?』
『カオちゃんから離れたらさ、てっきり
ノンケの世界に戻るものだと思ってた』
『それは……』
『あ、いいんだよ、それならそれで。ただ』
『それは、まだ。分かんないんだよ』
『ん? 分かんない?』
『うん』
そのサイトに登録したいきさつを
あたしはユッキーに全て話した。
苦しみから逃れたい一心だったこと
できれば記憶を、女性で上書きしたかったこと
けれど自分が女性を好きかどうか
本当はまだ、分からないこと。
『そっか……。
しんどかったんだね、シノちゃん。
ごめんね』
『やだ。なんでユッキーが謝るの』
『うん……だけど』
『もういいの。
それよりどうして、アカネさんと?』
『ああ、それね。それ! ちょっと
アカネと一緒に行くんだって?
今度のイベント!』
『わ。そんなことまで聞いたの』
驚きの連続だ。
『聞いたも何もさ、それ絡みで
ナツミがシノちゃんって分かったんだもん』
『そうなの?』
『今度のそのイベント
あたしの知り合いが主催してんだけど』
『そうなの!?』
『うん、あたしも顔広いんだって。んでね
手伝い頼まれて、行くんだけど
そのスタッフの中にアカネって人もいてさ。
一応、挨拶くらいはと思って
そのサイト通じて話してたんだけど』
『アカネさんがスタッフ? そんなの
全然、聞いてなかったよ』
『うん。そしたらね、アカネが抜けるって
女の子を連れてくるからって言うじゃんね。
で、ついでだからどんな子なのか聞いてたら』
それが、あたしにそっくりだったらしい。
アカネさんには、実際に会うために
あたしの画像を送ったけれど
ユッキーはそれを見せられた訳ではない。
ただ、元ノンケで、失恋中で
30歳で、ここら辺の住みで、
150cmの低身長だと聞いたらしい。
確かにそれじゃ、あたしだ。
『すっごい、びっくり』
驚きを超えて笑えてきた。
『こんな偶然って、あるんだ』
『あたしのがビックリだってば!
だってまさかシノちゃんがいるなんて
思ってもみなかったし』
『だよね』
『ああもう、こんな事なら』
『ごめんね、内緒にしてて』
『ううん。それはいいの。
そんなのはいいんだけど、さ』
『じゃあその日、ユッキーにも会えるね』
『うん、会える、うん。や、それより
でもなんで、アカネと行くわけ?』
『え? なんでって、たまたま誘われて』
『そうだろうけどもさ。そうじゃなくてさ。
ぶっちゃけ、どうなの』
『は?』
『は? じゃないよーシノちゃん。
アカネってバリタチじゃん。分かってる?』
『それは、知ってるけど』
『いやいやいや。だからさ、どうなわけ。
気になってるとか……そういう感じなの』
『へ?』
『へ……ってシノちゃん』
『あ、そういう意味。違うって。
そんなんじゃないよ、アカネさんは』
『ほんとに?』
『ほんとだって。そういう風に見た事ないし
アカネさんだってそれは分かってるし。
やだなぁユッキー、考えすぎ』
『考えるに決まってるじゃんよー! もし
シノちゃんに好きな人がいるんなら』
『まさか。いるわけないよ』
いるわけがない。本当に。
いるならどれほど楽かと思う事は
山ほどあっても。
『ねぇ、シノちゃん。今さらこんなこと聞くのも
アレなんだけどさ、カオちゃんのことさ
まだ、思ってたりする? それとも
もう吹っ切れちゃった?』
『そんなこと……聞かれても』
『あ、だよね。ごめん』
『……吹っ切ろうとしてるよ、ちゃんと』
『そっか。そうだよね。そっか』
あたしは逆に聞きたかった。
新しい恋人がいるかどうか
ユッキーは知ってる?
けれど怖くて聞けるはずもなった。
もしあの部屋にあたしの知らない誰かが
そう思うだけで、気が狂いそうになる。
『あ、ね、シノちゃん。でもさ
シノちゃんにそのつもりがなくたって
向こうはどうか、分かんないよね』
『何が?』
『アカネ、シノちゃん狙ってたり』
『だから、それはないって』
『いいや。ないとは言い切れないね。
同じタチ同士だから分かるもんね』
『何言ってるの、ユッキーってば』
『……あたしも一緒に会う』
『は?』
『何時? どこ待ち合わせ?』
『ちょ、ユッキー?』
『大丈夫、アカネには言っとく』
『待ってよユッキー。一緒に会うって、なんで』
『何よ、あたしがいたらお邪魔なわけ?』
『そうじゃないけど。でもだって
どうせイベントで、会えるのに』
『イベント始まっちゃうとね
話できなくなるから。その前に会いたいの。
アカネがどんな人なのか見ておきたいし』
心配だから、一応』
『心配って』
あたしは笑った。
『大丈夫だってば』
その言葉にユッキーが猛反発した。
『あのね、シノちゃん。だいたいさ、
こういうの初めてでしょ? なのに
知らない人にノコノコついてくなんて。
ヤバい奴だったら、どーすんのさ』
『知らない訳じゃ、ないよ』
『ばかっ』
その後しばらく、あたしはユッキーに
面白いほど叱られた。
ネットには良からぬ人が多いのだとか
写真なんてアテにならないだとか
女に見えても、男の場合もあるだとか
せめて最初は、1対1は避けるべきだとか
明るいうちに会うものだとか
相手が本当に女だからって油断するな、だとか。
ユッキーの言う事は、全て的を得ていて
自分がいかに無知で危ういかは
よく分かった。反省をした。けれど
どちらが年上か分からないくらい
ユッキーにポンポンと叱られて
あたしはおかしくて笑いが止まらなくなった。
『分かった、分かったから。
言う通りにする』
『まったくシノちゃんたら。
笑い事じゃないんだからね』
『うん、ごめん。ありがとユッキー』
『じゃあオッケーね。
アカネにはあたしから連絡しとくし』
『うん。あたしからも伝えとくね』
そういうわけで、そういう事になった。
当日、イベント会場の近くで
あたしたち3人は待ち合わせる事になる。




