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Life is choice.  作者: 小野田ラコ
第3章 長い冬
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14.うねり

実家のゴタゴタが片付き

ようやく落ち着いたころ

あたしは久しぶりに海へ向かった。


約1か月ぶりだった。

やっと、カオルさんに会える。


今日は日曜日で、

カオルさんは早朝から

サーフィンしていると言ったので

あたしはその海を目指していた。


1月も末だった。

晴れてはいるけれど、寒い。

あたしにはとても

海に入れるような気温ではないのに

それでも海に着いてみると

多くのサーファーが浮かんでいた。


あたしは車を停めて外に出た。

冷たい風に混ざる潮の香りが

優しく鼻先をくすぐる。


海の中にポツポツと浮かんでいる、

黒いウエットスーツ姿のサーファーは

遠目にはどれも同じに見えるのだけれど

その中でもカオルさんだけは、

あたしには、すぐに分かった。


その姿を見た途端

切なさに胸が締め付けられた。

あたしは思わず冷たい空気を

胸いっぱいに吸い込んだ。


ああ――カオルさんだ。

カオルさん。


あの背格好、あの仕草、

全部そうだ、覚えている。

あたしの大好きな人

ずっと見ていた人

会いたかった人――


胸が震えた。

好きの気持ちがはっきりと

あたしの中に溢れてくる。


このところ色々な事がありすぎた。

たった1ヶ月足らずの事なのに

時々、カオルさんの存在がとても

遠く思える時もあって

自分の気持ちが不安定になるような

漠然とした不安があった。


今ようやくカオルさんの実物を見て

溢れてくる想いに

あたしは安堵していた。

何も間違っていなかったと思えた。


あたしは駐車場の脇に腰を下ろし

風に吹かれるまま、海を眺めた。

心臓は以前と同じように

トクトクと、心地よく鳴っている。



海の中のカオルさんは

あたしに気付いていないようだった。

ひたすらウネリを追いかけては

いい波に何本も乗っている。


その楽しそうな姿に

あたしは釘づけになった。

しかもカオルさんは、上手いのだ。

プロのサーファーだけあって

中でもひときわ目立っていて

それが、誇らしくて

あたしはワクワクしながら

見学を楽しんでいた。


と、その時

座っていたあたしの背後に

人の気配がした。


振り返ればサーフボードを抱えた、

ウエットスーツ姿の男性だった。

これから海に入るのだろう、

その人の顔を何気なく見上げた時、

あたしは固まった。


そこに立っていたのは

あろうことか、マナブだった。

元彼の。


「ああ、やっぱりシノだ」

以前と全く変わらない様子で

彼はそこに立っていた。


心臓がドクンと鳴った。

「マナブ……」

「珍しいな、シノがこんな

 冬の海にいるなんて」

「あ……うん。

 えと、久しぶり」

突然の再会に

あたしはぎこちなく笑った。


こんな時、自分がフった男と

思いがけず再会した、こんな時、

どんな顔をしたらいいのか

あたしにはよく分からない。


気まずい空気が流れるのかと

思いきや、マナブは海を見ながら

ごく軽い口調で言った。

「波、いいじゃん。

 入らねーの? 海」


身構えた自分が馬鹿らしくなるほど

自然な彼の態度に、

あたしは拍子抜けた。

「まさか……入らないよ。

 こんな、寒いのに」

膝を抱えてみせると

彼は爽やかに笑った。

「そっか。だよな。

 シノは寒いの、ダメだもんな」


変わらない笑顔に

あたしは嬉しくなった。


「誰か友達でも待ってんの?」

「あ、うん。カオルさんを」

マナブの懐かしい顔と雰囲気に

あたしはつい言ってしまっていた。


「カオルってあの? プロの?」

マナブは海を指さした。

その海の中にはカオルさんの姿がある。

もともと彼は

プロサーファーであるカオルさんを

顔と名前だけは知っていた。

「友達だったっけ?」

「うん……最近、仲良くなって」

「へえ」


ドキドキした。

それがあたしの今の恋人だなんて

おそらくマナブは、

思いつきもしないだろうけれど。


視線の先ではカオルさんが

ひときわ大きな波に乗った。

きわどい位置からのテイクオフ。

「女のくせに、上手いよな」

鮮やかにワザが決まったのを見て

マナブは舌打ちした。

「あれじゃ男の立場ねーじゃん。な」

「……だね」

あたしはクスクス笑った。


それからしばらく

二人で海を眺めた。


複雑な心境だった。

別れる前は、よく一緒に

この海に入っていた。


彼は今、何を思っているのだろう。

最近はどう? 新しい恋人は?


聞きたい事はたくさんあっても

それを口にすることは出来ず

マナブもまた、無言だった。


それでも隣に立つ彼の気配は

懐かしかった。

確かにあたしはこの人の事が

とても好きだったんだと思った。


別れたことを後悔して

苦しんだ事もあった。けれど

彼と別れて、

カオルさんに出会った。


波がいくつも押し寄せては

白く崩れていくのを

あたしは不思議な気持ちで眺めていた。



しばらくするとマナブは

サーフボードを抱え直した。

「そんじゃ」

あたしを見おろして微笑む。

「またな……シノ」

「うん。……気を付けて」


彼は真っ直ぐに

海に向かって歩いて行った。


あたしは後ろ姿を見送った。

会えて良かった、

心からそう思いながら。



マナブを見送っている時、

だからあたしは、

気が付かなかった。

カオルさんの視線に。


海の底のような

暗い瞳をして

カオルさんが見ていた事に

あたしは、気が付かなかった。







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