13.それぞれの愛情
告別式当日は、穏やかに晴れた。
北風は冷たかったけれど
祖母を送るには最適な
澄んだ青空になった。
うっかり眠ってしまったあたしは
題名だけの手紙に焦ったけれど
いつの間にかその続きが
姉の手によって書かれていた。
あたしはホッとした。
危うく告別式のビッグイベントを
台無しにしてしまう所だった。
書かずに眠ってしまったことを
あたしはてっきり
姉に怒られるかと思ったのに
あたしの顔を見て、姉は笑った。
「シノが泣きながら寝てるから
私が代わりに書いといたよ。
シノと私の連名ってことにしとこうね」
姉の優しさに
思わず涙が出そうになった。
疲れも寝不足も、同じはずだった。
もしかしたら長女の姉の方があたしより
大変だったかもしれない。
それなのに。
姉というのは
こんなにも優しいものなのかと
妹というのは
こんなにも愛されるものなのかと
あたしはこの時ほど感動した事はない。
手紙は、とても上手く書かれていた。
あたしと姉、両方にとっての
祖母の思い出がしたためられてあって
あたしは式の間中、涙が止まらなかった。
やがて祖母は白い煙になった。
とうとうこの世から
祖母は消えてしまった。
流すだけ流した涙、
やれるだけやったという思いが
おそらく、皆にあって
火葬場を後にするころには
祖母のいない寂しさだけが
静かに残っていた。
初七日法要も終わり
ようやく宴席の場となった。
献杯の挨拶を無事に終えた父は
ヤレヤレと腰を下ろし
ビールを口にした。
父の隣に、父の兄がいた。
労をねぎらい、お酒を注ぎあっている。
その伯父があたしを見て言った。
「それにしてもよ、シノちゃんがおって
本当に良かったわ。おらんかったら
おばあさんの死に目に会えんとこだった」
「ほんとほんと!」
少し離れたところから
伯母が声を上げた。
「シノちゃんのおかげやわ。おかげで
みーんな、おばあさんに会えたもんなぁ」
伯母の大きな声に、皆が反応した。
あの夜のいきさつは
しばらくの間、語り草になり
悲しいやら嬉しいやらで
あたしは複雑な気持ちだった。
「さすがに可愛がっとった孫だけあるわ」
「おばあさんはシノのこと、
目に入れても痛くないくらいだったでなぁ」
「ほんとになぁ。 間際までシノちゃんに
小遣いやるって言ってたんやろ?」
「そうそう。最後の言葉が、それだわ」
父は言って笑い、皆も笑った。
あたしも泣き笑いするしかなかった。
「でもよ、おばあさんの心残りが
ひとつだけあるわ」
父が言う。
「シノの花嫁姿を見るまでは
死ねんって言っとったのに、なぁ」
「――」
「とうとう見んうちに
逝ってしまったわ」
「そういえばうちの身内で、
シノちゃんだけだもんねぇ。
結婚しとらんのは」
伯母が言った。
その通りだった。
一族の中ではあたしが最年少で
(といってももう、30歳だけれど)
だから祖母の孫にあたる人たちは全員、
当たり前のように、結婚していてた。
「いい人おらんの? シノちゃん」
伯母があたしをからかった。
いい人――あたしには今、
カオルさんがいる。
けれど、言葉が出なかった。
「おばあさんは、よ」
父がビールを飲みながら言う。
「シノの花嫁姿は見れんかったけどよ
幸せな人だったで」
父はあたしのグラスにビールを注いだ。
いつになく、苦い味がした。
全てが終わって、実家に戻った時
父があたしを呼んだ。
葬儀の書類を整理をしていた父は
顔をあげると、おもむろに言った。
「おばあさんには財産なんてものは
ないけどよ。実はおばあさんが
お前のために残した金が、少しある」
「え……?」
「ま、大した額じゃないけどよ。
お姉ちゃんが結婚した時には
お祝い金としてお姉ちゃんに渡した。
お前が結婚する時にも、
ちゃんとそれが用意されとる」
「……」
「結婚の祝いにっていう金だから
今はまだ、渡すことはできんけど
でもお父さんたちも、もう歳だ。
いつ何が起きるか分からんで
こういうのがあるっていうことを
お前は覚えとけ。いいか」
「……うん」
「ま、お前が結婚せんかったら
その時はその時で
老後の足しにでもすればいいし、よ」
ようやく一人になった時
あたしは長いため息を
何度となく吐いた。
左耳のピアスに手をやって
その感触を確かめながら
ぼーっと宙を眺めていた。




