10.祖母の選択
それからも祖母の病状は
刻々と悪化していた。
まるで緩い坂道を転げ落ちるように
ゆっくりと、けれど止めることはできずに。
肺だけでなく
心臓にも水がたまるようになっていた。
祖母は終始ゼロゼロ、ゼロゼロと
苦しそうな呼吸をするようになり
酸素マスクがつけられた。
心電図モニターも装着されて
大部屋から個室へと移された。
祖母はさらに苦しんでいた。
ままならない呼吸、
絶え間ない息苦しさ。
そんな状況におかれても
祖母の不穏行動はおさまらなかった。
オムツをとったり
ものを投げたり
暴言を叫んだり。
本来ならそんな体力は
もう無いはずだった。けれど
精神状態が正常ではないがゆえに
発作的に暴れてしまうのだ。
祖母にとっては理解できない苦しみ、
苦しいから、錯乱してしまう
それから逃れようとして暴れる
だから余計に、苦しみは増し
病状は悪化する。
悪循環が続いた。
誰もが、見るに堪えかねた。
そんなある日、祖母の病状を
決定づけるような出来事を
あたしは父からの電話で知らされた。
たまたまあたしは勤務の連続で
祖母の病院へ行けなかった時の事だった。
母が付き添っていた日の深夜、
祖母はひどく暴れたという。
苦しみながら、胸を掻きながら
それでも混濁する意識の中で祖母は
はっきりとした声で言ったという。
「苦しい。頼むから、もう殺してくれ」
父は悲しそうに言った。
『でな、あまりにおばあさんが苦しむでな。
先生と相談してな。
鎮静剤を使ってもらう事にしたわ』
電話の向こうの父の声が
頼りなげに響いた。
あたしはドキンとした。
『鎮静剤って……何を?』
見当はつくけれど、聞いた。
『モルヒネっちゅーんか?』
『――――』
『命を縮めるて、先生は言ったわ。
ほんでも、ばあさんが苦しまんのが
一番だで』
『……そっか』
『叔母さん達も、それがいいってよ』
『うん……そうだね』
父は大きく息を吸って、
それから、静かに言った。
『治らんとよ。ばあさん。
頑張ったけど。あかんらしいわ』
そこには悲しみと、けれど潔い
諦めの響きが込められていた。
『それで……いま
おばあちゃんは、どう?』
『寝とるわ。静かに寝とる』
『そっか。良かった』
『そんで、おかしなこと聞くけどよ
どんくらい、もつかな』
『……先生は、なんて?』
『1週間から、3週間やと』
『うん』
『そんなに早いもんか』
『分かんないけど……けど
そのくらい、だろうね』
『そうか……。いや、皆も
いろいろ予定もあるやろうし
その後の事も、考えないかんでよ』
『そうだね』
『シノもそのつもりでおれよ』
『うん。分かった』
電話を切ったあたしは
大きく大きく息を吐いた。
身体中の力が全部抜けた。
悲しみよりも何よりも
あたしはこの時、
ホッとしたのかもしれない。
終わるんだ、と思った。
祖母の苦しみが
皆の悲しみが
ようやく終わるんだと思った。
思って、涙が溢れてきた。
とめどもなく流れては落ちた。




