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Life is choice.  作者: 小野田ラコ
第3章 長い冬
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8.もしもカオルさんが男なら

楽しい時間は驚くほど

過ぎるのが早くて

帰りの車に乗る頃には

あたしの心は沈んでいた。


沈んだ、けれど、その一方で

車の中で二人きりになれたことを

あたしは単純に喜んでもいた。


帰る前にカオルさんが

あたしの勤務先の病院を

見てみたいと言ってくれたので

少し周り道をする事になった。

ほんの少しの、夜のドライブ。


助手席のあたしは最初の緊張も解け

すっかり居心地よく隣に座り

窓の外の景色を眺めた。


カオルさんの車。カオルさんがいる。

たったそれだけのことなのに

あたしにとって見慣れたはずの景色が

まるで違う街のように見えた。


あたしの勤める病院は

大学付属の総合病院。

全容が見えてくるとその規模の大きさに

カオルさんは驚いたようだった。


「こんなとこで働いてるの」

「うん」

「すっごいなぁ、シノは」

感心したようにカオルさんは言った。

「すごくないよ。 病院はデカいけど」

「いやいや、スゴい。

 マジで尊敬する」


車はぐるりと病院の外側を回った。

カオルさんはいちいち感嘆の声をあげ

それからあたしの仕事について

色々と質問を浴びせた。

聞かれるままあたしは答えた。


そういえば仕事の話は、

自分からはあまりしたことがなかった。

「偉いな」

カオルさんはあたしを見て微笑んだ。

「私の自慢の彼女だよ、シノは」


「そんなこと……そういえば今まで

 看護師とは付き合ったことないの?」

「ないよ」

「そう、ですか」

いちいち探りを入れるような自分は

やめなきゃなと、思った。


「シノの白衣姿が見たい」

「は? いやですよ、そんな」

「なんで」

「なんでって。なんか、恥ずかしい」

「ふうん? じゃあ……

 今度コッソリ見に行く」

「それだけはやめてください」

カオルさんは面白そうにククッと笑った。


病院を見終わると

あたしのアパートに向かった。

走っている間、あたしは度々

カオルさんの横顔を見つめた。


覚えておきたいと思った。

またしばらく会えなくなる。

どんな事でも、この目のなかに

ダウンロードしておきたかった。


カオルさんは時折、

無造作に前髪をかき上げる。

あたしはその仕草が一番好きだ。


大きな手、長い指。かき上げても

またすぐ目にかかってしまう

真っ直ぐな黒髪も、目も。


それから、うなじも。

短い髪がかかる、しなやかな首は

とてもセクシーだとあたしは思う。


視線に気が付いてなのか

カオルさんはあたしにチラと目をやり

「送り狼になろうかな」

ニヤリと笑って言った。

「お。送り狼?」


「そ。このままシノを

 ホテルに連れこむ」

「え……ええ?」


もちろん、冗談なのだろうけれど

あながち冗談とも取れない様子に

あたしの笑顔は固まった。


カオルさんは笑った。

「冗談だって、冗談。

 大丈夫、ちゃんと送るよ」

「もう。びっくりした」


カオルさんの一言に

あたしは一瞬で色々と

考えてしまった。


実際には無理なのに、頭は勝手に

ホテルはあそこにあったなぁ、とか

明日の仕事に響くなぁ……とか。


無理……そう。

あたしは実際にはまだ

つまりSEXについては

踏ん切りのつかない部分があった。


ぶっちゃけ、SEXなんてなくたって

いいんじゃないかと思う時がある。


このままハグとキスだけでも

十分、満たされるなんじゃないかとさえ

思う時がある。


けれどこうして求められることは

単純に嬉しいことでもあった。


まるで、好きだよって

言われているような

そんな気もして。


「送り狼にはならないよ」

カオルさんは呟いた。

「ならないけど……ねえー……」


ものすごいため息交じりの

ねえー……だった。

しかも拗ねたような表情が

とても可愛く見えて

あたしは笑った。


「笑ったな。よし、次は確実に襲う」

「やだ、こわーい」

ふざけるあたしに、

カオルさんは左手をあげて

叩くような真似をした。


それを避けようとしたあたしの右手が

思いがけずカオルさんの手に捕まる。


重なった二つの手は、そのまま

コンソールボックスの上に降りて

手を繋いだ状態になった。

思わぬ事態にあたしは俯いた。


カオルさんは無言だった。

無言で

あたしの手をぎゅっと握った。


心臓が、キュンとした。

キュン、としてしまった。


キュンなんて言葉

実用化したのは自分史上

これが初めてかもしれない。

あたしはモーレツに照れた。

「そ、そういえば送り狼って

 今はもう、絶滅危惧種みたいですよ」

「何? それ」

カオルさんの手はとても暖かくて

あたしは自分の手汗を心配した。


「なんかね、男子の草食化が進んじゃって

 狼は、いなくなってるんだって」

「うっそ」

何かのコラムで読んだ話だった。

あわよくば的な肉食系男子は

最近めっきり少なくなっているらしい。

「肉を食わずに

 何を食べるんだ、奴らは」

カオルさんは憤慨した。


「お腹がすかないのかもよ?」

「まさか。ありえん!」

「そう思うとさ、カオルさんて

 男より、男らしいよね」

あたしは笑った。


「カオルさんが、もし男だったら

 誰よりも男らしくて

 カッコイイだろうな」


「……。ま、私の場合は

 エロいだけだけどね」

カオルさんは苦笑した。


この時のあたしは

何気なく言っただけだった。

――カオルさんが、もし男だったら。

傷つけるつもりも

否定するつもりも比較するつもりも

何もなかった。はずだった。



とうとうアパートの前に着いてしまった。

自分のアパートを見上げて

あたしは思った。

夢の時間は終わり。

明日からまた、現実に引き戻される。


けれど、どれほどのパワーを

カオルさんにもらっただろう。

消える事のなかった疲労感と

重くたちこめていた悲しみが

今はすっかり薄らいでいる。

また頑張れる。

あたしは大丈夫。

カオルさんがいる。


手は、結局ずっと繋いだままだった。

あたしは感触を確かめるように

強く握った。

「シノ……くれぐれも、無理しないで」

カオルさんの指が、優しく

あたしの手の甲を撫でた。


「何かあったら、なんでも言って。何も

 できないかも、しれないけど」

「ありがとうカオルさん」

「体、壊さないようにね」

「うん」

「いつでも会いに来るから」

「うん」


ゆっくり近づく影に

あたしは目を閉じた。



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